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企業理念が導いた”新しい食”への挑戦! ロート製薬が示した、広報・CSVにできる新たなクリエイティビティの可能性って?

“共通価値の創造”を意味する、CSV(Creating Shared Value)。この単語を知っているという日本企業は約7割にのぼり、そのうちの約6割が「積極的に取り組んでいるもしくはこれから取り組みたい」という調査結果があります。(出典:ニッセイ基礎研究所「ソーシャル・ブランディング3.0」)

CSVは、2011年にアメリカの経営学者マイケル・ポーター教授が「ハーバード・ビジネス・レビュー」で提唱。企業の社会的責任と言われるCSR(corporate social responsibility)の進化系と呼ばれることもある、近年注目されている概念です。

ゴミ拾いや慈善活動への寄付など、本業とは関係を問わず社会貢献活動をすることが推奨されたCSRに比べて、CSVはビジネスとして社会的課題の解決を目指す取り組みとして提言され、経営戦略の一つに取り入れる企業も増えています。

今回ご紹介する「ロート製薬」も、その一つ。2014年より広報・CSV推進部を立ち上げ、社会的価値の創造に取り組んできました。

ロート製薬と聞いてまず思い浮かぶのは、目薬やスキンケア商品を製造・販売する製薬会社としての姿です。しかし広報・CSV推進部が取り組んでいることには、日本各地の生産者と連携した食の6次産業化も含まれるのだそう。

なぜ製薬会社が、”新しい食の提案”を?
しかもなぜ広報・CSV推進部が、その旗を振っているのでしょうか?

ロート製薬の取り組みに、これからの時代に必要な広報・CSVのあり方のヒントが隠されているのではと考え、広報・CSV推進部の内木桂さんにお話をお伺いしました。

内木桂(ないき・かつら)
広告代理店を経て、白元(現:白元アース)にクリエイターとして入社。その後マーケティング部に異動し、化粧雑貨の新カテゴリーを立ち上げブランドマネージャーに就任。2004年よりセルフメディケーションの新規事業に着手し、セブンイレブンと共同開発で酸素カン「オーツーサプリ」を発売。”コンビニで空気を買う時代に”と話題を集める。他にも数々のヒット商品を企画し、日経ウーマン「ウーマンオブザイヤー・ヒットメーカー部門」を2度受賞。2016年よりロート製薬 広報・CSV推進部に入社。副業として作家活動もし、講談社から7冊発刊する一面も持つ。

薬に頼らない製薬会社になりたい

”新しい食の提案”に挑むロート製薬。その活動の中でも特に印象深いのが、2017年11月に発売した野菜と穀物の新・糀発酵飲料「Jiyona(ジヨナ)」です。ロート製薬は、日本全国に眠る発酵文化に着目。そのなかでも甘酒、味噌、納豆、漬物など日本に伝わる伝統的な食品からヒントを得た商品を開発したのです。

通常、商品開発は商品企画部門が中心となって行いますが、「Jiyona」を生み出したのはなんと広報・CSV推進部。これは、ロート製薬としても初めての試みでした。

”野菜や穀物のそのままの栄養を取ってほしい”という願いを込め、滋養(Jiyo)+natural(na)を組み合わせた造語で「Jiyona」と名付けられたこの商品は、糀のつぶつぶした食感と、一吉紫芋(いちきちむらさきいも)の自然な甘みが混ざり合ったスイーツのような飲料。スッキリしているので、場所や時間を問わず気軽に飲むことできます。

ロート製薬初の発酵食品として2017年11月に発売された「Jiyona」

そもそもロート製薬が食にまつわる事業に参入したのは2010年、農産物の生産や水産物の加工を手がけるようになったことに始まります。異業種への参入ではありましたが、「人々の健康を支えるロート製薬にとって、農業や食事業に取り組むことはごく自然なこと」と”新しい食の提案”に取り組み始めました。

2013年にはアグリ・ファーム事業部を立ち上げ、奈良県宇陀市に子会社の「ハンサムガーデン(現:はじまり屋)」を設立。野菜の生産・収穫・販売まで行うほか、生薬栽培の推進や農村地域の活性化にも携わってきました。

