あなたは今、しあわせですか?
大人になってふと、「こうあるべき」「こうでなくちゃ」という固定観念にとらわれすぎているなと感じた経験はありませんか?
社会とのつながりのなかで、私自身もときどき自分の可能性に見えない枠をつくってしまい、身動きが取りにくいと感じることがあります。
そんなとき、私がいつも思い浮かべるのは、かつて留学先で出会ったフランスの友人たちでした。彼らはいつだって、まわりに流されすぎることなく、自分のまっすぐな心を大切に生きているように見えるのです。
そして、私の住む鎌倉にもひとり、型にとらわれない自由な発想で、心地よい暮らしや仕事をつくっているフランス人がいます。
今回ご紹介させていただく、北鎌倉の自然とアートの学びの場「かまくらアトリエアルノー」を主催している、アルノー・ブラザンスキーさんです。
北鎌倉の古民家で、日本人の奥さんと小学生の娘さんと暮らすアルノーさん。日仏で20年以上教師を務め、自然との触れ合いを大切にしているアルノーさんに、子どもたちを通して見つめている未来についてお話を伺ってきました。
フランス出身、自然豊かな小さな村で育つ。美術大学を卒業後、パリにて中・高等学校の美術教師、外国人向けのフランス語講師をする。2002年に日本に移住。2014年北鎌倉の自宅で「かまくらアトリエアルノー」をはじめる。子どもの感性や自主性を育むことを目指し、自然との触れ合いや、アート、気功、フランス文化など様々な要素をとりいれた多彩なクラスを開催している。
https://www.facebook.com/ateliersarnaud/
https://atelierskamakura.jimdo.com/
自然とアートの体験から豊かな感性と表現の楽しさを学ぶ
「かまくらアトリエアルノー」
北鎌倉の駅から大船方面に歩くこと15分。季節の花や樹木に目を馳せながら坂道を登りきった先、緑香る静かな住宅街の一角に、赤いポストが目印の平屋があります。ここがアルノーさんのご自宅で「かまくらアトリエアルノー」のひとつの舞台です。
「かまくらアトリエアルノー」とは、アルノーさんが行っている活動の総称のこと。自然や芸術との触れ合いで、心の豊かさを育むというコンセプトのもと、幼児向けの自然保育や、親子で参加できるアートのワークショップ、小学生対象のフランス語のことば遊び、大人向けのフランス語レッスン、気功など、アルノーさんの専門分野を活かした多様なクラスが行われています。
フランス人の先生による、自然とアートを体験するクラスなんて、聞いただけでわくわくしてきませんか?いったい、どんな授業が行われているのでしょう。
たとえば、2~3歳の子どもを対象にした自然保育のクラスでは、子どもたちと鎌倉の山や公園へ行き、自然のなかで自由に遊び、歌やおどりやお弁当を楽しんだり、拾ってきた木の実や落ち葉を使って作品をつくったりします。
季節ごとに山を歩いて自然の変化を観察したり、手で触れて感じることで、子どもたちの五感がたっぷり刺激されます。どんぐりを拾って紙コップでマラカスづくりをしたり、気功を取り入れた体操をしたりと、遊び心いっぱいのアクティビティが行われています。
また、アルノーさんはフランス人なので、クリスマスには子どもたちを自宅に招いてクリスマス会をしたり(アルノーさんが仮装してサンタクロースになるそうです!)、イースターの日にはお庭にチョコレートの卵を隠して子どもたちが探す遊びをするなど、ヨーロッパの文化にも親しんでもらえるように工夫しているのだそう。
親子で参加できる月1回のアートのクラスでは、毎回違ったテーマで、つくることや描くことを楽しみます。たとえば、フランス絵画を真似て肖像画を描いてみたり、松ぼっくりや木の枝を使ってオリジナルのクリスマスツリーをつくる回なども。いずれも6~8人程度の少人数で、アットホームな雰囲気の中、子どもも大人もアートを楽しんでいるようです。
他にも、「かまくらアトリエアルノー」では、大人向けのフランス語、アート、気功のレッスン等も行っています。
習いごとというと、決まったコースの中から選ぶイメージがありますが、ここでは、アルノーさんが一人ひとりの好みや目標に合わせて、どんな授業にするか一緒に考えてくれます。
実は、私も「かまくらアトリエアルノー」の生徒のひとり。毎月フランス語のレッスンに通っています。私の場合、お菓子づくりや映画が好きなので、あるときは映画監督のインタビュー、あるときはフランス菓子についての記事を見つけてきてくれたことも。
生徒さんの中には、まったくの初心者の方や、会話を楽しみたい人もいれば、フランスの絵本や文学を読みたい人、資格をとりたい人や、文法マニアのような人もいるそうで、授業も個性豊かに展開されています。
