旅行好きな人の中には、さまざまなゲストハウスを利用するのが旅の醍醐味という人もいるかもしれません。外国人観光客の増加に連れて、日本でもゲストハウスは増えています。ゲストハウスが法的に分類される簡易宿泊所の数は、2012年度からの5年間で、118パーセントの増加率(厚生労働省調べ)。宿泊費の安さや、どこも個性的な場づくりをされていることが、ゲストハウスの需要を高めている理由と言えそうです。
今回ご紹介するのは、佐賀市内初のドミトリー型のゲストハウスである「HAGAKURE」。観光地として決して有名とは言えない佐賀で、佐賀らしさを大切に、佐賀の魅力を伝えようとするゲストハウスです。私は、佐賀へ生まれて初めて足を運び、その目で確かめることにしました。
明るい陽射しがいっぱいの広々と感じられる空間
JR佐賀駅から徒歩5分。ビジネスホテルが目立つ駅前から少し離れると、すぐに穏やかな空気が広がります。そんな中に、まるでずっとそこにあったかのように、「HAGAKURE」は建っていました。昨年4月にオープンしたばかりですが、飲食店として営業してきた建物をリノベーションして使用しています。
入ると、まず壁一面のイラストが目に飛び込んできます。1階にはコミュニティルームとバー、小上がりがあり、まるでおしゃれなカフェといった雰囲気。リノベーションしているため、古さを全く感じさせない、明るい空間が広がっていました。そこで出迎えてくれたのが、「HAGAKURE」の店長の高瀬伶さんです。
まずは、高瀬さんの案内で、宿泊スペースである2階の共有部分へ。高い天井を立派な梁が通り、その下には宿泊客が集えるテーブルがあります。壁には、さまざまな言語でゲストから「HAGAKURE」や佐賀へのメッセージ、旅の感想など が書かれた黒板が。
こじんまりしていますが、使い勝手のよさそうなキッチンもあり、長期滞在ではおおいに活用したくなりそうです。取材で訪れた際には中国からのゲストが1週間滞在中とのことで、冷蔵庫に中華料理の食材が入っていた様子。
ドミトリー型の部屋は男女共有と女性専用があり、二段ベッドが並んでいます。どこも掃除が行き届いていて、とても清潔。
女性専用の和室、鍋島という部屋は、まるで田舎のおばあちゃんの家に帰ってきたような落ち着きが感じられました。この部屋は、襖に佐賀県重要無形文化財である肥前名尾和紙が使われていたり、床の間の壁が有明海の土を塗った土壁だったりと、地元である佐賀らしさを伝える部屋でもあります。旅の疲れが癒されるような、ほっこりした雰囲気は和室ならでは。
建物全体に窓がたくさんあるので陽射しがたっぷり降り注ぎ、風通しもよく、心地よく過ごせそうでした。白い壁を基調としているので、想像以上に広々と感じるのも、居心地のよさの理由かもしれません。
アットホームな雰囲気で多種多様なゲストもリラックス
大きなホテルとは違って、ゲストとスタッフの距離が近いのもゲストハウスならでは。「HAGAKURE」では設備を整えるだけでなく、スタッフの細やかな気遣いも心掛けています。それは「旅先の印象は宿泊先での体験で決まる」と考える高瀬さんの想いから。
何か困りごとがあるようであれば、こちらから声をかけるようにしています。特に日本人のお客様はそうですが、なかなか自分からは言えない方も多いので、気遣いは大事だと思っています
2階を見学しているときも、スタッフが笑顔で挨拶してくれるなど、生き生きした表情で働いている様子を目にすると、「アットホームな雰囲気がある」という評判も納得でした。
「HAGAKURE」のゲストのおよそ6割は海外、特に韓国や中国、台湾や香港といった外国人観光客とのこと。九州という地の利もあって、アジアからのゲストが多いそうです。
インタビュー中も、韓国からと思われる若い男性旅行者が荷物を置くためにやって来ました。チェックインまでまだ時間があるせいか、不安そうな表情を見せている彼に、ゆっくりとした日本語で高瀬さんは話しかけていました。
