いつかお店を開きたい。でも、今はお金がないから、もうちょっと先の話かな。
そんな風に思い、一歩を踏み出せない人は多いのではないでしょうか?
けれど、その“いつか”はいつやってくるのでしょうか。
墨田区の京島地区にある「muumuu coffee(ムームーコーヒー)&サテライトキッチン」を営む店主の灰谷歩さんは、2013年に開業資金約120万円でお店を開きました。さらに、今年4月には同じ通りの一角に、2軒目となるシェアカフェ「halahelu(ハラヘル)」を開業資金100万円以下でオープンしました。
一体、なぜそんなことが可能になったのでしょう?
その秘密を探るため、東東京での創業を応援するネットワーク「Eastside Goodside東東京モノづくりHUB(以下、イッサイガッサイ)」に関わるメンバーに集まってもらいました。今回は、灰谷さんの事例を元に、東東京で創業するメリットや魅力について教えていただきます。
「下町人情キラキラ橘商店街」近くに
セルフリノベで誕生したシェアカフェ「halahelu」
京成曳舟駅から7分ほど歩くと、墨田区の京島地区にある「下町人情キラキラ橘商店街」に辿り着きます。東京大空襲で奇跡的に火災に遭わなかったこの商店街には、今でも大正時代からの長屋が残っています。昭和の面影を感じる街並に、現代の東京にいることを忘れてしまいそうになります。
そんなレトロな街並みの一角にあるお店が、複数の店主が交代で登場するシェアカフェ「halahelu」。元々、やきとん屋さんだったそうで、引き戸タイプの入口に、“窓”をこしらえたり、土間にカウンターキッチンをつくったりして、完成させています。
扉を開けると、「まちづくり会社ドラマチック」代表の今村ひろゆきさん、税理士で「合同会社SSN」代表の猪田昭一さん、墨田区の不動産情報提供をする「すみだの住みか」の不動産担当・角田晴美さん、そして店主の灰谷さんが待っていてくれました。今村さんと猪田さんはイッサイガッサイの運営メンバー、角田さんはイッサイガッサイと不動産情報提供などで連携しています。
今回集まっていただいたみなさんはよく会っているそうで仲が良く、とっても楽しそうなご様子。それでは、灰谷さんの仰天開業エピソードを始め、東東京で活躍する4人のざっくばらんなお話をお楽しみください。
音楽活動、オーストラリアでワーホリ
そして、墨田区でシェアカフェの店主へ
角田さん 歩くんは、お店を始める前は、何をしていたんですか?
灰谷さん ここ数年、活動できていないんだけど、ずっと音楽活動をしていて。その活動中の2009年にワーキングホリデーでオーストラリア、メルボルンへ行って、その時にコーヒーと出会い、バリスタになりたいなと。現地でバリスタの学校へ行ってカフェで働き、帰国後は音楽活動を続けながら、東京のカフェでも働いていました。
ただ、その当時の東京のカフェは、今とは違って、バリスタとして働けるお店が多くはなかったから、1店舗目の「muumuu coffee&サテライトキッチン」を開いてからが、ちゃんとしたバリスタのキャリアかな。
2001年に、オーガニックでエレクトロなサウンドを生み出す音楽集団「4 BONJOUR’S PARTIES」を結成。音楽活動の最中、2009年にワーキングホリデーでオーストラリアへ。現地でバリスタの専門学校に通う。帰国後、2013年4月に「muumuu coffee&サテライトキッチン」を音楽仲間の小畑亮吾さんとオープン。2017年4月には2店舗目となる「halahelu」をオープン。趣味が高じて、けん玉やトランプの販売も行っている。
角田さん どうやって物件を見つけて、お店を開いたんですか?
