誰もが、好きな場所で、気の合う仲間たちと共に暮らしていけたら。
そんな思いのもと、まちと人を“コト”でつなげようと、福岡県久留米市を中心に数々のプロジェクトを仕掛け、コミュニティを育み続ける人たちがいます。合同会社visionAreal(以下、ビジョナリアル)共同代表のおきなまさひとさん・中村路子さんです。
コンセプトは、「親と子が共に育つ。そんな出来事づくり」。世代を超えた交流が生まれるコミュニティスペース「カタチの森」の運営や、大学生を主役にした地域プロジェクトの運営、久留米市・民間初のシェアオフィス「Mekuruto」の運営、官民連携の事業コーディネートなど、多岐にわたって活動を展開しています。
福岡を拠点に暮らしをつくる人たちを紹介する、福岡移住計画とgreenz.jpとの共同企画「福岡移住カタログ」。最終章は、あえて移住者ではなく、久留米市生まれの2人のストーリーをお届けします。
久留米で3代続く中華料理店の家に生まれる。3児の父。アジアを旅し、帰郷後は飲食事業や、福祉事業立上げなどに関わり、2012年にvisionArealを立ち上げる。地域暮らしを選ぶ人たちが“コト”でつながり好循環を生む、さまざまな地域プロジェクトづくりに携わる。
久留米市生まれ。2男の母。2009年、メイクセラピストとして独立。2012年、地域で“じぶんらしく”暮らし働く女性のライフワークスタイルを創出するベース Mellicore-socialbase-設立。2015年、visionAreal設立(共同代表)。
原点は親子育ち。ひとつの飲食店から、まちへ
現在、コンセプトを軸に、幅広い分野で活躍する2人。しかし実は、すべてのはじまりは、シンプルにも「子育て」にありました。
さかのぼること約10年前の、2009年。キッズスペースを有した飲食店を営んでいた、おきなさんと中村さん。“食卓を囲めばみんなが家族”をテーマに、子どもが騒いでもOK、ママはゆっくりお酒を楽しむことができ、パパも本音を問える。そんな店づくりを目指していました。
お客さんであるママたちとの会話から需要を感じ、ランチ営業とディナー営業の間、いわゆる「アイドルタイム」に、店のスペースを解放することに。それにより、ママ友達のパーティーやフリーマーケットなどのイベントが毎日開催されるようになり、親子のコミュニティが生まれる場に育っていきました。
おきなさん はじめは、子どもがいることが当たり前という環境を嫌がるお客様もいました。「うるさいんだよ」とお箸を投げられたり、怒られたことも。それでも、自分たちのスタンスを貫き通しました。
当時は“まちづくり”とは考えず、自分たちの“場づくり”という感じで捉えていました。久留米は親同士・子ども同士が出会える場所が少なかったので、じゃあ自分たちでつくろってみようよって。活動がどんどん大きくなっていって、コミュニティって生物だ、誰かがコントロールできるものでは決してないなって、その頃は感じました。
活動にやりがいを見出していくなかで、厳しい現実にぶち当たることもありました。運営メンバーには総勢6名の小さな子どもがいたのですが、スタッフルームで親たちの仕事が終わるのを待ち侘び、待ちくたびれて重なり合うように寝てしまうことも少なくなかったのです。その姿を見るたび、いつも違和感を感じていました。
中村さん 子どもたちに申し訳なくて。これは私たちがつくりたかった暮らしではないと反省しました。それと同時に、サポートしてくれる人や場所がまちの中に増える必要性を感じて。自分たちも含め、子育てを楽しめるまちにしないといけないのだと。そんな実体験から、“親と子が共に育つ、出来事づくり”がコンセプトになっていきました。
イベントは回を重ねるにつれ、店に入りきらないほどの来客数に。次第に、公園や広場など公共スペースでイベントを実施するようになっていきました。
ついに、思い切って飲食店をたたみ、イベントやプロジェクトの企画や運営を担う役割「プロジェクト・メイク」へと舵を切った2人。こうして、ひとつの飲食店からまちへと飛び出し、おきなさんと中村さんの快進撃がはじまったのです。
教室では学べない、世代を超えた交流
ビジョナリアルの代表的な企画のひとつに、コミュニティスペース「カタチの森」があります。カフェや授乳室、ウッドデッキなどもあり、いつも親子で賑わっているのですが、この場所の存在が地域の子どもたちに大きな影響を与えています。
