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“発達障害”という言葉がなくなる日を目指して。発達障害を持つ子どもと支援者のためのサービスを展開する一般社団法人「子ども・青少年育成支援協会」

「発達障害」という言葉が浸透してきて久しい昨今。
自分の周りにいる、家族にいる、そして自分がそうだ、という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、発達障害に関して本当に正しい知識を持っている人はどれくらいいるのでしょうか?

そして、発達障害は本当に“障害”なのでしょうか? 今回お話をお伺いしたのは、一般社団法人「子ども・青少年育成支援協会」代表理事の上木誠吾さんと、理事の村中直人さん

“発達障害”とはなんなのか、発達障害を理解することはなぜ重要なのか、そしてどんな未来を目指しておられるのかを、じっくりうかがいました。

上木誠吾(うえき せいご) 写真右
一般社団法人「子ども・青少年育成支援協会」代表理事および株式会社「クリップオン・リレーションズ」代表。2001年京都文教大学人間学部臨床心理学科(現:臨床心理学部)卒業。コンサルティング会社を経て、2006年株式会社「クリップオン・リレーションズ」創業。2009年に一般社団法人「子ども・青少年育成支援協会」を設立。
村中直人(むらなか なおと) 写真左
一般社団法人「子ども・青少年育成支援協会」理事。臨床心理士。上木さんとともに「クリップオン・リレーションズ」を創業し、現在まで二人三脚で事業の骨子をつくり、発展させてきた立役者。

臨床心理士による発達障害者のためのサポートを

一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会」は、発達障害の子どもたちを支援する人たちの学びの場「発達障害サポーター’s スクール」の運営、支援者のための資格制度、セミナーなどの開催を通じて、学びや生きる上で困難を抱えている子どもたちの学習支援者を育成しています。

また、上木さんと村中さんは株式会社「クリップオン・リレーションズ」も設立し、学びづらさを抱える子どもたちの塾と家庭教師派遣のサービス「あすはな先生」を運営しています。

上木さんと村中さんがスタートさせ、大きくしてきたこの2つの法人は、発達障害の子どもたちと支援者をサポートすることで、事業領域を明確に分けながらも、障害を持つ人や学びが困難な子どもたちの生きづらさをなくすという目的の達成に向けて両輪で走っている事業体です。

発達障害の子に向けたデイサービスや学びの場を提供する塾などは近年増えつつありますが、「あすはな先生」の特徴は、臨床心理士がその専門知識を活用しながら学習”支援”に力を入れて行っているサービスである、ということ。

臨床心理士とは精神的な健康の維持・回復を目的とする心理療法や専門知に基づく人間理解の方法論である心理アセスメントなどの知識と技術を習得した心の専門家のことです。

まずは、「子ども・青少年育成支援協会」の前身となった「あすはな先生」についてなぜサービスをはじめたのかについて教えてもらいました。

2008年に始まった「あすはな先生」は、障害の種類によって受け入れる子どもたちの限定はせず、学校での通常の授業についていけない子どもをサポートするという広い間口で家庭教師派遣をスタートさせました。

しかしいざサービスが始まってふたを開けてみると、大半が発達障害、もしくはその可能性がある子どもたちだったそうです。そこには、発達障害の子どもを取り巻くある問題が潜んでいました。

村中さん 我々も、発達障害の子どもたちにニーズがあるだろうと予測はしていましたが、それが大半になるとは思っていませんでした。言いかえると、圧倒的に発達障害の人たちを支援する人やリソースが足りなかったということでもあります。

我々のところに支援を求めて来るのは、不登校状態の子どもたち以上に、学校に行って頑張っているんだけどなかなかうまく馴染めずに苦しんで困っている、という子どもたちがとても多いんです。その時、我々が臨床心理士として持っている心理の知識や発達障害の知識がすごく重要度を増したわけです。

どんどん助けを求めてやってくる子どもたち。家庭教師という業態であるゆえ、生徒と1対1で支援するとなると、「あすはな先生」のなかでも先生の数は足りず、社内教育や研修に力を入れてどんどん専門家を増やす活動を行っていきました。

