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「”あ、やれるかも、やってみよう”の繰り返しでした」。店舗を持たないパティシエになった磯木知子さんに聞く、地域を100%楽しむ仕事と暮らしの見つけ方

突然ですが私、東京から地方への移住を考えています。

そして、もしも移住をしたときは、せっかくならその土地で何か商売をしてみたいのです。
地域の人が喜んでくれるものを提供しながら、自分が生活するお金を暮らす場所で稼ぐことができたらいいなぁと夢は膨らみます。

そんな私が今回訪ねたのは、千葉県いすみ市。いすみ市を中心とする房総いすみ地域は、手づくりのお菓子やコーヒー、雑貨などを販売する、いわゆる「小商い」が盛んな地域としても知られています。しかも彼らの多くは、固定の店舗を持たずに活動しているのだそう。

フリーのパティシエとして活動する「Another Belly Cakes(アナザーベリーケークス)」の磯木知子さんもそのひとり。2015年に「Another Belly Cakes」を立ち上げて以来、ワンデイカフェやマーケットでの販売を中心にしています。

いすみに来る前からもともとパティシエとして働いていた知子さん。「独立して商売を始めるつもりでいすみに来たんですか?」と訪ねると「いやいや全然。思いもよらなくて」とのこと。
知子さんのストーリーには地域も自分も活かして働くヒントがいっぱいでした。

地域の旬素材を生かした植物性のケーキ

こちらが「Another Belly Cakes」のケーキ!
旬のフルーツが載ったケーキたちは、色鮮やかでとっても美味しそう。

マーケットに並ぶAnother Belly Cakesのケーキ

「Another Belly Cakes」という名前は「Another Belly=別腹」という意味の造語が由来です。別腹でいくらでも食べられるおいしいケーキ、という意味で名付けられました。

昨年(2017年)末に東京で開催された、ローカルについて考えるグリーンズ主催のイベント「green drinks Tokyo」。そのときケータリングとして知子さんが用意してくださった、美味しくて見た目もかわいらしいケーキに私もすっかり魅了されてしまいました。

何種類かのケーキをいただきましたが、フルーツや生地、ひとつひとつ素材の味がしっかりしているのに調和していて、甘ったるさや重さがなく、まさに別腹でいくつでも食べられてしまいそうなのです。

その理由のひとつには、マクロビをベースにした、植物性の材料でつくったケーキだということがあるかもしれませんね。

「植物性」と聞くと、なんだかストイックな印象を受ける方もいるかもしれません。でも知子さんがそうした材料でケーキをつくる理由はもっとシンプル。

なるべくオーガニックなものを使いたいんですけど、乳製品でオーガニックなものってなかなか手に入りにくくて。だけど、有機豆乳や質の良い油はスーパーでも手に入る。

それと、自分がケーキをつくるなら、出処のわからない材料ではなくて、知り合いの農家さんがつくっているとか、できるだけ近所で採れたもので揃えたいとも思ったから。

「Another Belly Cakes」は、そのときに手に入る旬の食材でつくるので、定番のメニューがありません。手に入る材料は1,2週間経つと移り変わるので、マーケットに出るたび毎回違うケーキが並びます。

野菜の旬って、小さい頃は田舎で育ったので体感していたはずなんだけど、ここに来るまでにすっかり忘れてしまっていました。東京にいたときは一年中スーパーになんでもあったから。でもやっぱり旬のものは栄養ものっているから美味しいですよね。今は直売所や畑から野菜の旬を感じています。

知子さんの家から直売所まではスーパーに行くのと同じくらいの距離。しかもひとつではなく、いくつもあるのだそう。また、生産者に「今はどんな果物が出てますか?」と電話で問い合わせて、これから収穫できそうな作物を取り置きしてもらったり、自ら収穫をしにいったりすることもあるといいます。

