「教育」を軸にまちづくりに取り組む町、岡山県・和気町。greenz.jpでは今までも和気町のまちづくりについて、その取り組みをご紹介してきました。
未来を担う子どもたちの「教育」を考えた時、町と住民と学校は切っても切り離せない関係にあります。そこで町をあげて取り組むのが「高校魅力化」。持続可能な地域の形成をめざして、町の最高学府である和気閑谷(しずたに)高校を起点とした、グローカル(※)人材育成に取り組んでいます。
※グローバル(global)とローカル(local)からの造語。和気町では、グローバルな視点で物事を考えつつ、ローカルに密着して活動する人材の輩出を目指しています。
高校、商工会、商店街などと多様なつながりを編む中で、先生や生徒がここ数年、「どうしても実現したい」と願ってきたのが、毎年9月に開催する文化祭「楷楓祭(かいふうさい)」を、地域に開かれたものにすることでした。
その第一歩として、2018年9月上旬、地域の住民や企業を巻き込んだ「楷楓祭」が実現。背景には、和気町に赴任している地域おこし協力隊の活躍が大きくあったといいます。
和気町では現在、新たに地域おこし協力隊を募集しています。そこで先輩にあたる地域おこし協力隊が実際どのような働きをしているのかを知るため、和気閑谷高校の教頭である上野修嗣先生と、地域おこし協力隊として高校に関わる宮部信之さん、そして平井麻早美さんの3名にお話を伺いました。地域の住民や企業を巻き込んで高校の魅力化に取り組む、和気町の地域おこし協力隊の仕事とは、いったいどのようなものなのでしょう。
岡山県立和気閑谷高等学校 教頭。徳島県生まれ。中学1年から岡山在住。1990年度から岡山県立高校の地歴公民科教諭(専門は日本史)として勤務。岡山県教育庁指導課、高校教育課を経て、2017年度から現職。
宮部信之(みやべ・のぶゆき)
東京都生まれ。6歳から茨城県つくば市で育つ。大学卒業後、カナダ、ニュージーランドに2年間留学し、その後、スノーボード(スキー)・インストラクターとして冬中心の約10年間を過ごす。慶應義塾大学総合政策学部に一般入試で合格し、そして英語講師として塾・予備校で勤務。2018年4月より現職。
平井麻早美(ひらい・まさみ)
埼玉県生まれ。WEB広告会社に11年間勤務し、マーケティング・商品企画のディレクションを中心にカスタマ向けサービスの設計に携わる。その後、和気町地域おこし協力隊として2017年6月着任。和気町の特産品ブランド「和氣◎印」の立ち上げや商店街活性の企画検討、移住サイトのリニュアルディレクション等を担当している。
町と学校をつなぐ文化祭
先にもご紹介したように、和気町は教育を軸にしたまちづくりに取り組む町。和気閑谷高校では、総合的な学習の時間(※)「閑谷學」や、地元企業へのインターンシップなど、地域に開かれた学びを、カリキュラムに組み込んできました。
(※)小中高校に設けられている、児童生徒が自発的に横断的・総合的な課題学習を行う時間。内容や名称は各学校に委ねられている。
そんな関わり合いの中で、生徒と地域住民から「何か一緒にやりたいですね」という話が生まれるのは自然なことだったのかもしれません。
上野教頭 9月下旬に「和気ものづくりフェスタ」というハンドメイド雑貨のマーケットが開催されていて、2017年から生徒がボランティアで関わっています。一方私たち高校の文化祭は、就職活動のことも考えて9月初めに開催していて。でもせっかくなら日程を合わせてやりたいですね、と。もう何年も生徒と地域住民の間で話に出ていたらしいんです。
一緒にやれたらと理想を掲げるものの、町と学校をつなげることは一筋縄ではいきません。教員も毎日の授業で忙しく、町の人も仕事をしながら動くことになるので、両者ともに具体的な一歩を踏み出すことができずに何年もの月日が流れていました。
上野教頭 そこで和気町に赴任している地域おこし協力隊の宮部さんと平井さんに声をかけさせていただきました。和気閑谷高校を担当する宮部さんには、学校と「ものづくりフェスタ」のコーディネートを、平井さんは商工会と役場担当なので、地域の企業との連携を模索していただきました。
地域おこし協力隊の2人は、地域に開かれた文化祭を実現するために、どのような働きをしたのでしょうか?
