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WIRED松島倫明が鈴木菜央と語る、未来のテクノロジーで幸せになる選択とは。

今年7月、greenz.jpは創刊13周年を迎えました。
「エコで楽しいウェブコミュニティメディア」としてはじまり、書籍を出版したり、NPO法人化したりと、13年の間にいろいろなことがありました。

今日はそんな13周年を記念したイベントのなかでおこなわれた、『WIRED(ワイアード)』日本版編集長・松島倫明さんのトークの様子をお届けします。

松島倫明(まつしま・みちあき)
1972年東京生まれ。1996年にNHK出版に入社。翻訳書の版権取得、編集、プロモーションなどを幅広くおこない、『FREE』『SHARE』『MAKERS』など、数多くの話題書を手掛ける。2018年6月に『WIRED』日本版の編集長に就任。

『WIRED』はテクノロジーを通して見た、ライフスタイルや社会、カルチャーなど、私たちの未来について考える雑誌です。1993年にアメリカで創刊されました。

松島さんは最初に、「創刊の辞」を教えてくれました。

In the age of information overload, the ultimate luxury is meaning and context.

「創刊の辞」には、情報がこれだけあふれている時代で、もっともラグジュアリーなのは「意味」と「文脈」である、と書かれています。

25年前のインターネットがまだなかった時代に、ニュースや情報にどんな意味があるか知ることがもっともラグジュアリーだと。これは、今でも僕らが一番大事にしていることです。

テクノロジーと人間のこれから

“singularity”という考え方があり、直訳すると「特異点」ですが、テクノロジーが人類の知能を超える時点のことです。現在、人工知能は2045年頃には全人類の知能を超えるだろう、と言われています。つまり、人間が人間より賢いものをつくったということです。

そういった考えについて書かれたのが、ユヴァル・ノア・ハラリの著書『ホモデウス』。そのなかで、松島さんは次の3つを紹介してくれました。

イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリによる『ホモデウス』

ひとつは「オーガニズムとはアルゴリズムである」。いま、僕は指輪で心拍数などのデータを取っているのですが、生き物とはアルゴリズムであり、生命とはデータ処理である、とハラリは提唱しています。

2つ目は「知能と意識の大いなる分離」。「意識」とは何か、という定義はまだないですが、アルゴリズムによって生物的な知性があれば、意識は必要ではない、とハラリは言っています。

最後に「ヒューマニズム(人間中心主義)からデータイズムへ」。これは『ホモデウス』の根本にある主張です。

コンピュータが、人間以上に人間のことを理解しているときがくる。たとえば心拍数などを解析することで、どのくらい怒りやストレスを感じているとか、人間が自分でコントロールできないことをコンピュータがコントロールしてくれる。つまり人間をよく知るためにはコンピュータに訊いたほうがいい、という大いなる逆転が起こるだろう、と。

自分以上に自分のことをよく知っているテクノロジーとデータを使うことで、人間がさらに世界のことを知ることができ、強化されていくのです。

こうした考えに反対する人も当然いると思いますが、そうなると最終的に、強化された人間とそうでない人間の格差が生まれてくる。そうした人たちは「useless class(使えない層)」と呼ばれ、これからの社会の大きな課題になるだろうと、『ホモ・デウス』では危惧しています。

人間性の価値を見つめなおす

たとえば眼鏡をかけることはテクノロジーによって人間の能力を拡張している行為だけど、では、どこまで拡張していいのかという議論もあります。

アマゾン社では従業員がロボットと同じように働かされることに対してデモを起こす地域もあるそう。それと同じことが、200年前にも起こっていました。 

1810年代にイギリスで起きたラッダイト運動は、産業革命によって普及した機織りなどの機械を壊す運動です。彼らもテクノロジーに対して、人間性を剥奪されていると反対したのです。

