休日にキャンプに行く生活、卒業しませんか?
「そんなのいやだ! キャンプは自分にとって大事なライフスタイルの一部なのに!」と思った方が、今回の記事を読んでほしい方。福岡県赤村のある小さなキャンプ場で、「キャンプライフ・コーディネーター」という、おそらく世界でここだけの仕事の募集がはじまったのです。
この記事を書いている僕も、取材に訪れる前は「赤村」も「キャンプライフ・コーディネーター」も聞いたことがありませんでした。しかしキャンプ好きとしては、「キャンプライフ・コーディネーター」という言葉の響きに、なにか惹かれるものがあります。
「キャンプ場でなので、今回はぜひキャンプをしながら取材してください」とのお誘いをいただき、「ならば!」ということで、僕はバックパックにパソコンとキャンプ道具を詰め込み、赤村に向かいました。
いったい「キャンプライフ・コーディネーター」とはどんな仕事なのでしょうか。取材してみると、キャンプが休日にするものではなく、生活になり、仕事になるような働き方が見えてきました。
赤村の顔、「源じいの森」
北九州空港近辺の大規模な工場が立ち並ぶ風景が、すこし車を走らせると穏やかな田園風景にかわっていきました。車窓の向こうでは、この地域の平野部を流れる今川が、陽の光をちらちらと照り返しています。川辺にたくさんの種類の水鳥を見ることができるのは、この地域の水のきれいさゆえでしょうか。
筑豊地方といえば、かつて炭鉱で栄えたエリアだというイメージがあります。しかし今回向かっている赤村は、筑豊地方にあって唯一炭鉱がなかった村。そのためきれいな水や土壌が残っており、米や野菜など、そこでつくられる農作物は地域の人々の自慢なのだとか。
北九州空港から45分ほどで、車は山間部に入っていきます。ここが、今回の求人の舞台、福岡県赤村です。
赤村は、1889年の町村制施行に伴って当時の赤村と内田村が合併して誕生して以来、昭和の大合併、平成の大合併という全国的な市町村合併の波にさらされながら一度も合併せず、2019年には村制施行130周年を迎えた、人口は3,000人ほどの村です。
そんな赤村の「顔」とも言えるのが、「自然学習村 源じいの森」。平成4年にオープンし、宿泊施設、キャンプ場、研修・会議室・運動やコンサートのできる多目的ホール、食堂、温泉を兼ね備えた場所です。
「源じいの森」に着くと、2019年4月から「源じいの森」の代表理事になった前田真平さんが笑顔で出迎えてくれました。
遠いところよくいらっしゃいましたね。といっても、空港からもそんなに遠くなかったでしょう?
たしかに、北九州空港からここまで車で1時間弱。また、「源じいの森」から徒歩1分の場所にある源じいの森駅は、小倉駅まで1時間、博多駅まで2時間と、車でも電車でも都市圏からアクセスがいいのが「源じいの森」の特徴。徒歩3分の場所には、2019年にリニューアルした「天然温泉源じいの森温泉」もあります。そんな「源じいの森」には、キャンプや合宿などで年間17万人が訪れているそうです。
まずは前田さんに、「源じいの森」を案内してもらいました。
ここがほたる館。宿泊施設、研修・会議室・運動やコンサートのできる多目的ホールがある施設です。
バンガローは10棟。全て造りが違う、個性的なデザインにしています。
ログハウスは、キッチン、寝具、冷暖房完備の5人用が2棟、冬にはペチカの炎が暖かく迎えてくれる10人用の本格ログハウスが1棟の、計3棟あります。
こちらはガーデンホーム。キャンピングカーにデッキをつけて、アウトドアを満喫できるようにデザインしました。
キャンプ場としては、フリーサイトが2箇所あります。こちらはリバーサイドガーデン。水辺にテントを張ってキャンプを楽しめます。
こちらはグリーンシャワーガーデン。デイキャンプで利用する方も多いですね。
線路の下をくぐったり、川沿いを歩いたり。さまざまな景色を楽しむことができるのは、散歩好きのキャンパーとしてはたまりません。
「源じいの森」の魅力がわかってきたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみることに。なぜ「源じいの森」という名前なのですか?