上野教頭 宮部さんには、「ものづくりフェスタ」の会議への出席など、学校と町をつなぐ役割を担っていただきました。町に住んでいて、学校と行き来する人がいるのはとても心強かったですね。お互いの言い分を聞きながらの交渉ごとなので、大変だったと思います。
上野教頭 平井さんは商工会と役場に籍を置いて働かれていますので、企業や地域住民とのつながりがあります。高校にも閑谷学の講師として来ていただいているので、学校のこともよくご存知です。そのため、企業ブースへの出展者募集にお力を貸していただきました。
宮部さんと平井さんの活躍もあり、今年の楷楓祭では、生徒によるステージや模擬店に加え、「ものづくりフェスタ」の方々による出展や企業の事業所紹介コーナーも設けられました。
地域おこし協力隊の和気町への思い
私が高校の文化祭と聞いてイメージするのは、生徒が自分たちのために楽しむお祭りでした。しかし和気閑谷高校の「楷楓祭」は、子どももシニアも、企業も、多様な人が交わる、”地域の文化祭”と呼んだ方がしっくりきます。
地域に開かれた文化祭を実現するため奮闘した地域おこし協力隊の宮部さん、平井さんはどのような思いで和気町にやってきて、仕事に取り組んでいるのでしょうか。
宮部さん 和気町に来る前は、岐阜県にある学習塾で英語の講師をしていました。ただ塾に通う子どもはどうしても、お金に余裕のある家庭の子や勉強ができる子に偏ります。逆にそうでない子どもには、やる気があって「週3日塾に来たい」と言われても、お金がかかるので「週2にしておこうか」と提案することもあったんです。
でも、高校の中に塾をつくったら、誰もが無料で好きなだけ勉強できます。多様な進路希望を持つ生徒が多い和気閑谷高校で、公営塾をしたら生徒はどう変わるだろうって。その可能性にかけてみたくなったんです。
宮部さんは赴任からたった2週間で高校の中に塾をつくり、放課後に英語を学びたい生徒を募集しました。一人で始めた地道な取り組みですが、現在生徒は5名に。今では公営塾として認められ、生徒の英語学力アップに邁進しています。
一方平井さんは、宮部さんよりも1年早く、和気町の地域おこし協力隊として赴任しました。埼玉県で生まれ育った平井さんは、就職を機に東京へ。美容師やウェブの企画会社で11年ほど働く中で、「東京に私が望む暮らしはない」と岡山県への移住を決めたそうです。
平井さん 東京にいた頃は、深夜まで働いてタクシーで帰宅して、仮眠後また出社。そんな毎日の繰り返しでした。30歳を超えて体力的にもしんどくなり、結婚を機に人生を考え直したんです。
たまたま手に取った雑誌「TURNS」を読み、「田舎ってこんなにおもしろいんだ! 可能性があるんだ!」といい意味で田舎暮らしの概念が覆った平井さんは、移住先を探す旅に出ます。
平井さん 和気町を初めて訪れた時、身の丈感がぴったりだったんです。ここだ、と。夫も同じで、お互い議論することなく移住を決めました。それで、仕事も決めずに和気町へ来て。
現在平井さんは、週3日を商工会、週2日を役場職員として、特産品のブランド認証制度創設や商品の開発支援、JR和気駅前商店街の活性化に取り組んでいます。
また、町産リンゴを用いた炭酸果実酒「和氣”syuwasyuwa(しゅわしゅわ)”りんごのうた」を開発し発売するなど、気軽にチャレンジできる田舎のよさを活かしながら働いています。
生徒と地域住民、双方にとっていいコラボレーション
宮部さんと平井さんは、それぞれの立場を活かしあい協力しながら「楷楓祭」を地域に開かれた文化祭にするため準備してきました。
上野教頭は取材中、地域おこし協力隊の2人に「かなり無理をお願いしてしまったんじゃないか」と心配していましたが、実際に話を聞いてみると、本人たちにとってはそれほど大変だったというわけではなかったようで……。
宮部さん 文化祭のコーディネートで、特に苦労はしていないですよ。ただ上野教頭から「地元の人と一緒に文化祭をする」と聞いて、「ものづくりフェスタ」の会合に行くと、何も決まってなかったんです。一緒にやろう、それで何をするの? って状態で(笑)
いきなり「楷楓祭」と「ものづくりフェスタ」の開催日を同じにするのは難しい。それならば、まずお互いに関わる余地を見出そうと、宮部さんは高校と「ものづくりフェスタ」を行き来しながら、コラボレーションできる点を見つけていきました。
宮部さん 「ものづくりフェスタ」のメンバーがワークショップをしたいと言えば、僕が学校に「ワークショップで使える教室はありますか?」と聞く。そんな感じで、僕が企画するというよりかは、双方のやりたいことと、提供できることを仲立ちしていきました。
その中で、高校には届かなかった住民の声を聞くことができたそう。
宮部さん 和気駅前商店街で時計屋さんを営む和田さんは、高校のすぐそばに住んでいるのに「楷楓祭」に一度も行ったことがない、と。興味はあるけれど、行っていいのかわからないからって。高校はウェルカムな状態をつくっているのですが、伝わっていないことがわかったんです。それで平井さんに、広報面で協力していただきました。