さらに2013年4月には、薬膳フレンチレストラン「旬穀旬菜」をグランフロント大阪(大阪市北区)にオープン。「健康産業に従事するものは、自らが健康でなければならない」という考えのもと、薬膳と栄養学の考えをベースに自社農場から届く旬の食材を活かしたレストランとデリカフェを運営しています。

このようにロート製薬が食・アグリ事業に取り組む背景には、「薬に頼らない製薬会社になりたい」という強い思いがあります。

ロート製薬のスローガンは、「NEVER SAY NEVER(不可能は絶対にない)」。これは世の中を健康にするために、自分の進むべき道を見据え、どんな困難にもめげず、常識の枠を越えてチャレンジし続けることを意味します。

私たちが考える”健康”とは、病気にならないことだけではありません。自分が健康であることで、家族や社会へ健康が広がっていく。そういったことも含めて”健康”と考えています。

”製薬会社”と聞くと病気を治すための薬を製造しているイメージが強いですが、ロート製薬では予防も含め人々の健康をつくることを掲げています。

今の世代はもちろん、次の世代に対しても健康を提供していきたいと考えた先に、毎日誰もが口にする”食”にたどり着きました。日頃からバランスの良い食事をとることで病気を予防する、医食同源の考え方はすばらしいと。

さらに調べるうちに食に可能性を感じると同時に、現代の食システムへの危機感も生まれていきました。

震災で見えた、一次産業の課題と発酵文化の可能性

ロート製薬が食の可能性を感じ、同時に危機感を覚えた矢先に起こったのが、2011年3月の東日本大震災。未曾有の事態に、全社を上げて被災地支援に動き出しました。

ロート製薬は震災後わずか2週間というスピードで復興支援室を立ち上げ、現地の学校に薬箱を届けるプロジェクトをスタート。そして同年10月にはカゴメ株式会社とカルビー株式会社との3社共同で、進学支援のための奨学基金「みちのく未来基金」を設立(後にエバラ食品工業も運営に参加)。これらの活動を通し、子どもたちが夢を諦めなくて済むよう四半世紀に渡って応援することを決めます。

東日本大震災後に立ち上げた、みちのく未来基金

被災地支援をきっかけに、縁が生まれた東北の地。そこで「Jiyona」誕生の流れとなる種が生まれます。

基金をつくっただけで、東北との関係を終わりにしたくはありませんでした。東北で起きている問題は、他人ごとではない。海の恵みを食し、健康を助けてもらっている日本人の一人として、さまざまな形で産業の復興に寄与できないかと方法を模索しました。

その時、人口の空洞化、過疎高齢化、産業の後継者不足などの漁業を取り巻く課題解決に向けて、消費者と生産者が直接つながる新しい漁業の仕組みを模索する会社「オーガッツ」を石巻市で立ち上げた立花貴さんに出会いました。

漁業の現状や立花さんのビジョンに胸を打たれたロート社員で当時広報・CSV推進部の佐藤功行は、雄勝(石巻市)に入り、漁師と寝食を共にしマーケティング支援などに取り組んだのです。

単にボランティアでもない、震災前の状態に戻すだけの復興でもない。新しい付加価値をつなぐ、生み出す、それがロート流の復興支援であるーー。佐藤さんの思いは、他の社員にも大きな影響を与えていきました。

同時にどこで、誰が、どんな思いでつくったのか知って食べる野菜や魚は、いつもよりおいしく感じられる。そんな原体験を広報・CSV推進部の社員に与え、「“食”って大切だね」という感情をシェアしあうに至ったのです。

さらにロート製薬が発酵文化に着目するきっかけとなる出会いが訪れます。

Next Commons Lab遠野(地域課題を解決する事業創出プラットフォーム)を通じて、どぶろくづくりに取り組むチームに出会いました。熱心に活動する彼らの姿を見るうちに、発酵文化に関心を持つようになったのです。

私たちは日本が世界に誇る長寿大国である理由の一つに、地域で育まれてきた発酵文化があると考えています。日本酒、焼酎、味噌などさまざまな発酵食品があり、各地に宝物が眠っている。それらを絶やさずに現代サイエンスを付けて商品にしたら地方活性化にもつながるのではと考えました。

