都内から電車とバスを乗り継いで2時間半、山梨県の山間に、日々の暮らしを大切に、無農薬・化学肥料不使用の有機栽培を行なっている農家さんがあります。
ご紹介するのは、パーマカルチャーや半農半Xの考え方を取り入れながら、約9年間、山梨県北杜市で農業を営んでいるぴたらファーム、ファーム長・田才泰斗さんのお話です。
田才さんが力を入れているのが、農をベースにした暮らしを大切にしながらも、その恵みや喜びをシェアしていく農的コミュニティーの実践です。
ぴたらファームでは、今までの日本人が大切にしてきた農への考え方を大切にしながら、様々なバックグラウンドを持った若い世代がアイディアを出しながら、新しい農業の形を創っています。
畑でとれる作物を収穫し、自分たちで調理し、家族全員みんなで食卓を囲むことも、昔は当たり前に見られた光景でしたが、今ではその機会も減ってきています。
ぴたらファームでの暮らしは、今の私たちの生活をより豊かにするヒントがたくさんつまっています。
暮らしを大切にすることこそ生きること
“暮らしを大事にする農をベースにした暮らし × 共同生活 = 農的コミュニティー”
新しいアイディアを取り入れながら、持続的な農的コミュニティーを実践している田才泰斗さんにお話を伺いました。
大学休学中・卒業後合わせて3年、ユーラシア大陸一周やシルクロード横断など世界約40カ国を放浪する。世界を旅する中で、地に足をつけた暮らし、生きるための行為に直接関わる暮らしこそがあるべき生き方だと強く思う。帰国後は家具木工に3年携わる。30歳より農的な暮らしに移行。茨城県にある有機農場、暮らしの実験室やさと農場に運営スタッフとして加わり、大工を半年、養豚を1年、畑を2年担当する。2010年、兄らと共にぴたらファームを立ち上げる。
日比 ぴたらファームの理念について教えてください。
田才 ぴたらファームは、2010年に山梨県北杜市で始めた自然循環型オーガニックファームです。以下の理念を大切に活動しています。
自然との調和を大事に、丁寧に暮らしています。食事はその季節に畑から採れるもので作っており、仲間たちと家族のように食卓を囲んだり、日本人が大切にしてきた暮らしがここにあります。
食に関わるものを中心に暮らしに必要なものや道具は、自給したい気持ちが強いので、なるべく田畑から採ってきたものや身近にあるものを使って自分たちで作っています。そして長く使えるようにこまめに修理したり手入れをしています。
また、古民家で使われていた小道具を利用したり、使われなくなったものをできるだけ再利用するように心掛けており、資源を無駄にしないようにしています。
残飯や畑の残菜残渣はすべて、鶏のエサにするか、コンポストを利用して田畑に戻したり、自然に還すことを大切にしています。
昔の人は、人間も自然の循環の中で生かされているということを感覚としてわかっていました。現代の都市の暮らしでは、あまりに土から離れ過ぎてしまい、土に生かされているという感覚を忘れてしまったように感じます。農体験やウーフで来られる方に、人間も自然の循環の中で生かされているという感覚を体感して頂けたらと思います。
日比 ぴたらファームの名前の由来について教えてください。
田才 ぴたらファームの「ぴたら」はマオリ語でテントウムシを意味します。
込めた想いとしては、自然界では害虫を食べてくれるなど、数あるパズルのピースの一つであり、テントウムシ一つ欠けるだけでも、美しいバランスが崩れてしまいます。
私たちもテントウムシと同じ生き物の一つという思いで、この名前を借りることにしました。
日比 どのような経緯でぴたらファームを始めたのですか。
田才 小さい頃から、多くの動物と自然に囲まれた環境で育ちました。
大学では、森林学を学び、ワンダーフォーゲル部に所属するなど、山や森と身近に接してきました。ぴたらファームを始めたのには、大学休学中・卒業後も合わせて、約3年間世界各国を旅していたことが大きく影響しています。
世界を旅する中、自分のしたいことは何かを問い続けるうちに、生きることに直結した活動をしていきたいという想いを強くしました。生きることに直結した活動とは、衣食住に関わる活動のことです。衣食住にしっかり関わることが生き甲斐につながるのではないかと思いました。昔は食だけでなく衣類は綿や蚕、食は野菜、住は木材などすべて大地から得て、手作りしていました。大地を育み、そこから得た作物から身の回りのものを手作りする活動をしていきたいと思うようになりました。
帰国後はそのために、木工(家具を作る)の技術を学び、茨城の農場でスタッフとして農業や養豚・養鶏に携わりました。このような経験が、ぴたらファームのベースとなっています。
日比 ぴたらファームの主な活動内容について教えてください。
田才 ぴたらファームで育った有機野菜を出荷し、個人宅やレストランに配送する野菜セット宅配と、農家の実際の暮らしを体験できる農体験や農のイベントがぴたらファーム運営の2大柱です。
野菜セットは、現在2ヘクタールの田んぼや畑で採れた少量多品種の野菜を詰合せて、100軒ほどの定期で購入していただいている方も含めて、毎週50件程度の個人宅と数件のレストランに配送しています。野菜セットには、週報を同封し、野菜セットの内容やおいしい食べ方、ぴたら流レシピの他にファームの様子、日々思うことなども載せています。それは、受け取る方へただ単に有機野菜を送るということではなく、農場の様子や空気感までも届けたいと思っているからです。消費者と生産者が顔の見える関係であることは、ぴたらファームが大切にしていることの一つでもあります。
