突然ですが、和歌山県ってどこにあるかご存知ですか? 関東や東北に住む人は、和歌山がどこにあるのか、ぱっとイメージできない人も多いかもしれません。
和歌山は平安時代から今も続く祈りの聖地高野山や熊野地方を擁し、近世は徳川御三家のひとつ紀州徳川藩が居城を構えた和歌山城があり、文化的にも歴史的にも豊富な地域資源に満ちています。
こんなに魅力に溢れているにもかかわらず、和歌山は人口減少率全国9位。そう、過疎化の波が止まらないのです。しかしいま和歌山が何だかおもしろうそう、と少しずつ追い風が吹きはじめています。
そのひとつの要因は「ARCADE PROJECT」。主に和歌山出身の建築家やデザイナー、編集者ら約10名で構成される集団です。今回は、メンバーの柏原誉さんと神谷健さん、そしてgreenz.jpライターとしても活躍する前田有佳利さんにこれまでの活動と新たな挑戦について伺いました。
はじまりは「スケボーイベントがしたい」だった
「ARCADE PROJECT」は和歌山県の北部にある人口5万人ほどの小さな街、海南市ではじまりました。海南は日本の四大漆器黒江塗の産地として有名な街ですが、人口減少が続き、街の商店街もがらんどう。駅前には広々としたロータリーがあるものの、人通りは少なく閑散としています。
プロジェクトの発足は、いまから約4年前。ことのはじまりは、当時メンバーがよく集まっていた駅前のバルの店主が言い出したひと言。「駅前広場でスケボーイベントがしたい」。
柏原さん メンバーの数人がスケボーが好きだったことと、JR海南駅前が舗装されているのに閑散としていたので、バルの店主が「ほぼ使われてない場所をスケボーに使わせてほしい」と市役所に話を持ちかけたりしていました。
でも、「公共の場所で行うなら、もっといろんな人が楽しめるイベントでないといけない」と市役所の許可がなかなか下りななかったみたいで。いつも集っていたメンバーで「こんなことも、あんなこともできるんじゃないか」と次第にまちづくりへの熱が高まっていきました。
メンバーは諦めませんでした。市役所と交渉を重ねつつ、自主的に別の場所で小規模なプレイベント「Arcade」を開催するなどし着々と準備を進めました。そして2015年7月ようやくJR海南駅前でマーケットイベント「Arcade」の本開催にこぎつけたのです。
特筆すべきはマーケットの空間設営と演出です。よくあるマーケットイベントは市販のテントを使うものが多いですが、主要運営メンバーが建築や内装を手掛けているために、「Arcade」は初回のプレイベント時から既製品に頼らない独自の空間演出にこだわりました。しかも、徹底的に。
JR海南駅前で開催された「Arcade」の設営の様子を見てみましょう。
建屋はARCADE PROJECTのメンバーみんなで設計しました。骨組みは特注の鉄骨フレーム。そこに木材パレットを組み合わせて、6メートル×24メートルサイズの建屋をつくります。外壁に使用するパレットは合計約250枚。いずれも和歌山の老舗パレットメーカー「丹台木材工業株式会社」の製品を使用しています。
設営はイベントに協賛してくれる地元の工務店や設備会社、そして多くのボランティアの手を借ります。朝7時半からはじまった設営は真夜中にようやく完成です。
このように、一夜にして建屋が立ち並び駅前の景色ががらりと変わる姿は圧巻です。幻のマーケットは建築的側面から見ても斬新な試みと言えるでしょう。しかしこだわったのはハード面だけではありません。
こうしたマーケットイベントは公募制が一般的ですが、「Arcade」ではメンバーが心底おすすめしたくなる出店者を厳選して招待。和歌山県内や大阪、奈良、兵庫など他府県の飲食店、インテリア雑貨店、ワインや日本酒の専門店など人気店ばかり約40店舗を集めました。出店者の選別には、実はこんな意味がありました。
神谷さん 学生時代、地元の商店街はすごく賑わっていたんです。そこで僕らはファッションやカルチャーの刺激や洗礼を受けて育ってきたんです。彼らはみんな自分が心底良いと思えるものを信じて商いにしていた。働くことが楽しくて仕方ない、そんな姿を見て育ったんです。僕らの世代はそんな楽しそうに働く姿を次の世代にちゃんと伝えられているのかな?と疑問に思うんですよ。
県面積の8割は中山間山地であること、公共の交通機関が未発達でバスなども少ない和歌山。この地に暮らすとなると、車での移動が多くなりがち。そこに拍車をかけるように大型スーパーが参入し、和歌山の商店街も大打撃を受けてきました。