注目したのは日本の国菌にも認定されている麹菌。その麹菌を使った米糀をもとに、新たな糀発酵飲料をつくるプロジェクトがスタートしました。

広報・CSV推進部が商品開発に取り組む理由

糀発酵飲料の商品開発に挑んだのは、広報・CSV推進部。先にも述べた通り、商品企画部門ではなく広報・CSV推進部が商品開発に取り組むのは、これが初めてのことでした。

そして前例のないプロジェクトのリーダーに任命されたのが、内木さんです。

女性中心に構成される「Jiyona」プロジェクトチーム

広報・CSV推進部が商品開発を担ったのは、私たちが社会のためにやるべきことを今までのビジネスモデルではない新しい枠組みで挑戦したいと思ったからです。

また現在の食のシステムへのアンチテーゼの意味合いもあると、内木さんは語ります。

食の世界は、大量生産・大量消費、規格に合うものだけ出荷して、不揃いのものは廃棄。欠品するとペナルティになるので多めにつくり、売れ残ったものは捨ててしまいます。でもそうした仕組みは、本当に社会によって良いサイクルになっているのでしょうか。

この問題提起は私たち大企業を否定することにもなります。しかし大量生産には向かないけれど本当に良い原料を使って売っていきたいとの考えから、広報・CSV推進部でチャレンジしようと思いました。

こうしてロート製薬として初めての発酵食品開発プロジェクトが動き出しました。

日本各地にはおいしくて栄養価も高いけれど、大量生産できないことから地方でしか手に入らない農作物があります。そのような希少性のある農作物を、未来につないでいきたいーー。その思いからプロジェクトメンバーは、各地域を訪れ、食材を発掘していきました。

社内外を巻き込む原動力は、熱意だ

内木さんたちが栄養価の点から惚れ込んだ食材は、鹿児島の紫芋。現在はたった一軒の農家でしか栽培されていない種子島の在来種、一吉紫芋(いちきちむらさきいも)でした。

種子島の在来種「一吉紫芋」。もともと品種名もなく細々と栽培されていましたが、30年前絶滅の危機に。その時、屋久島の老舗菓子製造「馬場製菓」が種を守るために栽培をすることを決め、現在に伝わっています。

色鮮やかな一吉紫芋には、目に良いと言われるポリフェノールの一種アントシアニンなどの栄養素が含まれています。長年、目薬を製造してきた当社にとっても大変魅力的だと考えました。

私たちの本気度を知ってもらいたいという思いもあり、一吉紫芋を製造する「馬場製菓」をロート製薬の山田邦雄会長と共に訪れ、プロジェクトにお誘いしました。

左から内木さん、一吉紫芋の生産者3名、馬場製菓会長の馬場さん

また内木さんたちは「鹿児島の一吉紫芋を使うからには鹿児島の芋発酵の匠にお願いしたい」と、焼酎メーカーの「薩摩酒造」に共同開発を持ちかけます。

ロート製薬の持つ品質管理のノウハウと薩摩酒造さんの持つ醸造技術を活かして、一吉紫芋と白糀を合わせた甘酒「Jiyona」をつくりませんかと、ご相談しました。

薩摩酒造との開発風景

さらに社内の研究開発部門や品質管理部門にも協力を依頼してプロジェクトを進める一方、難題もあったと言います。薬の品質管理に関しては膨大な知見があるロート製薬ですが、ノウハウのない発酵食品については一から勉強しなければいけなかったのです。それゆえ、必ずしも歓迎してくれるわけではなかったのだとか。

通常業務をこなしながら、私たちのプロジェクトに協力してもらうことになるので「今は忙しい」と言われたこともあります。しかし社内に少しずつ私たちの熱意が伝わり、理解を得ることができました。

地域に眠る宝を未来につなぎたい。
想いある生産者を応援したい。
働く女性の健康を守りたい。

内木さんたちプロジェクトチームの熱意が伝わり大勢の人を巻き込みながら、2017年11月、「Jiyona」は完成しました。

ロート製薬が”新しい食の提案”に取り組む意義

左から馬場製菓会長の馬場さん、内木さん、薩摩酒造の百田農(ももだ・みのり)さん

「Jiyona」が完成したのは、発酵のプロや希少な一吉紫芋をご提供いただいた鹿児島のみなさまのお力添えあってのことです。

そしてロート製薬だったからできたこと、難しかったことがあると内木さんは振り返ります。

私たちが慣れているのは大量生産モデルです。そのため少量生産の「Jiyona」には、既存のパートナーと既存のモデルで商品開発~販売の図式が通用しません。得意パターンに持ち込もうとするけれど、持ち込めない。そこに大企業ならではのジレンマがありました。

