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地方創生をやるとは言葉にしない。でも、誰も見たことのない創生を成し遂げる。「オリエンタルコンサルタンツ」が神奈川県開成町の酒蔵を復活させたストーリー。

神奈川県の西部に位置する人口2万人ほどの町、開成町。2018年、この町に小さな酒蔵が復活しました。その名は「瀬戸酒造店」。慶応元年(1865年)に創業したのち、1980年に一旦自家醸造を休業。このたび、開成町のまちづくりの一貫として復活を遂げました。

ただ、この復活、廃業した酒蔵が一念発起し、再び酒づくりを再開したというわけではありません。渋谷に本社をもつ「株式会社オリエンタルコンサルタンツ」と行政が事業連携し、「今までにない地方創生を成し遂げる」ことをミッションとして生まれたプロジェクト、それが瀬戸酒造店の復活だったのです。

まちと企業と地域の人が酒蔵を中心につながり、地方創生を目指す。そこにはどんなストーリーが流れ、そして、どんな未来を描いているのでしょうか。

「オリエンタルコンサルタンツ」から「蔵元」として出向する森隆信さんは言います。

世の中に本当に地方創生を成功させた企業を、私は知らないんですよ。「オリエンタルコンサルタンツ」は地方創生のNo.1企業を目指してるんです。

僕らがやろうとしているのは、東京の大きな会社が酒蔵を買い取って酒造をして儲けようというのではなくて。コンサルタントの会社として正真正銘の地域活性化をやろうと思ってやっているんです。

地方の酒蔵復活を東京の大手コンサルタント会社が手がける。そこにはどんなロジックがあり、ストーリーがあり、その本質には何があるのか。今回は小さな酒蔵復活の奥にある、見たこともない地方創生の様子をお届けします。

開成町に広がる美しい田んぼの風景とともに、決して甘くはない、でも、わくわくするような瀬戸酒造店の物語を感じてみてください。

森隆信(もり・たかのぶ)
1971年長崎県生まれ。福岡の建設コンサルタント会社で橋梁の設計に従事。オリエンタルコンサルタンツに転職し、橋梁設計から、新規事業を開拓する部署へ異動。道路や空港などのインフラを民間が運営するPPP・PFI、コンセッション事業を担当。地方創生事業として、開成町の古民家「あしがり郷瀬戸屋敷」と「瀬戸酒造店」を活用した地域活性化事業を企画立案し、責任者として開成町に常駐する。株式会社オリエンタルコンサルタンツ関東支社地域活性化推進部次長。株式会社瀬戸酒造店代表取締役。
瀬戸酒造店
株式会社オリエンタルコンサルタンツ

まちのランドマークとして復活した瀬戸酒造店

まずは「瀬戸酒造店」について詳しくお伝えしましょう。

冒頭にもお伝えしたように「オリエンタルコンサルタンツ」を親会社とし100%出資のもと、2018年に復活。もともと開成町は”酒田村”といい酒米をつくっていた地域だそう。地元の農家がつくる酒米に加え、地下80メートルから汲み上げられる丹沢山系の深層地下水。この地域資源が、瀬戸酒造店の酒造りには欠かせない要素になっています。

店舗では仕込みの水をふるまっています。

特筆すべきは、酒蔵復活の本当の目的は「地方創生」であるということ。

蔵主の森さん曰く、コンサルタント会社がプロジェクトに関わるというと、方向性を検討し、報告書を書くことが仕事ですが、そうではないのが瀬戸酒造店の事例。人を現場に常駐させ、資金も公共のお金ではなく、民間の資金だけでやるのです。

さらに、地域の人たちとともに発酵をテーマにしたまちづくりを進め、農泊といった人の流れをつくるところまで視野にいれたプロジェクトとなっています。

たとえば、「はっこう大作戦」と銘打ちはじまったプログラム。復活と同時にこれまで2年、年間50人ほどの地域の方が、無料で発酵に関する様々な座学と実践を学べるプログラムを実施。このプログラムは東京農業大学の醸造科学科と連携し、「神奈川県未病プロジェクト」にも採択され、現在も広がりをみせています。地域に発酵に詳しい人が増えることで、都会や海外からの訪問客に、地域のインフラを使った発酵の体験コンテンツを提供するプレイヤーになってもらうという意図があるのだとか。

また酒蔵が復活することでまちで酒米づくりが盛んになることも、地方創生を成し遂げるためには大事なミッション。酒米は飯米より単価が高く、地元の農家も元気になり、まちが元気になるという構想があるのだと言います。蔵と共に新しく酒米づくりに挑戦する農家が現れたり、地元の高校生が授業の一貫で酒米をつくることも始っており、これらの活動が開成町の豊かな田園風景を守ることにつながっています。