日本人のゲストはバックパッカーなどの若者が多いのかと思うと、ときには出張で佐賀を訪れたサラリーマンが利用することもあるのだそう。味気ないビジネスホテルに泊まるよりも、落ち着きやぬくもりの感じられる「HAGAKURE」のほうが、仕事の疲れが癒せるのかもしれません。
また、結婚式に参列するために佐賀にやってきた新郎の大学時代の友人たちが、式の前日に一棟借り(定員13人)をして宿泊していったこともあると聞きました。同窓会気分を楽しめそうで、ユニークな利用の仕方です。こんな利用法があるのも、ゲストハウスならではでしょう。
佐賀で、新たなコミュニティをはぐくむ場所として
ゲストのために宿泊施設としての本分を果たしながら、「HAGAKURE」は、地元、佐賀の人たちと日本に来た外国人ゲストが国際交流ができる場として機能できるように工夫もされています。とはいえ、外国人ゲストがいるというだけでは、交流は始まりません。
そこでコミュニティルームでは、小上がりをステージに利用した音楽イベントをはじめ、料理をつくるイベントや韓国語を勉強するイベントなどを催しています。
佐賀の日本酒を揃えたバーには、地元のおじいちゃんから仕事帰りのサラリーマンまで集まり、一緒に飲んだゲストの外国人と仲良くなって、連絡先を交換したりといった交流が生まれているそうです。
ゲストと飲みに来た一般のお客様がいるときは、「ご一緒にいかがですか?」とスタッフが声をかけて、交流しやすい場づくりもしています。せっかく地元に泊まりに来てくれたのだから、と思っていても、なかなかフランクに声をかけづらい日本人にはありがたいことでしょう。
さらに素泊まりが基本のゲストハウスならではの交流も。
食事をするために近所のお店を紹介するので、開業する際には周りの飲食店に挨拶に行ったんです。だんだん歓迎してくれるお店も増えてきていますし、お店で店員さんやほかのお客さんとの交流も生まれてきています。
そして最近は、高校生などの若い世代が、いろいろチャレンジできる場所になればと思い、高校生が主催して企画・運営する音楽イベントもしています。
ここに来るまでの道に迷っていたお客さんを、駅で路上ライブしていた高校生が案内してくれたんです。彼が音楽をできる場所を探していたので、ならばここを使ってよっていうところから始まりました。
思いがけない偶然から、新たなつながりが生まれ、広がっているのです。
佐賀らしさを大切に。その根底にある「葉隠」の教え
高瀬さんは、大学を卒業してから就職することなく、宿泊業に関しては全く初心者でありながら、ゲストハウスの店長として運営を切り盛りしてきました。実は高瀬さん、この建物の一部屋を自宅としているのです。つまり住み込み状態。「休みは取っていますよ」と言いつつも、生活を丸ごとゲストハウスと共にしていることからも、「HAGAKURE」にかける強い想いがうかがえます。
ゲストハウスを始めるにあたって、高瀬さんが佐賀を選んだのには、この地に対する熱い想いがありました。
住んで7年なんですが、人の温かさやエネルギーをすごく感じたので、佐賀や佐賀の人のことを知ってもらいたいと思ったんです。
佐賀への想いがたっぷり詰まっているのは、屋号に「葉隠」と掲げたことからも明らかです。葉隠とは、江戸時代の中頃、肥前国佐賀鍋島藩士であった山本常朝による、武士としての心得を記した書物。
佐賀を代表する教えだけに、実は「葉隠」という言葉を屋号にした宿泊施設も既にあったそう。検索エンジンでどれだけ見つけてもらうかは、宿泊先をネットで探したり予約したりする昨今では重要であるはずですが、この屋号だけは譲れなかったといいます。
入り口のドアを開けた正面に、「葉隠」から4つの教えが、壁に掲げてありました。
・武士道に於ておくれ取り申すまじき事
・主君の御用に立つべき事
・親に孝行仕るべき事
・大慈悲を起し人の為になるべき事