いまもAIとかロボットによって人間性の価値が問われているけど、産業革命と同じことを繰り返しているのではないかと思いますね。

テクノロジーは、人類が火を発見したときからはじまっている

現在のデジタル革命は「人類が火を発見したことに匹敵する変化」だと松島さん。

「テクノロジー」とは、人間が火を発見し使うことで何が起こったのか、というのと同じ問いとして考えていかないといけない。『WIRED』はそのくらいのスパンで考えています。

では、テクノロジー自身は何を求めているのか。『WIRED』の創刊エグゼクティヴエディターでもあるケヴィン・ケリーの著書『テクニウム』によると、「テクノロジーは生物のような存在である」とあります。

「テクニウム」とは生命が進化していくのと同じように、テクノロジーも環境やインタラクションのなかで進化していくという考え方です。

進化していく先には、どんな未来が待っているのでしょうか。

いま僕たちがテクノロジーを介して誰かに何かを伝えるときって、キーボードとかタッチパネルを打って、文字に変換していますよね。最近ではGoogle Homeとかスマートスピーカーが出てきて、バーバル(言語的)な行為になっています。

その先にあるのは脳で、脳を直接つないでしまう。最終的には脳が人間だけでなくマシンやあらゆるものとつながった世界に、どうやらやってくるだろうと言われています。なので、「テクニウム」のように人間がテクノロジーや他の生物と共に生物圏をつくり、つながっていく未来が考えられます。

『WIRED』なりに「いかしあうつながり」を考えてみた

高層ビル群を臨む緑のなかで佇むロボットが印象的な、『WIRED』vol.32の表紙。

今年3月に出版された『WIRED』vol.32の特集は、「DIGITAL WELL-BEING 日本にウェルビーイングを」。well-beingとは、心身ともに、そして社会的にも健康で、満足できる生活を送れる状態のことです。

テクノロジーは何のためにあるのか。それは人類がwell-beingを高めるため。ではwell-beingとは何か、と問いかけるのが使命だと思っています。

『WIRED』ではwell-beingは人間だけのものではない、と考え、表紙はメルボルンの植物園にロボットを立たせました。

いかしあうつながりを考えるときに、人間だけの話ではないし、人間と動物、自然、宇宙だけの話でもないし、人間が火を発明して以来のテクノロジーとのつながりも非常に大事で、人間とテクノロジーがお互いにどうやっていかしあうかはwell-beingに大きく関わってくるでしょう。

テクノロジーが僕らにずっと寄り添っているとしたら、その生態系すらをどうやって取り込むかがこれからの課題なのかなと思います。

テクノロジーそのものではなく、「使い方」が社会を変える

続いておこなわれた、松島さんとgreenz.jp編集長・鈴木菜央による対談の様子をお伝えします。

菜央 『WIRED』は創刊したころから読んでいるのですが、僕のなかでは、テクノロジー自体にいい・悪いはなくて、どう使うかが大きいと思っています。

松島さん おっしゃる通りで、いい意図で使えばいい効果を倍増してくると僕も思います。「お金を儲けたくて、地球環境はどうでもいい」という使い方をすればそうなるし、逆に「お金は儲けなくてもいいけど地球環境をよくしたい」という使い方をすればそうなる。単純にそういう話かなと思いますね。

菜央 本来、テクノロジーは人間が幸せになるために開発されてきたと思うんだけど、人はなるべくたくさんの人を動かしたいという欲求があるから、目の前にそれを実現するテクノロジーがあったら使うのかもしれないね。

でも、人間が自然環境を搾取することには限界がきていて、その限界を迎えた世界の中で、これからどうやってテクノロジーが変わっていくか、進化していくのか、に興味があります。

松島さん 以前、アースデイのプレイベントに出たときに、「あなたの暮らしは地球何個分を使っています」と出るアンケートがあって。たとえば地球3個分の場合、ほかのゲストの方たちは「どうやったら人類は1個分の暮らしに戻せるか」という話をしていたんですけど、僕は「テクノロジーを使ってどうやって3個分の生活をできるか」と考えてみたんです。