これが、次の事業である「発達障害サポーター’sスクール」へとつながっていきます。「あすはな先生」がスタートしてから8年後、2016年のことでした。

発達障害を理解することは、人間を理解すること

支援者を増やすための取り組み「発達障害サポーター’sスクール」では、オリジナルテキストにそって講義を行い、修了者には「発達障害学習支援サポーター」として資格を取得できる制度も導入しています。

講座で使用されるオリジナルテキスト。単体での販売はされておらず、発達障害の子どもたちに対して包括的な理解ができるよう設計されています。下段の緑と青が、すべての資格に共通の基礎知識。

出典:発達障害サポーター’s スクールHPより
基礎講座を経て、学習支援者としてのステップアップが図れるようになっています。

これらの講座は、開始から現在までのわずか3年ほどの間に、なんとのべ5,000人もの方が受講しているのだそう。それは、発達障害について学ぶところがない、人によって発達障害の対処の方法に差がある、など発達障害をとりまくさまざまな問題があることを浮き彫りにしています。

上木さん 発達障害の子たちに関わりだして感じるのは、教育、福祉、医療、行政など
いろんな領域で発達障害が語られていて情報が錯綜しているということでした。
発達障害は、こうしたすべての領域に関わることで、それぞれの専門家たちはすごく頑張っているんですが、領域を超えた連携がないため「言ってることや、やっていることがくい違う」ということが起きるんです。

でも、この領域全てに関係し、知識を持てる立場にあるのが臨床心理士なんです。だから、その立場から知識を体系化してまとめなければという思いもありました。
実際、社員教育にうちのテキストを活用してくださっている支援機関さんや企業さんから「幅広く、偏りなく、一般的によく言われていることを、他のどんな教材よりもフラットに扱っているので使いやすい」と言っていただきました。

発達障害講座基礎編テキストの一部。

「学習支援サポーター」という資格は、子ども・青少年育成支援協会オリジナルのもの。
この講座は「学習支援」に特化して展開し、資格を付与していますが、その理由を村中さんはこう言います。

村中さん 私たちがあすはな先生を始めた10年前は、発達障害についての認知が広まり始めたときでしたが、現場では対応が追いつかず、発達障害の傾向のある子どもたちは画一的な教育の中で、苦しんでいる状態でした。

そこから10年経って今はどうかというと、学校では特別支援学級などが設けられ発達障害という言葉の認知は広がった。けれども時として「障害者」だから勉強はしなくていいという対応をするような極端な逆転現象が一部で起きてしまっています。

こうなっている原因は「その子に合ったやり方で支援をしていく」という、特別なニーズのを持つ子どもたちへの学習支援の知識と経験が現場の職員や先生に少ないからなんですね。

弊社は、もともと家庭教師や塾の現場で蓄積してきた経験とノウハウがありますから、それをもとに、講座では理論と実践を結びつけてお伝えすることを重視しています。

発達障害サポーター’sスクールの講座では、心理学の専門用語がたくさん登場します。例えば目や耳を通じて受け取る情報を処理するときの脳の特徴である「認知特性」についての項目では、“同時処理”“継次処理”など、人間の情報処理における特色について具体的に伝えています。

臨床心理士として講義も数多く担当する村中さんは、” 継次処理タイプ”なのだそうです。

同時処理の傾向の強い方は、物事の関連性を見つけ出し、大局的に理解して戦略的に考えるのが得意。対して継次処理の傾向がある方は、手順や時間の流れで順序立てて物事を理解するのが得意。

すべての人が、この認知の傾向を持っています。もちろん、発達障害の診断を下されていない人でも、同時処理タイプ、継次処理タイプの優位性の差があり、その特色の強さもさまざまです。

しかしこれは、あくまで心理学用語であり、発達障害の知識というわけではありません。「発達障害サポーター’s スクール」の講座では、発達障害とはなにかということだけでなく、人間のさまざまな脳の特性と、それを理解することの必要性、自分で自分を認知する“メタ認知”についてなど、“人間そのものの理解”を深める内容を重視しているのです。

上木さん “発達障害”という言葉にフォーカスされがちですけど、結局、うちの講座は「人のことをよく理解しましょう」という学びなんですよ。

情報処理の人間の機能っていうのは発達障害あるなし関係なく、すべての人が持っていて、人によってその機能がすごく強いとか弱いとか、ちょっとゆっくりであるとか早いとか、みんな差があるわけじゃないですか。

どんな人でもその個性や得手不得手をお互い理解すれば働きやすくなるはずだし、自分を活かしやすくなるはずだし、生きやすくなるはずなんです。
なので、すべての人に学んでいただきたいという思いはあります。

必要なのは子ども時代からの心の支援

上木さんと村中さんは、起業された当初はクライアント企業に対して対人支援やコンサルティング、研修を行う事業をしており、子どもにフォーカスしていたわけではありませんでした。
そこから「あすはな先生」をはじめた経緯はなんだったのでしょう?