こうしたバラエティ豊かなプログラムを通じて、「かまくらアトリエアルノー」は少しずつ口コミで広がり、ご近所さんだけでなく、現在では横浜や戸塚など、遠方からの参加者も増えてきているそうです。
大切なのは、自分で見つけて、自分で感じること。
「みんな失敗をして、あたり前なんです」
「かまくらアトリエアルノー」の活動で、アルノーさんがとくに大切にしているのは、子どもたちが自分自身で学び、体験し、何かを発見をする姿勢です。だから、自然保育のクラスでは、お父さんやお母さんは交代で当番に入り活動中は見守り役に。主役は子どもたちで、アルノーさんは舞台監督のような存在です。
子どもたちには、自然の中での冒険を通して、“自分自身”を見つけてほしいと思っています。だから、できる限り、自分たちでやってもらうようにしているんです。
幼い年齢の子どもには、どうしても痛い思いをしないように、大人が手を差し伸べてしまいがち。けれども、ときには転んで、子どもが自ら痛みを知ることも必要なのだと言います。
転んだことで、その子はちゃんと学んでいるんです。歩いているとき、登っているとき、みんな失敗をして、つまずいてあたり前なんです。
アルノーさんいわく、子どもの感性は、大人の価値観に影響を受ける前の、まだ物心がはっきりとつかないうちから、アートに触れたり、色んな体験を通して、自由な表現の楽しさを実感することで磨かれるそう。
幼い頃から、自分の好みや自分自身のことをよく分かっておくと、より自分にあったものを選べるようになるし、決断力もつきます。そうやって心と体を鍛えて丈夫にしておくことが、大人になったときの彼らを支えてくれるはずなんです。
子どもの自主性と感性を磨く「アート」とともに、アルノーさんの活動のもうひとつの大切な軸は「自然」です。
フランス北東部シャルルヴィルの小高い丘や森に囲まれた小さな村で、子ども時代を過ごしたアルノーさん。
当時の田舎の家には、野菜畑や果樹園があり、家畜を飼っていて、サラダ菜やハーブ、きのこ類はすぐ近くの森に探しに行き、魚は川まで取りに行く、というほぼ自給自足の暮らしをしていたそうです。ガスコンロや電気ストーブもなかったため、料理を含め、すべて薪で火を起こしていたので、薪集めも日課だったといいます。
そんな自然とのつながりを肌で感じて育ったアルノーさんにとって、自然とはどんなものなのでしょうか。
自然と触れ合うことで、自分たち人間も自然の一部であることを実感できる。すると、おのずと自分の内面や健康に意識が向くようになります。そうすることで心と体のバランスが取れるんです。自然はいつだって自分と向き合うきっかけを与えてくれるものです。
フランスから日本へ。
しあわせな生き方を探し続けた先に、見つけた答え
美術大学で絵画やデッサンを学んだ後、パリの高校で美術の教員や、外国人にフランス語を教える仕事をしていたアルノーさん。日本人の奥さんと出会い、2002年に日本に移住。長野や高知などでの農家生活を経て、8年前、娘さんの誕生をきっかけに、北鎌倉に引っ越してきました。
アルノーさんが「かまくらアトリエアルノー」を始めた背景には、かつて自分らしい働き方を探していたことがあったのです。
しばらくは、東京でフランス語の教師をしていましたが、朝は7時半から8時頃には家を出て、夜は10時、11時に帰宅。帰ると娘はもう寝ているので、幼い娘の顔も見られないという生活が続きました。通勤のストレスもあり、アレルギー症状や頭痛も悪くなる一方で、とうとう体を壊してしまったんです。
そんなときに、アルノーさんが奥さんのすすめで出会ったのが気功でした。始めてみると、体調がすっかり良くなったそうです。心と体の不調に働きかけて、バランスを整えていく気功。それ以来、気功はアルノーさんの暮らしに欠かせない存在となりました。そうして、少しずつ、生活のスタイルを見直していったのだそうです。
学校では、どうしても制約が多くなってしまうけれど、自分でやるなら、自由に好きなように授業ができる。そう考えたアルノーさんは、まずは大人向けのフランス語のレッスンから「かまくらアトリエアルノー」が始まりました。
そのうち、娘さんが野外で活動する自主保育に参加したことがきっかけで、友人から頼まれたこともあり、「自分でもやってみたい」と思うように。アートと自然に触れ合う幼児向けのクラスを始めるなど、少しずつクラスのレパートリーを増やしていったのです。
お話を伺っていると、ほんとうに子どもや教えることが好きで、教師が天職のように思えるアルノーさんですが、若い頃はアーティストになることを夢見て、現実との葛藤に悩んだ時期もあったのだそう。
生活のために教育の仕事に就いたものの、当初アートと教育は相反するものだと思っていたアルノーさん。それがあるとき、芸術は絵を描くことだけでなく、生活のあらゆることとつながっていると気づいたことで、目の前が大きく開けたと言います。
