2018年11月25日からクリスマスイブまで、東京ミッドタウン・デザインハブで「東京ミッドタウン・デザインハブ 第76回企画展 『企(たくらみ)』展 -ちょっと先の社会をつくるデザイン-」が開催されます。グリーンズが、企画・運営に協力した展覧会です。
この企画展には、グリーンズの学校・事業部マネージャーの河野奈保子が関わっています。彼女は武蔵野美術大学に助手として勤めていた卒業生です。
この記事では、武蔵野美術大学が新設する造形構想学部クリエイティブイノベーション学科の井口博美教授と、河野が対談をします。テーマは「美術大学とその卒業生が、これから社会に還元できること」。
最近はビジネス界隈でも、芸術や哲学に注目が集まっています。では、美術は何を担っていけるんでしょう。思いの丈を存分に話し合ってもらいました。
デザインにとって大切なこと
河野 この度、「ソーシャルデザイン」をテーマに、武蔵野美術大学とグリーンズが一緒に展覧会を企画しました。暮らしの土台をつくるDIYであったり、地域経済を住民でまかなう地域通貨であったり、展示するプロジェクトを見ていると、共通点があります。
それは、構造やアウトプットの美しさをつくっていこうとする、流れだと思うんです。
そして実は武蔵野美術大学の在学生・卒業生が関係しているプロジェクトも今回5団体参加しています。それは、武蔵野美術大学が新しく造形構想学部クリエイティブイノベーション学科と大学院造形構想研究科を設立することにもつながっているような気がしています。
井口教授 そうかもしれませんね。ぼく自身は学生時代から、武蔵野美術大学に限らず美術大学という存在が聖域的なイメージで、「特別な人のための特別な人による特別な教育機関」になってしまっているなと思うところがありました。
でも、この10年ぐらいで「デザイン思考」がブームとなって、東京大学をはじめとした総合大学がデザイン・プログラムを導入したり、デザイン学部・学科を新設している。そういう時代の風が、美術大学には吹き込んでいないように見えていたんだよね。伝統的なファインアートは別だけど、デザインは社会情勢に応じていったほうがいいものなのに……。
そういう想いがある中で、まず2012年に武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジがスタートしました。ここは、東京ミッドタウン・デザインハブの中にあるサテライトだけど、当初は本当に空っぽの空間だけで、通りかかった人から、「ここに何ができるんですか?」と聞かれたくらい。こちらも返答に困って、「何ができたらいいと思いますか?」と聞き返したりしてごまかしていました(笑)
でも、その場に何ができたらいいかなって想いを巡らせることこそが、デザインの大切な部分なんだよね。それに気づき、感じてほしくて、このデザイン・ラウンジをスタートしたから。
これからの美術大学を構想しよう
井口教授 ラウンジは、美術大学が社会貢献へ向けたパブリックな活動をする場として、「拓かれた美術大学」っていうのを実践し、ビジュアライズしています。そこでは、3つの基本コンセプトを設けていて。
①「つくる人を増やす」
物事をつくるのは楽しいですよ。つくってみることで、いろいろなことが分かりますよって伝えたい。
②「新しい関係をつくる」
何となく美術大学って敷居が高くて自己完結しているところがあるから、自らその殻を破って新しいコラボレーションのきっかけをつくる
③「美術大学のアイデンティティを問う」
これが一番難しい課題でもあって、まだどこのゴールを目指せばいいのか試行錯誤を重ねながら模索しているところ。
例えば、産官学共同のプロジェクトっていうのは、これまで武蔵野美術大学もたくさんやってきたけれど、建設中の仮囲いにチャチャチャッと絵を描いてとか、アートによる地域イベントを開催してっていう話が未だに多い。本当に今の美大生にとって良い勉強や経験になるかわからないし、依頼件数が増えてクオリティをコントロールできないくらいの規模にもなってきた。
それらの現状を踏まえて、教員だけでなく学生や事務職員も含めて、これから美術大学は何をやっていくべきかをしっかり考えて、そのビジョンを構想したいって思ったんだよね。
まずは世の中の現状をおさらいする
河野 私自身、武蔵野美術大学に通っていた頃、たまたま授業の中で小平市にある環境支援団体の地図づくりやワークショップのお手伝いを経験しました。その経験が、地域で仕組みをつくったり、人が共創してものごとを生んでいく、グリーンズでの今の仕事に関わる動機にもなっています。
