神奈川県にある古都、鎌倉。修学旅行や観光で、一度は訪れたことがあるのではないでしょうか。
寺社仏閣が多く残る鎌倉市は歴史のあるまちというイメージが強いかもしれませんが、いま、日本最先端の取り組みに挑戦しています。それが、SDGsです。
SDGsとはSustainable Development Goalsの略で、「持続可能な開発目標」のこと。2015年の国連サミットで採択された、2016年〜2030年の15年間で達成するために掲げた国際目標です。全部で17のゴール、169のターゲットから構成されています。
日本では内閣府が、自治体によるSDGsの達成に向けた取り組みを提案する29都市を「SDGs未来都市」として選定し、特に先導的な取り組みである都市を「自治体SDGsモデル事業」に選定。鎌倉市はこの「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」の両方に認定されました。
その一環として、SDGsの要素を市の総合計画の改定に合わせて、取り入れることになったのです。
そもそも総合計画とは、どのようなまちにしていきたいか、そのために誰がどのようなことをするのかをまとめたもの。たとえば「平和を希求するまちを目指します」「歴史環境を保全します」「気軽にスポーツを楽しめるまちにします」など、各自治体のホームページなどで見ることができます。
鎌倉市の場合、今年で第3期基本計画の計画期間が終わるため、新たに2020年〜2025年に実施される第4期基本計画を策定する必要があり、ここでSDGsの要素を盛り込むことになりました。
具体的にどのような内容になるのか、企画計画を担当している共創計画部の飯泉浩二さんに伺いました。
飯泉さん 鎌倉市はもともと持続可能なまちとして様々な取り組みを実施してきました。例えばリサイクル率は全国でもトップクラスですし、去年は「かまくらプラごみゼロ宣言」をし、ごみ問題を含めた環境面に特に注力しています。
また、基本計画にSDGsの考え方を取り入れることで、新しい視点も生まれました。これまで消費者支援というと、オレオレ詐欺といった消費者詐欺やトラブルに対する支援をしてきましたが、これからはSDGsに寄与する取り組みとして、エシカル消費など自分の消費行動によって世界の課題解決につながるような支援に力を入れていこうと考えています。
一方で、基本計画にSDGsの視点を盛り込むうえでの課題も。
飯泉さん 国内ではほぼ前例のない取り組みなので、今やっていることが正解なのかわからず、難しいですね…。
SDGsは世界の課題なので、なかには「飢餓をなくす」とか「安全な水とトイレを」といった目標もあります。どれを市の政策に入れるべきか、まずは169あるターゲットを総ざらいして、鎌倉市として貢献できることを検討しているところです。
仲間づくりのための市民対話
計画の策定に向けて、行政だけでなく市民の声も反映させたい。そこで実施されたのが、フューチャーセッションズとおこなった市民対話のワークショップです。
鎌倉市の未来のまちの姿を描き、地域が主体となるまちづくりについて考えるべく、全4回のワークショップを開催。
これまでの市民対話というと、市民の苦情を受け付けて職員が謝罪する…といったこともあったようですが、「それでは次にはつながらないし、計画にも反映されません」とワークショップの運営を担当した共創計画部の竹之内直美さんは言います。
竹之内さん そうではなくて、市民のみなさんと一緒に、実現可能な形で共創していきたい。その視点が抜け落ちていたんです。そこで一緒に政策を進めていく“仲間”をつくりたいと思い、今回のワークショップを企画しました。
竹之内さん SDGsには経済・社会・環境の3側面があり、17のゴールが相互に関係しています。この3側面が好循環している総合的な取り組みが、持続可能な社会の実現につながります。
そのため、経済・社会・環境それぞれの観点から、どのように好循環させるかも考えながら鎌倉市のありたい姿をみんなで考えました。
ワークショップでは、1回目は鎌倉市内を5つの地区に分け、それぞれの魅力を抽出。それらを起点に、2030年に鎌倉市が取り上げられた未来の新聞の一面を描きました。
2回目は経済・社会・環境の3つの観点に分かれてチームをつくり、「2030年の鎌倉市の未来の物語」を描いて共有。
この「2030年の鎌倉市のありたい姿」の実現に向けて、3回目は共創活動を生み出す問いを検討しました。たとえば「どうすれば、玉縄(地区)に世代を超えて地元住民と外の人が集まれる場をつくれるか?」「どうすれば、空き家を使って事業を運営したい人が生み出せるか?」などの問いが出ました。
4回目はその問いに応えるプロジェクトアイデアを企画。幅広い年代の人たちが参加できる「ミュージック・フェスティバル」や、空き家オーナーと空き家を使いたい人をマッチングする「空き家めぐりツアー」などのアイデアが生まれました。
参加者どうし、市民と職員がつながる場に
ワークショップは主に少人数のグループで分かれておこなわれましたが、その理由についてフューチャーセッションズの筧大日朗さんはこう言います。
筧さん 参加者どうしの信頼関係を築くことを意識しました。たとえば話し手と聞き手を分けて、傾聴し合うという姿勢を出しやすくしたり、発言の量や機会が偏らないように、少人数での対話を中心におこなったりしました。
参加者は中学生から80代までと幅広く、毎回60名ほどが参加。通常、行政が主催するイベントは、年配の男性が多くなるなど、参加者の顔ぶれが固定されがちです。今回は、いつもの人たちだけでなく、若い世代の人たちにも参加してもらい、これから政策を一緒に進めていく仲間を広げていきたいと、さまざまな工夫をおこなったそう。