上木さん 私たちは臨床心理士の組織としてスタートしました。当初会社を立ち上げたのは、ちゃんと活かすことができれば役に立つ心理の専門知を社会や企業、組織にインストールをしたかったからです。

当時、あるクライアントとの仕事で、障害のある方の就労支援のサポートをしたのですが、大人の方だとそれまでの間に傷つき体験がたくさんあったりしたゆえに、就労支援をするのも心の問題への対応が同時に必要で、なかなか難しかったんです。

そこで課題意識を持ち、子どもの頃からもっと支援があればいいのではと思ったのが、「あしたね先生」(※2011年に「あすはな先生」に名称変更)をつくったきっかけですね。

村中さん 私たちが接した障害のある方の中には就労以前の段階で止まっている方も多かったんです。たとえば、20歳を過ぎていても社会経験の乏しさによってすごく幼い印象になってしまったり、自分のことを伝えることが上手じゃなかったり、そもそも“働く”ということにピンときていなかったりするような。

障害があっても、適切なタイミングで適切なサポートがあれば、社会でバリバリ活躍できることも多いわけですから、もっと早い子どものタイミングでそのサポートが必要だと思ったんです。

上木さん そして、特に必要なのは心のサポートだと思いました。しかしカウンセリングや心理療法だと「病人が受けるもの」という印象があってなかなかその必要性が伝わらない。でも、子どものそばで臨床心理士が勉強を教える家庭教師という形でサポートするのであれば多くの人に届くのではないかと思ったんです。

臨床心理士や心のケアって、病気や深刻な不適応状態になってしまってから必要と思われがちですが、それは一部の仕事であって、本来はいかによく生きるかという学問やノウハウなので、それが社会になかなか広まっていないという問題意識もありました。

上木さんは”同時処理”タイプ。村中さんとおふたりで、それぞれの特性を理解し、協業してきましたが、認知特性について分かりあえなかった頃にはぶつかりあうことも多かったとのこと。やはり、大事なのは相互理解。

広く知られるようになった“発達障害”という言葉。

しかし一言に発達障害と言っても、円滑なコミュニケーションをとるのが苦手だったり、得意な分野と不得意な分野に差があったり、注意力に欠けていたり、じっとしていることがどうしても苦手だったり…。あるいは文字の読み書きが極度に苦手なLD(学習障害)など、実際には一人ひとり、まったく異なる特性を持っています。

そこで「この人は発達障害」というレッテルを貼るのではなく、相手を正しく理解して接し方をその人に合わせることが重要だと、「発達障害サポーター’s スクール」では伝えています。それは、お互いに気持ちよく生きていける理想の社会を実現できる手法でもあるように思えます。

では発達障害という診断が下される人とそうでない人には、どんな違いがあるのでしょうか。

上木さん 発達障害という診断は、チェック項目に該当する特性を持っていても、その人がその環境に適応して苦しむことなく暮らせていれば、下されないものなんです。

たとえば、昔だとまだおおらかな時代で、職場でも「あの人変わってるよね」「まあでもあの人はああいう人だから」と問題視されなかった個性も、時代が変わって、景気の影響などで社会全体に余裕がなくなってきたせいで「変わった人」は許容されにくくなってきてしまってるんですよね。

そうすると、その場にいられなくなって社会生活を送れなくなるほど苦しむ状態になり、それは“不適応”ということになって、発達障害の診断が出ることがあるんです。今の若い人たちは、余裕のない社会に生きているので、余計に発達障害があぶり出されているというのはあると思います。