遡ると農業革命も、自然環境を壊して耕すことで食料を安定的に得て、人口が増え、成長してきたんですよね。

菜央 「テクノロジー」は、「実態」ではなく、「概念」ですよね。究極的には人間という身体がある存在がいるから「概念」も存在しうる。だから、テクノロジー「も」、僕らが従っている自然の法則に従わざるをえない。

長いスパンでみたときには、自然の法則に沿ったテクノロジーが生き残り、自然の法則に沿わないテクノロジーは生き残れない。つまり自然に許されたものだけが続いていると僕は思っているんです。だから最終的にはいいテクノロジーしか続かないと思っています。

人間を自由にするテクノロジーか、不自由にするテクノロジーか

広大な「ブロックスパーマカルチャー」の一角。右にあるのは廃材と太陽光パネル、そして池の水を使ったシャワー。

菜央 2014年にアメリカの「ブロックスパーマカルチャー農園」に滞在しました。テクノロジーの観点で言えば、彼らは24ヘクタールの自給農園でとても興味深い実験的暮らしをしている。

太陽、高低差、自然の湖、ゴミとして捨てられていた太陽熱温水パネルなど、あらゆる要素を活かしてつなげて、自然とつながれる最高な絶景シャワーをつくったり、無料で肥料が集まる最新型のコンポストトイレシステムをつくったり(詳細はこちら)。彼らが研究している「パーマカルチャー」とは、身の回りにあるあらゆる要素をつなげて、持続可能な幸せを生み出す技術なんですね。

そこで農園の運営者と参加者が話していたことは、この農園で実験されている「生き延びるためのテクノロジー」は、これからの気候変動、社会情勢の変化、経済危機が起きたときに、世界に提供できるように準備している、という話でした。

これからどうなるかわからない世の中で、自分たちで知識を共有して次の世界を担える技術を開発し、世界中に広げよう、と。

アメリカのマサチューセッツ州にあるの「ポシビリティアライアンス」というコミュニティでは、戦争、搾取、破壊などの、世界の「持続不可能性」に貢献しないテクノロジーだけを選んで使っているんです。

具体的には、クルマ、電気、コンピューターを使わない。ろうそくで明かりを取り、自転車、馬で移動し、電車には乗る。のこぎりはつかうけど、電動丸ノコは使わない。SNSもウェブサイトも当然ない。議論した結果、固定電話だけがあるそうです。結果としては、だいたい1900年までに発明されたものしか使わないというのが、興味深い。

松島さん 電話というテクノロジーも、発明された頃は「それで会話したら人間らしさが失われる」と言われていたそうです。一人の人間にとって、生まれたときからあるテクノロジーは自然の一部で、18歳から35歳までに生まれたテクノロジーはクールでエキサイティングで、それ以降に生まれたものはすべて人類の敵だと認識する、という話もありますね。

ポール・ヴァレリーというフランスの詩人が「湖に浮かべたボートを漕ぐように人は後ろ向きに未来に入っていく」と言っているように、僕らは新しいテクノロジーに向かって進んでいるんだけど、見えている景色は自分が進んできた景色なんですよね。

菜央 なるほど。松島さんは先ほどの講演で「いつか脳やあらゆるものがつながる時代がくる」と言っていましたが、賛同できない人も多いんじゃないですかね。

松島さん 多いでしょうね。人間が能力を拡張したときに誰が止めるのか、というのは大きな問いです。自動運転も一般的になったら、自分で運転する人は珍しくなる。

菜央 いま車に「赤ちゃんが乗っています」というシールがあるけど、それが「人間が運転しています」になるみたいな(笑)

松島さん そうそう(笑) 人間が運転するほうが、価値が出てくるかもしれないね。

テクノロジーが導く未来

菜央 僕はテクノロジー自体はいいも悪いもないと思うんですが、問題はテクノロジーが「お金」と結びついていることにあると思っています。テクノロジー開発と普及にはとてつもない金額の「お金」が必要で、その動きをリードしているのは個人や非営利組織ではなく、大企業、国家になっているという課題意識があります。

