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いきなり家をオフグリッドにするのって不安。だからみんなが体験できる場所をつくりたい。“地球1個分の暮らし”がコンセプトの「ゲストハウスikkyu」

納屋つきの古い民家、前庭につくられた広いウッドデッキ…。開放的で居心地のよさそうなこちらは、築70年の古民家を改装した一棟貸しの宿、「ゲストハウスikkyu(いっきゅう)」です。

和歌山県新宮市熊野川町、世界遺産・熊野三山のひとつ熊野本宮大社から車で20分の場所にある「ikkyu」は、和歌山県新宮市に地域おこし協力隊として赴任した森雄翼さんが、自宅近くの古い一軒家を家主と交渉し、大幅な改造の許可をもらってゲストハウスとして生まれ変わらせたもの。

部屋の内部は「柱以外全部つくり変えた」と森さんが言うとおり、まるで新築かのようにピカピカ。大きく開放的なキッチンのほか、二間ある和室と薪ストーブがあるリビングスペース、さらにシャワーがついた内風呂や屋外の五右衛門風呂もあり、熊野の豊かな自然に抱かれ、静かな環境のなかで広々ゆったりくつろいで過ごすことができます。

ただ、この宿の特徴はそれだけではありません。なんとここは一軒家まるごと全部「オフグリッド」を実現している宿なのです!

森雄翼(もり・ゆうすけ)
1989年熊本県生まれ。京都大学在学中より「廃棄食材カフェ」や地域の人が集まるバーを経営するなどした後、2014年より和歌山県新宮市に移住。2017年3月、熊野川に臨む場所で「地球1個分の暮らし」をコンセプトにしたエネルギー自給のゲストハウスikkyuを開業。オフグリッド生活やコンポストトイレなどの普及活動も行っている。


電気を自分でまかなう「オフグリッド」生活を体感できる宿

オフグリッドとは、電力会社の送電線を通さずに自家発電のみで電力をまかなうこと。「ikkyu」では屋根の上に太陽光パネルを設置し、自作の薪ボイラーシステムなどを利用することにより、安定した電力供給システムを構築。宿泊客の滞在に不自由が起こることのない発電ができているといいます。

自宅をオフグリッド化している家が全国で増えた一方、実は宿の導入例は計画段階を入れてもまだまだ少ない様子。だからこそ「電気が普通に使えるのが当たり前」と思っている宿泊客が、不自由なく快適に過ごせるレベルまで電気供給を実装しているというのは驚きです。

具体的にはどんな仕組みで電気を供給しているのでしょうか?
実際に伺ってみたら、その仕組みはとてもシンプルでした。

「ikkyu」で活用しているのは、自家発電といえば誰もが思い浮かぶ「太陽光発電」。屋根に取り付けられた11枚の太陽光パネルによって、最大1678Wを発電することが可能。つくられた電気は配線を通してバッテリーに蓄電され、屋内の配電盤にあたるチャージコントローラーとインバーターを通して館内の電源コンセントや電灯に分配されます。

こちらが、壁面に取りつけられたチャージコントローラーです。太陽光パネルの配線からバッテリーへと流れる電気を、過不足なきようここでコントロール。バッテリーへの過充電・バッテリーからの過放電を抑えます。屋内の数カ所に取り付けられていました。

押し入れの中に配備されたバッテリーシステム。最終的に乗用車などに利用されるものと同じタイプのバッテリーが10個使われており、1台で1380w/hを蓄電することができます。バッテリーに溜められた12Vの直流の電力を、100V交流の電力として取り出すためのインバーターも導入。

これらの仕組みだけでも十分に宿の電気をまかなえるそうなのですが、部屋には別途、リチウム蓄電池を使用し軽量化された大容量バッテリー(ポータブル電源)も設置しています。インバーターやチャージコントローラーなどの特殊な機械が不要で、直接家電のコンセントが挿せるのでとても便利。USB電源を挿せるものもあり、スマートフォンやPCなどの充電にも重宝します。

ポータブル電源の使い方を説明する森さん。

宿にはテレビ、エアコンなど電力を大量に消費する家電はないので、このバッテリーシステムで足りなくなることはまずないそう。たとえ雨が降り続いて3日ほどまったく充電できなくても、問題ないほどなのだとか。

