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「自分のいのちをつなぐ水、人に任せっきりでいいのかな?」大阪・釜ヶ崎にであいと表現の場をつくる「ココルーム」が井戸を掘り、その方法を共有する理由とは?

人間の体のほとんどは「水」ーー新生児なら体重の約80%、成人でも約60〜65%もの水分が体のなかに満ちています。水はまさに、私たちの命そのものだと言ってもよいでしょう。

だからこそ、人間は長い歴史を通して、水を確保して分け合うことに力を注いできました。その結果として、私たちは今「蛇口をひねればいつでも水が出る」という便利さを享受できています。

でも、この便利さについて、ふと思いを巡らすことがあるのです。

もしかすると、今の状況って「自分のいのちをつなぐ水を得る」という生命線になることを、人任せにしているのではないだろうか? 災害などで断水したときに、みんなで水を得る方法を知っておくべきではないのか……。

大阪・釜ヶ崎で、であいと表現の場をつくる「NPO法人こえとことばとこころの部屋(以下、ココルーム)」の上田假奈代(かなよ)さんもまた、「自分たちのいのちをつなぐ水を、自分たちの手で汲んでみたい」という思いを抱いていたそうです。

そして2019年4月、いくつかのきっかけが重なり、假奈代さんたちは大阪のまちの真ん中で井戸を掘りはじめました。まずは、すでに深さ3mを越えつつある、井戸掘りの現場のようすを見ていただきましょう。(トップ写真撮影: 中牟田雅央)

上田假奈代(うえだ・かなよ)
詩人・詩業家。1969年生まれ。NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)代表。3歳より詩作、17歳から朗読をはじめる。92年から詩のワークショップを手がける。2001年「詩業家宣言」を行い、さまざまなワークショップメソッドを開発し、全国で活動。2003年ココルームを立ち上げ「表現と自律と仕事と社会」をテーマに社会と表現の関わりをさぐる。2008年から西成区(通称・釜ヶ崎)で喫茶店のふりを、2012年から釜ヶ崎の街を大学にみたてた「釜ヶ崎芸術大学」を、2016年から「ゲストハウスとカフェと庭 ココルーム」を運営している。

井戸を掘るってめちゃくちゃ面白い!

取材のために、「ゲウトハウスとカフェと庭 ココルーム」を訪ねたのは、6月はじめの雨の午後。猛々しいくらいに生い茂った、ココルームの庭の植物たちは、ひさしぶりの雨のせいでいっそう生命力に満ちているようでした。

小さな桃の実。皮ごとカリッといただきました

「小さい桃がなっているでしょ? 井戸を掘りながら、休憩のときに桃や桑の実を食べているの」と假奈代さん。もぎたての桃をかじってみると、カリッとした実から媚びない甘みが口にひろがりました。ココルームの庭にいると、ここが大阪の真ん中だということを忘れそうになります。

庭の緑の向こうに、「井戸掘り中」の看板を見つけました。完成したら、蓋をした井戸をテーブル代わりにして、ここでお茶を飲めるようにする予定。これぞホンモノの井戸端会議、というわけです。

井戸掘りを始める前に、溜まっている地下水をポンプで吸い上げます

井戸を掘るのは、主に水曜と土曜の午後。文字通り老若男女が集まり、一人ずつ代わる代わる井戸の底に降りてスコップを振るいます。「掘る人を井戸の底に下ろし、掘った土を汲み上げる」という単純な作業ですが、慎重な連携プレーが必要。その日出会ったばかりの人同士でも自然と連帯感が生まれます。

井戸に入って掘るのは一人だけど、上にはロープを引っ張る人、バケツを受け取る人、バケツの土を捨てに行く人など、5人ぐらい頑張ってくれているのね。掘り終えて引っ張り上げてもらうときには、みんなが「おかえりー!」って声をかけてくれる。それがとてもいい感じなの。

5月初め頃の井戸。まだはしごで上り下りしていました(撮影: 中牟田雅央)

土を入れたバケツを持ち上げるときは慎重に。落下すると、井戸の底で掘っている人が大怪我をしかねません(ココルーム提供)

深くなった井戸には鉄製のブランコで降ります。バケツはもちろん、人を引っ張り上げるのも多勢の力が必要です(ココルーム提供)