これまで学生さん然り、社会人や高齢者を含む、いろんな人たちに向けて学びの場をつくってきたのですが、学びから得られる充実感や、将来やりたいことを見つけていくための伴走は必要とされていることだって実感も得てきました。
井口教授 そうだよね。やっぱり美術大学の卒業生ができることって、絵を描くことだけじゃない。そのおおもとにある「創造的思考力」やビジョンを描く能力をアピールしたい。
河野 そうなんですよ。
井口教授 でも、ぼくはデザイン情報学科で就職担当をしているものだから、美術大学出身者は、「ビジネスに疎い」とか「テクノロジーに弱い」って陰口を言われているのも知っている。特に大企業ではデザイン組織の業務が質量ともに変化していて、美大出身のデザイナーは造形力に頼りすぎていて柔軟性に欠けるなんてことを耳にすることも少なくないんだよね。
河野 辛いですねぇ……。
井口教授 それに今の世の中を見てみると、有名なミュージシャンだって大半は音楽大学出身ではないわけだし、自らデザインしなくても、グローバルにできる人の制作物を提供してもらえばいい、組み合わせればいいって世界に、どんどん変わってきている。
だから、クリエイティブもイノベーションも、一般化していて手垢のついてしまった言葉だけれど、それらを掛け算して、既に武蔵野美術大学造形学部があるところに、あえて造形構想学部っていうのを特化させてつくった。
それが美術大学にとって、世の中でのアイデンティティを明確化し、社会貢献度を高めていくフラッグシップにでもなればと思っているんだよ。
一旦、止まって、考察してみた
河野 私は美術大学の卒業生として、一体、自分が周りの人に、社会に、どんな貢献ができるだろうっていう問いが、常に頭のなかにあります。そもそも、一般大学と美術大学って分けて呼ぶのも違和感があるし。でも、差別化したくなるアイデンティティを何がつくっていったんだろうっていうことは、社会に出て、仕事をしていくなかで、最近ようやく実感してきました。
それは自分たちがちゃんと学んだ、哲学だとか、造形や思考する力を、ビジネスや地域との関わりで活用できることがわかってきたからなんです。
井口教授 テクノロジーを例に挙げても、加速度的に進展していってしまうなかで、それが本当に社会のためとか、人間のために価値があるのかっていう人間側からの問いかけに、美術大学はずっと向き合ってきているからね。世の中的には、それを忘れちゃダメだって機運も高まっているし……。
河野 一昨年から、ビジネス界隈で哲学が流行っているじゃないですか。私もひとつクラスを受講してみたんですけど、「この話って、大学生の頃に先生たちから聞いたことがあるな」って感じたんです。すごい早さで進んでいくものごとに対して、「ちょっと待って」って言えること。その両輪が大事ですよね。
井口教授 いつだったか「迷う、悩む、立ち止まる!」というのが“ムサビイズム”なんだと聞いたことがあるけれど、その慎重な姿勢にも意味があるんだぞって開き直りたいですね(笑)
河野 あはは。
井口教授 ただ、スピード感が求められる今日において、いつまでも悩んで立ち止まったままじゃまずいんで、課題の本質をとらえたら率先して解決に向けて進み出すことも、この新学部や大学院ではやりたいことなんだよ。
どこに向かおうか、検証してみた
河野 私を含めてですけど、美術大学出身者には、不必要なまでにビジネスに対して恐怖を感じている人が多い気はします。
井口教授 でも、そこを避けていると、ユニークなアイデアやコンセプトを商品化したり、市場化はできないよね。
河野 広がっていかないっていうのは、確かにありますよね。
井口教授 新学部や大学院では、基本的な仕組みを統一していてね。例えば、クォーター制にしているのは、二期目には必修授業が入っていないので、夏休みも利用すると2ヶ月半〜3ヶ月という学生にとってフレキシブルな時間をつくれるようになっている。その間、海外語学留学してもいいし、地域に滞在してプロジェクトをやってもいい。学生のうちに、実践の場でトレーニングを積むということにつながると思うんだよね。
さらに、新学部と大学院ではレベル的な違いもあって、今はデザインのプロジェクトチームにも専門性の違う人たちがいっぱい集まっているから、大学院ではそういうプロジェクト・マネジメントも含めた実践教育を積み重ねて、リーダー役ができる人を育てていく。