知子さん自身も、家の敷地内にある畑でいちごを育てています

「東京でなくても面白い暮らしはできるのかもしれない」

土地柄、美味しくて旬の果物や野菜がすぐに手に入る。この場所は食べ物の仕事をするのに、すごく向いているなと思いました。

そう話す知子さんが、いすみ市に引っ越してきたのは2013年4月。それまでは、進学を機に新潟から上京して以来10年以上東京で暮らしていました。移住を考えたきっかけのひとつは、フリーランスのライター・編集者でgreenz.jpシニアライターでもあるご主人の淳寛さんから、取材した地方の話を聞いていたこと。

いろんな地域の取り組みについて夫から話を聞いたり、それに関連した世の中の仕組みを紐解く本を読んだりしていたんです。そのうちに、もしかしたら東京でなくても面白い暮らしってできるのかもしれないなと思い始めて。

それから、ふと出会ったいすみ市にご縁があり、引っ越すことになりました。

「あ、やれるかも、やってみよう」の繰り返しでパティシエに

それまで11年ほど、東京でパティシエとして働いていた知子さん。冒頭のとおり、当初は「自分で独立して仕事を持とう」という考えはなかったといいます。いすみ市に旅行で訪れたときに、スタッフを募集していたカフェに働き口を決めて、移住しました。

働き始めたカフェがマクロビの考え方に基づいて運営されていたため、ここで植物性のお菓子のレシピに出会い、1年半ほど働きます。

枠組みのない自由なカフェだったので、ケーキをつくるだけではなくて、スイーツビュッフェや料理教室などのイベントを自分で企画していたんです。そのうちに、私、もしかしたらこういうことひとりでもやっていけるかもしれない、と思うようになりました。

料理教室の様子。参加者のみなさんも真剣な顔で手元を見つめます

いつも「よし!やろう!」ではなくて、「あ、やれるかも、やってみよう」。この繰り返しでこれまでやってきましたね。

そう言って笑う知子さん。いつも、というのには理由があります。知子さんがもともとパティシエの道に進んだときにもそうだったから。

それまでも、雑貨屋さんやアパレルなど、そのときやりたいと思った仕事にチャレンジしてきたのですが、今までやってきたことは、もう次にやる仕事の選択肢からは除外されるんですよ。それで、いよいよ好きなことを仕事にしたいなと考えたときに、思い当たったのが小さい頃から好きだったお菓子づくりでした。

やるだけやってみよう、と働きながら夜間の製菓の専門学校に通ったのが27歳のとき。やってみたら楽しくて「あ、これは私やっていける!」って。入学して半年で専門学校と、当時勤めていた会社を辞めて、ケーキ屋で働き始めたんです。

専門学校自体は二年制だったといいますが、卒業までの月日を待たずに転職を決めたと聞いて、その潔さと決断力に驚きました。

たしかに結構あっさり決めたかもしれないですね。学校に通ったことで自分はお菓子をやっていきたいんだと確信できたし、少しでも早く現場で働きたいと思ったから。

やってみたかったらやってみる。それで違ったら次に行く。そんな具合で独立も、気負わず、次のステップへと押し出されるような「あ、私やれるかも」をきっかけに始まりました。

店を持たずにマーケット中心で販売を続ける理由

「Another Belly Cakes」を立ち上げて最初の仕事は、スペースを1日だけ借りて開催する「ワンデイカフェ」。知り合いのコーヒー屋さんに声をかけてもらって、二人で開催しました。当時、オープンしたてで地域で話題になっていた「星空の小さな図書館」が開催地だったこともあり、初仕事は大盛況!

