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2万人の日本兵が餓死した戦地は今、優しい音色に包まれている。父が過ごした最期の地をめぐるドキュメンタリー映画「タリナイ」が問いかけるもの

かけがえのない命が、無残に否定される「戦争」。あなたはこれまで、どれほどの時間をもって、母国の戦争について学んできましたか。

1945年、6年間にもおよんだ第二次世界大戦は、日本の2都市へ原子爆弾を投下するという究極の暴力行為をもって終結を迎えました。同じ頃に戦地の一つだった太平洋のマーシャル諸島共和国では多くの日本兵たちが「餓死」。その数は2万人にもおよびました。

亡くなる直前まで綴られていたひとりの兵士の日記を頼りに、楽園のように美しい自然美で満ちたマーシャル諸島を訪れた男性がいます。彼が勇気を持って向き合い続けたこと、そして未来に活かせるメッセージとは一体どんなものでしょうか。

ドキュメンタリー映画「タリナイ」で綴られた、悲しくも美しい、壮大な旅の記録をご紹介します。

(C) 2018 春眠舎

あまりにも「知らされていなかった」マーシャルと日本の関係性

37歳という兵士としては遅い出征をした佐藤 冨五郎(さとう とみごろう)さん。残してきた家族、特にまだ2歳の息子さんへの愛情を、戦地でも日記に残していました。冨五郎さんの日記は、痛々しいほどにリアルです。

かつてドイツ領だったマーシャル諸島は、第一次世界大戦後にドイツが降伏したため、日本が譲り受ける形で1919年から日本の統治領となりました。太平洋の中心、多数の離島と珊瑚でできたマーシャル諸島は、戦争どころか、天国のように美しく、訪れる人々が本来の自分の姿を取り戻せるような楽園。戦前に移民として移り住んだ日本人も多数いたほどです。

しかし太平洋戦争で日本が窮地に陥り、米軍は海上を封鎖。マーシャル諸島の日本兵たちは孤立し、食料の補給は途絶え、終戦までの約1年半に2万人の日本兵が餓死したのでした。

自らも空腹にあえぎ、身近な仲間が命を落とすのを日常的に見つめた冨五郎さんの苦悩を日記の文字が伝えてくれています。終戦まであとわずか4ヶ月というタイミングで、冨五郎さんも力尽きてしまいました。

こうしたマーシャル諸島のできごとを一体どれほどの日本人が知っているのでしょうか。筆者であるわたしは、恥ずかしながらこの映画に出会うまで全く知りませんでした。

ドキュメンタリー映画「タリナイ」をつくった監督の大川 史織(おおかわ しおり)さんはこう語ります。

高校3年生のときにマーシャル諸島へのスタディーツアーに参加した時に、初めて日本による統治の歴史を知り、大きくショックを受けました。

大川監督はその後、大学を卒業する際に再びマーシャル諸島を選択、卒論のテーマに決めました。しかし改めて関連資料を調べても、あまりに史料が少ないことに愕然としたと言います。

ただ、関連情報が少ないことはかえって大川監督の心に小さな光を灯すことになりました。その小さくとも力強いエネルギーは卒業後も絶えることなく、彼女は新卒でマーシャル諸島の首都マジュロにある企業に就職、3年間を過ごすことになります。

(C) 2018 春眠舎

知ってほしい事実と、ひとりの男性の人生に伴走した映画制作

マーシャル諸島で暮らし始めた大川監督は、70年余の時を経た今でも島の暮らしに根付いた、たくさんの日本語の片鱗を見聞きして驚きます。ひとの苗字の他、ショウユ(醤油)、デンキ(電気)、ジャンポ(散歩、マーシャル語はSの発音がないため)などは既に一般的な日常用語であり、元が日本語だったことを意識されないほど。

なかには元の意味と異なる使い方をされている用語もあり、本作品タイトルの「タリナイ」はマーシャルでは「戦争」を意味する言葉です。

そして何よりも、最も強く監督の心をとらえたのは、「コイシイワ」という歌でした。

遠く離れてしまった恋人を思い、恋しくて切ない気持ちを歌う曲で、今でもマーシャルの人たちは日本語で歌っています。それも笑顔で明るく、きれいなメロディーをつないでいます。そのことをもっと多くの日本人に知ってもらいたいと思いました。

仕事のお休みを利用して、マーシャルの各地に出向き映像を撮りはじめた大川監督。ドキュメンタリー作品としての切り口を模索していた時に、ひとりの日本人男性と出会いました。

佐藤 勉(つとむ)さん、74歳。

マーシャルでの戦争体験を日記に残しつつも餓死してしまった日本兵、佐藤 冨五郎さんの息子さんです。

(C) 2018 春眠舎

冨五郎さんが出征したとき、勉さんはまだ2歳。そのため父の記憶はほとんどありません。しかし克明に綴られた冨五郎さんの日記が、当時の戦友によってご家族に届けられ、命の手記を頼りの綱として、父の軌跡を長年調べ続けていたのです。

日記の内容と、政府の公式記録を照らし合わせながら、冨五郎さんがいつ、どこで何をしていたのか。家族のため、自分のために、一体どんな思いを抱いていたのか。

強烈な時代の波に翻弄された父、冨五郎さんの人生に正面から向き合う勉さんは、大きな疑問に対する”納得できる何か”を求めているかのようでした。

戦争に父親を奪われたやるせない悲しみと、その一方で、直筆の記録から感じられる自分に対する大きな愛情。勉さんの、細やかに、しかし大きく揺れ動く心が映画のなかで丁寧に描かれています。

(C) 2018 春眠舎

優しい音と笑顔に救われる。
南国のあたたかさに包まれて思うこと

映画では現在のマーシャル諸島が随所に登場します。言葉を失うほど雄大な自然美と、血の通う人々の優しい笑顔がある現在の姿に、救いを覚えるような気持ちになりました。

戦争という命を蔑んだ悲しい出来事を、怒りでも忘却するでもなく、今は笑顔で「コイシイワ」を歌う。まさに、今を生きる、この瞬間を大切に暮らす、という地に足をつけた日々を選択しているマーシャルの人々。

本作はただ悲しいだけの戦争関連作品ではなく、ときにユーモアも忘れずに、生きること・死ぬこと・政治・社会といった、誰もが避けられない問題が身近にあることを再認識させてくれます。

誰かの責任を追求するのではなく、自分自身が史実と向き合い、どんな未来を希求するのか。この映画を通して、そんな「人生の指針」を問う大切さを感じさせてもらいました。

あまりも美しく、そして正直に作られたこの作品をきっかけに、本当に大切にしたいことを行動に変える人が増えると信じています。

(Text:やなぎさわ まどか)

やなぎさわ まどか

やなぎさわ まどか

ライター・編集・通訳翻訳ディレクター・プロジェクトマネージャー。
20代前半までの海外生活から帰国後マネジメント系キャリアに従事するも、2011年の震災をきっかけにして”いつか実現したい憧れ”だったライフスタイルを目指してフリーランスに転向。土と社会の多様性に向き合い、人と人がまぁるく繋がる世界を目指して文章を綴る。

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– INFORMATION –

ドキュメンタリー映画『タリナイ』

 監督:大川史織
プロデューサー:藤岡みなみ
2018年9月29日(土)よりアップリンク渋谷ほかロードショー
https://www.tarinae.com