コンパクトに考えれば企業のなかのリーダーだけど、それだけじゃない。ソーシャルイノベーション的な意味合いで、将来のビジョンを提示し、そこに求められる人材を幅広く集めて、リーダーシップを発揮するっていうことを目指すわけだよ。
河野 だいぶ、視野を広げていますね。
井口教授 そういうことに着目したきっかけというのは、ぼくが教員になってから毎年デッサンや色彩構成の入試監督をするのが楽しみだったということにも関係がある。なぜかっていうと、受験生がモチーフに向かって同じものを描くわけだけど、みんな描き方や表現方法がまったく違うんだよね。
最初に配られた下書き用紙を使って、そこにどういう構図で描くかを瞬時に判断してどんな手順でどこにどれだけの時間をかけるのかプランする。その様子を見るのが、デザイン的な視点としてとても重要でね。そういう「構想」っていうのは服の裏地みたいなもので、わざわざ人に見せるものじゃないのかもしれないけれど、できあがる作品とは表裏一体の関係性のように思う。
むしろ新学部は造形よりも「構想」に重心を置いている。あえて見えるように強調・独立させて、造形教育自体も構想する「創造的思考力」を養うための位置付けにしているんだ。だから、従来型のデザイナーやアーティストを育てるわけじゃない。従来の美大はプレーヤー指向が強かったけれど、プロデューサー指向というかコンダクター的人材を狙っている。
河野 マネージメントなんですね。デザイナーを育てるわけじゃないっていうのは、すごく象徴的ですね。
井口教授 社会全体を見ると、そういうマネージメント系の人たちが地域で活躍しているんだよ。これから、そんな人たちが新しい職業や職能をつくっていくんじゃないかな。
美術大学卒業生のビジョンを描いてみよう
河野 地域では、教育コーディネーターのニーズが高まっていますよね。プレーヤー側の翻訳をするし、発注者側と折衝もする。そういうところに、クリエイティブを学んだ人たちが入っていくのって、合理的だなと思います。
井口教授 デザインという行為の、スタイリング的な意味合いでのビジュアライズする部分だけを見ていると、見落としがちなところだよね。だから、みんな壁にぶち当たってうまくいかない。さまざまな専門家が集まると、ディス・コミュニケーションが起きたり、気づくものにも気づけなかったり……翻訳者的な存在が、ものすごく重要になってきている。
イノベーションにつながるような、あるいは実験的なトライをするプロセスが大切なときに、クリエイターがその役割を担ったほうがいいよね。
河野 常々、美大を卒業してよかったなと思うのは、ちゃんと綺麗なものを見る目が養われたことです。その判断を、感覚的かつ論理的に説明できるっていうのは、すごく大事だと思っています。それは、ものをつくることを大事にする友人たちの話を聞いてきたからこそ、つかめたところも多いと感じているんです。
井口教授 今は、経営トップにも求められているよね。既存の論理や分析手法による数字でしか検討・判断できないものは、やればやるほどみんな同じ答えになっていく。これからは、未来に対して正解がない課題にどうやって対処していくか。むしろ新たな課題をどう発見し、解決のための仮説をどう立てるかが重要になっていく。経営的な意思決定においても、美意識を育てていくことが大事だという説もある。
河野 美意識と哲学って、すごく近いものだと思います。
井口教授 欧米でもMBAを出た後に芸術修士を取得することがひとつのトレンドになっているらしいけど、日本がそれをキャッチアップするとしたら美術大学に逆パターンとしてのチャンスがある路線じゃないかな。
それらが社会的創造力としてうまく結びついていけば、もっと美術大学出身者がいろんなところで活躍できるはずでしょう。単に「絵が得意なんでしょう?」って過小評価されて不本意な美大卒業生は増えていて、そういうステレオタイプ的な見方に対して新学部があれば、「私はスキル系ではなくシンキング系です」って胸を張って言える。
河野 今まで見てきた、いわゆる美術大学卒業生の職業や領域以上のものを、私は期待したいです。それこそ、最近は高校生や大学生で起業したり、おもしろいサービスをつくっていたりする方も多いので、造形構想学部の在学生や卒業生の名前を、そういう場面でもどんどん見ることができないかって思っています。