発電システムで課題に感じていることがないかと尋ねると、森さんは、

ドライヤーや洗濯機は、消費電力が大きいので別系統の電源を使っています。雨降りが続いた日などはこのふたつの使用をお断りすることがあってご迷惑をかけているので、これを解決したいですね。ただバッテリーを増設するのではなく、雨の日にしか発電できない方法で充電するとか、そもそも非電化の洗濯機に変えてしまうとか、何か新しい工夫で解決できればよいのですが。

と、回線の仕組みの改善を考えている様子でした。


バッテリーを利用した冷蔵庫・冷凍庫、インターネット回線は完備

自家発電以外にも、工夫が尽くされた空間

「ikkyu」に施された工夫は、オフグリッド発電だけではありません。特にバー営業も可能なほど整備されているキッチンは、特筆すべきものがあります。

まず目に入るのが自作のキッチンストーブ、その名も「快適かまど」。昔ながらの羽釜が使える「かまど」を備えながら、底の平らな調理器具も使用できるハイブリッド型で、お釜でご飯を焚くことも、五徳のように通常の鍋の調理もできるようになっています。下部の薪をくべる部分はピザも焼けるのだとか!

大人数で宿泊しみんなで自炊すれば、室内なのにキャンプ気分。宿の近くで夕食を提供している飲食施設が少ないので、必然的にここで自炊する宿泊者が多いそう。

自作のキッチンストーブ「快適かまど」。

広く使いやすいキッチンスペース。

もちろん、キッチンの蛇口からはきちんとお湯が出ます。私が秀逸だと感じたのは、その給湯の仕組み。

お湯は、ゲストハウス入り口横にある、自作のボイラー給湯システムでまかなっています。このシステムは、薪に火をつけボイラーの中の水を沸かし、お湯にして溜めておくというもの。そのお湯がキッチンや洗面、お風呂、シャワーの湯になって出てくるように配管されているわけです。

森さんは、「電気から熱を生むのではなく、火から熱を取り出して沸かすほうがエネルギー効率もいいんです」と話します。

薪を使ったボイラー給湯システム。廃材のタンクを再利用しています。

そんなボイラーシステムのお湯と薪を焚いた熱のハイブリッドによる、室内五右衛門風呂も「ikkyu」の魅力。この浴室は、森さんと大工さんによって釜以外を全部つくりかえたのだとか! シャワーも風呂の温度も、お湯と水の量で調整できるので、不自由なくお風呂を使うことができます。

まるで温泉宿のように趣のある岩と地元産の木の板を使った壁。カラフルなモザイクタイルがかわいい仕上がり。

入り口のボイラーから壁や天井に配管を這わせたという手づくりの給湯システム。

オフグリッドの取り入れ方を探ってもらいたい

このように自身も手を加えながら工夫を凝らしたゲストハウスをつくりあげ、運営する森さん。オフグリッド発電や薪ボイラーなど、環境にやさしいゲストハウスをつくろうと思った理由は、「持続可能な家のモデルハウス」のような存在にしたいという想いからでした。

現在、自宅をオフグリッド化している家はあれど、各家庭の生活があるため「いつでも見学自由」は難しい。ましてやオフグリッド生活とはどんなものか? 宿泊という体験を通して知ることができる施設はなかったのだそう。

オフグリッドの仕組みとやり方を実感し、いつでも気軽に見学や宿泊で体験できる施設があれば、これからオフグリッドに踏み出したい人の背中を押したり、自然エネルギーの理解を深める助けになるんじゃないかと思ったんです。

また、森さんが和歌山県新宮市に移住し地域おこし協力隊として活動するなかで、近隣エリアには、使われていない空き家が散在し、最近増加中の海外からの宿泊客受け入れ可能な宿泊施設が少ないことにも気づきました。空き家になった古民家を改修してゲストハウスをつくることで、これらの課題を解決させることができると考えたのです。


そんな森さんの思いがいっぱいに詰まったゲストハウス「ikkyu」ですが、エネルギーの自給に取り組み、環境負荷の少ない宿を目指しているだけあって、人によっては気軽に利用しづらいのでは? と感じる方もいるかもしれません。

確かに、このゲストハウスは使い方が難しいところもあります。たとえば、薪を扱ったことがない方には薪ストーブを着火するのは難しいかもしれませんし、水洗ではなく環境に考慮したコンポストトイレも、使い方にちょっとコツが必要だったりしますが、その分、僕やスタッフがていねいにサポートするように心がけています。

