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複雑な問題を解決する“切り札”でありたい。 「numabooks」代表・内沼晋太郎さんの「beの肩書き」

どんな存在として、何をしよう? 「beの肩書き探求ガイド」は、やっていることが多すぎて絞れない、いまのdoの肩書きに何だかしっくりこない、という読者のみなさんにお届けする「これからの働き方、生き方」をめぐる連載企画です。

いつもやっていること=「doの肩書き」だけでなく、さまざまな人たちの”あり方”=「beの肩書き」を紹介していく連載「あのひとのbeの肩書き」。

今回ご登場いただくのは、ブックコーディネーター、クリエイティブディレクターとして、本にまつわるあらゆる仕事を手がける「numabooks」代表の内沼晋太郎さんです。

「悩みに悩んだ」という内沼さんが選んだ「beの肩書き」は、なんと「ジョーカー」でした。果たして、その心は?

内沼晋太郎さんのdo

本屋なのにビールが飲める新刊書店「B&B」

「be」の話に入る前に、まずは「do」の話から。

内沼さんが本をテーマに活動するきっかけとなったのは、1990年代後半に言われるようになった出版不況でした。当時から本が好きだったこともあり、「本の世界を何とかするような仕事をしたい」と思うようになったそうです。

2003年には「本と人との新しい出会い方」を提案するプロジェクト「book pick orchestra」を立ち上げ、数年後に本とアイデアのレーベル「numabooks」をスタート。2012年には、ビールが飲めるだけでなく、毎日イベントを開催するという前代未聞の新刊書店「B&B」を、博報堂ケトルと一緒に開業しました。

その後も本のさらなる可能性を説いた『本の逆襲』や、毎週のように本屋が生まれるという韓国の本屋事情を伝える『本の未来を探す旅 ソウル』を上梓したり、長野県上田市を拠点とする新時代のインターネット古本屋「バリューブックス」の社外取締役としてさまざまなプロジェクトを展開したり…

とにかく「本のことなら内沼さん」という唯一無二のポジションを確立しつつあります。

「本のまち八戸」の拠点として機能する「八戸ブックセンター」

そんな内沼さんの大きな仕事のひとつが、「八戸を本のまちにする」というユニークな公約を掲げた八戸市長のもとで立ち上げた公共施設「八戸ブックセンター」です。

「これからの時代に必要な公共施設とは何か」という大きなテーマのもと、コンセプトづくりや選書はもちろん、内装やグラフィックのディレクション、さらには地元書店や図書館との合意形成や、求人や採用の面接まであらゆる角度からサポートしました。

知を提供するこれからの公共施設として、書店でも図書館でもない第3の選択肢になり得るモデルとして、ゼロから考える機会になりました。

その役割はたとえば、話題の新刊などではなく、従来の書店では需要がなくて扱いにくいけれど、手に取って買うことができたほうがよい本を選んで販売したり、「本のまち八戸」の拠点として、市民のみなさんが本に出会い、本を好きになるためのさまざまな仕掛けを行ったりすること。

今、本が置かれている状況を考えたときに、行政サービスとしてするべきこととは何か、それを整理して関係者の理解を得るまでに相当時間がかかりましたね。

内沼さんが提案したユニークな取り組みのひとつが、書くことに集中できる書き手のための部屋「カンヅメブース」です。

いちど「市民作家」として登録すると、誰でも無料で利用可能。雑誌に定期的に寄稿している高校生から地元の歴史をまとめる高齢者まで、100人以上の市民作家が通う人気スペースとなっています。

ほとんどの方が本を「読む人」だと思いますが、いったん「書く人」になってみると、本の見方も変わってくるんです。

本屋で売られている一冊一冊の本には、当たり前ですが実際に原稿を書いた著者がいる。その思いがリアルに伝わる環境で本を買うことができるのも「八戸ブックセンター」の面白いところです。

吉田昌平さんの作品集『新宿コラージュ』

菅俊一さん初の単著『観察の練習』

また、2017年からは自ら出版レーベルをスタート。日常からアイデアの種を見つける方法を説く菅俊一さん初の単著『観察の練習』や、「本屋B&B」でしか買うことができない320人からの質問集『今日の宿題』、森山大道『新宿』をまるまる一冊コラージュした吉田昌平さんの作品集『新宿(コラージュ)』など、続々と話題作の出版が続きます。

特に新刊書店を運営するようになってから、「この人の本はあるべきだよな」とか「こういう売り方はできないかな」とか考えるようになったんです。

買う側が本の価格を選べるようにしたり、熱意のある本屋さんで先行販売したり。自分たちで本を出すことで、本の出版や流通の新たな可能性をあれこれ実験していきたいと思っています。