井口教授 そういう期待も込めて、新学部の入学試験には実技を設けないことにしたんだよね。可能な限りオープンにして、文系・理系どちらからでも受けられるようにした。最初は、一般大学を目指して受験勉強している人たちが新たな併願先として新学部も受けてみるくらいでいいと思ってる。運悪く浪人して、貴重な時間とお金をかけるよりいいでしょう……。
革新的な教育をしている美術大学もいいんじゃないかって、親の理解を求めていきたいし、自分の夢と未来を美大に懸けてやってみようって気持ちが湧いた高校生には、君のために造形も一から学べるっていう仕組みが用意されているんだよ、と大声で呼びかけたい。
河野 感覚値ですけど、美術大学に行きたかったけど行けなかった人や、進路として選べなかった人に、社会に出てから知り合うことが少なくないです。そういう人は造形的なものやクリエイティブに関わりたくて、編集者やコンサルタントをやっていることがあります。
なので、学生にかかわらず、社会人にとっても進路の選択肢になるんじゃないかと感じました。
とはいえ、食うことに美意識は役立つのだろうか
河野 何か……私が個人的に課題だと感じているのは、震災があったときにアートに何ができるかっていう話なんです。私は災害支援の仕事をしていたので、ボランティアの受け入れといった現場に近いところにいたぶん、とりあえず「いいから現場にいこう」って形になっていました。
でもそのときに、自分が貢献できることって何だろうというのをいつも課題に感じていて。
例えば私は、しつこく考えることができるというのが、ひとつの武器だと思ったんですが……。こうした社会を揺るがすような事態があったときに美大の卒業生に何ができるかということは、何のためにつくり、貢献したいのかっていう哲学だったり、課題に対してどんな道筋をつくって、誰を巻き込めたらいいかっていうところと、全部つながる話だと、ふと思ったんです。
武蔵野美術大学とグリーンズで企画した展覧会には、卒業生のプロジェクトもいくつか入っていますよね。それらはどれも、周りとの調整を丁寧にしていかないと、実現しない取り組みばかりです。そういうところに、新しく0→1でものごとをつくったり、起業していく人たちに役立てるヒントが多いんじゃないかと感じています。
井口教授 元来、画家というのは自分の表現したい世界観や人物・事物を絵に描いて人々を感動させてきた。そのアート作品は美術館やギャラリーなど屋内に展示されることを前提としていたかもしれないが、一方デザインはそのキャンバスを社会そのものに向ける時代を迎えている。これからの未来や社会はどうあるべきか、どういう姿にしたいのか頭の中に青写真をきちんと描いて、それをどう社会の中で共有化しながら実現していくかが問われていくと思うんだよね。
美術大学も、そういう時代の潮流に乗ってリーダーシップを発揮していく人材を育て、新しい領域にどんどん輩出していくことが、社会的使命として求められている。そんな期待に応えていくことが、美術や芸術に関わる人にとっても大切なことだろうなと考えています。
東京ミッドタウン・デザインハブで開催される、「企(たくらみ)」展に行くと、きっと心のキャンパスに描いた美しい景色が社会で動いている様子を知ることができます。詳細は、下記のinformation欄をご覧くださいね。もののギフトは大切な人へ、ことのギフトは自分自身に贈りましょう。クリスマスイブまで開催する、武蔵野美術大学とグリーンズからのささやかなプレゼントです。
– INFORMATION –
ビジネスや日々の暮らしの様々な場面で「デザイン」と聞くと、「意匠」や「造形」等、「形のあるもの」を思い浮かべることが多くあります。 その一方で、人と人との間に生まれるコミュニケーション、それらを円滑にするサービスや仕組みといった「形のないデザイン」も、わたしたちの身近な生活、ひいては大きな社会に溶け込んでいます。
本展では、社会課題や個人の課題解決のアプローチ手法「ソーシャルデザイン」の「ちょっと先」に焦点をあて、地域社会・ビジネス・個人の暮らしに寄り添う「デザイン」の新たなアプローチを提示します。
会期:2018年11月25日(日)~12月24日(月・振休) 会期中無休
開館時間:11:00-19:00 ※初日のみ11:00-18:00
会場:東京ミッドタウン・デザインハブ(東京都港区赤坂9丁目7番1号ミッドタウン・タワー5階)
入場料:無料
詳細は下記の記事をご覧ください。
https://greenz.jp/event/exhibiton-takurami/