いつもは電気炊飯器でお米を炊き、スイッチひとつでお風呂が適温で出てくる生活が当たり前の日本の現代社会。当然、旅先では自宅と同じか、それ以上に便利で快適な滞在を求める人もいるでしょう。そうした方にはここでの滞在はちょっとハード? と想像されるかもしれません。

そのため「ikkyu」では、宿泊予約前にちょっぴり特殊な宿ということを事前に告知し、ご納得していただいた上で宿泊いただくことにしているそうです。

ただし、宿泊してみて、炊事や入浴、暖房における「薪で火起こし」の大変さはあるものの、プロパンガスのコンロも併設されており、調理に使うことができます。また、オフグリッドの電気に関しては、まったくストレスは感じませんでした。旅先で重宝するWi-Fiの整備もされており、スマートフォンやカメラの充電もバッチリ。私はチェックインからチェックアウトまで不快感や不便さを感じることなく、楽しく滞在できました。

アウトドア五右衛門風呂。夜は人がいないので、裸で月見風呂なんてこともできます!

地球1個分の暮らしをしよう

もともと森さんは、大学時代には京都で「廃棄食材カフェ」の仕組みを考案。廃棄される予定の食材を「もったいないから食べよう」と利用してカフェで提供。若者から年配の方まで来るような開かれた小さなバーをおこして人のつながりをサポートするなど、さまざまなチャレンジをしてきました。



その行動の軸になっていたのは「人助けがしたい」ということ。人助けをすると、世の中に貢献できる。そういう生き方を選んで行動していた森さんですが、2011年、東日本大震災における福島第1原発事故で露呈した電気エネルギーシステムの脆さを目の当たりにし、自分の価値観が変化したと言います。

地球規模で考えると、文明的な暮らしをしているだけで環境にマイナスのインパクトがある。マイナスをゼロにするためには、エネルギーも含めて自給自足の暮らしをして未来から搾取しないライフスタイルを送りたい。人助けをするというのは人間目線であって、もっと視点を大きく持ちたいと思うようになりました。

現在のわたしたちの暮らしの水準では地球が2.9個分必要だと言われており、未来の世代から資源を奪って快適な暮らしを享受していることになります。森さんが大きなテーマとしたのは「エネルギーの自給自足」。特に生活の基盤となる「電気エネルギー」の無駄をなくすため、太陽光発電を利用してバッテリーに蓄電することで、電力会社の電気に頼らない「オフグリッド」を実現させたいと考えたのです。

「ikkyu」のコンセプトは「地球1個分の暮らしをしよう」です。地球環境にできるだけ負荷を与えずに暮らすための工夫をちりばめたこのゲストハウスに泊まって、身近にもっと「地球1個分の暮らし」の感覚をつかんでもらえたらうれしいです。これから太陽光発電などを使ったオフグリッド生活に切り替えたい人や、どんな風にオフグリッドを実現しているか興味がある人や家族に、ぜひ数日間滞在してほしいです。

「ikkyu 」オーナー森雄翼さんファミリーは宿のすぐそばに居住、サポート体制も万全です。

電気に意識を持つのが当たり前の世の中に

目指す「地球1個分の暮らし」生活実現のため、森さんはゲストハウス運営にとどまらず、持続可能な暮らしを広めるさまざまな活動にも注力しています。

直近では、現在製作中のコンポストトイレを商品化して販売していく動きがありますし、全国でオフグリッドワークショップもやっていきたいと考えています。また、いつか自分もいた京都で学生向けのオフグリッドシェアハウスをやってみたい。学生時代から電気というものに意識を持って生活することが当たり前の世の中になれば、彼らのその後の人生の選択肢も変わってくるのでは?と思っています。

自作のコンポストトイレは電気を使わず木を多く使うなどの機能面だけでなくデザイン性も考慮。

オフグリッドワークショップの講師としても活動中。

まだまだ森さんの構想は、はじまったばかり。これからの活躍からも目が離せません。

古の佇まいが色濃く残る熊野で、古代の生活とは違う新しい持続可能な暮らしのスタイル・オフグリッドライフを体感できる「ゲストハウスikkyu」。パワーあふれる森さんに会って話してみると、あなたの価値観や先入観にもちょっとした変化が起こるかもしれません。

– INFORMATION –

ゲストハウスikkyu

 〒647-1235 和歌山県新宮市熊野川町宮井437
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