名前にはいくつか由来があって。ひとつは赤村で見ることができる源氏ボタルの「源」、「じい」は赤村の村花「春蘭」を方言で「じいばば」と呼ぶのですが、その「じい」を取って、「源じいの森」になったそうです。
そう、ここ「源じいの森」は源氏ボタルの群生地で、5月から6月ごろにはたくさんのホタルの光を目にすることができます。取材したこの日は、木々が黄色く色づき始めた10月でしたが、水辺にホタルの光がチラチラ輝く光景もすごくきれいなのだろうなと、想像が膨らみます。
自分たちでは想像もつかないくらいの「源じいの森」を目指す
ひと通り「源じいの森」の敷地内を案内してもらったあと、川辺のキャンプサイトに椅子を並べ、「源じいの森」のことをさらに詳しく聞いてみることに。話を聞いたのは前田さんと、赤村役場で地域おこし協力隊の受け入れを5年にわたって担当している松本優一郎さんです。
まず聞いたのは、赤村にとって「源じいの森」はどんな存在なのか。
前田さん 「源じいの森」は、赤村の人々にとって特別な場所です。赤村の人々に「赤村にはなにがありますか?」と尋ねると、ほとんどの人が「源じいの森」と答えると思いますよ。赤村で育った自分も、小学生の時はここにキャンプに連れてきてもらって、中学生の時にはここを流れる川で泳いで、大人になったらここで友達とお酒を飲んで。赤村の人はみんな、「源じいの森」でのそんな思い出があると思います。
ただ、前田さんが果樹農家の仕事を辞めて「源じいの森」の代表理事になるという決断をした理由は、ここが思い出深い場所だから、ということだけではありません。
今、赤村は日本のほとんどの自治体と同じように、少子高齢化に伴う人口減少や、産業の衰退にみまわれています。そうした状況を打開する鍵が、「源じいの森」にある。そう前田さんは考えています。
前田さん 近くに北九州と福岡という、100万人規模の都市がふたつあって、駅から徒歩1分でしょ。それに温泉もある。今も年間17万人の方が訪れていますが、「源じいの森」はもっとたくさんの方に訪れてもらえる可能性を秘めた場所なんですよ。
だからもっと「源じいの森」を盛り上げて、「福岡といえば、源じいの森だよね」というくらい、多くの方に知ってもらいたい。具体的には、売り上げを3年で60%アップさせること目指しています。
松本さんも続けます。
松本さん 「源じいの森」は赤村の顔。「源じいの森」が盛り上がることは、そのまま赤村が盛り上がることなんです。だから役場としても、「源じいの森」の挑戦を応援しているんです。
しかしそのためには、乗り越えなければならない課題があります。
前田さん 正直なところ、利用者は減っています。今の年間利用者は17万人ですが、平成10年くらいには年間47万人いたんです。今でも夏休みやゴールデンウィークの期間は、予約が取れないほど賑わうんですが、それ以外のシーズン、特に秋冬になるとなかなかね。
あまり利用者がいないシーズンにも、たくさんの方に訪れてもらいたい。そのために、今回地域おこし協力隊として新しい仲間を募集することにしました。
前田さん 今、「源じいの森」には5人の職員がいますけど、自分たちにはない新しいアイデアや能力を持った仲間が加わったら、これまではまったく思い描けなかったような「源じいの森」が実現できるんじゃないか、と思ってるんですよね。
松本さん 地域おこし協力隊として、キャンプ場を活性化するメンバーを募集することを意外に思うかもしれません。でも、前田さんが「よっしゃ! 盛り上げてやろう!」というときに、私たち役場の人間としても「今ここで地域を盛り上げな、いつするの」っていう気持ちがあったんです。
キャンプのある生活を提案する、「キャンプライフ・コーディネーター」
そこで今回募集するのが、「キャンプライフ・コーディネーター」として活動する、3人の地域おこし協力隊。
具体的には、「源じいの森」を舞台にキャンプ体験、つまり「キャンプライフ」を企画・提供し、キャンプ場をより多くの人に訪れてもらえる場所にしていくことがミッションです。
そんな3人の「キャンプライフ・コーディネーター」の役割は、「バンガローデザイン・企画担当」、「メディア発信担当」、「コミュニケーション担当」に分かれています。
「バンガローデザイン・企画担当」は、キャンプ場内のバンガローの空間デザインやイベント企画を行います。 最終的には、キャンプ場全体の空間づくりまで行うことを目指しますが、まずはバンガローで年間3〜5回程度のイベントを行いながら、より多くのお客さんに喜んでもらえる空間の活用方法を考えていく役割を担います。
特に、現在は人があまり訪れない寒いシーズンに楽しめる企画を考えることは、「バンガローデザイン・企画担当」の腕の見せどころ。たとえば地域おこし協力隊の活動費を一部使って、バンガローをキャンプライフのショールームに見立て、理想の冬キャンプギアのコーディネートを提案する企画などが考えられます。これまでに空間デザインの仕事の経験がある方は適任でしょう。
