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地域通貨は経済を自分たちの手に戻し、「いかしあうつながり」をつくるもの。旧・藤野町で10分の1の世帯が利用する「よろづ屋」に見る、地域通貨の可能性。

greenz.jpは創刊12周年を機に、「いかしあううつながり」をテーマに掲げました(詳しくはこちら)。

そうは言っても、「いかしあうつながり」ってなんだろう。
「いかしあうつながり」はなぜ大事なのか、どんな可能性があるのか。

まだまだ私たちにもわからないことばかり。そのヒントを探るため、特集「いかしあうつながりってなんだろう?」では、色々な人たちに話を聞いて、輪郭を形づくろうということになりました。

今回は、greenz.jpが「いかしあうつながり」というテーマにいたる大きなきっかけのひとつとなった、神奈川県の旧・藤野町(※)で使われている地域通貨「よろづ屋」から、新しい社会づくりのヒントを探っていきます。

(※)藤野町は2007年より相模原市緑区に編入。

山々に囲まれた旧・藤野町。藤野駅へは東京駅からJR中央線の快速で1時間半ほど。

まちのおよそ10分の1の世帯が利用する「よろづ屋」

まずは「よろづ屋」について簡単に説明を。

地域通貨「よろづ屋」は2010年4月から旧・藤野町で始まりました。現在は400世帯ほどが参加しています。藤野町の人口は約8600人(約3700世帯)なので、全体のおよそ10分の1。かなりの割合ですね。

どんなに人数が増えたとしても、顔の見える関係を前提としています。その定義は人によって異なるため「藤野で誰かが困っているときに助けに行ける範囲」を目安にしているそうです。

仕組みはとてもシンプル。紙幣を発行するのではなく「通帳型」を採用し、「萬(よろづ)」という単位(1萬=1円が目安)でやり取りをします。参加者はメーリングリストに登録し、メールで「誰か◯◯してくれませんか?」と投稿して、できる人が返事をする。たとえば「いらなくなった冷蔵庫を1000萬で譲ってください」といった具合に。やりとりが行われるときは実際に会い、専用の通帳に金額とサインを記入したら取引成立。簡単なので日常の小さな困りごとにも頻繁に利用されているようです。

「よろづ屋」の通帳。何かをお願いしたときはマイナス、してあげたときはプラスに「萬」の金額を記入する。(写真:袴田和彦)

「萬」はどのように始まり、どんなことが生まれてきたのか、グリーンズの鈴木菜央が「よろづ屋」事務局の池辺潤一さん高橋靖典さんに伺いました。

自分たちでお金をつくる実験

菜央 どんなきっかけで「よろづ屋」は始まったのですか?

池辺さん もともと藤野ではトランジション活動という、持続可能な社会をつくろうという活動がありました。持続可能になるためには暮らしのなかで大きく依存しているものから脱却しないといけないと考えるようになって。それで、みんなで何に依存しているか洗い出していったときに、エネルギーとか食料とかいろいろなキーワードが出るなかで、お金や経済の仕組みに依存していることに気づきました。

一般的にお金があれば幸せになれるという前提で人生が組み立てられているけど、それって本当に幸せなのか? という問いはみんなのなかにありますよね。お金がなくても幸せになるにはどうしたらいいか考えたときに、じゃあ自分たちでお金をつくったらどうか、という話になったんです。

さっそく地域通貨のシュミレーションゲームに参加してみたり、千葉県の鴨川で「安房(あわ)マネー」という地域通貨をやっている林良樹さんに話を聞きに行ったりするうちに、地域通貨に対する敷居が下がりました。林さんに「10人くらいいたらできるよ」と聞いたり、「安房マネー」の手づくりの通帳を見せてもらったりして。それまでは大変そうだと思っていたけど、「やってみよう」と始めました。

「萬」の初期の通帳

菜央 最初はコンビニで通帳をコピーして始めたそうですね。

池辺さん そうです。「安房マネー」の通帳の原本をもらって、「安房マネー」と書いてあるところを修正液で消して、コンビニのコピー機で印刷しました。

菜央 それでいいんだ(笑) 何人で始めたのですか?

