みなさん、神奈川県西部にある“二宮”というまちをご存知ですか?
JR東海道線で茅ヶ崎駅から3駅。二宮は湘南の西端に位置し、山も海もあり、東京方面から訪れると、ローカル感あふれるまちです。田舎暮らしはもちろん、品川駅から直通で58分なので、ちょっと頑張れば、都内へ通勤もできます。また、箱根湯本までは車で約20分なので、週末は日帰り温泉でのんびり、なんて暮らしも可能。
好条件がそろっている割に知名度は低く、家賃の安い空き家も多いため、実はかなりのポテンシャルを秘めているまちなのです。私は隣まちの大磯に住んでいますが、知っているだけでも、ここ数ヶ月で、20代から40代の男女10名近くが一気に二宮へ引っ越してきています。そのため、地元の仲間うちでは「どうした? どうした?」と、ザワついています。
そんな二宮町で今、“さとやま暮らし”をキーワードに、新しい団地の暮らし方を提案する神奈川県住宅供給公社の「湘南二宮さとやま@コモン」が動いています。
二宮団地とは? どんな人が集まっているの? 新しい団地の暮らし方とは?
今回は、二宮団地に関わるキーマンたちにおうかがいしました。
これからの時代は、夢の一軒家購入から“生涯賃貸”へ
まずは、二宮団地についてご紹介しましょう。
場所は駅から2kmほどの立地にあり、バスだと駅から10分ほどで到着します。高度経済成長期の1960~70年代に、神奈川県住宅供給公社によって、87haもの里山を開発された一戸建てと公社賃貸住宅などの集合住宅が混在する団地です。
住宅の敷地にかなり余裕があることと、斜面地の開発による未利用地がかなり多数ある自然が多く、夏は蝉が耳にはりつくほど鳴いていて、「田舎へ来たー!」という感じがします。
車を持っていないと、ちょっと遠いなと感じるかもしれませんが、その一方で、団地のもっとも高所からは相模湾と富士山が一望できる絶好のロケーションに驚きます。
とはいえ、多くの団地が建物の老朽化や少子高齢化で入居率が下がっているように、二宮団地の公社賃貸住宅もご多分にもれず、現在の入居率は約56%(2016年7月時点)と、およそ半分が空き家という現状です。
近年、団地の再生に注目が集まっていますが、実はすべての団地が再生に向かうわけではありません。そこには、切り捨てられる団地もあるのです。
そのなかで二宮団地は、50年という年月を経た住宅に「セルフリノベーション制度」を導入し、入居者が部屋をDIYできる制度を整え、再生へと向かいました。そこにはどんな要因があったのでしょうか。
まず、お話をお伺いしたのは、神奈川県住宅供給公社の理事長の猪股篤雄さん。黒川紀章建築都市設計事務所、ドイツ銀行、明和地所などを経て、2012年から現職に就かれた、建築も金融も都市設計もドンと来いのスゴ腕理事長です。
そんな猪股さんは、二宮団地再生の大きなコンセプトとして“生涯賃貸”を提案しています。
猪股さん これまでの日本では、一軒家を買うことが、人生の目標みたいなところがありましたよね。団地はそれまでの仮住まいだった。けれど、今は親子が同居することも少なく、最後は夫婦だけになり、資産価値としてもなくなってしまう。
それなら、その時々で、夫婦向け・家族向けなど、シーンに合わせて住んだ方がいい。ローンを払う代わりに教育に投資したり、食生活をよくすることで、暮らしを豊かにすることにお金を使うのがいいと思うんです。
生涯賃貸で暮らしを豊かにする。その上で、なぜ二宮団地なのでしょう?
猪股さん 神奈川県で人口減少が進んでいるのは、神奈川県西部と三浦半島なんです。地方創生の意味で、少しでも人口を増やしたい。それに、何より米や野菜が育つ産地でもあり、リソースが多い。その割に、二宮を知ってる人はほとんどおらず、まちには余白があります。ですから、まずは二宮というブランドをつくる必要があるんです。
同じ神奈川県でも、鎌倉や逗子に比べ、都内からの移動時間がそれほど大きく変わらないにも関わらず、知名度が低い二宮。そんな二宮ブランドの向上に向け、実務を任されている人物が、団地共生プロデューサーの原大祐さんです。
原さんは、大磯町で開催される朝市(夏は夜市)「大磯市」のプロデューサーでもあり、2009年の第1回には、来場者数十名規模だったイベントを、たった数年で1万人規模の大イベントへと成長させた立役者です。最近では移住者が増え、出店者がまちにお店を開いたりと、大磯に変化をもたらしています。
原さん 猪股さんが言われたように、環境の良さに加え、実は住んでいる人の満足度が高く、ポテンシャルが高いのに評価が低いというのは、買いの株なわけですよね?
