都会で会社勤めをしているいまの自分も、決して嫌いじゃない。
でも、もっと自分の能力を活かした働き方が、心から充足していると思える生き方が、ほかにあるんじゃないかな。だけどこんな気持ちを周囲の人に漏らすと、“夢見がちな人”と揶揄されてしまう。だから、この想いは自分の心の奥に閉まっておこう。それが大人になるっていうことなんだろう、たぶん。
そんな風に、現状にモヤモヤを感じつつも、見ないようにしてむりやり自分を納得させている人って、結構多いのではないかと思います。
でも、奥のほうからふつふつと湧いてくる気持ちがあるなら、一度真剣に考えてみてもいいのではないでしょうか。リサーチをしたり、計画を立てたりするのは悪いことではないはず。最近では、若者の移住や起業を応援する施策を持った地方自治体も増えています。上手に利用すれば、ぐっと挑戦のハードルを下げることができることでしょう。
茨城県北西部にある大子町も、多様な生き方・働き方を受け入れ、若者をサポートしようと志す自治体のひとつです。具体的には、どんな人たちがいて、どんな取り組みをしているのでしょうか。
今回は、実際に大子町を訪れ、見聞きしたものをレポートします。
レトロな街並に里山、伝統文化にお洒落なカフェ
大子町ショートトリップ
東京から大子町までは、新幹線とレンタカーを使い2時間強。窓の外にはいつの間にか、「まんが日本昔ばなし」で見たような懐かしさを感じる里山の景色が広がっていました。
最初に立ち寄ったのは、平成13年に廃校となった旧上岡小学校。現在は卒業生有志が維持管理していて、土日祝日は一般公開されています。
ノスタルジックな雰囲気を醸す木造校舎が魅力的で、NHKの朝ドラ「花子とアン」や、人気アニメ「ガールズ&パンツァー劇場版」の舞台にもなりました。作品のファンが遠方から見学に訪れることも多いそう。大子町をPRし人を呼び込む装置として機能しているのですね。そうした広がりも、住民たちが愛着を持って手入れしているから生まれるのでしょう。
そのまま車を走らせ、常陸大子駅前へやってきました。歩いて散策してみましょう。地方の駅前商店街は大体シャッター街になっているものですが、大子では昔ながらの精肉店や文具店、化粧品店に電器店が今も営業していました。昭和を思わせるレトロな街並に萌えを感じます。
その中でも目を引かれたのが、ショーウインドウから色とりどりの器が覗く「麗潤館」という建物。中に入ると、並んでいたのはさまざまな漆工芸品。資料室もあり、スタッフの方が漆の採り方や漆器のつくり方について教えてくれました。
説明によると、大子町は優良な漆液産地で、輪島塗や三春塗といった高級漆器の仕上げ用に使われているそう。現在でも10人ほどの漆掻きが活動し、大子漆の保護・伝承を行っているとのこと。大子町は漆のまちでもあったのですね。
行く先々でフレンドリーに話しかけられるので、気づいたらお昼の時間をだいぶ過ぎていました。おなかも空いたしランチにしましょう。入ったのは、築100年の呉服店を改装したという「daigo café」です。
小津安二郎の映画に出てきそうな、情緒ある内装。街並もあいまって、昭和にタイムスリップしたかのような気分になりました。地元の野菜がたっぷり入ったランチもおいしい!
おなかが満たされたら、再び車に乗って袋田の滝へ。長さ120m、幅73m。日本三大名瀑のひとつに数えられるだけあり、大迫力です! 大子町に来たら、これを見ないわけにはいきません。
でも、実は大子町にはもうひとつ、名物の滝があるのです。それは「月待の滝」。
長さ17m、幅12mと規模は小さいものの、美しい竹林の奥にありしっとりとした風情があります。滝の裏側に入ったり水に触れたりできることが特徴で、たくさんの家族連れで賑わっていました。
ただ、ほんの30年前まで、この滝は全く注目されていなかったそう。誰にも見られず流れる滝の姿が泣いているように見えたひとりの住民が、滝のそばで小さな茶屋を開業し、月待の滝の魅力を紹介するように。少しずつ客足が増え、今では駐車場がいっぱいになるほどの観光名所になりました。いい話じゃないか。
「よさこい祭り」「丘の上のマルシェ」にエトセトラ。
大子町を盛り上げる多彩なイベント
さて、3時間ほど気の向くままあちこち回ってみましたが、住民のみなさんにもお話を聞くことにしましょう。向かったのは「daigo front」。写真スタジオを改修したシェアオフィスです。
中では、ここを運営する「NPO法人まちの研究室」理事長の川井正人さんと副理事長の木村勝利さん、そして大子町役場まちづくり課の保坂太郎さんが待っていてくれました。
——まずは、みなさんのプロフィールや大子町での取り組みについて教えていただけますか?
