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「今を生きる」に気づける場所。「TSURUMIこどもホスピス」ゼネラルマネージャー・水谷綾さんが、病気に命を脅かされた子どもの「生きる」に寄り添い続ける理由。

もしも、自分の子どもが命を脅かされる病気にかかったとしたら。そのとき、あなたは誰とどんなことをさせてあげたいと思いますか。

きっと多くの方が、子どもが前からやりたかったことを存分にやらせてあげたいと思うでしょう。一方で、もっと日常的なこと、たとえば「近所のパン屋さんで一緒に買ったパンを食べたい」といったささやかな願いも、闘病が続く生活ではなかなか叶えられないという現実があります。

TSURUMIこどもホスピス(以下、TCH)」は、こうした問いと向き合うことになった子どもとその家族が「生きる」ことをサポートする、日本初のコミュニティ型子ども向けホスピスです。

ホスピスというと、穏やかな最後を迎える施設(病院)と捉えられがちですが、子どもホスピスはちょっと違います。命を脅かす病気(LTC)の子どもの学びや遊び、憩いや「やってみたい」と思うことを叶えて、その子の「生きる」を支える「第2のわが家」であることを大切にしているのです。

四季の変化を感じられる広場に面したTSURUMIこどもホスピス


民間運営だからこそできる、一人ひとりに寄り添ったプログラムを叶えています


特に子どもの入院生活では、兄弟や家族との生活が著しく分断されます。そして環境の変化は、子どもの成長発達、心に大きく影響を及ぼします。病気・病状とは関係なく「家族と一緒に安心して過ごせる場所」。それが「TSURUMI子どもホスピス」であり、だからこそ、子どもや家族ごとにプログラムを考え、やりたいことに添ったパーソナルケアを基本としているのです。

以前にご紹介した記事では、「TSURUMIこどもホスピス」立ち上げの経緯や想いを理事の高場秀樹さんの視点でお伝えしました。今回、改めてお話をうかがったのは、日々ホスピスで子どもたちに寄り添うゼネラルマネージャーの水谷綾さん。この場所に関わることになるまでの出来事と、今現場で起きているチャレンジをお伝えしたいと思います。

水谷綾(みずたに・あや)
大阪ボランティア協会にて、地域福祉・市民活動支援のコンサルティングに長らく携わり、その活動を通じて、こどもホスピスの取り組みに出会う。「TSURUMIこどもホスピス」の設立に関わり、17年よりゼネラルマネージャーに就任。今後、日本各地にコミュニティ型の子どもホスピスが広がっていくよう、現在はそのモデルづくりに注力している。

寄付事業型の運営を支える、ボランティアコーディネーション

「TSURUMIこどもホスピス」が設立を準備していた頃、水谷さんは事務局から相談を受ける側にいました。大阪ボランティア協会の職員として、子どもホスピスに関わるボランティアマネジメントについて相談を受けたのです。

水谷さんは、NPOの基盤強化のなかでも人的支援やファンドレイジングに携わる人をサポートしていました。行政からの補助金などの公的資金に頼らない寄付事業型で運営しようとする「TSURUMIこどもホスピス」には、明らかにその仕組みを整える人が必要でした。

しかし、子どもホスピスのボランティアのあり方がいったいどんなものなのか、まだ日本に先例がない中ではどういうありようがよいのか明確な答えがつかめませんでした。そこで、水谷さんは子どもホスピスの先進事例があるイギリスへ視察研修を実施。現地で見た「ヘレン&ダグラスハウス」などの取り組みに衝撃を受けたといいます。そこには、子どもの尊厳を守るための活動を支える寄付とボランティアの姿がありました。

実は、イギリスのボランティアはファンドレイジングが中心で、市民ボランティアがチャリティショップを運営して売上げを寄付していたりします。地域で支えるとはこういうものなんだと思いました。

日本では寄付といえば企業の社会貢献活動が中心ですが、イギリスではサッカーのサポーター活動のように地域の事業者や個人が支えているんです。地域で暮らす私たちが支えているという自負心があるんです。「これを貫くものってなんだろう?」「地域で支えるってなんだろう?」と、改めて考えさせられました。