一方でロート製薬だからこそやりやすかったことは、会社への信頼があったことだと感謝の気持ちを表します。

一人でベンチャーを立ち上げる苦労を考えると、恵まれていますよね。「ロート製薬だから協力しましょう」と言ってくださるパートナーさんもたくさんいらっしゃいました。個人で企画を持ち込んでいたら、簡単には実現しなかったでしょう。会社の先輩方が築き上げてくれた会社への信頼は、本当にありがたいと感じました。

こうした広報・CSV推進部の動きを見て、社内の見る目もゆっくり変わり始めているそうです。

予想していなかったことですが、広報・CSV推進部への異動希望者が増えました。今まではプレスリリースを出して、記者会見をしている部署というイメージくらいしかなかったでしょうし、CSVを何度口で説明したとしても、頭で理解できても「よくわからない」という感想が正直なところだったと思います。

でも「Jiyona」のように社会課題に向き合う商品がつくられたことで、CSVへの理解度も協力度も増しましたね。

次の世代に感謝される仕事を今、しよう

ロート製薬は「Jiyona」につづき、2018年2月にヘルスサイエンス研究企画部が主導して「おみそdeふふふ 有機玄米味噌」を発売。CSVとして取り組む以上、社会貢献プロジェクトで終わるのではなくビジネスとして成り立つように、これからもさまざまな発酵食品開発に取り組んでいこうとしています。

ひかり味噌株式会社と共同開発した「おみそdeふふふ 有機玄米味噌」

社会的価値を創造することは、ある意味、容易かもしれません。しかし持続可能性という意味で、プロジェクトに携わる全ての方に経済的な価値を創造することに大変さに、現在も苦戦しています。

「Jiyona」を通して多くの方に元気になっていただきたいですが、大量につくることはできません。むしろ”大量生産しない良さ”を共感し合える同志との出会いが大切だと思います。今後も今までの常識に縛られることなく、新しい価値を創造することを恐れずに、一歩踏み出す勇気を持ちたいです。

取材を通して、ロート製薬という企業には創業時から受け継がれてきた「私たちの仕事は物をつくって販売することではない。社会のお役に立つのが私たちの仕事だ」という考えが脈々と流れていることを感じました。

本業もCSVも本質は変わりません。それは、社会のために何ができるのか、未来を生きる子どもたちに何を残したいのかを考えること。

社会の困りごとを解決するために、今までのビジネスモデルで取り組むのか?
それとも新しい枠組みでチャレンジするのか?
その違いだけだと思います。

新商品のプレスリリース発表やCM制作といった従来の概念を越え、企業の広報部門ができることの可能性を広げるロート製薬の取り組み、みなさんにはどのように映ったでしょうか?

CSVの成果は数値化しづらく、短期的に大きな利益が出るものではないかもしれません。しかし今の子どもたちが大人になる未来に思いを馳せた時、「先人たちがあの時代に取り組んでくれてよかったね」と思ってもらえるような事業を生み出すことは、巡り巡って企業を支える大きなメリットになるはずです。

だからこそ私は、社会課題を解決しより良い未来をつくるCSVが、企業がステークホルダーと良好な関係を築く上でますます重要な戦略の一つに位置づけられていくと考えています。

「何を・どう伝えるか」だけでなく、「何をするか」という本質に着目してクリエイティビティを発揮する。そんな会社のあり方や価値観を発信していく流れは今後増えていきそうです。

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こちらの記事は「greenz people(グリーンズ会員)」のみなさんからいただいた寄付をもとに制作しています。2013年に始まった「greenz people」という仕組み。現在では全国の「ほしい未来のつくり手」が集まるコミュニティに育っています!グリーンズもみなさんの活動をサポートしますよ。気になる方はこちらをご覧ください > https://people.greenz.jp/