「メディア発信担当」は、テレビや雑誌などのメディア向けの情報発信と、メディア関係性との関係の構築、取材現場のコーディネートが活動内容です。 SNSを活用しつつも、より大きな訴求効果のあるマスメディアでの露出につなげることが重要なミッション。そのため、テレビや雑誌・広告代理店、PRなど、メディア関連の職務経験のある方は適任かもしれません。
「コミュニケーション担当」は、キャンプに訪れた方とのコミュニケーションを担います。キャンプ場全体が笑顔が溢れ、 気持ちのいい場所になるために、利用者のニーズを汲み取りながら、日々キャンプ場内でのコミュニケーションをブラッシュアップしていく仕事です。
たとえばウェルカムボードをつくったり、コーヒースタンドをやってみたり、焚き火をみんなで囲むイベントを企画したり。様々な方法で、お客さんの満足度を高めていきます。これまでに接客の仕事をした経験がある方は活かすことができそうです。
この3人がチームとして協力しながら、「源じいの森」でキャンプライフを提案していくことになります。
なにしろ、「キャンプライフ・コーディネーター」という肩書きを持つ方はこれまでにいません。「源じいの森」で協力隊の任期中に経験を積み、しっかりと成果を残すことができれば、「源じいの森」と同じような課題を抱えている全国のキャンプ場の活性化に携わるなど、「キャンプライフ・コーディネーター」としてのキャリアが拓けるはずです。
「あれ? 地域おこし協力隊なのに定住しなくていいの?」と思うかもしれませんが、今回の協力隊募集の目的はあくまでも「源じいの森」をたくさんの方が訪れる場所にすること。なので、任期後に定住することは必ずしも求めていないそう。「ただ、もちろん定住を希望する場合には、役場もサポートしますよ」と松本さんは言います。
また、前田さんも松本さんも、新たに仲間になる方が「楽しむこと」を大切にしているようです。
前田さん 自分が楽しむことを一番に考えてほしいですね。だって、自分がキャンプライフを楽しんでないと、「これがいいですよ!」ってみんなに広められないですから。自分もさっき「赤村のために」みたいなこと言ったけど、やっぱりまずは自分のことを考えんと、仕事って楽しくないしね。
ちなみに、「キャンプライフ・コーディネーター」はキャンプ場運営の日常的な業務(受付や清掃など)は基本的に行いません。そのためデスクは「源じいの森」ではなく、役場に持つことになるそう。というのも、キャプ場の日常業務に時間を割くことなく、「バンガローデザイン・企画」「メディア発信」「コミュニケーション」という、それぞれのミッションに集中できる環境を整えたいという前田さんや松本さんの想いがあるため。
さらに協力隊員となる方には、一人はもちろん家族でも住めるような庭付きの一軒家を用意しているとのこと。このようなバックアップのもと、集中して活動することができます。
「赤」村だけど、協力隊のブルーオーシャン。
「キャンプライフ・コーディネーター」という仕事についてわかったところで、気になるのは赤村での暮らしがどんなものなのか、ということ。そこで、現在赤村で地域おこし協力隊として活動中の長瀬加菜さんに話を聞いてみました。
長瀬さんは愛知県出身。地元愛知のテーマパークで12年間勤めたのち、鹿児島に「ジャンベ留学」をしたという、ユニークな経歴の持ち主です。現在は赤村の協力隊員として、赤村の無農薬米の粉を使った米粉の商品化や、米粉を使ったオリジナル料理の開発などに取り組んでいます。
ところで長瀬さん、「ジャンベ留学」とは?
長瀬さん 「ジャンベ」は西アフリカの伝統打楽器です。鹿児島の硫黄島という離島で、半年間お金をもらいながらジャンベを学べる制度があるんですよ。
わたし、新卒で入った会社で12年間、結構忙しく働いていたので、一度リフレッシュしたいなと思って。そんな時、硫黄島でジャンベ留学をしていた友達から「かなちゃん、仕事辞めるなら行けばいいじゃん」って言われて。「おもしろそう!」と思って、参加してみたんです。
留学期間は、島に住んで、太鼓を叩く、草取りみたいな奉仕活動をする、魚が食べたかったら釣る、野菜が食べたかったら植える…みたいな原始的な生活をして、「田舎、楽しいー!」ってなっちゃったんですよね(笑)
田舎暮らしの魅力を体感した長瀬さんですが、半年の留学期間終了後は愛知に戻り、地元の音楽フェスの運営に関わります。しかし、田舎への想いは募っていったようで。
長瀬さん とにかく”ど田舎”で生活したくて(笑) 田舎で農業や食に関わる仕事をしたいなって。それで、地域おこし協力隊の募集を調べたら、赤村を見つけました。「赤村? 名前もかわいい!」って思って応募して、面接で初めて来た時に、電車から風景を見て「なんかこの感じ、すごくいいな」と思い、地域のみなさんと話も合ったので、その時にもうここに住むって決めました。
しかし、田舎はたくさんあるなかで、なぜ赤村を?