もちろん、イギリスのような個人の関わりを一朝一夕に築くことはできないと思います。しかし、公的な資金に頼らず、寄付事業型の運営で地域に根づいていくためには、そうした個人の関わり方をコーディネートしていく専門職が必要でした。

また、水谷さんは設立に動いていた医療関係者の熱意を目の当たりにして、「医療や福祉にしかできないこと」と「地域で支えるフリースタンディング(民間の)のホスピスだからこそできること」を連携する大切さを知りました。折しも、大阪ボランティア協会を退職しようとする時期に出会った「TSURUMI子どもホスピス」の運営にしっかり携わってつくっていこうと考えるようになったと言います。

こどもの散髪代金を寄付いただくチャリティカットの試み

私もがんになったからこそ、子どもたちに寄り添いたい

そして、もう一つ。水谷さんの心を動かした出来事がありました。「TSURUMI子どもホスピス」設立の半年前のこと。水谷さん自身に初期の乳がんが降りかかってきたのです。

今までは、生死を意識する病を概念としか捉えられなかったのが、リアルに降りかかって…結局、「私がなんで?」「どうしてこの時期に?」と自身を問うことがたくさんありました。そして、死生観などを改めて考えたり、このタイミングでがんに向き合うということが、何かを自分に語りかけているんじゃないかと思わざるをえなかったですよね

退職を目の前に、検査や手術の準備もある、治療もある。でも子どもホスピスは開業に近づく。見通しはまだ不透明だった時期で、それでも事業は進めないといけない状況の中、水谷さんの胸中はいろいろな感情が渦巻いていたと言います。

病気に向き合ったことで、「いま目の前で見てしっかりやりなさい」と語りかけられているように感じました。そう捉えることで自身の生きる意味や感じる世界を何かしらホスピスに還元して、地域でちゃんと花開かせようという決心がつきました。

「この病気のことがなければ、ゼネラルマネージャーにはなってなかったでしょうね」と言う水谷さんは、自分が感じた葛藤や他人には言えない感情を大事に、現在、日々、ホスピスの現場に立っています。

こどもホスピスを支えるチーム

そもそも、幼い子どもは「病気」というものがわからない

病気が自分に降りかかってきたとき、大人はそれを認識できます。でも、子どもが死を認識しだすのは6歳くらいから。「人間は死んじゃうんだ」というのがわかるのは学童期に入ってからだそうです。子どもにとっては、まず病気そのものがわからないというところから寄り添い方を考える必要がありました。

どういう状態であれ、子どもは彼らの日々を生きています。体が不調でもやりたいことをやりたいのが、子どもという存在なんです。

勉強をすること、昼寝をすることも子どもたちにとっては「したい」ことのひとつ

病院や自宅ではできないことをめいっぱい楽しんでいます。

治療をいやいや受けているけれど、そのことを言い出せない子もいます。子どもとの信頼関係を築いていくことで本心を理解し、味方になることが関わりのはじまり。子どもたちが「TSURUMI子どもホスピス」で過ごす時間は、必ずしも長くありません。子どもによってはその短い関わりのなかで信頼関係を築くにはどうすればいいのでしょうか。

「ホスピスで過ごす時間以外でもつながっていることが大事」だと感じた水谷さんは、子どもが入院中は自宅や病院に訪問し、点と点の時間を線でつなぐことを始めました。

子どもと信頼関係を築いていくなかで、「次はこれをやりたい」という彼らの本当の発意が見えてきます。その発意をどう受け止めて、どう実現していくか。

今はやり取りにLINEやスマートフォンなどのアプリとデバイスがあることは大きいですね。そのときどきで、絵文字、スタンプ、手紙、映像を使い分けています。コミュニケーション手段で臨機応変に心地よい距離感をつくります。そこで連続性を担保していく、連続性なくして信頼はつくれませんから。

治療や入院で奪われた子どもらしい時間を、ホスピスで取り戻し、同じ年代の子が経験していることをここで経験します。


もう一つ大事なのが、病状に対する正しい理解による意思決定がなされること。子どもも親も、治療への向き合い方やホスピスの利用の仕方を理解し、医療と手を携えながら進んでいくことが求められます。とくに親御さんの心情としては、病状を受け入れることがとにかくしんどい。そのしんどさから隠すつもりはなくても結果的にそうなってしまい、「あの時もっとこんな過ごし方をしていればよかった」と後悔することがあるからです。

