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人に頼ることも“愛”なのだと、教えられました。シンガーソングライター兼二児の母・永山マキさんの福岡移住奮闘記

“はじめまして、赤ちゃん”。平日の夕暮れ時、そのフレーズを合図にテレビから聞こえてくる柔らかな歌声。FBS福岡放送「NEWSめんたいplus」の人気コーナーで流れる女性の声、福岡に住む方なら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

声の主は、作詞・作曲・歌唱を自ら行うシンガーソングライターの永山マキさんです。北九州の老舗百貨店「井筒屋」の創業80周年を記念したCMソングや、西鉄ホーム、フランソアなど、福岡の企業CMソングも数多く手がけています。

2011年、生まれ育った東京から福岡へIターンし、現在は夫・イシイタカユキさんと音楽ユニット「iima(イーマ)」を結成。夫婦二人三脚で福岡を拠点に活躍しています。

歌手として、二児の母として活動の場を広げる永山さん。地方でも東京と同じように生き生きと働けることを実証している彼女ですが、移住したばかりの頃は孤独と闘う毎日だったそうです。

「人は人の中でしか生きられない」。見知らぬ土地に飛び込んだことで知った、人と助け合っていくことの大切さ。6年間の福岡生活の中で永山さんが学んできたこと、そして移住を楽しくする秘訣を存分に語っていただきました。

移住の迷いを拭ってくれた、夫の一言

永山マキ(ナガヤママキ)
シンガーソングライター。日本大学在学中、大所帯バンド「モダーン今夜」を結成。アルバムがインディーズチャート8週連続1位になるなど話題を呼び、CMやTV番組に曲が起用される。2010 Parents’ Choice Gold Award受賞。2011年福岡に移住。CMソングやナレーション、ラジオパーソナリティー、エッセイ掲載など九州でも活躍の場を広げている。
WEB: http://www.maki-nagayama.com/ http://www.iima-music.com/
INSTAGRAM: https://www.instagram.com/nagayamamaki/
TWITTER: https://twitter.com/nagayamamaki
FACEBOOK: https://www.facebook.com/maki.nagayama.i

生まれてからずっと東京在住の永山さん。福岡はライブツアーでしか訪れたことのないまちでした。

東日本大震災のあと、縁あって福岡市能古島(のこのしま)の友人宅に家族で居候。そこで築いた人間関係や人の温かさ、自然環境の素晴らしさなどに惹かれ、家族で移住することを決断しました。

永山さん夫妻に移住のきっかけをくれた友人、浅羽雄一さん。永山さんがパーソナリティーを務めるラジオ『iimaな時間』に招き共演を果たしました

トントン拍子に決まったように見える移住ですが、一度も文京区から出たことのない永山さんにとって、福岡移住は人生を揺るがすほどの大きな出来事でした。

永山さん 能古島に居候をしながら福岡を知っていくと、あまりの居心地の良さに、夫と 「福岡に住んでみようか」という話になりました。しかし実際に物件を探し出すと、本当に住んじゃうの? って怖くなっていきました。今まで築いてきた人間関係も仕事も全て置いて、福岡でゼロから始めることへの不安が湧き上がってきたんです。

そんなとき、移住決断への背中を押してくれたのは、ご主人が何気なく発した一言でした。

「人生は一度きりだから、新しい場所に踏み出してみようよ。」

自分で動かないと何も始まらない。なせばなるの精神でまずはチャレンジしてみよう。ご主人の言葉に心を動かされ、一念発起し福岡へと越してきました。

不安と未練と孤独…。人との出会いに救われた移住初期

今回は福岡のLOVEFM『iimaな時間』の収録後、ラジオ局にお邪魔して取材させていただきました

晴れて福岡市民となった永山さん。大好きな能古島の対岸に住居を構えました。新天地で乳児を育てる不安、順調だった仕事への未練、はじめは知り合いも少なかったことから、孤独な日々を過ごしたと言います。

永山さん 誰も私を知らないから名前を呼んでくれない。一日誰とも話さず終わる日もありました。移住後もしばらくは東京から仕事依頼がきていましたが、育児と移動距離の都合でお断りしているうちに、それも無くなっていきました。

このままではいけないと奮起して、子どもを抱えて福岡の音楽関係者のところに挨拶に行ったり、ご近所の方に話しかけたり、少しずつ自分の行動範囲を広げていきました。

福岡で学んだ「人を頼るということ」

そうして小さなライブから始めていき、歌を気に入ってくれた人と交流したり、ライブのできる場所を紹介してもらったりと、少しずつ活躍の場所を広げていきました。

永山さん 福岡の方は地元愛が強くて、大好きな人やお店をたくさん紹介してくれました。コンパクトなまちなので誰とでもつながりやすく、一人と知り合ったらその延長線でどんどん友だちが増えていくような感覚でした。

本気で動けば誰かが手を差し伸べてくれる。自分は未熟だから、人に迷惑をかけなければ生きていけない。人に頼ることも“愛”なのだと、福岡の方たちに教えられました。

もともと人に頼れない性格だったけれど、福岡で人に頼る大切さを学んだ、と永山さんは振り返ります。周りの人々に助けてもらうことで、子育てと両立しながら仕事のフィールドをどんどん開拓していきました。