そのひとつがチラシ。デザイナーと相談して、メッセージ性を伝えやすくするためにシンプルなデザインに。
また、参加者を公募で募るだけでなく、地域で活動している人たちに積極的に声掛けをしました。
フューチャーセッションズの芝池玲奈さんは、こうして多様なメンバーが集まったことで、参加者がお互いに感じられるように取り組んだと言います。
芝池さん この場に集まっている人はみんなユニークで、この場に素晴らしい多様性があることを体感できるように意識しました。
たとえば、初回のワークショップでは鎌倉市の魅力を挙げたのですが、この人はこんな魅力を知っているんだ、みんなで考えるとこんなにたくさん面白い魅力が出るんだ、と、集まった参加者のパワーを感じる機会になったのではと思います。
また、ワークショップでは、アウトプット作成など小グループに分かれてのワークも多かったので、そこでチームワークを引き出し、参加者どうしの関係性の構築につながるように意図しました。
最後の発表でも、一人だけで発表するのではなく、決まった時間の中でチームメンバー全員が何かを発言し、リレー形式で発表してもらうようにしました。あえて準備の時間も取らなかったので、みなさん最初は「えー!」となりましたが、結果的にはどのチームも協力してうまく発表し、それに対してオーディエンスから拍手という承認があることで、ある種の達成感につながっていたように思います。
ワークショップには職員も参加。行政はまちの仕事をしている一方で、市民と接する機会の少ない部署もあります。竹之内さんとともに運営した共創計画部の伊藤沙織さんにとっても、市民と対話する貴重な機会になったようです。
伊藤さん 市の職員として参加し、発言することで「市民と行政」という対立する形になってしまったらどうしようと不安に思っていましたが、参加してみたらそんなことはなかったのでよかったです。
あと、参加者の方が本を貸してくれたので、意見交換のためにその方のご自宅に伺うことになったんです。そういったつながりができたことも嬉しいですね。
伊藤さんはワークショップに出すお菓子もなるべくごみが出ないように個別包装ではないものを選んだり、鎌倉名物のお菓子の切り落とし(本来は捨てられてしまう端の部分が工場で販売されている商品)を出したりと、細かいところにもSDGsが散りばめられていました。
今回はアイデアを提案するところで終わりましたが、アイデアを実現したり継続したりできる意見交換会「おかわり」が鎌倉市単独の主催で開かれ、今後も開催していくとともにサポートを続けていくそうです。
関係性を編み目のように編んでいく
満足度の高い市民対話だったようですが、今後、どのようにまちの計画に反映させていくのでしょうか。
飯泉さん 正直なところ、市民対話で出た意見を、市がおこなうことを示した基本計画にすべて取り入れていくことはできません。ですが、いま取り組んでいる第4期基本計画をつくったあと、さらに次の30年の計画を考えていくので、それに向けた素地ができたのはよかったですね。成果よりも過程が重要だったと感じています。
竹之内さん 個人的には、人と人がつながっただけで大成功だと思っています。そのつながりは小さいかもしれないけど、地域のプレイヤーどうしがつながって、その関係性は続いていく。点で活動していた人たちがつながることで、網の目のように編み込まれて、どんどん広がっていくと信じています。
多くの行政や企業と協働しているフューチャーセッションズとしては、成果の見えにくいワークショップをどのように捉えているのでしょうか。
芝池さん 何かが生まれるまでには時間がかかります。今回のワークショップは、市民と一緒に考えた鎌倉市のありたい姿を基本計画に反映するという成果物だけでなく、市民との共創関係をつくるという過程をとても大事にしていました。
個々のアイデアが実現されたかどうかでワークショップは評価されがちですが、ここで新たに築かれた関係性があれば、次の計画や未来にどんどんつながっていくと思っています。
一方で筧さんは、こんな思いを語ってくれました。
筧さん 時にはイベントをやって終わり、ということもあります。今回は「自己決定」と「他己決定」の間を埋め込められないかな、と考えていました。
「自己決定」とは自分で決められることで、裏を返せば自分でやめられることでもある。だから1回やってみただけで満足して継続しにくいこともあり、他人が決めた「他己決定」のほうが意外と続くこともあるんですよね。でも、他人に決められると能動的になりにくいし、その間がちょうどいいのでは、と。
それで、さっき伊藤さんが「今度市民のご自宅に伺う」と言っていたのを聞いて、今回はうまくいったのかなと思いました。自分ごとなのか、やらされているのかわからないじゃないですか。イベントをやって終わり、ではない関係性が生まれていると感じましたね。
「共創」はともにつくる、と書きます。でも、行政と市民がともにまちをつくるには、具体的に何をどうすればいいのか、答えがありません。行政は探っているところなのです。そして市民は、どこか行政任せにしていた心持ちを「一緒にまちをつくっていくんだ」というマインドセットにすることが大事だと感じました。
鎌倉市は市民対話を通して、小さくとも、ゆっくりでも、確実にまちの未来へとつながる関係性が育まれているようです。まちは、急には変わりません。徐々に、少しずつ、じわじわと、変わっていくもの。鎌倉市はSDGs未来都市として、その一歩を踏み出したところです。
(写真: 廣川慶明)