保坂さん 私は東京出身ですが、林業に関心があり、林野庁に勤めています。山村エリアの振興のため、昨年から大子町役場まちづくり課に出向しています。仕事内容は、まちの課題に対して施策を考えること。特に、人口減少対策で若い世代への支援に力を入れています。
——そっか、保坂さんは外から来た方なんですね。川井さんは大子町のご出身ですか?
川井さん はい。大学は東京に行きましたが、大子に戻ってきました。
現在は司法書士事務所で働きつつ、「NPOまちの研究室」を運営しています。若い頃は地元に全く興味がなかったんですよ。でも、30代後半のときによさこい祭りを手伝うことになって。
最初はつきあいで1回だけのつもりでしたが、来た人が「楽しかった!」「来年もまた来ます!」と喜んでいる姿を見るとね、「やめるわけにはいかないな」と。
よさこい祭りは年1回のイベントだから、まちの人口を直接増やすような力はありません。……と思っていたんだけど、よさこいに参加している若者が「チームを離れたくない」と大子に残ってくれたり、大子を気に入って県外から毎年手伝いに来てくれる人が出てきたり。お祭りってそういう力があるんですね。
そんな様子を見ている内に「まちの役に立ちたい」という意識が大きくなって、2014年に木村くんやほかのメンバーと一緒に、まちの研究室を立ち上げました。
——まちの研究室は、どんなNPOなんですか?
川井さん よさこい祭の事務局など大子で開かれるイベントの補助を中心に、コミュニティ放送局「FMだいご」やこの「daigo front」の運営を行っています。行政とタッグを組んで、お互いにできないことを補い合いながら進めています。
——木村さんはどんな活動をされているんですか?
木村さん 僕は2010年から「丘の上のマルシェ」というイベントを主宰しています。クラフト作品が好きで、他地域のクラフト市へよく遊びに行っていたんですよ。
その中で抜群に良かったのが、栃木県鹿沼市の「ネコヤド大市」。まちを活性化させようという人が集まっていて、作家さんもこのイベントをきっかけに有名になっていって。「これはすばらしい、大子でもやろう」と、5年かけて準備しました。
——準備に、5年も?
木村さん 広く公募してメールのやりとりだけで出店者を決めて、といったインスタントなやり方はしたくなかったんです。自分が「この人に来てほしいな」と思う作家さんに一人ひとり会いに行き、人間関係を築いていきました。
今ではマルシェが作家さんと大子をつなぐプラットフォームになっていて、作家さんのお気に入り本を販売する「創り手古書市」や、麗潤館で5人のクリエイターが展示を行う「5gallery’s」、大子在住または出身のクラフト女子による手づくり市「駅前ラウンジ」といったイベントも行っています。
——面白そう! 年間通して、さまざまなイベントが開かれているんですね。
大子町の資源を活かして、どんなことができそう?
——なんだか、お話を聞いていると、大子町にはプレイヤーが揃っていて、起業家を育成しなくても何とかなりそうな気もするのですが。
保坂さん 確かに、主体的にまちに関わってくれる方はたくさんいて、その点では恵まれていると思います。ただ、他の自治体と同じように人口は確実に減少しています。「大子が好きだけど、仕事がないから」と都会に出てしまう若者も多い。だから、町内に仕事をつくることが必要なんです。
でも、企業を誘致するには、東京からのアクセスという点で茨城県南部にはとても敵いません。そこで、小さくてもいいから自分で何かを始めようという人を応援することにしました。幸い、大子町には地域資源が豊富にありますから、それを活用していただけたら、と。
——へえ! たとえば、どんな?
