オフィスの目の前は、海!「ウミーベ」を起業したカズワタベさんが福岡の海辺にオフィスを構え、東京と行き来する理由

オフィスの窓の外には博多湾。
晴れた日は砂浜に駆け出したくなるほどの好環境。

起業家を後押しする福岡市において、今もっとも注目を集める存在といえば、カズワタベさんが真っ先に思いつきます。

福岡で活躍する人たちを紹介していく「福岡移住カタログ」。第6弾の主人公は、国内最大級の釣りの総合情報サイト「ツリホウ(釣報)」や、釣り人同士の交流アプリ「ツリバカメラ」をリリースしている「ウミーベ株式会社」代表取締役CEOのカズワタベさんです。

東京から福岡市へ移住して約4年。全国的にも注目されている起業家のカズさんに、会社や生活環境のこれまでのこと、そして、福岡と東京を時々行き来するなかで感じていることなどについて、率直に語ってもらいました。

カズワタベ
1986年4月長野県松本市生まれ。大学卒業後、バンド活動ののち2011年に「Grow株式会社」を創業。同社から独立後、2013年12月に東京から福岡市に移住し、フリーランスとしてウェブやデザインなどの制作者として活動。2014年8月1日に「ウミーベ株式会社」を設立し、代表取締役CEOを務める。

好きなことと得意なことを組み合わせる

カズさんは音楽大学の出身。卒業後は、クラブジャズ系のインディーズバンドとして活動し、レコード店にCDが並ぶほどの活躍ぶりでした。バンドの実体験をもとに、2011年にクリエイターを支援するウェブサービスを営む「Grow株式会社」を創業しました。2013年に独立し、昔から得意だったウェブサイトの制作などをフリーランスで行うことになります。

忙しく働く東京の日々に息抜きをと、2度ほど福岡へ。その訪問をきっかけに、福岡の住環境の良さに惹かれ、移住という考えをめぐらせるようになっていきます。東京での生活が長く続いていたため、東京以外の場所に住んでみたいという思いも重なり、移住を決断することになりました。

自然と都市が近く、食べ物も美味しい。大人になってから東京でずっと過ごしていたんですが、他の都市を視野に入れてみたら福岡がすごく良かった。この環境で生活してみたいと思いました。この決断ができたのは、幼少の頃から転勤族で転校が多かったことが要因かなと思っています。地元らしい地元もないので、こだわりがないんです。

移住をしようと決めてから、引っ越しや新居の契約など実際に移住をするまで、かかった期間は約1ケ月。無駄のないスケジュールでしたね(笑) 移住には、そういうスピード感が大事なのかもしれません。

2013年12月に移住し、引き続きフリーランスとして、ウェブサイトの制作やデザイン・メディアコンサルタントなどの仕事を行っていました。最初の頃、クライアントは東京の企業が多く、福岡と東京を頻繁に行ったり来たりしていたのだとか。

2014年8月、かねてから考えていた「将来的にはまたスタートアップを」という思いを実現するように、好きなこと(釣り)と得意なこと(ウェブ開発)を組み合わせて、もっと釣りを身近なものにできるサービスを提供するべく、ウミーベ株式会社を設立しました。

ウミーベが入居するオフィスの前に広がる博多湾。そのまま釣りにいくこともできる

ウミーベ株式会社が提供している国内最大級の釣り情報サイト「ツリホウ」は月間200万PVを誇り、釣具の新製品情報やノウハウ記事、釣り場情報などが掲載されています。

さらにスマートフォンアプリ「ツリバカメラ」は、ユーザーの釣果アルバム機能など、他のユーザーとの情報共有も可能。そして、2017年9月には、釣りで手についた魚の臭いをキレイに取り除くことができる「フィッシュソープ」を発売し、ウェブサービスから小売にもチャレンジをはじめました。