酒米、「吟のさと」の田園風景が開成町に広がります。

地域創生を根底に動き出した瀬戸酒造店ですが、驚くべきシンデレラストーリーも生まれています。

2019年にフランス、パリで開催された権威ある日本酒のコンクール「Kura Master 2019」にて、出品された720銘柄の中から瀬戸酒造店の純米吟醸酒「セトイチ音も無く」がトップ14にランクイン! たった1年で授賞式に名を連ねるのはありえないことだと、錚々たる酒蔵の社長たちを唸らせる偉業を成し遂げたのです。

これを機に海外への輸入も本格化。森さんは、「一重に杜氏の丁寧な仕事の賜物」だと言いますが、杜氏を引き寄せたのは森さんの熱意だと周囲は言います。このシンデレラストーリーに、日本酒業界も「日本酒がおもしろくなる明るい話題」と期待のまなざしを向けています。

瀬戸酒造のラインナップには地元で有名な「紫陽花」の花の酵母をつかった日本酒も。

ラベルや冊子など、東京青山にあるデザイン事務所が担当。ジャケ買いも楽しめるほどのおしゃれさです。

神奈川県の小さなまちで始まった酒蔵のストーリーですが、瀬戸酒造の酒を通じて、フランスの人々が開成町を知り始めている。そんな状況になんだかワクワクしてきませんか。

これこそが地方創生だという事業モデルをつくりだす。

蔵元になって3年目、決して平坦な道のりではなかったと森さんは言いますが、コンサルタント会社が酒蔵を復活させ、地域に根ざしていく。
そこにはどんな意図があるのでしょうか。

僕はもともと国土交通省からの業務で橋の設計をしていたんですが。次のミッションとして、地方創生をキーワードに新規事業をつくるっていうのを与えられたんですね。

今だと、コンセッションというキーワードで空港や道路を民営化する事例もあるんですが、公共と民間が連携しながら、地域のインフラを活用していく事業を模索していました。そこに開成町から酒蔵を復活させたいというお話がきて。

酒づくりという未知の領域にコンサルが入っていけるかは社内でも様々な論議がありましたが、2年かけて計画をブラッシュアップし、復活となったんです。

取材日の夕刻には地域のおまつりに出店。自ら店頭にたつ森さん。

コンサルタント会社が酒蔵をやる。これは日本でも類を見ない事例だと森さん。

通常、コンサルタントが地域活性化に関わる際の仕事は、地域活性化の起爆剤になるもの、例えば、地域のやる気スイッチを探すことなのではないかと僕は思っていて。今回の開成町の場合、そのスイッチが瀬戸酒造店だったんです。

それを自ら押して、地域の人たちと一緒に走りますっていうのは、多分コンサルタントの仕事じゃないんですね。でも、そこまでやったのがこの開成町の事業なんです。

あえて、そこまでやる。そこには正真正銘の地方創生を事業として成し遂げる構想があるからだと森さんは言います。

正真正銘の地方創生っていうのは、地域の団体が補助金をもらって取組み、補助金が切れたら終わりになるようなものではないと僕は思うんです。そこに住んでる人たちが地域資源を使って、外から来る人をもてなして、外からきた人はまた来たいねとなり、まちが元気になる。

そこに至るためのストーリーをロジカルに組み立て、実行するための仕組みをつくる。それが、プロの役割だと思うんです。

開成町は発酵をテーマにした構想をまずつくりました。僕らはいい酒をつくることだけが目的ではないんです。地方創生というキーワードで、「これこそが地方創生だよね」っていう事業のモデルをこの世につくり上げることなんです。

新しくつくられた麹室。

さらに森さんはこう続けます。

僕らはプロなので、イベントをやるにしてもたくさんのことを考えて取り組みます。安全、安心はもちろん、来た人にどうやって満足を与えるか、わからないことはやってみて改善を繰り返します。一方で地域の人たちはプロではない。

でも、地域活性化事業でお客様に感動を与えることができるのは、プロからのサービスではなくて地域の方からの心のこもったおもてなしであったり、その土地にある本物を感じさせる資源なんです。それを無理のない形で地域の人たちが楽しみながら提供できる、それが地域活性化と言える正しい形だと思うんです。

つまり、地域の人とプロが共通意識をもって、ちゃんとお金をとってシステムをつくりサービスをまわす。地域の人たちはルールを守りながら楽しんでお客様をもてなし、お客様に感動を与える。

そういう仕組みがつくれないと、地方創生は継続しないと思うんですね。持続可能な地方創生事業をこの世に残す、そんなビジョンを大事に考えながら、コンサルから一歩中に入り込んで瀬戸酒造店は今進んでいるんです。

地域をよく観察し、やる気スイッチを探す。
それを自ら押し、地域と共に進む。
小さな蔵の復活の裏には、これまでにない地域創生の事業モデルが動いていました。

まちのシンボル、紫陽花をイメージした蔵の入り口。ここから世界へ瀬戸酒造の日本酒は旅立ちます。

本気の人があつまる、本気でやる、するとつながる。

地方創生の事業モデルとして動き始めた「瀬戸酒造店」の物語。そこには、酒蔵には欠かせない杜氏の存在や農家、地域の人やお店、デザイナーとの出会い。様々なつながりがあってこそだと森さん。そんなつながりというキーワードについて伺ってみると少し意外な答えが返ってきました。