保坂さん 「食」には大きな可能性があると思います。一次産業が盛んなので、良い素材がすぐ手に入るんですよ。さまざまな有機野菜に、奥久慈しゃも、お茶、こんにゃく、リンゴ……。特に大子のリンゴは瑞々しいだけでなく、全体の半分以上が蜜なのもあるんです。とても甘くて美味しいんですよ。このリンゴを使って特産品開発なんていかがでしょうか。
また、漆や楮の生産地なので、それを使ったものづくりもできると思います。山や川など豊かな自然を活かしたアクティビティや宿泊施設もいいかもしれません。それぞれの分野でキーマンとなる起業家の方々がいるので、地域で活動する先輩としてご紹介したいと考えています。
——どういう人に、大子町へ来てほしいですか?
川井さん 大子を面白がって、溶け込んでくれる人に来てほしいですね。保坂さんみたいに。この人はすごいんですよ。私が初めて行く飲食店に連れていくと、「あ、ここ先週入りました」なんてことがしょっちゅう。
保坂さん おいしいお店が多いもので(笑) 個人的には、都会の生活で「何か違うな」と葛藤していたり、別の生き方を考えている人に来ていただきたいと思っています。
私自身、大子に来て驚きの連続でしたから。仕事以外に、家の前にある畑で農作業をしたり、地域の集まりに顔を出したり。毎日食卓に並ぶのは、隣近所の方がつくった野菜です。何というか、「地に足の着いた暮らし」という感じです。
都会に足りないものがある……というか、こういう暮らしを求めている人は多いのではないでしょうか。まずは大子に来て、日々の暮らしを存分に楽しんでいただく。仕事はそこから生まれていくものなのかもしれません。
——都会に比べて生活コストも低そうですね。事業が軌道に乗るまでの間も安心できそうな。
木村さん 農家さんと仲良くなれば野菜がどんどん届くし、家も安く借りられます。月3万円出せば一軒家に住めるでしょう。ちょっと田舎の方だと1万や2万なんていう物件もありますよ。
——よそ者に厳しい排他的な地域もありますけど、大子はどうなんでしょうか。
川井さん 最初に紹介することが大事だと思います。せっかく来てくれたのに、放っておいたら可哀想でしょう。一緒に地域を回って、「どこから来た誰さんだよ」と顔をつなぐ。でも、一回顔を覚えられたら、もう大丈夫ですよ。すぐにどっさり野菜が届くようになりますから(笑)
保坂さん 本当に食べきれないほど届きますよね。うちは今、毎日スイカを食べてます(笑)
木村さん 起業の面でも、人を紹介することでサポートしたいと思っています。「daigo front」という名前は、ホテルのフロントのように町の情報をお伝えする場にしようと考えてつけました。
何かを業者に頼みたいときに、外から来た人が一から探すのは大変です。ネットワークのある僕たちが、話を聞いて「それならこの業者さんが合うと思いますよ」とつなぐ。そのほうが効率的でしょう。
最近では、大子に移住を考えているキャンドルアーティストの方に、「グリンヴィラ」というキャンプ場を紹介しました。自然の中でキャンドルナイトやワークショップができたら楽しいんじゃないか、と。また、新商品を開発したい農家さんと若手デザイナーさんをつないだりもしています。もちろん、「ボランティアでデザインしてよ」とかじゃなくて、きちんと仕事として。
——「地方あるある話」のひとつに、「まちのためにタダでやってよ」と色々要求されて若手クリエイターが疲弊していく、というのがありますよね。
木村さん そういうのはだめですね。若者が定着しない。
保坂さん 役場としては、初期投資が必要であれば各種補助金をご紹介したり、家や店舗が必要であれば空き家を案内したり、といったサポートをしていきたいと思っています。
1週間前の提案でも、
市民から面白いアイデアが出たときは実現させる。
それが大子町役場の挟持
—−ここ数年、地方への移住や地域資源を使った起業がブームになっている反面、失敗例も聞くようになりました。耳触りの良い言葉で若者を呼び込んでおいて、実際にはサポート体制が全く整っていなかったり、よそ者が新しいことをすると叩かれる空気があったり。でも、大子町は住民自身が新しいことに挑戦しているし、行政も応援してくれそうですね。