福岡の住環境が良くても定期的に上京を欠かさない

そんなカズさんは毎月の上京を欠かしておらず、たとえ約束がなくても東京へ行くようにしているのだとか。東京を拠点に活躍する人たちと定期的に会って、福岡の日常にはない新たな情報や刺激をインプットをすることが大事だと語ります。

毎月合わせて1週間程度滞在することが多いですね。起業家の友人や、クリエイター、出版・メディア系の人たちと合っていることが多いです。彼らから受ける刺激は福岡では得づらいものだからです。また、弊社には東京に常駐しているスタッフもいるのですが、彼や取引先の方と打ち合わせをしたりしています。

情報共有や会話の中から、普段の働き方や暮らしに通じるヒントが生まれる。環境(福岡)と刺激(東京)を行き来することによって常に思考が磨かれているのかもしれません。

東京と福岡の両方の空気に触れることが大事と語る

ウミーベ株式会社は現在12人の社員を抱えるまでに成長し、4期目を迎えています。カズさん自身、福岡で会社を立ち上げましたが、この4年間で辛かったことは? という問いを投げかかけたところ、「資金調達の間際」との返答が。

起業家はみんなそうだと思うんですが、資金調達の間際は緊張感がありますね。次の投資がすでに決まっていたので大丈夫なのは分かっていましたが、実際に会社の口座残高が数万円とかになったことがあります。あれはちょっと胃がいたくなりますよね(笑)

でも、そこを乗り越えたおかげで株主に恵まれていると実感します。福岡という離れた土地にいても、九州だけでなく東京などからも投資していただけたのはありがたいことですね。

心休まる暇はないが目の前に広がっている景色が癒やしてくれる




こちらのTwitterの「インスタ映えするオフィス」をみてもわかるように、博多湾を見下ろすオフィス、海岸線沿いに立つ建物は穏やかな波の音が聞こえてきそうなほどの近さです。オフィスビル街とは正反対ですが、さまざまなプレッシャーが降りかかる起業家にとって、こうしたシチュエーションはやはり良い影響を与えてくれるのでは? と想像しますが……。

正直、本当の意味で心が休まる感じは起業以来、無いですね。その分仕事以外のストレスはできるだけなくしたいと思っています。東京なら満員電車に乗らなきゃ、とかありますけど、日常的にこういう環境で働けるのは良いですよね。

ウミーベ株式会社が入居しているオフィスビル。下階には福岡移住計画が運営する海辺のシェアオフィス「SALT」があり、企業当初はそこから事業をスタートさせた

「ウミーベ」のある今宿から天神に行く電車も通勤時間にかぶらなければ座って行けます。地元の人の感覚だと天神までちょっと遠く感じるようですが、電車移動の多い東京暮らしを経験した人にとっては、20分でこの環境に行けるなら「とても近い!」といった感覚ですよね。

福岡はすごく気に入ってますが、絶対ココ! とガチガチな感じではないんです。事業や生活のステージが変わって最適な場所が変わる可能性はありますからね。自分で決めて移住する人って、そういった状況に柔軟に対応できるタイプなんだと思います。

福岡は人が優しく受け入れてくれるのが良いですね。なので特に馴染めなくて苦労したエピソードとかはありません。「博多手一本」という飲み会の締めの独特な手拍子があって、最初は驚いたのですが、一発で覚えましたよ。もともと部活で打楽器をやってたので。そういえばまた音楽活動もしたいですね。最近、久しぶりに新しいギターを買ったんですよ。

こう話されて、ふと福岡には余計なストレスが極端に少ないことを再認識しました。恵まれた住環境と他所者に優しい県民性。移住してくる人を受け入れてくれる心の広さは、昔から流通の要所として発展してきたことが根底にあるのだと思います。

市内からアクセスしやすい距離にこうしたシチュエーションの釣り場が点在している(提供: カズワタベ)