3mほどの深さになった井戸を覗くと、水が溜まっているのが見えました。まだ濁っているけれど、水位が確保されたら澄んでくるだろうとのこと。井戸を囲んでいる木枠は「土留め」といい、掘ったまわりから崩れてくる土砂を防ぐためのものです。掘った分だけ木枠を下ろして、上から板を継いでいくというやり方で作業を進めていきます。

井戸を掘った土は、最終的な土留めとして井戸の内側に積んでいく「モルタルレンガ」づくりに活用。モルタルレンガには、井戸を掘った人や寄付をしてくれた人たちの名前を彫っているそうです。

この木枠が「土留め」。この日は板を継ぐ作業が行われていました

井戸を掘った土が小さな山になっていました。この土はセメントと混ぜてモルタルレンガに使われます

土とセメントを練ってつくるモルタルレンガ。乾く前に棒で150人以上の名前を刻んでいきます(ココルーム提供)

こうして言葉で説明すると大変そうだけど、掘っている人たちのようすは「もう井戸に夢中!」という感じ。「掘る」というプリミティブな行為は、人間の本能を掻き立てるものなのでしょうか。最初は怖がっていた小さな子さえ、お父さんと一緒に井戸の底へ。ひとしきり小さなスコップで井戸を掘ると、なかなかの“ドヤ顔”で地上に上がってきました!

おじさんたちと地面を掘り、釜ヶ崎の記憶をつなぎたい

假奈代さんが「井戸を掘る」ことを意識したのは2〜3年前。古い友人・蓮岡修さんと話していたときでした。

蓮岡さんは、国際NGO団体ペシャワール会のアフガニスタンでの活動に参加。干ばつが深刻化するなかで、水源確保事業として井戸を掘った経験がありました。ペシャワール会は、現地の人々がつくってきた方法で井戸を掘っています。「見た目はみすぼらしくても、枯れたらすぐつくり直せるほうが持続可能な井戸なんですよ」と、蓮岡さんは教えてくれたそうです。

彼の話はすごい示唆的だな、と思ったんです。今って、トイレに入ったら勝手に電気がついて便座は上がるし、立ち上がったら水を流してくれる。汚いものはどんどん見えなくなっていくけど、それって持続可能なのかな? って思っていたから。

ココルームのトイレは勝手に動かないけれど、大きな絵が描かれています

また、蓮岡さんがふと漏らした「僕はアフガニスタンの井戸のつくり方を日本では伝えていないんだよね」という言葉は、假奈代さんの心のなかに残り続けていました。

だからと言って、自分で井戸を掘ろうとまでは思っていなかった。ここで今、わたしが井戸を掘る大きな理由は、釜ヶ崎のおじさんたちとの日々の関わり合いのなかにあるの。彼らは地面を掘ってきた人たちだから。おじさんたちと一緒に井戸を掘りたいと思ったのね。

ココルームが身を置く大阪・西成区の釜ヶ崎(あいりん地区)は、ドヤ(簡易宿泊所、「やど」の逆言葉)が立ち並ぶ、かつては「日本最大の日雇い労働者の寄場」と呼ばれたまち。假奈代さんが「おじさん」と呼ぶのは、建設や土木現場で「地面を掘る」仕事をしてきた日雇い労働者たちです。

ココルームは動物園前二番街のなかにあります

近年の釜ヶ崎はずいぶんさま変わりしました。日雇いの仕事が減少したために労働者が減り、多くのドヤはホテルやゲストハウスに。国内外の旅行者が行き交うまちへと変貌しつつあります。

しかし、今もなお「釜ヶ崎は危ない」というイメージだけが根強く残っています。

過去、制度も警察も命を守ってくれない劣悪な労働環境におかれた日雇い労働者の抵抗が暴動となって現れ、メディアによってさらに拡散されました。そのため「あいりん対策」が行われますが、家族持ちの労働者は地域外へ移行するよう促され、さらに単身男性労働者が集められ、釜ヶ崎は雇用の調整弁としての「寄場」となったという経緯があります。