平井さん 商工会と役場の立場を活かして、町に広める役割をさせていただきました。町内放送で「楷楓祭」のお知らせを流したり、町の広報誌にチラシを入れたりして、足を運んでもらいやすくなるように。
高校と「ものづくりフェスタ」、双方を行き来する中で、宮部さんと平井さんは、コラボレーションは高校側にとってだけではなく、「ものづくりフェスタ」にとってもメリットがあると気づいていきます。
平井さん 「ものづくりフェスタ」のメンバーは60代、70代。布染めや備前焼など趣味の延長のような商品もあり、若い人がほしがるものは少ないのが現状です。今は町の補助金があるので運営できますが、近い将来自立しないといけない。そう考えた時、人が行き交う場として「ものづくりフェスタ」と「楷楓祭」が融合していくのは一つの道筋としてあるんじゃないかな。
宮部さん 「楷楓祭」に出展すれば、高校生もお客さんになる。彼らにウケる商品はどんなものなのかを考えることで、「ものづくりフェスタ」のメンバーも新たな創作意欲が湧いたようです。一方生徒たちも、模擬店に地域住民がくるのであれば、「ちゃんとしなきゃ」とより気を引き締めていました。
地元の企業を知る、地元で働く選択肢をもつ機会に
「ものづくりフェスタ」の出展に加え、高校が新たに取り組んだのが地元企業が出展する事業所紹介コーナーです。ここでは和気町の企業が10社以上出展し、来場者に向けて会社のPRをしていました。
平井さん 「生徒が地元の企業を知る機会をつくりたい」と上野教頭から要望をいただき、企業をご紹介させていただきました。商工会会員さま向けに出展をお誘いするレターを配布させていただいたり、生徒にぜひオススメしたい企業には直接お願いをしに行ったり。苦労はしていなくて、私がしたことと言えばそれくらいなんですよ。
平井さん 生徒と地元の企業の距離が近づくことで、和気にこんな素敵な人がいるんだと思ってもらえたら嬉しいですね。直接話をして、社長の姿勢や働く人の思いを知ってもらえたら。
第1回ということで、まだまだ手探りの状態での出展ではあるものの、企業や生徒の反応は上々。今後は高校生に響く会社の説明の仕方や見せ方など、平井さんがプロデュースするような形で、高校生と企業をマッチングしていけたらより魅力的になりそうです。
立場と役割を活かしあえれば、可能性は広がる
上野教頭 地域おこし協力隊の2人がいなかったら、私一人でバタバタして、企画倒れで終わっていたかもしれません。志を持った彼らがいたから、ここまでこれた。そして和気閑谷高校が今まで地域とつながってきた伝統や文化があったからこそ、地域に開かれた文化祭を実現できたのだと感謝しています。
上野教頭、そして地域おこし協力隊の宮部さん、平井さんにお話をお伺いする中で、異なる立場や役割を活かしあえれば、それほど力むことなく「できないかも……」を「できる!」に変えられるかもしれないと感じました。
地域に開かれた文化祭をつくりたいけれど、学校という枠組みや、教師という立場では簡単には実現できそうにもない……と上野教頭は頭を悩ませていました。しかし、宮部さんや平井さんが声をそろえて「苦労していない」「大したことはしていない」と言うように、地域おこし協力隊という異なる立場からであれば、企業や地域住民を文化祭に巻き込むことは、それほど難しいことではなかったようです。
もちろんそれらを成し得たのは、宮部さんと平井さんが日頃から町に溶け込み、信頼を得ているからこそ。異なる役割や立場を活かしあえれば、困難も軽やかに乗り越えて理想を実現していけるのかもしれない、と一筋の光を見つけた文化祭でした。
現在、和気町では宮部さんと平井さんのように和気閑谷高校の魅力化事業や、和気駅前にある公営塾の運営や講師をする地域おこし協力隊員を募集しています。もしこの記事を読んで和気町の地域おこし協力隊として活躍するイメージが湧いたなら、あなたもぜひチャレンジしてみませんか?
これまでも何度かgreenz.jpでご紹介してきた、和気町の教育を通じたまちづくりの取り組み。記事にするたびに、新しいチャレンジが始まっていることに驚かされます。そして、そんなふうに次々に新たな取り組みが生まれる背景には、宮部さんや平井さんのような地域おこし協力隊の存在があるようです。
ところで、今回の記事で掲載された写真に写っている人物の人数、greenz.jpの記事の中でも稀に見る多さだということに気づいたでしょうか? さらに彼ら・彼女らは、高校生から校長、教頭、地域のおばちゃんから会社勤めの方まで、多種多様な方々です。そうした多くの、かつ多様な人々同士をつなげるコーディネーターのような役割を担っているのが、和気町の地域おこし協力隊員に他なりません。
まさに、greenz.jpの新たなタグラインである「いかしあうつながり」をつくることで、教育を通じたまちづくりに取り組む存在だと言えるでしょう。グリーンズ としても、今回採用されることになる新たな協力隊の活躍もふくめ、和気町の取り組みを今後も定期的にご紹介していきたいと思います。
(写真:寺田和代)