灰谷さん 近所にあるシェアカフェの「café bar爬虫類館分館(以下、分館)」マネージャーの後藤大輝君の紹介ですね。家賃がとても安くて、改装も自由。店舗にしても、住居にしてもいい、両方でもいい。これはおもしろいし、なんて現実的で楽しそうな話だ! と思って(笑)、大家さんと会って、わりとすぐに決めました。
角田さん 後藤君は、このあたりに人を呼び込むキーマンですよね。
灰谷さん はい。僕が後藤君と会ったきっかけは、オーストラリアで知り合った日本人の女の子が、分館の夜の店長を1年くらいやっていたんですよ。それで、ライブに呼ばれて、2ヶ月に1回ライブをするようになって。
元々、ここでお店を開きたい、という考えはなくて、帰国後、バリスタ業をやりたい、とだけ思っていました。お金を用意していたわけでもないし、実はカナダのワーキングホリデービザも取っていた。音楽活動もあるし、どうしようか様子を見ながら、仕事している1年の間に、その物件を紹介されて、カナダと天秤にかけて、カナダはいつでも行けるから、お店をとりあえずやってみよう、と思って決めました。
リノベ可能な物件を紹介するサイト『すみだの住みか』の不動産担当。錦糸町にある不動産会社「有限会社丸善商事」に勤務。また、画家としての活動も行う。年に1回牛嶋神社で開かれる手づくり市「すみだ川ものコト市」の実行委員長を務めるほか、さまざまな地域イベントやプロジェクトにも携わる。
灰谷さん イタリアへ旅行した時にすごく気に入ったバールがあったんです。4、5席ぐらいの、こぢんまりとして、地元の人しかいないみたいな。いつかお店を開くなら、それぐらいの規模でゆったりとできたらなと思っていたんですけど、紹介された物件の規模や条件がそれと合っていて、実現可能そうだなとなんとなく思って。それで、やろう! と決めました。
物件を決めた時点では京島のことは、全然知らなかった。普通はリサーチするものなんでしょうけど。でも、「分館」というハブ的存在を中心に既にコミュニティもできていて土壌があり、快く僕らを迎えてくれたおかげで、お店を始める前から、コミュニティに入ることも苦労しなかったですね。
「壁はどうやってつくるんですか?」
お金がないから、人に聞いて、自分でリノベ
猪田さん このお店は、どこまで自分で改装したんですか?
灰谷さん 前の店も同様ですが、ほとんど全部です。お金がないから、選択肢がない(笑) 人に頼めなかったんですよ。何のノウハウもないのに、なぜかつくれる自信だけあった。1店舗目を開く前は埼玉に住んでいて、その時、運良く埼玉の川口市にある「senkiya」というカフェのオーナーさんに仲良くしてもらっていて、その方がでっかい家を自ら改装してカフェやコミュニティスペースにしていたんです。
それで、「壁はどうやってつくるんですか?」「窓はどうやってはめるんですか?」とか、いろいろと質問して、「外に小屋があるからそれ見たらなんとなくわかると思うよー!」という感じで言われたので、イメージをつかんで帰りました。電気と水回りだけは、素人仕事では危ないと思い、工務店の方にお願いしました。
角田さん ほんと、器用。歩くんはセンスがいいですよね。
灰谷さん リノベ初心者で、今考えると怖いですよね。オープンしてから数年の間に、色々な人の意見を聞いたり見たりして、自分の部屋や人の家や作業場の改装をしていくうちにノウハウは少し身に付いたと思います。この界隈には、セルフリノベしているプロ、アマが多いんです。ありがたいことに道具も借りることもできたのでやれた感じです。自分だけでは絶対に無理でした。
そんな頃に、カフェに来てくれていた近所のお客さんから、「空いている物件があるんだけど、誰か借りる人いないかなあ?」という話がありました。これまでも同じようなケースで、友だちに紹介をしたこともあったので、この時もそのつもりでしたが、結局それが二軒目の「halahelu」になりました。