ここに飾っているのは、葉隠の中の4つの教えなんです。誰かの二番煎じではなく自分から動きましょう。主君、つまり自分が支えたいと思う人の役に立ちましょう。親に孝行しましょう。思いやりを持って相手のために動きましょう。この4つです。300年前に考えられたんですけど、今でも大事なことだし、そんな昔に言われていたのはすごいですよね。
高瀬さんは、自分から先んじて動こうという新進気鋭の考えが、明治維新以降の近代的な佐賀の発展につながっているのではないかと考えています。その一方で、佐賀の県民性だと感じているのが、控えめなところ。
今年はちょうど明治維新150周年に当たり、JR佐賀駅にも記念する幟が掲げられていました。けれども、「明治維新における肥前(佐賀)ってあんまり有名じゃないんですよね、薩長はあれだけ有名なのに」と高瀬さんに言われると、確かに薩長の印象に押され気味な気も…。
高瀬さんは「HAGAKURE」を通して、脈々と受け継がれている「葉隠」に代表されるような佐賀らしさ、その魅力を伝えようとしています。訪れた人が手に取れるように、佐賀の観光案内のパンフレットなどとともに、「葉隠」に関する書籍も取り揃えてありました。
自分のものと思える特別な場所
もともとは、国際交流や国際協力の事業をおこなうNPO地球市民の会でインターンをしていた高瀬さん。身近な国際交流の場として、地元の人に受け入れられるために、ゲストハウスを立ち上げたときから、外に開かれた場になるように工夫を重ねてきました。
そのため開業にあたっては、一口オーナーを募ったり、クラウドファンディングをおこなったりして、幅広い人たちから資金を集めることにしたのです。
こういった過程を通して、最初は「“そんなんつくっても誰も来んよ”と心配する声が多かった」地元の人たちの理解も深まっていきました。「葉隠」の考えにも通じるような、初めてのことに頑張って取り組めよと、応援してくれる人たちがたくさんいることにも気づいたといいます。
さらに建物のリノベーションをする際には、ワークショップ形式で地元の人たちも参加できるようにしました。
コミュニティルームの壁面のイラストは、ミヤザキケンスケさんという佐賀のアーティストのデザインによるもの。「葉隠」をテーマに、たくさんの「葉」に「隠」れるように、海苔や玉ねぎ、佐賀牛などの名産品から、明治維新の時期に活躍した偉人、さらにはサガン鳥栖などが描かれています。
これらを描いたのが、ワークショップに参加した地元の人たち。自分の描いた絵があれば、そこに愛着がわくのも当然です。友人や知人を連れてきて、自慢したくもなるでしょう。このように、「私の場所」と思ってもらえる工夫を開業前から仕込んでいたのです。
地元の人たちに受け入れられ、新たなつながりを生み出す場として機能しているのは、さまざまな積み重ねのおかげでしょう。
これからも地道に一歩一歩
開業から1周年を迎え、2年目のこれからは、もっと地域とのつながりを深めていきたいと考えています。
そのためにも大切なのは、まずはスタッフが地元に根付いていくことですよね。自分たちがつながっていないと、お客様がつながるわけがないですから。そのためには自分たちの日頃の行いが大切だと考えています
日々の積み重ねを大切に、一歩一歩、歩みを続けていくことが大切と、一周年を機に想いを新たにしているようでした。
ゲストハウスとして、お客様である宿泊客を温かく迎えるのは当然のこと。それだけではなく、佐賀に根を下ろすために、その温かな視線を身近な地元の人達にもしっかりと送っているところに、この地でゲストハウスを運営することへの強い気持ちが感じられました。
そんな想いは、きっと初めて佐賀を訪れる人にも伝わるのではないでしょうか。そうすれば、この地に対してよい印象を抱いて後にすることができそうです。高瀬さんにインタビューをして、改めて佐賀をじっくりと訪れたいと思いました。
地域への貢献を続けて、信頼してもらえるように努めたいと語る高瀬さん。大好きな佐賀の魅力を伝え、国際交流の場を提供するという「HAGAKURE」開業時の想いを大切に、今日も各地からやってくる宿泊客を笑顔で迎えています。