実際にホスピス開設から現在までに、15家族が子どもを亡くされています。「あのときの楽しそうな子どもの姿を写真に撮らなかった…」というようなことが後悔になったりするので、病状と限られた時間には常に意識を向けていなければなりません。

地域に開いたホスピスである意味は、子どもを亡くされた方のケアにもあります。子どもと過ごした記憶のあるこの場所に来ることで、生前に関わった地域の人と子どもの思い出を共有することができ、悲しみと向き合う手助けになるからです。

病院では気づくことができない、子どもの力がある

「病院でも福祉でもない、ホスピスの存在意義は子どもが教えてくれる」と、水谷さんは言います。

以前に、脳腫瘍を再発して手術をした子どもが、病院の外泊許可を得てホスピスに遊びに来たときのことでした。まだリハビリもままならず、手術から10日も経っていないのに2階への階段をスタスタと上がっていき、わが家に帰ったように歩き回ったそうです。

子どもらしく楽しく過ごす、病院で座りっぱなしの様子とは違うわが子を見た家族は、「そんなことができる力があるんだ」と気づくことができたそうです。その子自身も疲れるほど動ける自分の手足の力に驚いたかも知れません。

以前から、ボランティアコーディネートの現場で、震災などの緊急時にいろんな地域に入って、痛みを負った多くの人を見てきました。人間には回復する力がある、ということに気づいたのは被災地での経験でした。人が自分の力に気づく、その気づきから生まれる主体性がその人の回復につながっている。内在する力を引き出すことを意識して、これからも子どもたちとご家族に寄り添っていきたいと思います

現在、「TSURUMI子どもホスピス」には常勤・非常勤あわせて10名のスタッフと、約60名のボランティアがいます。今後は、水谷さんが経験から実感した寄り添い方を共有し、スタッフやボランティアの成長につなげていきたいと考えています。

「キャストボランティアフォローアップ研修」を開催。この1年半の取り組みと、子どもたちやメンバー、家族への関わりを振り返り、一緒に話す時間を持ちました。

誇りに思える、子どもが育ちやすい社会をつくるために

「TSURUMIこどもホスピス」とは、つまり、今を生きるを大事にしながら、それぞれの人が自分の持っている回復する力に気づく場所。だからこそ、アプローチの仕方は、均一のプログラムではなくパーソナルケアを中心に、その子を取り巻く医療関係者とのコミュニケーションを深めて、本来のその子にあった子どもの願いや想いを伝え、成長に準じた「今」を生きられる環境を、対話しながらつくっていくことが必要です。

医療関係者の迷いに対しても、私たちが受けとめられる関係でありたいと思います。地域における小児緩和ケアビジョンをともに描くこと。突き詰めると、子どもが育ちやすい社会なのか?ということなんですよ。

医師、看護師、医療ソーシャルワーカー、薬剤師など、医療現場で働く様々な職種の方々とのセッションも行います。

2月11日、「全国こどもホスピスサミット」が横浜で初開催。子どもホスピスの先駆けとして登壇しました。

「子どもが育ちやすい社会なのか?」、その問いかけはつまり、行政だけに任せるのではなく「地域の一員としてどう社会をつくるのか?」ということ。そのひとつの関わり方が、子どもホスピスを支えるボランティアや寄付です。まだ、日本では数少ない子どもホスピスですが、地域で子どもを育てるという考えでいえば、各地に存在し、それぞれのホスピスがまちの誇りとして市民が支えているのが理想です。

「あなたのまちの自慢はなんですか?」と聞かれて、「子どもホスピスがあること」と答える。そんな未来はきっと子どもが育ちやすい未来だと思いませんか。

大阪ガスのユーザーサイト「マイ大阪ガス」とgreenz.jpとの連携企画「ソーシャルデザイン+」では、5月7日までポイントで応援できる寄付チャレンジを行っています。あなたもぜひ、寄付に参加してください。子どもが育ちやすい社会を、一緒につくっていきましょう。