“教える”ということもクリエイティヴだし、料理をしたり、散歩をしたり、休むことだって、何かを生みだしている瞬間ですよね。人に何かを教えるときは、クラスの雰囲気など、目に見えないものをつくりだしています。毎日のあらゆることはアート。まさに、「l’Art de Vivre(アール・ドゥ・ヴィーヴル)(*)」です! そう考えるようになって、ずっと教師を続けています。
(*)フランス語で「暮らしの芸術」の意味。日々の暮らしを彩ることが、心を豊かにするという、フランス人のエスプリ。
ひとつの同じ現実であっても、見方を少し工夫して、自分にとってプラスの要素に変えていく。そんな風にして、自らの道を切り拓いてきたアルノーさんの姿を見ていると、ひとりひとりが、自分のなかの小さな改革者になることが、それぞれの心を豊かにして、さらには、地域や社会全体の暮らしやすさにもつながっていくような気がします。
だれでも、体の中に“自然”をもっている
アルノーさんのように、暮らしも仕事も、ひとつずつ自分らしく心地良いものに変えていけたら、どんなに素敵でしょう。とはいえ、現実はタイミングも難しかったり、思うようにいかないことも。
都市部に住んでいると、なかなか自然を目にする機会や、週末に遠出をする余裕もないものかもしれません。自然はどこか旅先でみる“非日常”の存在になってしまっている人たちもいるのではないでしょうか。
そこで、アルノーさんに、都会に暮らしていても、日々の生活のなかで、自然を身近に感じるヒントを教えてもらいました。
人間だって、動物ですからね。自然は、だれもが自分自身の中にあるものなんです。けれども、そんなことを考えもしない人も多いし、忘れてしまう人も多いのです。人間の体の70%は水でできています。水だって、自然ですよね。つまり、自分の体と向き合うことが、まず第一にあります。
自然は外から取り入れるもの、環境に自ら身を置くものという発想しかなかった私は、人間の内側に”自然”があるというアルノーさんの言葉を聞いて、自分の体がものすごく尊いもののように感じ、なんだか嬉しいような照れくさい気持ちになりました。
料理だって、自然とつながっているものなんですよ。野菜だって、自然の一部です。コンビニでお弁当を買ったりジャンクフードを食べるのをやめて、自分で料理をすれば、それだって十分自然を取り入れる方法です。もちろん料理は時間がないとできません。でも、豪華である必要はまったくないんです。
野菜を選ぶとき、料理をするときに、ふと野菜が育っていく風景や農家さんのことを思い浮かべてみると、そんなことからも、自然を愛おしく思う気持ちが生まれてきそうです。
料理をしたり、公園に行って絵を描いたり、写真を撮る。そんな毎日の小さなことからも自然を見つけることができるんですね。
アルノーさんが子どもたちに贈る
しあわせに生きるためのヒント
自然の中でたくさんの生きる知恵を身につけてきたアルノーさんが、「かまくらアトリエアルノー」の活動を通して、子どもたちの未来に願うことは?
最後に、インタビューをしていて、思わず泣きそうになってしまった言葉を紹介します。
私が教え子たちに望むことは、自分の個性を大切にすること。そして、大人になったときに、その素晴らしい個性を恥じないでほしい。もし、人と違うところがあれば、それこそが誇るべきものなんです。「人と違うから私は変なんだ」と、思わないで。
たったひとつ、大事なことがあるとしたら、しあわせでいることだと思います。仕事があるか、ではないんです。もちろん、仕事は必要なことではありますが、まずはしあわせであるべきだと思います。もし、あなたがしあわせに暮らしていて、思いっきり個性を開花させていたら、きっとあなたに合ったすてきな仕事が見つかるでしょう。あるいは、すてきなパートナーだって現れるはず。
日々、様々なコミュニティで、人と関わり合いながら生活をしていると、自分のしあわせのための小さな勇気と選択が、ときとして、ものすごく罪深いことのように感じてしまうことがあるかもしれません。でも、本来、しあわせのかたちはひとつではないはず。
アルノーさんのような愛情とユーモアにあふれる先生と一緒に自然やアートを体験できたら、幼いころの純粋に「楽しかった」という記憶がいつまでも残っていくような気がしませんか。
学ぶのは子どもたちだけではありません。自由に表現する楽しみを知った子どもたちの姿や作品は、きっとお母さんやお父さんにとっても、新しい視点を得るきっかけになるはずです。
アルノーさんが、母国から遠く離れた日本の地で、自分の心と体と自然に無理のない生き方や、しあわせのかたちを模索しているように、“自分らしさ”をひとつ見つけて向き合うことから、日々の暮らしは変わっていくかもしれません。