池辺さん 10人です。もともと本の貸し借りとかをしている仲でしたが、それを「よろづ屋」でやってみたりしました。でも、人数が限られているとやりとりの内容も限られて、あまり新しい発見がなくて、それぞれの友達を引きずり込んだほうが楽しそうだなと。

ひとりが5人とか10人に声をかけたら50人、60人くらいになって、そうするとおもしろくなってきました。人数が増えたので数カ月後に事務局を正式につくり、通帳もオリジナルのものをつくって、説明会を開いたら100人を超えました。

菜央 10人のときと50人、100人のときでは何がちがったんでしょう?

池辺さん 実際に「洗濯機が壊れたから誰か萬で譲ってくれませんか?」という投稿があったときに、手を挙げる人が出てきたんです。人数が多いとちがうな、と思いました。モノもそうだけどスキルとか知恵も同じで、「いいアイデアない?」って言うと10人より100人のほうがおもしろいアイデアが出てきます。

菜央 メンバーが増えるほど大変なのかなと思いますが、トラブルなどはありましたか?

池辺さん うーん、大変なことや困ったことは特にないですね…。

菜央 ないんですか! 事務局が大変だったことは?

池辺さん それもないです。というのも、事務局の負担を減らす努力をしています。持続可能なあり方を考えたときに、誰かが負担をしているのは持続可能ではないですよね。

2013年頃にどう負担を減らすか事務局メンバーで話したときに、年会費をなくしました。当時は年会費をいただいてニュースレターを出したりなど、ネットが使えない人へのケアをしていたんですが、意外と大変で。楽しくやっていけないなら続かないし、楽しいと思うことの比率を高める状況をつくろう、と。年会費をなくして負担も減らしてそれからは本当に楽になって、いまは月に1回の説明会だけやっています。

「よろづ屋」の池辺潤一さん

災害時にはセーフティネットにも

菜央 「よろづ屋」のやりとりで、具体的にはどんな事例がありますか?

高橋さん 多いのは子ども用品でいらなくなったものをあげるとか、家電が壊れたのでください、駅から家まで一緒に車に乗せてほしい、猫の世話をお願いしたい、といった内容ですね。私も「子どもの法事の黒い靴が出かける直前にサイズが合わない。あと30分でピックアップして出かけなければいけない」というときに、2人が手を挙げてくれて、即座に解決したこともありました。

生活の豊かさを提供したい人も出てきて、例えば自分のつくったおかずとか庭でとれたビワも「よろづ屋」と一緒にくれた人もいましたね。ほかにも、映像の仕事をしている人から「この種類の蛇を探してほしい」「この虫を探してくれたら1万円で買い取ります」などの投稿もありました。

菜央 藤野っぽいですね(笑) 災害のときにも役立ったと聞きました。

高橋さん 4年前に大雪が降ったとき、「圏央道は通れません」といった大きい情報は入ってくるんだけど、実際に住んでいる地域のどこが通れてどこが通れないのかはわからなくて。そんなときに「よろづ屋」のメーリングリストに「◯◯の交差点は止まっています」とか「◯◯は雪かきが終わったから通れます」とか細かいローカルな情報が流れてきて、セーフティネットとして機能しました。

菜央 藤野は山に住んでいる人もいれば駅の近くに住んでいる人もいるから、それぞれの情報に価値がありますね。

「よろづ屋」の高橋靖典さん

地域通貨を始めるには、目的と思いが大切

菜央 これから地域通貨を始めたい人は、何から始めたらいいでしょうか?

池辺さん まずは体感することですね。体験しないと、どうしたらいいかわからないと思います。そして、目的を明確にすること。こういうコミュニティをつくりたいとか、こういう社会課題を解決したいとか、そのためにはどんな仕組みをデザインしたらいいか見えてきます。

「よろづ屋」の場合は「安房マネー」の仕組みがフィットしたからそのままデザインして、少しずつ自分たちなりに変えていったんだけど、きっといろんなやり方があって、それは地域性とか集まっている人の特性によってちがうんだと思います。

高橋さん 僕も魂というか想いが乗っかっていないとうまくいかないと思います。何のために、どういうニーズを満たすのか、とか気持ちが先行していないと設計が難しい。だから、技術に囚われず、想いをまとめることが大事だと思います。あと、仲間から始めるのも大切。最初に始める人数が多いほうが軌道に乗りやすいと思います。

「よろづ屋」から生まれた、「萬」を介さない動き

菜央 僕の住んでいるいすみ(千葉県いすみ市)でも「米(まい)」という地域通貨を2年くらい前に始めて、今は140人くらいが参加しています。1周年記念のイベントでは海辺でバーベキューをしたのですが、漁師さんが子どもたちを船に乗せてサンセットクルーズをしてくれたり、なかなかできない経験が生まれています。藤野でもこんなことが起きた、というのはありますか?