「とにかく、本にまつわるあらゆることがしたい」と話す内沼さんのアイデアはどれも本質を突くものであり、同時に本の未来を明るく照らしてくれています。

さて、そんな内沼さんにとっての「beの肩書き」とは? さっそくここから、内沼晋太郎×兼松佳宏の対談をお届けします。

内沼晋太郎さんのbe

対談は「ワコールスタディホール京都」で行われました

兼松 今日はよろしくおねがいします。内沼くんとはgreenz.jpを立ち上げたばかりの2006年にシェアオフィスをしていたり、「空海とソーシャルデザイン」を連載する機会をいただいたりと、僕が「ここぞ」というときに相談してしまう大切な存在です。

今回「beの肩書き」をテーマに対談しようと思ったんですが、ほとんどの人は意識したことがないと思うんですよね。それで「最初にこのお題を誰と話してみようかな」と悩んでいたときに、パッと浮かんだのが内沼くんでした。

内沼さん ありがとうございます。まさに、そういうときに声をかけてもらうことが多くて、それは今回選んだ「ジョーカー」ともつながっていますね。

兼松 「ジョーカー」というのは、トランプのジョーカーですか?

内沼さん はい、要は“切り札”ということです。「何かひとつ足りない」というときに、ジョーカーって何にでもなれますよね。同じように「これって誰に頼めばいいんだろう?」というときに、「内沼くん出しておけば大丈夫」って思い出してもらえるような存在でありたいんです。

兼松 なるほど、いいですね。

内沼さん それに、カードを配られたときにジョーカーが入ってたら、何だか嬉しいじゃないですか(笑) 逆にいえば、すべてが揃っているところだとジョーカーは役に立たないわけで、すき間があるような領域で課題を解決することが好きなんです。

そういえば僕、何でかはわからないけれど昔から人生相談がすごく得意で。

兼松 すごく得意というのは?

内沼さん 相談に来てくれた人が感動して帰ります(笑) それはアドリブというか瞬発力みたいなもので、悩みを抱えている人と話すのも、トークイベントで司会をするのも、クライアントの課題を解きほぐすのも、結局は同じ力なんですよね。

その中で、どうして今、本の仕事をしているかというと、もちろん本が好きなのもあるけれど、前提として解決すべき問題が多いからなんだろうと思います。

兼松 複雑な問題があればあるほど、「ジョーカー」として燃えるんですね。そうすると、本以外の仕事にも興味が?

内沼さん 僕のことをよく知っている人からは、「本当は本じゃなくてもいいのでは?」と言われたりするんですが、実際「ひょっとしたらそうかも」と思う瞬間もありますね。

「numabooks」は「本とアイデアのレーベル」なんですけど、要は「全部やれます」という宣言なんです。「クリエイティブディレクター」という肩書きもズルいというか、いかようにも解釈できますからね。

ただ、強いていえば、今イケイケの分野よりも、どちらかというとレガシーな、でも変化していかないとこれから厳しくなるような業界の方が「ジョーカー」らしさを発揮できるかもしれません。

兼松 この場にはお坊さんや塾の経営者もいますが、お寺業界とか教育業界とかもあり?

内沼さん やったことはないですが、面白そうですよね。

兼松 「numabooks」プロデュースの学習塾とか実現したら、うちの娘を通わせたいくらいです(笑) そういえば10年前くらいは「ミュージシャンになりたい」と語っていたと思うんですが、音楽業界はどうですか?

内沼さん 20代のときは、「30歳までには音源をつくる」と宣言していたんですけど…今は「ちょっと無理かな」と思っています。

音楽は相変わらず大好きだし、今もたくさん聞いていますが、だからこそミュージシャンとしては、自分が入れるようなすき間がないことに気付いてしまって。世の中にはもう、ぼくが思いつくようなものを遥かに越えた、素晴らしい音楽がたくさんあるんですよね。

兼松 そうですね。

内沼さん 小説家とかミュージシャンとか、職人とか特定分野の研究者とか、何十年もコツコツとひとつのことを続けている一流の方たちとトークイベントとかで横に並んだりすると、「自分ってズルいなあ」と思ったりはしますね。でもまあ「ジョーカー」だし、その方が自分らしいかなって。

「ジョーカー」=簡単には理解されたくない

兼松 「ジョーカー」以外に候補はありましたか?

内沼さん 「何でも屋」とか「便利屋」とかあったんですけど、ちょっと違うなあと。「切り札でありたい」とか「すき間を埋めたい」とか、今まで話してきたようなあり方はずっと大切にしてきたことなんですけど、それにふさわしい言葉をあてるのが難しかったですね。

名乗るかどうかはさておき「ジョーカー」はしっくりきていますが、まだ暫定一位みたいな感じなのでまた変わっていくかも。

兼松 何回かワークショップをやってみて「難しい」という感想をいただくのも、まさにそこなんですよね。「beの肩書き」ってある意味「ことば遊び」に近いので、それぞれがしっくりくる言葉になるまでに、それぞれのボキャブラリーが問われるというか。

きっと同じようなbe(あり方)を表現するのに、「カメレオン」というメタファーを使う人がいるかもしれないけど、今回の「ジョーカー」という言葉のひりひり感やいい意味の怪しさって、内沼くんらしい感じがします。単なる「何でも屋」や「便利屋」とは依頼する内容が違ってきそう。

内沼さん 確かに「ジョーカー」という表現には、「簡単には理解されたくない」という自分なりの思いが入っている気がしますね。切り札としては、一回もやったことがないのに、「内沼さんって、こういうことも頼めますよね」って誤解されたいと思っている(笑)

兼松 いいですね(笑) ちなみに「ジョーカー」の先輩やライバルみたいな人っていますか?