最初は、自分で借りるつもりはまったくなくて、大家さんと一緒に、「どんな人探していますか? 住んでもらいたいですか?」などと話をしながら条件をまとめていきました。
そのまま住むにはなかなかハードな状態だったので、改装を自分でできる人向けに条件を考えていたら、自分が借りたくなってきた。で、どんどん借りたい気持ちが先行して、何をやるかを決める前に借りる方向に話が進んでいきました。
角田さん ある、ある(笑)
灰谷さん それで何やろうかなー、ってまず考えたのがAirbnb。でも、色々あってなしになったんですけど、その時に考えた「間取り」が気に入っちゃって、それをどうにか使えないかとシェアカフェをやろうと決めました。「muumuu coffee&サテライトキッチン」と比べると広いので、ゲスト店長が営業しやすいかな、と。
それで、無事に借りることができて、作業を開始したわけですが、2軒目を開くためにお金を貯めていたわけでもないので、毎週つくったお金を作業費に充てて休みを返上して改装をしていきました(笑)
角田さん 京島地区を歩いていると「貸家」という看板をよく見かけますよね。入居希望者が、直接連絡しても対応してくれる。そんな昔ながらの人と人のつながりが残っていますよね。開業したいけれど、どうやって資金繰りしたらいいのかわからない。今お金を持っていないから、できないと思っている人が本当に多いですよね。そういう時には、イノッチを紹介しています。
猪田さん 「200万円しかないんだけど、あと300万あればお店が開くことができるから、なんとかなりませんか?」と拝まれる役ですね(笑)
お金がなかったら
税理士のイノッチに相談
イノッチこと、猪田さんは1985年生まれ。東向島の創業コンサルティング会社「合同会社SSN」の代表社員。税理士、東京都地域創業アドバイザーとしてベンチャーの融資やサポートをしている。生まれも育ちも向島地区。相談しやすく、人をつなぐことがすごく上手で、頼られる存在。
灰谷さん 僕なら、「200万円もあるんですか!? 羨ましい!」って思っちゃう。2店舗合わせて、開業資金そんなもんですよ。
猪田さん 灰谷さんみたいなタイプは、そうそういないんですよ(笑)
自分でなんでもやる自信がない人は、うちへ来てください。相談者の方の話を聞いて、あ〜どうしようかな、なるほどね〜、とか言いながら、とりあえずどんなお店にしたいか書類を書いてもらいます。それから、電話1本でお付き合いのある信用金庫の方が来てくださるので、悩む前に現実を伝えられると思いますよ。
角田さん 開業に対して不安が大きい人は、どれだけ物件を見せても決まりません。とりあえず、イノッチのところに行ってもらって、現実を見てもらうのもいいかもしれないですね。
猪田さん はっきり言うしね。
今村さん 無理なら、無理って?
角田さん ダメだよ、そんなこと言ったら。歩君のところに連れて来て、「大丈夫だよ」って言ってあげて(笑)
猪田さん 今度からそうする(笑) うちの会社では、飲食店を開きたい、と思っている人とは、飲食店で話をするんです。最初にオフィスで真面目な話を30分して、その後は酒屋さんに行って。これからは「100万円ぐらいで開いた人の店があるから行こう」って連れて行こうかな!
今村さん 猪田さんは、イッサイガッサイで開催予定の創業スクールで資金調達や収支計画などお金に関する講座をしてもらう予定です。それから、ご自身でもまちの信用金庫と組んで、一緒にお店づくりを考えるイベントも開催しているんですよ。
猪田さん 飲食店へ行き、オーナーさんに裏話を録音しないから教えてほしい、と聞きに行くんです。「ここは開業資金いくらだったの?」とか、「なんぼぐらい持ってたんですか?」とか、リアルな金額を答えていただいています。
灰谷さん 僕、一度も100万円持ったことないですよ。
猪田さん ……ちょっとうちでは、お手伝いできないかも(笑)
角田さん そういう人が、将来化けるかもしれませんよ!