ウェブサイトやSNSで告知をしたり、フライヤーをつくって置いてもらったり、そうしたことを自分でも初めてやりました。知り合いの人たちもお客さんとしてきてくれて、嬉しかったですね。思った以上の人の入りでオペレーションが追いつかず大変だったけど、何より楽しかったです。

準備から告知、当日の運営までを手がけ、お客さんとコミュニケーションを取り、イベントを成功させる充実感を得た知子さん。次に出店したのが現在の主な活動場所となっている、マーケットでした。以来、週末はケーキを車に積み、自ら運転をして、いすみ地域や千葉県内のマーケットへ出かけています。

ところで、パティシエとして独立しよう、となったら普通はまず店舗をオープンすることをイメージしそうです。でも知子さんは店舗を持たずに、マーケットを中心に販売するスタイルを選びました。いすみ地域は、マーケット文化が盛んであること、また店舗を持たないことで固定費をかけずにスモールスタートができるということも理由のひとつ。

その他にも、マーケットを続けるのにはこんな理由があると話してくれました。

東京みたいに人通りが多いまちの中というのが無いので、ぽつんと看板を出して待っていても、来てくれる人って限られると思うんです。でもマーケットに出ると、そこにはもちろんお客さんが集まっていますよね。

それ以外にも雑貨や食べ物を手づくりしている作家さんや、他のお仕事をされている出店者の方たち、いろんな人と知り合うことができる。売上の他にも、そうした出会いのわくわく感を持ち帰ることができるんですよ。

今では「きっとひとりで店番していたら知り合えなかったと思う」というぐらいたくさんの友達や仲間ができたそう。

実際、知子さんのケーキを買いにくるお客さんも、当初は近所のお友達が中心でしたが、今では遠くから足を運んでくれるお客さんもいるといいます。また遠くのマーケットに行ったときにはこんな歓迎を受けることもあるんだとか。

遠くのマーケットに久しぶりに行くと、「やっと近くまで来てくれた!」と言ってくださるお客さんもいて、嬉しい気持ちになります。私のお店の名前「Another Belly Cakes」って、例えばご年配の人にはそんなに覚えやすい名前じゃないでしょう(笑) だからきっと、食べた味や店構えで覚えてくれてるんだなって。遠くまできてよかったなって、じーんとしてしまいますね。

そうした、人の交流を促す場を、知子さん自身も出店仲間と企画。2016年から、これまで地域の垣根を越えて知り合った作家さんたちを集めて、年に一度のクリスマスマーケットを主催しています。

お米の可能性を伝えることで、地域と故郷に貢献したい

知子さんがいすみに住んで約5年。この土地に感じている魅力とはなんでしょう。

ひとつは人ですね。住んでいる人ときちんと関わってみると、どんどん面白い人が出てきて。暮らしと仕事が隣り合わせになっている、というのかしら。いろんなものを自分でつくる人が多いですよね。以前から住んでいた人も昔ながらの技術を残しているのが垣間見えるし、移住してきた人も、何かつくってみたり、自分でやってみたりするのが好きな人が多いように感じます。

もうひとつは、やはり食べ物が美味しいこと。温暖な気候なので、いちご、柑橘、びわ、ブルーベリー、梨などの果物が育ちます。無農薬や有機栽培でつくっている農家も多いのが嬉しいですね。

果物や野菜のほかにも、いすみ市は千葉の三大米として知られる「いすみ米」の産地でもあります。ケーキとお米、なんだかパッとは結びつかないですが、実は知子さんのつくるどのケーキにも、お米が形を変えて使われているそう。

お米って、甘酒・米飴・塩麹・味噌などいろんなものに味が変化する食べ物なんですよね。それぞれ隠し味や、生地の質感を出すために、いろんな用法で使ってます。

なんでお米かというと、私新潟の出身なので、小さいときからお米が身近だったんです。自分の実家から見える景色が山のふもとまでずうっと田んぼ、みたいな。今お米の消費量ってどんどん落ちていると言われているけど、お米っていろんな可能性があるんですよね。それを伝えられたらなと思っています。

使うお米はいすみのお米ですが、「裏テーマは、頑張れ新潟県!」と笑顔になる知子さん。様々な形で使うことでお米の可能性と価値を伝えて、その結果、回りまわって故郷に少しでも貢献できれば、と考えているようです。