おきなさん 小学生が“カタチルドレン”って勝手に自分たちのことを言い出して。6年生が卒業して世代交代をするなかで、ここに遊びに来る中学生を指す“カタチュウ”という言葉も自然と生まれました。学年の違う子と一緒に遊んだり、年下の子の面倒を見たり。カタチの森ならではの交流が生まれて、さまざまな物語が紡がれています。
カタチの森のなかにあるスペース「駄菓子の森」は、地域の大学生がコミュニティマネージャとして経営をしています。大学生と小学生が一緒に企画を考えたり、世代間の交流は素敵な循環をたくさん生み出しています。
おきなさん 久留米には毎年約1万人の大学生が入ってきます。1万人の親から数年間も彼らを預かると考えると、やはり責任がある。僕らは、地域で預かる大学生のことを“久留米ドット”と呼んでいます。濃い点になってほしい、という思いを込めて。
そんな“久留米ドット”と一緒にさまざまなプロジェクトを仕掛けているのですが、あくまでも主人公は大学生なんです。僕たちは徹底的に黒子になって、ひとりひとりが自主的に好きなことへ挑戦できるようにしたいと考えています。
まちの人が望む形で、まちを豊かに
最近では、“人とまち”をつなぐプロジェクト・メイクの役割を担い、久留米市安武町のまちづくりをコーディネート。若い世代の女性がチャンレジしやすく、高齢者の方々が経験を活かしやすい、そんな環境づくりに励んでいます。
中村さん 最初の1年は、地域の高齢者の方たちと信頼関係を築くところからスタートしました。はじめは怒られることもありましたが、徐々に理解をしてもらえるようになりました。お互い下の名前で呼び合い、世代を活かした知識を教え合います。
まちに暮らす人たちが、自身が望むスタイルで、まちに関わっていく。そうやって、人々の心の豊かさにつなげていきたいです。
また、久留米市だけでなく近隣の市町村と連携し、まちの視察を行った後に各地域の活動を発表し、お互いの知恵を交換して高め合う企画「MACHITUKU(マチツク)」も実施しています。
おきなさん まちによって環境は違っても、起こっていることや抱える悩みは同じだったりします。他のまちの話を聞くことは、とても勉強になります。今後も、久留米だけでなく、まち同士をつなげていく活動も広げていきたいです。
親と子。2つの点でまちの線をつなぐ
共に活動をはじめて丸10年になる、おきなさんと中村さん。未来へ向け、“人とまちをつなげる”というビジョンはより確固なものになっています。
女性の暮らしに直結する社会土台を創造することを目的とした民間組織「Mellicore(メリコア)」の代表でもある中村さんは、これまでの経験を振り返り、こう話します。
中村さん 格好良く見せようとするんじゃなく、「なんだか久留米の女性って元気だよね」とか「楽しく挑戦していこう」とか、そういう素直な言葉で表す方が、久留米らしいなって思うようになりました。誰もが、何歳になっても等身大で自分の暮らし方を考えていける、そんなまちをつくりたいです。
この小さなまちで、ひとりひとりの暮らしを豊かにしていくこと。久留米で生まれ育った1人の担い手として、それを実証していきたい。それが今の私の夢です。
そして、おきなさんも、地域のコミュニティづくりに尽力してきた10年間を振り返り、消費社会では感じ難い「心の豊かさ」をもらっていると語ります。
おきなさん 地域で新しいことをはじめると、最初はもちろん反発も起きます。だけど、自分サイズの暮らし方や働き方をつくり続けることで、このまちに暮らす新たな可能性を提示できたらいいなと思っています。
僕らのスタイルは、親と子、2つの点を結びながら、まちに線を生み出すというものです。時には「親」の役割を地域のみんなで担い合いながら、子どもたちにとって憧れとなる「親」つまり「大人」がいるまちにしていきたい。そして今度は、その子どもたちが大きくなって、次世代の憧れとなるプレーヤーになってほしい。
僕らが育てているのではなく、僕らも一緒に育ててもらっているんですよね。
福岡移住計画とgreenz.jpとの共同企画「福岡移住カタログ」の最終章、いかがでしたでしょうか。約1年半にわたり、福岡暮らしを選んだ移住者たちを主に紹介してきましたが、最後の1ページはあえて、福岡県久留米市で生まれ育った人々のお話でした。
それは、この企画を通じて、「移住の良さ」ではなく「暮らしを自ら選ぶことの大切さ」をお届けしたかったから。
誰もが、好きな場所で、気の合う仲間たちと共に暮らしていけたら。ビジョナリアルの2人の願いと同じように、私たちも、ひとりひとりが納得のいく暮らしを選択できる未来を、願っています。