加えていまの10代の若者は幼い頃から全国展開の大型ショッピングモールなどに馴染みがあるからか、商店街に買い物に出かける習慣すらないといいます。これでは、地元にどんな仕事があって、どんな人が働いているのかも見えず、若者が県外に流出してしまうのも仕方がないという構図。さらに、情報化社会の中に生きていると、条件や表層的なイメージだけで仕事を選んでしまうこともあります。
だからこそ、イベント「Arcade」は大人の遊び場としてだけではなく、これからの未来をつくる若い世代が、いろんな職種の大人が働くリアルな姿に直に触れるきっかけをつくりたいと思っているのです。
神谷さん 若年期に街の大人と触れるきっかけを増やさないと、大人になって和歌山でおもしろいことをしようという人もいなくなってしまう。ショッピングモールに行っても、いまや全国展開している画一的なお店が多い。そこで本当にその地方にしかないおもしろさに気づいたり、その地方にしかない暮らしの楽しさに目覚めることってあるのでしょうか。
街はおもしろい大人がいて、いろんな職種の人がいて、多様性があって面白くなるじゃないですか。「Arcade」では多様性を意識して、いろんな職種の人が集まるように出店者のカテゴリーを細かく分けて、店主がちゃんとお客さんと対面できるように出店をお願いしているんです。
「単なるイベント屋になっていないか?」という自問
堂々開催した2015年7月の「Arcade」は、県内外から約8000人もの来場者を記録。イベントとしては、大盛況でした。
2年目と3年目は10月に開催。気候も涼しくなり、イベントにはうってつけのはずですが、いずれも雨に見舞われることもありました。特に3年目に至っては、台風の接近で2日間のイベントを1日に短縮せざるを得えない羽目に・・・。しかし続々と訪れる来場者はそれぞれに「Arcade」を楽しみました。
こうしてイベントとしては一定の成功を収めつつある「Arcade」ですが、年に1回のイベントだけでは伝わらない部分がある、と柏原さん・神谷さんは言います。
柏原さん 出店者とお客さんの間ではそれなりに関係性が生まれたりしている。それは良いことだけれど、下手したら単に“おしゃれなイベント”をやってるように見えていると思うんです。一体僕らは何のためにやっているんだろう、と意味がわからなくなった時期もありました。
神谷さん 「Arcade」のイベント自体が注目されるより、イベントに出店している人たちにそもそも注目してもらいたいんですよ。
柏原さん そう、もっとベースの部分である楽しそうに働く大人たちの背中を伝えていきたいんです。
「Arcade」はイベント時に、出店者にフォーカスしたタブロイド紙を年に1回発行してきました。しかし、それではまだまだ波及力が弱い。伝わりきらないとの思いがメンバー内で募りました。
折しも、「Arcade」に協賛してくれた企業と話してみたところ、いくつかの企業は、のきなみ人手不足であることが判明。だったら、まずはこうした企業で働きたい人材募集を紙媒体にしてみよう、という話に議論が発展しました。
和歌山で働くおもしろさに追るリクルートガイド
こうしたさまざまな思いが煮詰まって誕生した『ARCADEリクルートガイド』。実際に取材した編集者であり、greenz.jpライターでもある前田有佳利さんは取材を終えてこう話します。
前田さん 私自身、和歌山出身でUターンして4年目ですが、まだまだ和歌山のことを知らないなと日々実感するんです。今回の取材先は、コンテナと庭を用いて新しいライフスタイルを提案する造園会社や、業界に激震を走らせたハイブリッドバイクの乗り物メーカー、廃園になった保育園を改装してコミュニティ複合施設をつくる企業など、実に多彩な会社で、魅力的な思いで働かれている方ばかりでした。
しかし現状ではIターンやUターンを検討している人が、その会社のことや、仕事に込められた思いを知る手段があまりない。こんな魅力的な会社で働きたいと思う人はきっと多いと思うんです。『Arcadeリクルートガイド』はこうした企業と働き手をきちんとつなぐメディアとして存在していきたいと思います。
若者の流出が止まらない要因のひとつは、魅力的な仕事と出会える環境が少ないから。「ARCADE PROJECT」は今後も年に1回のイベント「Arcade」に加えて、働くという側面からも街を照射し、若者と街をつなぐ挑戦を続けていきます。
イベント「Arcade」で感じる高揚感を、日常の暮らしの中に忍ばせる試み。気になったあなたは、ぜひ『ARCADEリクルートガイド』誌面をご覧ください。