福岡の物足りないところと、うれしいところ

ちょっと意地悪な質問ですが、福岡に物足りなさを感じることは? ということについても聞いてみました。

特にないんですよね……強いていえば美術館やギャラリーの展示は、東京の方が充実してることですかね。大阪までは来るんですが、福岡まで来ない企画展がけっこうあります。

アーティストのライブとかもそうですね。東京では勢いのあるインディーズバンドでも、こっちでは集客が厳しかったり。そこは東京の人の多さには敵わない。人口はもちろんですけど、今まさに芽が出てきそうなコンテンツに注目する人の割合がそもそも少ないのかな、と思います。

さらに「県外の人には意外と知られてないというか認識されてないことですけど」と続けて、隣県への行きやすさも福岡の魅力と語ってくれました。日帰りで熊本・大分・佐賀・長崎・そして山口方面と、多くの他県への移動のしやすさは、意外や浸透していないのかもしれません。

確かに、ライターである私も福岡を拠点に熊本や長崎へと取材で出掛けますが、「遠くない?」と県外の友人から聞かれることがしばしば。しかし実際は往復で300kmもありません。時間にして2時間もあれば目的地に到着できるケースが多いのです。

まず東京に比べてコスト的に車を持ちやすいんです。さらに都市間は高速バス網が充実している。その上で、片道2、3時間程度、日帰りもできる距離に別府や阿蘇を始め、たくさんの温泉や観光地、自然を楽しめる場所があります。釣りも含め、福岡に住み始めて週末のアクティビティが充実したのは予想外のうれしいポイントでした。

昨年末までは、社員も数名で事業を回してきたという「ウミーベ株式会社」。今年に入ってから月に1名のペースで人員を増やしてきたそうです。カズさんもまだまだ自分で手を動かすことはあるようですが、ゆくゆくは意思決定のみができるようになれば、と展望を語ってくれました。

ウミーベのオフィスは、もともとカフェが入居していた。バーカウンターをそのまま残している

起業した頃は、僕ともう1名で「ツリバカメラ」のスマートフォンアプリを開発していただけでした。その後、情報サイトの「ツリホウ(釣報)」の編集部が立ち上がったり、魚の臭いにつよいハンドソープ「フィッシュソープ」の販売を始めたりして、現在では自分含め14名のチームになっています。

ツリバカメラやツリホウ(釣報)は長年関わってきたウェブの分野ですが、フィッシュソープは、初めての製品開発だったので新鮮ですね。自分がいつも行っているいくつかの釣具屋さんではもう取り扱っていただけてるんですが、店頭に並ぶ姿を見ると、うれしいです。バンドマン時代にタワレコに自分たちのCDが並ぶのを見たときの感覚に近いですね。魚の臭いが気になる方も釣りを楽しめるように、より多くの方に届いてほしいです。まずは月1万個を目指します。

事業の柱が増えた今、さらなるウェブサービスの拡充や、ウミーベブランド第2弾となるアイテムのリリース、福岡というまちとの新たな関わりなど、ますます目を話せない存在となったカズさんの次なる展開に期待がかかります。

さっきの美術館やアーティストのライブが少ないということの続きなんですが、福岡には美大がなくて、クリエイティブな発想を持った若い人が関東や関西に出ていってしまうケースが多いと思います。

京都は福岡と比べて、人口はそこまで変わらないのに市内にいくつも美大があるじゃないですか。福岡にもあると良いですよね。そういった外から来た人間だからこそ気づけることを見つけて、良い方向に動かしていきたいです。

「起業」や「移住」という言葉がなんだか気になって、自分もいつかと思うものの、日常の忙しさに気持ちを流してしまっているということはないでしょうか。都心でも地方でも、どこに住んでいようと、まずは自ら手を動かし足を動かすことに尽きるのだと、カズさんの姿が教えてくれているような気がします。


頭で考えるだけでなく、実際に自分が動いて目の前のことを少しでも動かすための行動が未来をかたちづくる。自分の心の奥底に潜んでしまっている「いつか」という気持ちを、釣り上げてみませんか?

(Text: 赤坂太一)