月に一度だけオープンする「ちょっと特別な日」

現在はワンデイカフェとマーケットの他に、オーダーケーキやケータリング、ケーキづくり教室にも対応しています。また月に1日だけ、工房での直接販売も始めました。マーケットでのお客さんとはまた違うお客さんがやってくる工房の日は、「ちょっと特別な日」なんだとか。

工房で「やってるよ」って看板を出すと、「看板を見て入ってきたよ」ってふらっと買いに来てくれるお客さんがいるんですよ。

そういうご近所さんは、SNSで告知しているマーケットの情報はたぶん見ていないから、これまでAnother Belly Cakesのことを知らなかったと思うんです。近所の人から近所の人へ口コミで伝わって新しいお客さんが来てくれたりして。

だから、これまで出会えなかった人に会える、工房の日も楽しみなんですよ。

2015年のオープンから3年、ワンデイカフェにマーケットに工房、と活動の幅を広げる知子さん。きっと知子さんのケーキをいつでも食べられたらと感じている人は少なくないでしょう。これから固定店舗を持つことは考えていないのでしょうか。

今はマーケットが楽しいので、もうしばらくは続けていきたいですね。でも、マーケットに出ていると「お店は無いんですか?」と聞いてくれる人もいるので、いつかそういうお話がもっと積もったときに具体的に考えるかもしれません。

これからの夢は、工房の周りに果樹を植えたいと思っているんです。今は家の畑でいちごを育てているんですけど、いつかはラズベリーやブルーベリー、柑橘、エディブルフラワーなどケーキの彩りになるものを育てて、ガーデンづくりができたらいいなって。工房に来てくれた人が「わぁ!」と思ってくれるようなステキな空間をつくれたらいいですね。

これまでも自分にできることを見極めながら、ここぞというときに潔さと決断力で歩みを進めてきた知子さんのこと。きっと気負わずに、「あ、やれるかも」という時期がきたら、次のステップへと進むときが来るのでしょう。

庭でいちごを摘む知子さん。この風景にどんな果樹が加わるのでしょう

ただ、思いっきり楽しんでいきたい

最後に知子さんに、いすみのこれから、そしてほしい未来を聞いてみました。

ただ、ひとりひとりが自分のやりたいことを楽しんでやっているのがいいかなって。それを周りの人が見たときに「いすみ市のあたり楽しそうじゃない?」ってなるのがいいですね。

楽しそうにいろいろなことをしている人が近くにいるのってなんだか楽しくないですか? そういう人を見ているのも嬉しいし、ときどき巻き込まれてみるのも面白いじゃないですか。だから私個人としても思いっきり楽しんでいきたいんです。

ご主人の淳寛さんから聞いていた楽しそうな地域の話を聞くうちに、いすみへ移住することを決めた知子さん。周りの人に声をかけられてマーケットへ出るなど面白そうなことに巻き込まれ、そしてマーケットを自分で企画するなど、周りの人も巻き込み、地域のプレーヤーとして活躍している今を、そのまま表しているような言葉に聞こえました。

そうお伝えすると、「なんだ、最初から一貫していましたね」と笑いました。

地域で採れる素材を使って持ち味を生かした美味しいケーキをつくる知子さんは、そこで出会う人たちのこともミックスして(交流を生み出し)、美味しいケーキを届けるように楽しい時間と場所をつくりだしているようです。

地方に移住したら小商いをしてみたいと思っていた私。何ができるだろう、どうしたら成功できるだろう、そんなことを考えていましたが、知子さんの話を聞いてまずは「巻き込まれること」を楽しもうと思いました。そこで出会う人や物事に向き合っていたら、いつかタイミングはやってくるのかもしれない。そんなことを感じ、なんだかホッとした気持ちでいすみを後にしました。

(撮影: 磯木淳寛)