農体験や農のイベントは、例えば年間プロジェクトの「大豆プロジェクト」では、3回のワークショップで大豆の種まきから初めて豆腐作りを行なったり、納豆を手作りする「味噌&藁づと納豆づくり」などどれも身近な食べ物を手作りできるイベントです。また、お米にまつわるイベントといえば田植えを手でひとつひとつ植えていく「お田植えイベント」、昔ながらの道具を使う「田車で除草体験」、毎年秋に開催している「収穫祭」など、メンバーのアイディアで色々なイベントを開催しています。
そのほかにも、幼稚園での教育ファームの指導やウーファー(※1)などの長期滞在者の受け入れ、シェアハウスの運営なども行っています。
(※1)WWOOF(ウーフ)のシステムにのっとり、農作業を手伝う代わりに、ホストから食と住を提供してもらう人たちのこと。
自然のリズムに寄り添った生活を大切にするぴたらの暮らし
日比 ぴたらファームではどのような生活をしていますか。
田才 持続可能な暮らしに共感したメンバーが集まって、共同生活をしています。スタッフ5名(2019年現在)、そこにウーファーやゲストが加わり、賑やかに暮らしています。
ぴたらファームの母屋は、昔この地域で盛んだった養蚕の名残が今も残る築100年の以上の古民家です。
田才 生活の中心は、自然のリズムに寄り添って、その時々に採れる季節の野菜を育てることです。主に日中は畑仕事をし、雨の日や日が暮れたら母屋に戻って加工品作りや家の中でできることをします。食事は、畑からとれた作物を用いて、当番制で食事を作り、みんなで食卓を囲み食べます。
ぴたらファームは、農的生活を共有するファミリーのようなコミュニティーになりつつあるような気がします。
農作業も協力してやるので、ひとりではできない大変な作業もはかどります。時には自然を相手にするので、大変なこともありますが楽しみも苦労も分かち合って生活しています。
無農薬有機農業にこだわる理由は
“私たちが生きる大地に負担をかけたくないから“
日比 無農薬有機農業にこだわる理由は何でしょうか。
田才 大地の環境のことを考えて、私たちは農薬・化学肥料を使いません。それは、私たちが、大地からいただいた作物を食べているからです。土壌は、微生物がバランスを保っており、農薬・化学肥料を使うと土壌の生態系を壊してしまいます。そのため、無農薬無化学肥料で、生態系に負担をかけず、多様な微生物のすむ土壌作りを目指しています。
山梨県北杜市という立地。ミネラルたっぷりの水で育った
有機野菜は人々を元気にします
日比 ぴたらファームを始めるにあたり、山梨県北杜市を選んだ理由は何でしょうか。
田才 最初に訪れていた時から、山の景観の素晴らしさに魅力を感じていました。そして、森の雰囲気も故郷の札幌に似ていました。
もちろん、南アルプスからのミネラルたっぷりの水と寒暖差の大きい気候が野菜を育てるのに適していたということもありますが、東京から車で約2時間半という立地にも魅力を感じていました。東京で働く人の大きな味方でありたいと思ったのも大きな理由です。
新しい生活の選択肢、ぴたらファームの今後…
まずは、持続可能な成功モデルになること
日比 田才さんの今後のビジョンは何でしょうか。
田才 半農半X(※2)という考え方がありますが、農的生活がしっかりした上で、自分のやりたいことをする半農半Xの実践を理想と考えています。まずは、ぴたらファームのメンバー全員が農的生活をベースに、それぞれやりたいことができるように、農的生活を安定的にしていくことが目標です。
現在も、ぴたらファームではホームページやSNSを活用して、積極的に情報発信をしていますが、それはぴたらファームのような暮らしを知らない人たちにも、新しい選択肢の一つとして興味を持ってもらいたいと思っているからです。
日々の暮らしを大切にした上で、経営的にもしっかり成り立てば、農的コミュニティー型の新しいライフスタイルが外へ広がると思っています。
自給自足の生活は、経済から離れて、そのコミュニティの中だけで完結しても成り立ちますが、そうすると広がりは生まれません。価値を社会と共有しようとすることで、共感してくれるメンバーも増えると思っています。
よりこの活動を知ってもらえるように、これからも活動の幅を広げて頑張っていきたいと思っています。
(※2)持続的な小さな農的生活をベース(半農)に、自身の才能を活かして社会的使命を果たす(半X)生き方のことで、塩見直紀氏が提唱している考え方。
日比 貴重なお話ありがとうございました。
ぴたらファームとの出会いは、私に大きな気づきをくれました。
生活の一つ一つを丁寧に送ることこそ、暮らしを大切にすること。そして、暮らしを大切にすることこそ、生きることであるということです。
ぴたらファームには、一歩足を踏み入れると、どこかほっとできる空間があります。それは、大自然のように、他者へだたりなく、優しく迎えてくれるからかもしれません。
ぴたらファームの今後の活動の広がりに大注目です。
(Text: 日比愛子)