墨田区の京島地区は
セルフリノベの聖地かもしれない
入谷を拠点にまちづくりの企画運営を行う「まちづくり会社ドラマチック」の代表。東東京をワクワクする地域に変える創業支援ネットワーク「イッサイガッサイ」の中心メンバー。
今村さん 僕が仲間と運営している「イッサイガッサイ」は、モノづくりが盛んな東東京の「ヒト」と「モノ」と「バ」をつなげて創業者をサポートしていて、支援しているエリアは、東京駅より東とかなり広いです。あちこち足を運びましたが、実質、京島地区のようにセルフリノベができて、家賃も割と安めとなると、限られてきますよね。
今なら、墨田区、荒川区、足立区、葛飾区などであれば、こういう物件は見つかりやすそう。とはいえ、みんながDIYでやっていいよ、というカルチャーがあるかというと、そうでなかったりするので、こういう風に、実際にお店があって、見てもらったりすると、オーナーさんも安心しますよね。
角田さん そう思うと、セルフリノベのお店が集まってるのは、築年数の古い物件のあるこのあたりに限られているかもしれないですね。京島地区はセルフリノベの聖地ですね(笑)
「すみだの住みか」では、墨田区のリノベーション可能な物件を紹介しています。このサイトを見て連絡をしてくださるのは、改装してカフェなどの店舗や住居兼工房になりそうな古民家と元工場を探している方が多い。積極的にはすすめない、市場に出ていない古い物件もたくさんあって、ご希望があれば、紹介もできます!
今村さん 「イッサイガッサイ」では、お店を開く方に対して、ワークショップでDIYする時に指導する時の職人さんの費用を持つ助成をしています。「材料費は出してね」とか、「絶対に自分が参加してね」ということが条件にはなるんですけれど、うまく利用してもらいたいですね。
灰谷さん まずはこのあたりに遊びに来てくれたら嬉しいです。家でもお店でもアトリエでもなんでも、個性豊かな場所が増えてくれたらとても嬉しいので、もし何か助けになるのなら、自分が体験したことならなんでも全部伝えられますよー。
ただ、古い建物になると、たくさん大変なこともあって、ちょっと気合い入れて頑張らなくちゃならないこともやっぱりあります。でも、手をかけた分きっと愛着も湧くし、長く大事に使いたくなるし、そうやって持続することは自分にも、まわりにもとても良い循環になると思っています。
ちなみに、僕はまちのためではなく、自分のためにやっています。まちのためだと僕は持続できないから。でもそれが結果として、まちにもプラスになっているんじゃないかなぁ。
角田さん みなさん「こういうお店を開きたい」というイメージを持っていると思うんですけど、その内容がまちに合うかは、重要かなと思います。
物件だけで探している方も多いですが、エリアによって、暮らしている人が求めているものも違います。インターネットで調べるだけではなく、いろんな人に会って、新しく自分のお店をこうしたい、と想像してみる。とにかく、まちに来てもらうのが一番いいのかもしれないですね。
猪田さん 京島地区でお店を開くなら、なじみのコーヒー屋さんを持つといいですよ。個人店に1週間に1度とか、お茶を飲んで、ボソっと話して帰って。お客さんの顔が見えていたら、新規開店しても安心ですよね。僕は東京都地域創業アドバイザーに認定されていて、相談は無料なので、気軽に来てください。
今村さん 「イッサイガッサイ」では、資金がないけどお店を開きたいという人も、ある程度資金があって、さらに融資を借りてガッツリ稼ぎたい人も、どんな方でも応援したいと思っています。
フラットな目線で、その人に対応した人を紹介できるので、東東京で何かやってみようと思ったら、まずはイベントに遊びに来てみてください!
座談会の中で、印象的だったひと幕があります。
灰谷さん お客さんの多くは友だちなんです。マイホーム感があって楽しくて、ほんと幸せなんですけど、時々マイホーム感があり過ぎて、お金のやりとりに対してありがたいと同時になんだか「すんません」と思っちゃう時があります。僕が仕事とあまり思ってないからかな。
すると、間髪入れず、角田さんがこう返しました。
角田さん 逆だよ。こういう場所がないと、集まれないから、ありがたいと思ってると思うよ!
東東京には、地方のように濃密なコミュニティが存在しています。地域でお金を回し、みんなで支え合って暮らしていく。
また、中心部と比べると、まだまだまちには、“余白”があり、お店を開いたり、起業したりすることで、より一層ワクワクする地域になっていく可能性を秘めています。
灰谷さんの開業ケースは、いろいろな意味でちょっと特殊かもしれません。それでも、人とつながること、相談することで、起業のハードルは思い描いているよりも、ずっと下がる可能性があります。
「いつか開業」を、「今、開業」へ。その一歩を踏み出してみませんか?
(撮影: 吉田貴洋)
– INFORMATION –
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