高橋さん 「藤野電力」がそうですね。3.11のあとに放射能の情報や被災地支援の情報が飛び交っていて、それが少し落ち着いたときに、池辺さんが「藤野電力」をやろうと言い出したんです。トランジション活動ではエネルギーを課題にしているけど手を出せていなかったこともあり、「藤野電力」という名前だけ先に決まって。それで何をしようか話したときに「震災後に停電になっても俊太郎さん(*)の家は電気がついていたよね」という話になって、まずは太陽光発電について教えてもらうことになりました。

(*)ご自宅で太陽光発電を使ってオフグリッド生活を送る鈴木俊太郎さん。詳しくはこちら

「藤野電力」では太陽光発電パネルをつくるワークショップを開催している。(写真:袴田和彦)

高橋さん あと「地域チキン」も「よろづ屋」から生まれました。あるアメリカ人の方が1ヶ月くらい長期で海外に行っている間、ニワトリや野菜の世話が困ると。それならみんなで飼わないか? という話になり、5世帯くらいが手を挙げて地域でニワトリを飼うことになりました。さらに羊も飼えるんじゃないかという声も上がって、いま3世帯で羊も飼っています。

菜央 それはおもしろいですね。「地域ファンディング」もできたと聞きました。

高橋さん はい、ある料理人の方が藤野でお店を開くときに、物件は購入したけど内装を工事する予算が足りなくなって、地域に頼ってみようと思ったみたいです。それで8人くらいが集まって、クラウドファンディングをやろうかという話も上がったのですが、出資するのは友達とその友達が全体の8割らしいと聞いて、それなら自分たちで集めようとなったんです。3000円、5000円、1万円、5万円…って金額をわけて募集したところ、最終的に約200万円集まりました。

池辺さん そんな経緯でお店ができあがったので、オーナーが地域にいかされたという思いが強くて、お店のアイドルタイムや2階を地域にいかしてほしいと提供しています。そうしたらコーヒーを焙煎して販売する人や、包丁研ぎをする人が現れて、今ではやりたい人がやりたいことをやれる場所として定着しています。

地域を巻き込むという発想から始まっているので、必ずしも「萬」のやりとりがされているわけではないけど、なんとなく文化としていかしあうという空気感ができている感じがありますね。

高橋さん 「よろづ屋」から発展して、こんな動きもありました。ある年配の方で「誰か話を聞いてもらえませんか」と投稿して、6人が集まって話を聞く傾聴のグループができたんです。そこから「家で死ぬこと」をテーマにした講演会が行われたりもしました。

あと子育て中のお母さんで、急ぎで病院に行かないといけないときに子どもの面倒を見てほしいと頼んで、その日は誰も対応できなかったけど、それをきっかけに「今後みんなで助け合う体制が必要だね」とお母さんたちが集まったこともありましたね。

菜央 そのとき対応できなくても、あとになって集まれるのはいいですね。マッチングする率はどのくらいですか?

高橋さん いまは9割くらいじゃないかな。成立した場合は「成立しました」とメールが流れます。それがないと、気になりますね。

地域通貨を通して生まれる安心感と肯定感

高橋さん 「萬」はやっていくうちに使わなくなることがあります。人間関係ができていくと「萬」を介す必要がなくなるんです。

「よろづ屋」に入る前と後では何がちがうかというと、安心感なんですね。つながっていることでの安心感が確実に生まれています。たとえば藤野に引っ越してきてどこに何があるかわからないときに、「よろづ屋」に入ってみんなに聞けばいいという安心感があると思います。

菜央 僕もいすみで地域通貨をやっていて、とても安心感があります。普段いつも一緒にいるわけではないけど、仲間と暮らしているという実感から来ているのだと思います。仲間が困ったときに投稿して、解決したのを見ると、自分には何の得もないんだけど「よかったな」と思いますね。

高橋さん 藤野でも年配の人がメーリングリストのやりとりを見ているだけで安心感があるとお話しされてました。最近は人間の幸福って、お金とは相関関係はなくて、豊かな人間関係にあると言われていますよね。楽しく助け合っていることが見えると、幸せにつながる。まさにいかしあうつながりをつくることですね。