一方で、全国の飯場で働いてきたおじさんたちは70、80代に入りつつあります。ここ数年、假奈代さんたちも、ココルームで出会ったおじさんたちの入院やお葬式を何度も経験しました。「このままでは、釜ヶ崎のおじさんたちの記憶が消えてしまう」と思いはじめたのはそのせいです。

釜ヶ崎のおじさんたちは、まさに高度経済成長期の日本を、地面から支えてきた人たち。にもかかわらず、バブル景気が崩壊して仕事がなくなり、ホームレス状態に陥ると「自己責任だ」と非難すら受けました。

假奈代さんには「自分は、おじさんたちの状況に加担してきた側でもある」「だからといって、この便利さも手放せない」ともやもやする気持ちがあります。だからこそ、おじさんたちと時間をともにする場を開きつづけてきました。

相変わらず「怖いまち、行ったらあかん」と思われているままで、釜ヶ崎のおじさんたちの存在がなかったことにされ、街の記憶が消えてしまっては、わたしたちがここにいる意味はなくて。

「ここにちゃんと身を置いて、おじさんたちと匂いや手触りのある出会い方をしてもらうためにはどうしたらいいか?」「おじさんたちの記憶を記録していくにはどうしたらいいか」と考えているときに、ふと蓮岡くんの「井戸のつくり方を伝えていないんだよね」という言葉を思い出したのね。

この国の地面を掘ってきたおじさんたちと井戸を掘り、その経験とともにおじさんたちのことを記録して伝えたいーーこの思いのなかで「井戸を掘る」という行為は、假奈代さんにとって必然性のあるものへと変わりはじめます。

幸運なことに、ココルームから半径1km範囲内には、白龍社、黒龍大神という水にちなんだ神社があり、水脈の存在を暗示していました。ご近所の松乃木大明神に残っていた井戸を計測すると、約3mの深さがあり、1m以上の水位が確保されていることもわかりました。

さらに、釜ヶ崎に流れ着いてココルームで働いている清掃スタッフの二人に尋ねてみると、やっぱり「掘る仕事」の経験者。「井戸を掘るなら手伝うよ」という言葉に背中を押されて、ついに假奈代さんは井戸を掘る決意を固めたのでした。

釜ヶ崎のおじさんたちが“先生”になる

「井戸掘り」は、2012年からココルームが開講してきた「釜ヶ崎芸術大学(以下、釜芸)」の講座として行うことになりました。

釜芸は、「学びあいたい人がいれば、そこが大学」をキャッチフレーズに、詩や俳句、合唱、オーケストラ、まちあるき、天文学、地理……と、年間約100講座が開かれています。主な対象は釜ヶ崎のおじさんたちですが、興味がある人なら誰でも受講可。ときには、釜ヶ崎のおじさんたちと一緒に、出張講座や公演に出かけることもあります。

釜芸は、2014年8〜11月に「ヨコハマトリエンナーレ2014」にも出展しました(ココルーム提供)

釜芸を始めた頃から、假奈代さんには「おじさんが先生になってくれたらいいな」という思いがありました。「井戸掘りなら、地面を掘る仕事をしてきたおじさんたちに先生になってもらえるのでは?」。その目論見は、想像をはるかに超えて当たりました。

なんという鮮やかなスコップの捌き方! おじさんたちは、道具の扱い方にも無駄がなくとてもきれいに仕事をします。また、狭い穴のなかで作業するための小さなスコップやツルハシなど、専門的な道具も続々と集めてくれました。

井戸のなかで使う小さなシャベルと「釜芸」の文字入りヘルメット

おじさんたちがすごすぎて、わたしたちは何が起きているのかわからないくらいなの。それに、今までも詩や俳句の講座を楽しんでくれてはいたけど、「井戸掘り」の講座のときは一番生き生きした顔を見せてくれるのね。

「昔、分譲住宅のタンクをいれるために掘ってた」というおじさんは、押入れから昔使っていた道具を出してきてくれて。井戸を掘っているうちに就労意欲が湧いちゃって、「先生、悪いけどお金儲かるほうがいいからアルバイト行くわ」って来てくれなくなっちゃった(笑)

また、「井戸掘り」講座には、「本当に大阪のまちで井戸が掘れるの?」という興味から、今までココルームが出会っていなかった人たちがやってきます。なかには遠方から新幹線に乗ってやってくる参加者もいるそうです。