本当にたくさんのことを戦略的に考え、実践してきましたが、それほどスマートでかっこいいストーリーじゃないんです。想像を超える出会いと、出会った人の想像を超える仕事に助けられたお蔭なんです。特筆するような人脈があったわけでも、出会いを手助けする集まりに参加したわけでもない、つながろうとしてつながったわけじゃない。

よく取材や講演でどうやってこの事業を立ち上げたんですか、そのノウハウはなんですかって聞かれるんですけど、もう一回やれっていわれても自信はないですねって僕は答えるんです。

プロジェクトが動きだして、蔵は建設が進むのに杜氏が見つからない。しょうがないから自分が杜氏になるしかないかと腹をくくりつつあった矢先に、ダメもとで出していたハローワークから、杜氏の応募があったり。そんな奇跡のようなことがあったから。でも、奇跡っていうのは、必ず本気になっている人が集まらないと起きないんです。意図してはできない。

新たに酒米つくりに手をあげた地元の農家、府川さんの田んぼにて。現在5反の田んぼで酒蔵と共に酒米つくりを日々研究されています。

瀬戸酒造にまつわる様々なつながりを奇跡だという森さん。
さらにこう続けます。

つながりとは少し逸れるかもしれませんが、デザイナーとの出会いですごく共感したことがあって。

彼がいうには、お客さんから見たら地域活性とか重たいと。やっている人がしょっていると、ユーザー側は重苦しい、地域活性とかはあんたらの都合でしょと。でも、地方創生の入口として、酒を飲んでもらいたい、もっとみんなにこの地域を楽しんでもらいたい、感動してもらいたいと思うのなら、地域活性とかとりあえず置いときなと。

酒はうまい、発酵はおもしろい、それでいいじゃんって、そこにとても共感したんです。だよね、みたいな(笑) 

たとえば、酒屋の社長と話すのが好きだっていう人とか、ラベルがかわいいからとか、田舎がすきだからとか、色々いていいよねって。お客様に「地域活性化とは」とか、全然言わなくてもいいんですよ。もっと軽い気持ちでカジュアルにできればもっと広がっていくし、想像もしてなかったところとつながりやすいんじゃないかなと思います。

ふわふわした理想論ではなく、あくまでプロとして、リアルな地方創生事業を実践する。お客様に自分たちのビジョンを語る必要はない。でも、社員や地域の人たちは心の真ん中にビジョンを持っている。カジュアルに見せることもまたプロ。情熱は語らずとも伝わる。そうして生まれたつながりは奇跡。

森さんだからこその力強いことばに改めて、瀬戸酒造店復活のすごさを感じました。

世の中にまだないコンサルタントの形をつくる

最後に、コンサルから一歩踏み込んだ森さんが見えている風景を伺いました。

僕も今回のプロジェクトで現場に出て初めて「あ、そういうことか」ってわかったというか。結局、人の顔が見えないと物事はうまくはいかないんだなと。

コンサル業務の報告書で事業スキームを書きますが、商工会や観光協会がそのまちにあれば、とりあえずつながった図にしとこうとなるんです。でも、実際は組織ではなく、その組織の担当者がどんな人か、なんです。

現場に入り、顔の見える関係ができて、初めて本当のコンサルができる。コンサルは難しいなあと心底思います。

でも、今は僕ら自ら現場に入って、そのスキームが正しいのか、実証できる。「オリエンタルコンサルタンツ」は言いっぱなしではない、説得力のあるコンサルタントを目指しているんです。

この「瀬戸酒造店」のプロジェクトは始まったばかりですが、本当に成功したとしたら、それこそ、コンサルとして本物だという証明だし、これから先、もっともっと成長していける。僕の話をきいて、自分もやってみよう人が増えるといいなと今は思います。僕自身はこれぐらいしか成し遂げられないかもしれないけど、若い人はもっと面白くて、魅力のあるものができるはずだと思うんです。それを見るのが楽しみですね。

神奈川県の西の片隅、開成町に復活した「瀬戸酒造店」。

都会のエッジのきいたデザインにおしゃれなボトル。
共感を呼ぶまちづくりのストーリー。
でも、決してかっこいいだけじゃない、地道で本気な酒づくりと顔と顔がみえる地域との関係。

それを、これまで国の大きな仕事を担ってきた会社がそのノウハウと実力を本気でぶつけることで、瀬戸酒造店は進んでいます。

周りを山々に囲まれた地元の小さな学校の校庭で、祭囃子の中、瀬戸酒造ののぼりがたつ光景に、土臭くもエッジの効いた未来づくりが始まったと強く感じました。

まずは開成町を訪れて、瀬戸酒造のお酒、手にしてみませんか。
酒はうまい! 発酵は楽しい! からはじまる、つながりがあるかもしれません。

(Photo by Photo Office Wacca :Kouki Otsuka)

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