池辺さん 僕もコミュニティのなかで幸せを感じるのは、肯定感が強いことだと思います。メーリングリストで「こんなことをやりたい」と誰かが投稿して実現したのを見ると、「やっていいんだ」と受け止めることができるし、「自分も何かやりたいことができるかも」と思えます。

高橋さん 小商いは始めやすいと思います。料理をつくって提供したら、すぐに反応がかえってくるからハードルが低い。池辺さんの奥さんもパン屋を始めてますよね。

池辺さん 妻は家用に焼いていたパンを食べた友達から「おいしいから焼くときはたくさん焼いて買わせてよ」と言われたみたいで、パンをつくる修行をしていないので最初は「そういう人がパン屋をやっていいのか」と思っていましたが、「萬」ならば、と売り始めました。本人はお金を払われるより「萬」で頼まれたほうが気が楽なようです。

「萬」だけの取引もあれば、円との併用もあり!

お金を「つながりをつくる役割」に戻す

菜央 地域通貨だと敷居が下がるのはなぜでしょう?

高橋さん 逆に言うと、お金をもらうことが敷居を上げていると思います。地域通貨は自分のやっていることに金額をつけるのですが、日本人は値付けが下手ですよね。お金は汚いものと思っていたり、お金のことをあまり話さなかったり。

池辺さん 説明会のときに「価格設定は各自で決めてください」と伝えているのですが、それはすべての価値は誰かに決められた価値で受け入れるのではなく、一旦自分で考えてみましょう、という意味でやっています。「円」に還元できないから損とか得ではないし、値切ってもいい。

「萬」の取引の様子

高橋さん 地域通貨はマイナスがOKなんです。一般の市場経済だとマイナスは負債で悪いことだとされているけど、地域のなかではマイナスの要素は必ずあって、みんなで支えていくもの。その場面ごとに支えたり支えられたり入れ替わりながら両方の役割を引き受ける。

そもそも通帳がゼロからスタートするので、マイナスが存在することがあります。マイナスもOKだと考えることはすごくおもしろいんじゃないかなと思いますね。地域通貨を通して、お金や経済についての考えを一度壊してみる行為がおこなわれるのかな。

菜央 これまでのお金の使い方と同じだと通用しないですからね。

高橋さん 地域通貨があることで、通貨ってなんでもいいんだ、という気づきがあります。お金について考えるリテラシーが高まるんじゃないかな。

菜央 地域通貨は「円」を否定している活動に見えるけど、対立するものではなくて、お金を人間のつながりを増やすものにしませんか? という提案なんですね。

池辺さん お金の起源は経済学的には物々交換だと言われていますが、文化人類学的には贈与経済が起源としているそうです。そう考えると、地域通貨はお金の役割を本来の意味であった「つながり」に戻す動きなのかもしれません。

菜央 地域通貨は、経済をコミュニティに戻そうという動きなんですね。なるほど…。今日はたくさんの気づきをいただきました。ありがとうございました!

(鼎談ここまで)

「よろづ屋」のお話、いかがでしたか?

これまで地域通貨というと単なる小さな経済だと思っていましたが、それ以上に多くの可能性を秘めているようです。地域通貨を使うことで地域の人との関係が深まり、災害時や福祉にも役立つこと。「地域ファンディング」や「藤野電力」などさまざまなかたちに発展すること。そして、お金を否定するものではなく、お金について考えるきっかけをくれるものであり、経済を人とのつながりを生む本来の役割に戻す動きでもあること。

お金は支払う人と受け取る人という立場がありますが、地域通貨の場合はお互いに地域通貨を循環させる役割として同等になるそうです。まさに、いかしあう関係性が育まれています。

今日では仮想通貨も増え、自分でお金をつくることに挑戦しやすくなりました。でも、今回の対談を通して、お金のあり方が変化しつつある今だからこそ、いい循環の生まれる経済について考えていきたいと思いました。

– INFORMATION –

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一見矛盾しそうな、でも実践していきたい問いをクラスメイトと一緒に考えたり、自分のプロジェクトに活かしていく「コミュニティ経済と地域通貨・仮想通貨、未来のお金を考えるクラス」をグリーンズの学校では定期的に開催しています。「よろづ屋」の池辺潤一さんは講師として、高橋靖典さんも講師兼ファシリテーターとして受講生のみなさんと問いを深めていきます。
次回は秋頃に開催予定。詳細が決まり次第、こちらの「グリーンズの学校」サイトで告知をしますので、チェックしてみてくださいね。