ココルームの活動は、アートやソーシャル、まちづくり、文化政策に興味を持つ人には届いているかもしれないけれど、井戸を掘るということから、それ以外の人とつながれるのもいいところだなと思っています。何しろ、掘るのはすごく面白いから! おじさんたちも、休憩時間に「今までどんな仕事をしてきたか」を話してくれて、参加者もわたしも興味津々に聞いてるわ。

一緒に作業する関係になってはじめて話せることもあります(撮影: 中牟田雅央)

「井戸掘り」講座の一部始終は、「釜芸、井戸を掘る記録(仮)」として、映像や写真、冊子を作成することにしています。この経験を幅広く共有することで、もしかしたら被災地やこれからの生活の知恵として役立つかもしれないという思いもあるからです。

固定観念に対して「ちゃうやん!」と言っていい

ココルームが井戸を掘り始めたときに、「まさか、大阪の真ん中で井戸ができるのかな」と半信半疑だった人も、この井戸を見たら「本当にできている!」とびっくりすると思います。そして、「自分たちで井戸を掘れるんだ!」と思えたことに、ちょっと自分の枠がはずれたような自由さを味わうのではないかと思うのです。

その自由な視界において、「蛇口をひねればいつでも水が出る」という”便利さ”を見つめなおしてみてください。“便利さ”に甘んじて「自分の命にもっとも必要な水なのに、自分の手で得ようとしていない」という事実が、ようやく指先に触れてくるのではないでしょうか。

これはある種、飼いならされた私たちが、自分たちを取り戻すことをやっていいよね!ってことだと思う。細分化されて、専門家に委ねられた生活や価値観を、自分たちでつくり直して。「自分たちでもやれるよね!」っていう産声をあげる、そういう気持ちなんだよね。

「だから、みんなで井戸を掘りましょうという話ではなくて」と假奈代さんは続けました。

きっとそれぞれの営みのなかで、引っかかっていること、管理されているって思うこと、固定観念に縛られているなって思うことに対して、「ちゃうやん!」って言っていいということだと思う。だからこそ、素人が井戸を掘る姿を「釜芸、井戸を掘る記録(仮)」として残して伝えていきたい。そうするとお金が必要だから、クラウドファンディングをすることになっちゃったんだよね……。

大阪の真ん中で井戸を掘ることを通してココルームが伝えたいのは、井戸掘りのノウハウだけでなく、自分たちの生活や価値観をつくりなおし、自分たちを取り戻す感覚なのだと思います。この感覚って、先行きの見えにくい今のような時代にこそ、必要だとは思いませんか?

もし、この日本の地面を掘ってきたおじさんたちと一緒に、大阪の真ん中で井戸を掘ってみたいなら、2019年7月末までにココルームを訪ねてください。あるいは、その記録によって経験を共有したいなら「MotionGallery」で行われているクラウドファンディングに参加しましょう。きっと「自分たちでもやれるよね!」という自由に近づく一歩が、そこにあると思います。

– INFORMATION –

大阪の真ん中に、井戸を掘る! Well Digging in Osaka! 釜ヶ崎芸術大学

2019年7月末頃まで、ココルームでは井戸掘り(水曜・土曜の午後)とモルタルレンガづくり(ほぼ毎日)を行っています。大阪の真ん中で産声をあげようとしている井戸掘りに参加したい人はぜひココルームを訪ねてみてください。また、「MotionGallery」にて行われている、クラウドファンディング「アフガニスタンの知恵と日本を掘ってきた釜ヶ崎の労働者の経験とともに水脈をたどる記録をつくる。」を通して“井戸を掘る”こともできます。
https://motion-gallery.net/projects/kamagei2019
「釜ヶ崎芸術大学2019【臨時井戸端企画】釜芸、井戸を掘る。その水はどんな味?汗の味、自由の味」
2019年7月20日(土)14〜17時、「なぜ釜ヶ崎で井戸を掘るのか、その先は何か」をみんなで話すトークイベントと井戸体験が行われます。假奈代さん、蓮岡さんのお話を直接聞いて井戸の中に入ってみる、またとない機会。ぜひご参加ください!遠方の方はココルーム宿泊セットもあります。
https://www.facebook.com/events/388711891769202/