内沼さん 真っ先に思い浮かぶのは編集者の後藤繁雄さんです。20代のときに「スーパースクール」という編集学校に通っていたんですが、そこで何度も言われるのが「うまくやれ」ということで、それは「ジョーカー」の考え方そのものといえるかも。

そういえば、あまり人には言わないことなんですけど、僕には30人くらいウォッチ対象の人がいるんです。

兼松 というと?

内沼さん タモリさんとか糸井重里さんのような雲の上の人から、自分より年下なのにすごいなと思う人まで、その人が今何歳で自分と何歳差か、それぞれの年齢のときに何をしていたのか、というのがひと目でわかる秘密のエクセル表があって。ことあるごとに、それを見ながら自分の現在地を確認するんです。

兼松 ああ、その気持ちすごくわかります。松岡正剛さんが『空海の夢』という伝説的な本を書いたのも、僕が大好きな空海が真言宗を日本で広めていくのも、ほぼ今の僕の年齢くらいのときなんですよね。そう思うと、なぜか急がなきゃって(笑)

内沼さん もちろん、なかなか追いつけないと思いますけど、たとえば糸井さんが「ほぼ日」を立ち上げたのは49歳のときなんですよね。それならまだまだあと10年以上あるから、自分にやれることをやっていこう、みたいな。

そのリストに載っている人たちはほぼ全員「ジョーカー」というか、枠にはまっていない人なんです。あ、兼松くんもいますよ(笑)

「beの肩書き」を考える、ということ

兼松 改めて「beの肩書き」を考えるというのは、内沼くんにとってどんな時間でしたか?

内沼さん そうですね、「わりと一貫しているんだなあ」って気付くことができてよかったです。

doのところで、今やっている仕事をいくつか紹介しましたけど、正直どうしてそれをできるようになったのか、自分でもよく分からなくて。でも、いろんな人からの「これできるよね」という誤解を、「ジョーカー」としてひたすら引き受けてきたからなんだな、とすっきりしました。

そういう意味では、僕にとっての「ジョーカー」は、「beの肩書き」というよりは「have beenの肩書き」なのかも。もちろん、学生とか人によっては背伸びをしてもいいですし、そうすると「will beの肩書き」なのかな。

兼松 その整理のしかた、いいですね。

内沼さん もうひとつ思ったのは、個人にとっての「beの肩書き」は会社にとっての企業理念に近いのかも、ということです。たとえばワコールのdoは「下着メーカー」だけど、beは「女性が美しくなることをお手伝いする」だったりする。そういう関係性というか。

企業理念って複数いる社員が迷ったときにひと所に立ち戻るためのものですよね。同じように今の時代は、「自分」というものが実はひとりではなく複数あって、揺らぎやすいと思うんです。そういうときに「beの肩書き」があると役に立ちそう。

兼松 複数の自分をまとめるための「企業理念」ならぬ「自分理念」! それは確かに本質を突いていると思います。

内沼さん 企業理念を決めるためにとても時間がかかるように、「beの肩書き」もそう簡単には見つからないのかもしれません。だからこそ見つかったときの喜びは大きいでしょうし、難しいかもしれないけれど、少しずつ言葉を探してみてほしいと思います。

(対談ここまで)

「will beの肩書き」「自分理念」など、重要なキーワードがたくさん飛び出した内沼晋太郎さんとの対談、いかがでしたでしょうか。 なかなか臨場感を伝えきれないのが悔しいところですが、「まさにジョーカー!」と感動しきりの二時間となりました。

内沼さんのお話を伺っていて、「beの肩書き」よりもまずは「自分のあり方」や「自分の強み」を棚卸ししていくことが大切なのだなと改めて思いました。と同時に、しっくりこなくてもいちど名付けてみることで、その違和感も含めてbeをさらに深掘できるのかもしれない、とも。

ぐるぐると何周も楽しみながら、ときには言葉を離れてみて、そしてまた戻ってくること。「beの肩書き」をめぐる探究は、まだまだ始まったばかりです。

次回は読む器「sione」ブランドデザイナーであり、陶板画作家でもある河原尚子さんへのインタビューを予定しています、どうぞお楽しみに!

– INFORMATION –

「beの肩書き」が本になりました。
詳しくはこちらから! https://greenz.jp/benokatagaki