移住から生まれた新しい価値観

「写真がうたう」では、映画館のように暗闇でスクリーンに写真や映像を映し、iimaが演奏を行います。福岡の生産者さんの生活や土地を深く知る機会となっています

そんな中でスタートしたのが、映像コラボレーションライブ「写真はうたう」でした。福岡県出身のカメラマンいわいあやさんとともに、地元の人の暮らしや仕事の話を直接聞きながら作品を紡いでいきました。

永山さん 東京育ちの私にとって、野菜や果物、豚や鶏を育てる生産者さんと身近にくらしている福岡の生活がとても贅沢に思えました。でも、そこに暮らす人々にとってそれは日常なのです。

その日常を音楽にすることで、ライブを通して地元の方々に「改めて見ると、カッコイイ日常を送っていたことに気がついた」という感想をいただけて、とても嬉しくなりました。

その土地のことを作品にすることで、多くの方にそこの暮らしを知っていただき、私たちも皆さんから生きることについて多くのことを教わり、新しい作品が生まれる。とても良い相乗効果になっています。

ライブにCMソングにラジオ。福岡で広がる活動

ラジオ『iimaな時間』収録風景

苦難の時期を、持ち前の明るさとコミュニケーション能力で乗り越えた永山さん。現在は数多くのCMソング、ライブ、ラジオパーソナリティー、ナレーション、エッセイなど幅広い分野で大車輪の活躍を見せています。

二児の母として、子ども向けのコンサートなどにも積極的に出演。母親目線の楽曲も増えました。永山さんの伸びやかで優しい歌声は、方々から高い評価を受けています。

永山さん 子どもを産んで母になったということより、子育ての過程で人に優しく助けてもらったことで、内面から仕事への取り組み方が変わりました。

ライブの日に限って子どもが熱を出す。休むわけにはいかないし、どうしようと困っていると、友だちが“子どもを見ているから頑張っておいで”と助けてくれて、泣きながらライブに行ったこともありました。

申し訳ないと何度も頭を下げると、友人が「私も昔、たくさん助けてもらった。今度は私が困ってる人を助ける番」と話してくれ、今は助けられている私も、いつか助ける側になる時が来る。人間という大きな輪の一部なのだと気づかせてもらい、曲に深みが出てきたように感じます。

福岡での活躍は東京まで届き、再び東京からの仕事依頼も舞い込むようになりました。

夫とユニット結成。新たな音楽を紡ぎ出す

2人の名前を一字ずつとっているiima。「良い間」「良い今」などたくさんの意味が込められています(写真:いわいあや)

福岡に移住して、もう一つ大きく変わったことがあります。それは永山さんが在京時代に結成したバンド「モダーン今夜」で、ギタリストをしていたご主人のイシイタカユキさんと、音楽ユニット「iima」を結成したことです。

永山さんの音楽を誰よりも理解してくれるご主人との活動により、永山さんの歌声はさらに開放されました。

永山さん イシイさんは夫であり親友であり同志。2人で色々なことを乗り越え、この福岡で家族になっていった感じがしています。

永山さんを一番近くで支え寄り添ってきたイシイさんは、永山さんの活躍について以下のように語ります。

イシイさん 彼女の仕事はただ歌を歌うとか楽器を弾くだけではなく、ライブや新曲の下準備など立ち回ることがたくさんあります。誰にも代わりのきかないお母さんをしながら、言い訳もせずに両立をできているのはすごいこと。

皆さんが助けてくださった理由のひとつとして、助けたいと思えるくらい本人が頑張っているということが大きいと思います。

福岡で養われたハングリー精神

写真:いわいあや

東京から一念発起して福岡へ移住した永山さんにとって、福岡は「チャレンジ」の場所でした。

永山さん みなさん地方から東京にくるとき、ここで一旗あげてみせるぞ! と気合を入れて上京されますよね。私は東京が故郷だから、当時そんな気持ちがあまりわからず、なんとなくぼーっと過ごしていたと思います。

東京を出て福岡に来たことによって、逆にハングリー精神を持って物事に取り組むようになりました。その結果、東京でも地方でも、大切なのは自分自身が魅力的である努力をし続けること。場所は関係ない、人が人を動かすのだと気がつきました。

はじめは一歩を踏み出せなかったけれど、夫に背中を押してもらって奮い立つことができました。そして今、勇気を出して福岡に来てよかったと心から思っています。

福岡は「癒やしの場で挑戦の場で、先生」

写真:いわいあや

永山さんは、人生の価値観をも変えた福岡を「癒やしの場でもあり挑戦の場でもあり、色々なことを教えてくれる先生」であると語ります。

新しい土地で新しい生活に挑戦するのは大変なことですが、学び、成長し、輝くことができる最高の舞台。永山さんも、何のアテもない新天地で、自身の努力と行動力で新しい人間関係やキャリアを生み出し、新しい魅力を開花させてきました。

「なせばなるの精神で、来たからにはどうにかするしかないんですよ」と永山さんは笑います。地方だからできないと固定概念を持つのではなく、地方だからこそできる働き方やライフスタイルを見つけること。難しく思えますが、人に頼ったり助け合ったりと、根本はとてもシンプルなことなのだと教えてくれました。

あなたの夢見るライフスタイルはどんなものですか? 叶えたい自分像はありますか? 一歩を踏み出すことで、知らなかった自分の可能性を発見することができるかもしれません。みなさんもまずは「はじめの一歩」を踏み出してみませんか。