二宮団地は高度経済成長期における産業労働者向けのハコとしては一旦区切りがついたかもしれない。けれど、新しい団地の使い方を提案して、認知度を上げれば、僕はやりようはあるなと思っています。
そこで、原さんは、実際にエッジの効いた人に住んでもらい、暮らし方を考える“団地の暮らし方の実験”を始めることにしました。
その実験の参加者である、デザイナー兼焼芋家のチョウハシトオルさんと、東京と二宮で二地域居住を担当する『YADOKARI』編集長の大井あゆみさんのおふたりをご紹介します。
デザイナー兼焼芋家のチョウハシトオルさんが団地で“さとやま暮らし”を実践
実験に一番乗りで参加した人物が、冬場は「やきいも日和」という焼き芋屋の店主であり、そのほかのシーズンは、デザイナーであり、一級建築士であり、大工さんでもあるという、マルチな活動をしているチョウハシトオルさんです。
原さんとは、西湘エリアで活動していたらバッタリ出会い、話を聞いてみると、実は中学の先輩・後輩だったという関係で、「大磯市」スタート時の初期メンバーでもあります。今年5月、誰よりも早く、二宮団地の部屋をリノベーションして引越し、どっぷりと二宮ライフを満喫しています。
チョウハシさん たとえば、家賃は1年間実質負担無しで、リノベして住んでもらうプロジェクトがあったら、のる? という感じで、原さんからざっくり聞いて、その時に、えー、団地? とは思わなかったですよね。今さらおもしろいかも、みたいな(笑)
それは、焼き芋屋をはじめたときと一緒で、僕のなかでデザインには、価値を見失いそうなものを見直す、という役割もあると思っているんです。
しかも、チョウハシさんは10代の頃から、いつか自分の建てた家やインテリアに囲まれて暮らすことを夢見て、自分好みの部屋がリノベーションできる団地暮らしに「やっと理想の暮らしのスタートラインに立てた」とわくわくしたそうです。
二宮団地には、「さとやま暮らし」というテーマがあります。
凝り性であるチョウハシさんは、お部屋の改造はもちろん、二宮団地へ引越したことを機に、そのさとやま暮らしに没頭しています。
二宮で開かれた竹林整備に参加して、たけのこの煮物をつくってみたり、近所で見つけた、びわやよもぎで染物をしてみたり、その布を使ってコースターをつくってみたりと、暮らしにとことん向き合う姿勢に驚きます。
チョウハシさん 自分でも、何でこんなことやってるんだろう? と考えてみると、暮らしの底辺を広げたいと思っているんですよね。僕は暮らしの中で秀でていること、たとえば僕だったら、手先が器用なので、大工仕事が仕事になって、やがてお金になり、暮らしや人生を支えてくれると思うんです。
もしかしたら、店舗や住宅をデザインする時に活かされ、人に喜んでもらうことができるかもしれない。だから、暮らしの底辺が充実しないと、次のステージが見えてこないんです。
チョウハシさん 僕は、暮らし愛好家なんです。仕事に一生懸命になるのは、当たり前ですよね。でも、暮らしに一生懸命になる人は、なかなかいない。
仕事の成果は、給料が増えるとか、役職がつくとか、有名になるとか、社会の中で認められることはわかりやすい。でも、それ以前に暮らしがないと、次につながっていかない気がしていて。僕が挑戦していることは、自分らしい幸せや豊かさに対する探求かもしれないですね。
『YADOKARI』編集長・大井あゆみさんは、二地域居住をお試し中
つづいて、団地暮らしを始めたのは、ミニマルライフ、タイニーハウス、多拠点居住を通じて「住」からの視点で、新たな豊かな暮らしを発信するメディア『YADOKARI』編集長の大井あゆみさん。今年4月から準備を進め、7月から本格的に東京と二宮という二地域居住生活を送っています。
大井さん 二拠点生活は、ふたつ家を持っていて、どうやってやりくりするの? と思われていたりすると思うのですが、ここは家賃も2万円台からとめちゃくちゃ安いし、あまり難しく考えなくてもいいよ、ということが伝えられたらいいですね。
大井さんの団地暮らしのテーマは、ミニマルな暮らし。東京の家は物であふれているそうで、物はほとんどなく、実家にあったというハンモックをぶら下げて、シンプルに暮らしています。どっしり引越しとなると、大変なのであくまで手軽に。
二宮在住の「KUMIKI PROJECT」の桑原憂貴さんに、床張りや壁塗りなど、部屋のリノベーション・ワークショップを開催してもらい、多くの参加者に協力してもらったご縁で、いらなくなった冷蔵庫を譲っていただいたり、チョウハシさんから「いらない茶箱もらいましたけど、使います?」なんて、お誘いがあればいただいて、テーブル代わりに利用したり。ご近所付き合いを楽しながら、少しずつ部屋づくりをしているそうです。