木村さん 今の大子町役場には、「とにかく、やってみよう」というスタンスの人が多いんですよ。昨年このエリアで「茨城県北芸術祭」が開かれたんですが、その一環として袋田の滝へ続くトンネルにアート作品が置かれ、滝がライトアップされました。そのとき、知り合いのインストゥルメンタルバンドから、「滝近くでライブをしたい」と相談を受けたんです。
ただ、提案があったのはイベントの一週間前。「ちょっと厳しいだろうな」とダメもとで保坂課長に相談してみたんですが、「やりましょう!」と企画を通してくれたんですよ。「えっできるの!?」って、こっちもびっくり、バンド側もびっくりで(笑)
——1週間前! それは普通の役場だったら断るような……。
保坂さん もちろん企画にもよりますが、大子町役場は大丈夫です、やります(笑) 町としてもたくさんの人に来てほしいし、みなさんからそういう案をいただけるのは嬉しいことなんですよ。準備期間が短かったり色々制約があったりしても、「どうしたら実現できるか」を考えるようにしています。
川井さん 若い人が多く前向きで、前例がないことばっかりやるんです。そういう人たちがいる時代に、どんどん前例をつくらないと。
木村さん 僕、いつも持ち歩いている写真があるんですけど、見せていいですか?
——え、なんですか?
木村さん これです。同じく県北芸術祭で、妹島和世さんの「Spring」という作品が展示されたんです。直径10mのアルミ板の上にお湯が張られた足湯で、そこに風景が映り込むという作品です。そのアルミ板を、一晩でぴかぴかに磨かなくちゃいけないということになって。
僕が夜遅くに到着すると、役場のみなさんが総出で黙々と磨いていました。その姿に、なんだか感動しちゃって。みんなが同じ方向を見て、一所懸命取り組んでいて。それ以来、いつもこの写真を持ち歩いて会う人に見せているんです。「今の大子はいいよ」って。
——そういうエピソードを聞くと、ほかの町では却下されるようなユニークなアイデアや、飛び抜けた個性を持った人も大子なら面白がってくれるんじゃないかと思えますね。
木村さん そういった側面は大いにあると思います。ただ、僕らにできるのはあくまでもサポート。事業なりイベントなりを実際に進めていくのは本人です。
ときどき、「いいアイデアがあるからまち研さんやってよ」と言われることがあるんですが、「手伝いはするけど、メインで動くのはあなたですよ」と答えます。熱意のあるなしはお客さんにも周囲の人にも必ず伝わるし、本当にやりたいと思う気持ちがなければ続かない。物事を始めて継続していくって、かなりのエネルギーが必要ですから。
川井さん 「大子に来れば何とかしてくれる」という姿勢だと困るけど、熱意のある人にはこちらも熱意を持って全力でサポートする。そういうことですね。
3人のお話を聞いて、みなさんはどんな感想を抱きましたか?
私は「まだうまく言葉にできない起業や移住への憧れを伝えても、真剣に向き合ってくれるんじゃないかな。熱意や誠意があれば、同じ重みで応えてくれるんじゃないかな」と感じました。
あと、「町役場とNPO、地域のプレイヤーたちのネットワークがあり、お互いに尊敬し合っているんだな」とも。この空気感はなかなか文章では伝わらないと思うので、少しでも関心を持ってくれた方は実際に大子町を訪れてみてほしいです。
なお、今回は「挑戦する人をサポートする側」の方々にお話を聞きましたが、実際に大子町で自営業を営む人はどれぐらいいて、大子町で起業することをどう捉えているのかも気になるところですよね。どうやらそちら側にも面白い方がたくさんいるようなので、これから数回に分けてご紹介していこうと思います。
地域への移住や起業を考えている人にたくさんのヒントや気づきを届けられるよう、現在鋭意取材中です。どうぞお楽しみに!
(撮影: 吉田貴洋)
– INFORMATION –
ゲストは「NPOまちの研究室」笠井英雄さん・木村勝利さん、大子町で農業に取り組む「農ギャル」野内奈々さんほか。起業やまちづくりに興味のある方、ぜひ遊びに来て下さい!
https://greenz.jp/event/gd-daigo2017/