長瀬さん わたし、離島で暮らしていたので田舎暮らしは体験していたんですけど、だからこそリアルな生活のことも考えていて。たとえばいくら田舎でも、都会からアクセスしやすくないと生活しづらいんですよね。その点赤村は、近くに空港があるし、1時間ちょっとで都会に行けるし。「ここなら暮らしていけるな」って想像できたんです。
そんな長瀬さんは、現在協力隊の任期の3年目。これまで赤村で暮らすなかで、気に入っているところはどんなところなのでしょう。
長瀬さん 自然がもう、最高。赤村の自然は、開拓されていない自然というか、つくられた自然じゃない感じがありますね。家から一歩出たら、すごくきれいな夕日が見えるとか。近くに岩石山という山があるんですけど、そこで軽登山して、ご飯食べたりもできるし。今でも毎日、「うわぁ、素晴らしいところだな」って思いますよ。野菜も美味しいし、お水も美味しいし、お米も美味しいし。すごく気に入ってます。
また、協力隊として活動する上でも赤村のメリットを感じているそう。
長瀬さん こんなにいいところなのに、他の地域の方は赤村のことを知らないんですよね。もったいない!
福岡に移住したい方は、糸島に行くことが多いんです。それももちろんいいんですけど、糸島は移住者がすでにたくさんいるから、もしわたしが移住してたら「糸島のかなちゃん」ってなっちゃってたと思います。
でも、赤村だとまだ移住者も多くないから、頑張って活動していたら「かなちゃんの赤村」というふうに、自分の名前を先に覚えてもらえるんです。これから自分の名前で仕事をしたいって思う人にとっては、有利でしょうね。”赤”村なのに、協力隊にとってはブルーオーシャンなんですよ。
一方で、田舎ならではのしがらみなど、大変なところもあるのでは?
長瀬さん しがらみ、私は全然感じてないんですよね。協力隊の活動以外に副業もやってるし、行きたいところに行かせてもらってるし。それは誰でもしがらみがない、というより、わたしがたぶん上手にやっているのかなって。出張に行きたかったらちゃんと企画書を書くとか、コミュニケーションをきちんととるとか、やるべきことをちゃんとやれば、自由度は高いと思いますよ。
「ただ…」と長瀬さんは続けます。
長瀬さん どうしても自分でご飯をつくりたくない日、あるじゃないですか。そんなとき、外食するところがあまりないのがつらい(笑) 小倉や博多は近いとはいえ、向こうからの終電が20時くらいなので、ゆっくり飲めないし、車で行くと誰かが運転手にならないといけないし。だから気軽に飲みにいったりできないのはちょっと残念ですね。
赤村で暮らすことになったら、豊かな自然のもとで暮らせる反面、都会的な遊びは我慢しなければならないかも。しかし「休日はキャンプに行くのが趣味!」という方であれば、むしろ毎日が遊びの延長、全力で遊ぶことが仕事になるようなライフスタイルが実現できるはずです。
「キャンプライフ」の体現者であり、提案者になる
取材を終え、温泉で身体を温めたあと、僕は川沿いにテントを張り、一晩をすごしました。焚き火をしながら見上げた空には無数の星が輝き、さらさらという水のせせらぎが耳に心地よく、ときおり遠くから鹿の鳴き声が聞こえてきます。この日はほとんどほかにテントはなく、自然をひとりじめしているような、贅沢な感覚に浸りながら眠りに落ちました。
きっと「キャンプライフ・コーディネーター」になる方は、日々こんな夜をすごすのでしょう。ここ赤村でしかできないキャンプライフを実践しながら得た「もっとこうしたら楽しいんじゃないか」というひらめきを、企画に落とし込み、その素晴らしさを多くの方に届けていく。まさに、キャンプライフの体現者であり、提案者になるはずです。
「源じいの森」に興味を持った方は、応募後に赤村に滞在していただき、地域のことやここにいる人々のことを知ることができる機会も設けるそうなので、「興味があるけど、まずは赤村のことをもっと知りたい」という方は、ぜひ応募してみてください。
ここ赤村で、どんな「キャンプライフ・コーディネーター」が誕生するのか。その3人が提案する「キャンプライフ」を体験できる日を夢見ながら、筆を置くことにします。
(写真: ALBUS 天本浩一)
– INFORMATION –
今回ご紹介した「キャンプライフ・コーディネーター」の募集についてもご紹介する予定ですので、エントリーに興味を持った方は、ぜひご参加ください。※イベントは終了しました。