村中さん つまり脳が突出した特性を持っていること、それを私は脳や神経由来の文化の違いとよく言いますが、その違いとそれが障害になるかどうかというのは別問題であるということなんです。全く同じ脳や神経の特性や文化を持ってる2人がいたとして、余裕のある環境にいるAくんと、そうでない環境にいるBくんでは、Bくんだけに発達障害の診断が出るということも起きるわけです。

障害とは個人と社会の相互作用によって生み出されるとする“障害の社会モデル”という考え方があるのですが、発達障害はその社会モデルの視点が特に重要になる領域だと思っています。

「発達障害」という言葉がない未来を目指したい

さまざまな社会のニーズに応えるため、どんどん事業の幅を広げてきたおふたり。
ここへきて子どもだけでなく、困難を抱えている人の就労支援についても、サポートする流れがきているそうです。

たとえば一般企業に対して認知を広めることであったり、支援機関の支援力を高めることであったりと、ますます事業領域は広がります。

多くの方々が熱心に講義を受けています。医療、福祉分野の方はとても多いそうですが、一般企業の方の割合はまだ少なめなのだそうです。

村中さん 発達障害の労働環境については、うまくいってない現場が多いのが実情だと思います。それはなぜかというと「発達障害のある人を受け入れてください」という方針だからだと私たちは考えています。そうではなく、実はみんなが同じだという認識を持ってもらわなくてはいけない。

つまり、発達障害云々以前に、みんなそれぞれに脳や神経由来の特性があって、そこに文化や個性が生まれて、得手不得手があるから、そこに目を向けましょうという認識が企業内にも浸透すれば、発達障害の人はめちゃくちゃ働きやすくなるんです。

レンガモデルから石垣モデル」と私は提唱してるんですが、旧来のマネジメントは「レンガモデル」、つまり個性を削ぎ落として同じ形の石を接着剤で積み上げていくやり方。でもこれからは「石垣モデル」、デコボコの形の岩でも、上手に組み上げていく技術、つまりマネジメント能力さえあれば、接着剤はなくても力強い石垣はつくれる。こういう考え方が広まれば、自然と多くの人が活躍する場が増えると思うんですよ。

この「石垣モデル」こそが多様性ということ。この価値観を企業も個人も理解し、認識を変えていくことが、これからの日本を作っていくことにつながるのかもしれません。

上木さん “障害”という言葉による弊害が今はすごく大きいので、将来的には“発達障害”という言葉がなくなるのが理想だなと思っています。

とはいえ、今はそれが“障害”とされているから、支援するという枠組みもあるわけなので、そこでいかに企業、行政などで働く人たちに理解を広めるかということが課題だと思っています。

村中さん 目先で支援が必要な人がいる状態なのに、その移り変わりを一足飛びにやってしまうと、支援されるべき人に支援ができなくなるという側面は残念ながらあります。
だから、生きにくさをが減って支援の必要がなくなったから、もう”障害”ではなくて“文化の違い”や”個性の違い”だよねと言える状態をつくっていかなくてはいけないんです。

上木さん 私たちの持つ心理の専門家としての強みを世の中に活かして、すべての人がよりよく生きられるようにするということは、人種や国境を超えて通用するものだと思っています。そして、それによって“ケア”とか“支援”という発想のない、生きやすい環境をつくっていけたらと思っているんですよ。

どんな人も持つ脳や神経由来の“個性”を理解し、いかしあう社会のあり方は、上木さん、村中さんご本人たちが実際にいままでやってこられたお仕事のしかたこそが、ロールモデルとなるものなのです。

さまざまな領域を横断して複雑に絡み合っている“発達障害”の問題。
しかし、それを「複雑なもの」にしているのは、わたしたちの無理解と無知によるものなのかもしれません。

あらゆるものに、明確な答えがなくなった今の時代、隣にいるあの人や、職場が一緒のあの人、なにより自分自身がいったいどういう存在なのかいうことすらも、明確にするのは困難なのではないかと、上木さん、村中さんのお話を聞いて感じました。

環境によって変わってしまう“人間”は、一見するととても曖昧で弱い存在。しかし、それは、しなやかによりよく変わっていくこともできるという側面を包括しているはずです。

どれだけ理解を深めても、極めることはできないであろう“人間”。それについての学びに終わりはないでしょう。だからこそ、わたしたちに必要なのは「学ぶことをあきらめない」ということなのだろうと思うのです。