大井さん 私はフリーランスの編集者なので、リモート作業も多く、やろうと思えばここで仕事もできるんです。でも、ここで働きすぎると、東京と同じ暮らしになってしまう。
二宮では、公社が所有する田んぼでお米を育てていたりするので、秋になったら収穫したり、東京ではできないことをやってみたいですね。東京と二宮暮らしのバランスがうまく提案できれば、住む人も増えると思うので、住みながら、そのバランスを探っていきたいです。
今回のために、HP内に『YADOKARI×二宮団地暮らし方リノベーション』という特別ページもつくり、二宮での暮らしぶりを発信しているので、ぜひチェックしてみてください。
団地が大きなシェアハウスになったら、おもしろい
「コミュニティがあって、楽しく暮らせるということが大切」
そんな原さんの思いから、昨年11月、団地の中央に位置する「百合が丘商店街」内に、コミュニティスペース“コミュナルダイニング”が誕生しました。
原さん 団地は戸別住居でありながら大きなシェアハウスになったら、おもしろいですよね。僕が小さい頃、近くに団地があって、そこに住んでいた友だちのところへ遊びによく行ったのですが、団地に行くと常に誰かがいたし、同じ団地という帰属意識があって、なんとなくコミュニティの強さを感じたんですよね。
ここでは、団地住民向けにさまざまなイベントが催され、毎月第3日曜日には、音楽プロデューサーの陶旭茹さんが開く、住民と昭和歌謡などを歌う人気イベント「歌声ダイニング」が開かれています。
陶さん 月に1度、童謡から昭和の歌謡曲をみんなで歌っています。いらっしゃるのは60代から70代がもっとも多く、『高校3年生』がいちばん盛り上がる世代です(笑)
6月には、2児の母の歌手・Coba-u(コバユー)さんの童謡レゲエライブも開催して、親子連れの方もたくさん来てくださいました。音楽を通して、子どもから高齢者まで楽しめるような企画を考えて、生きがいを感じてもらえるといいですね。
また、毎月第4土曜日に、親の代から二宮に住む生粋の二宮っ子から、ここ最近二宮へ移住してきた新住民を集めた寄り合い「お食事会議」を開き、少しずつ新しいコミュニティも誕生しています。
この会では、基本はみんなで集まって飲んだり、おしゃべりですが、団地でシェアしたいものは何か? など議題を決め、これからの豊かな暮らしについて話し合いも行われています。
お食事会議の常連のひとり「太平洋不動産」の二代目店長・宮戸淳さんは、この界隈では、ちょっとした有名人です。
東京からも多くのお客さんが訪れる、二宮の古民家を改装して誕生した人気のパン屋「Boulangerie Yamashita」の仲介を担当した人物で、おもしろそうな若者は、ほとんどが宮戸さんを訪ね、物件を決め、引っ越して来ます。宮戸さんは「二宮に来てほしい!」と思ったお客さんには、全力で二宮の良さをアピールし、くどき落とします。
ただ物件を案内だけでなく、2015年から、二宮の駅近くで不定期に開催されている昼飲みマルシェ「たびするくま」(次回は10月予定)に誘ってみたり、引越しが決まったお客さんにはこの「お食事会議」へと誘い出したりと、お客さんと不動産屋という垣根を越えて、人と接しています。
そんな宮戸さんの活躍のおかげで、二宮に新しく入ってきた人は、コミュニティに自然と参加できるため、その輪が急速に広がっているのです。
さて、この二宮団地の暮らしの実験は、来年3月まで続きます。
チョウハシさん、大井さんに続いて、建築家の「テノアト設計工舎」岸田壮史さん、さらに、薬膳師・長岡桃白さんも、同じ棟で本格的に住み始めます。団地暮らしの醍醐味である、ご近所付き合いもこれから始まりそうな予感。二宮団地のこれからに注目したいですね!
今の30代、40代の人は、意外と団地っ子が多く、「すごく楽しかった」という思い出がある人も多いのではないでしょうか?
1984年生まれの私も、実は団地っ子でした。窓をのぞけば、いつも友だちがいて、階段を勢いよく駆け降り、外へ飛び出した記憶があります。時代は変わり、残念ながら、あの頃の団地にはもう戻らないかもしれません。とはいえ、かつて輝きを放っていた団地が廃れていく姿を目の当たりにするのは、とても寂しいものです。
東京や横浜などの都心部から少し離れて暮らしてみたいけれど、どこへ行っていいかわからない。そんな時、ひょっとしたらこの二宮団地は受け皿として、ぴったりかもしれません。
豊かな暮らしとは何か? 団地の新しい暮らし方とは?
誰でも入れる二宮団地のコミュニティに参加して、考えてみませんか?