たとえば、ビッグデータの時代だって言われて久しいけど、データは大量に集めることで意味が出てくるので、政府とか大企業とかパワーのある人がテクノロジーを使うことでより人びとの行動に影響を与え、結果として支配できるパワーを持ちつつある。僕はこのような状況が続くならば、テクノロジーがいい方向に使われるという展望を描けないなあ。

松島さん たとえば僕たちはGoogleにアクセスすることで情報を得られるけど、一方でデータを握られている。データに対して個人の主権が全然ないのだけれど、いかにそれをもう一度民主化していくのかを考えたいと思っています。

テクノロジーがいきすぎちゃってAIとかよくわからないという人もいると思うけど、目を背けてほしくないですね。

菜央 僕は80年代に東京で子ども時代を過ごしていて、大人たちが企業戦士として全員同じようなグレーのスーツを着て歩いているのを見て「こんな世界に自分は行くのか」と恐れおののいて。その時に見つけたのが「インターネット」という世界だったんです。

みんなが、社会が大きなシステムにどんどんと取り込まれてクリエイティビティを失っていく(ように見えた)なかで、インターネットの世界では個人のクリエイティブとか自由が認められていたし、奨励すらされていたことに心底興奮したんですよ。「ああ、僕の居場所はここにあったのか!」って。

それが今や、インターネットはどんどんと大企業が思いのままにする場所になってきた。個人の行動履歴がどんどんと集められ、とてつもないお金を産み、どんどん中央集権化したい人たちがいる。これは、一人ひとりの創造性をつなぎ合わせて、いい世界をつくっていこうとする人たちとのせめぎ合いだなと感じています。

自己満足が利他的な幸せにつながるには

松島さん インターネットは共感の幅を広げたけれど、ある種の共感のインフレとフィルターバブル化が起こっている。だからこそ、共感の先にある利他的なアクションを起こすにはどうすればいいのかは大きな問いですね。

菜央 地域通貨もテクノロジーと捉えると、一人ひとりは自己中心的に行動するんだけど、コミュニティになると利他が生まれます。たとえば、この前いすみ市の地域通貨を介して洗濯機をもらえたのですが、譲ってくれた人にとっては洗濯機を捨てるのも大変だから、お互いにラッキーだった。地域通貨の参加者の一定数は、「得をしたい」というモチベーション。でも、それでいいというデザインになっている。

そういうコミュニティを各地につくることができていけば、こういうプラスとマイナスのマッチングがたくさん起こる可能性がある。相手も幸せになるかを考える知性がテクノロジーを動かしていれば、そのテクノロジーはすごくいいものになるんじゃないかな。

松島さん まわりの人たちが幸せかどうかが自分の幸せを決めるというのは、日本的なwell-beingで、いかしあうつながりってそういうところに接続していて、まわりを尊重しながらのテクノロジーを考えていかないといけないですね。

菜央 テクノロジーと人間のいかしあう関係についてはまだ答えが出ないけど、今日の対談を通じて、テクノロジーについて考えていかないと自然環境や社会の問題は解決されない。そして、人間という存在はテクノロジーとは、不可分だということがわかった。だからこそ、テクノロジーについて、考えることをもっと深めていきたいと思います。松島さん、今日はありがとうございました!

(対談ここまで)

最後に参加者のみなさんと記念撮影しました。

グリーンズが提案している「いかしあうつながり」と、WIREDがテクノロジーを通して見る未来。一見すると相容れないような両者の考え方は、見事な化学反応を起こしていました。

テクノロジーが広がっていくにつれて、インターネットも社会と同じように中央集権化が進み、グリーンズではテクノロジーにまつわる記事をあまり取り上げなくなっていました。しかし、社会課題を考えるうえでテクノロジーを無視することはできない、と改めて気づく対談となりました。

みなさんは、どんな使い方をすれば、テクノロジーといかしあう関係がつくれると思いますか?

(写真: 秋山まどか)

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