スーパーでチョコを買う時、お給料をもらって仕事をする時……私たちは日々の生活の中で、必ず誰かとお金を交換しています。
板チョコが1枚100円だったら安い?
行きたいセミナーが5000円だったら高い?
じゃああなたが会社員だとして、月々の給料が30万円だったら?
ときに受け取り、ときに支払うお金の価値は、人によってさまざま。「安い」「高い」「オトク」、そこに生まれる感情も異なります。
もしかしたら誰がどんな思いを込めて、どんな風につくっているのかを知っていたら、100円の板チョコでも、より多くのお金を支払いたいと思うかもしれません。
今回ご紹介する石田香織さんは、そんなお金の価値と“フェア”なトレードについて考えるきっかけをつくっている人。
”地球の嬉しい楽しいコト”をモットーに、札幌市内でオーガニック居酒屋「粋ラボラトリー」を運営し、ランチやディナーの提供、オーガニック食材の販売、イベント運営などさまざまな活動をしています。
まずご紹介したいのは、7月に開催された「フェアトレードフェスタ札幌」の様子。そこで石田さんは、オーガニックカレーを販売し、お客さんと一緒にフェアトレードについて考える、ある実験的取り組みをしました。
カレーを売ることで見えたお金の価値とフェアな取引、そしてこれから石田さんがつくりたい未来とは?
嬉楽株式会社 代表取締役/オーガニックプロデューサー
2004年「地球に嬉しい楽しいこと」をモットーにボランティア団体嬉楽(きらく)を立ち上げ、100万人のゴミ拾い活動や海外支援などに取り組む。その中で、自分たちが選ぶ食材が社会や環境につながりがあることを知り、オーガニック食材や天然由来の伝統調味料に関心をもつ。もっと身近に、気軽にオーガニックに触れられる環境をつくろうと、2010年札幌市内にオーガニック居酒屋「粋ラボラトリー」をオープン。「グリーンであること」を軸に、飲食店の運営や農産物加工品の販売、イベント開催などを通じて、食といのちの大切さを伝える活動をしている。
カレーの値段を決めるのは…私?
突き抜けるような青空と木々の新緑が美しい札幌・大通公園。ここで2017年7月、「フェアトレードフェスタinさっぽろ(以下、フェアフェス)」が開催されました。
出展者は、飲食・物販あわせて約50店舗。フェアトレード食品や雑貨、難民支援のグッズ、障害者支援の作業所の製品など、多様なフェアトレード商品が並ぶ中、ひときわ来場者の目を引いたのが、「粋ラボラトリー」と「パキスタンカレーの店 つなぎ屋」が共同出店したお店でした。そこには、こんな看板が…!
「カレーの値段はあなたが決めて」。
そう、石田さんたちはカレーの原価を公表し、お客さんに値段を決めてもらうという社会実験に乗り出したのでした。どうして石田さんはこのような取り組みをすることにしたのでしょうか。
フェアフェスの5日前にレシピが決まり原価計算をしたら、1杯450円もして「ヤバ!」ってなって。普通に考えたら、1,500円くらいの値段で売らないと利益が出ない。でも、「フェスで1,500円って高いよね。しかも、カレーに1,500円ってどうよ」と正直思って(笑)
食材を見直し、カレーを1杯650円や700円で提供することもできたはず。でも、石田さんはそれをしませんでした。
1杯650円で出すには、容器代も含めて原価を200円以内にしたい。その価格帯で使える食材はなんだろうと考えましたが、1個もなかったんです。私たちが使いたいのはオーガニック食材。それを使わなければオーガニックの生産者を買い支えることにならないので、フェアトレードじゃないなって。
それならフェアフェスらしく、原価を公表してトレードしてみようと思いました。
迎えたフェアフェス当日、店を訪れたお客さんにカレーの原価、そしてその値段に人件費や水道光熱費は含まれていないことも伝え、コミュニケーションをとりながら1杯1杯、カレーとお金を交換していきました。
もし私がお客さんとして値段の決まっていないお店を訪れたら、いくら支払えばいいか迷うはず。訪れたみなさんは、どんな反応だったのでしょうか。
いろんな方がいましたね。原価450円と伝えているのに、そっと300円出す人もいました。
原価以下の支払いだと赤字ですし、フェアな取引ではありません。石田さんは300円を出したお客さんと、こんな話をしたそうです。
「300円だと赤字どころの騒ぎじゃありません、奉仕です」と正直に言いました。私たちはボランティアではなく商売としてやっていることや、この食材を選ぶ意味、このカレーをつくるために何人のスタッフが動いているかを、まず理解していただきました。
その上で、「原価以上のものを払っていただかなかったら、気持ちとしては売りたくないというのが正直なところです」とお伝えしましたね。
そのお客さんははじめ戸惑った表情を見せたものの、最終的には原価以上のお金を払ってくれたそうです。自分が何を与えられるのか、何をどれくらい得たいのかを明確に伝えることもフェアトレードをする上で、大切な指針の一つのようです。
次に、かわいらしいお客さんのエピソードを教えてくれました。
小学3年生くらいの子がうちのカレーを見つけて「お母さん、このカレー450円だって!」と、僕のお小遣いでも買える値段だと喜んでいました。それを見たお母さんが、「これは原価なの、わかる? このカレーをつくるためには、食材も鍋もガスも必要だし、つくる人もいるよね?」と、とても丁寧に子どもに説明してくれて。
お母さんの話を聞いて考え直したその子は、「じゃあ僕1,000円払うよ」って。でも、700円しか持っていなかったようで、「どうしても1,000円でカレーを買いたいから、300円貸して」とお母さんを説得して、1,000円で買ってくれたんです。
買い物の経験や情報が少ない小学生が、純粋に算出したカレーの値段です。自分にとって、目の前にある原価450円のカレーは1,000円の価値があると考えられるのって、すごいなと思いました。
どうやら石田さんの実験が、その親子にとってお金の教育の場にもなったよう。他にも、マッサージをする代わりにカレーを受取ったマッサージ師、自分が育てた野菜とカレーを物々交換した農家、また、カレーを食べてから値段を決めたいという人もいたそうです。
「カレーの値段はあなたが決めて」の結果は、
でした。ここから人件費や水道光熱費を引くと、利益が出たといえる金額ではありません。しかしフェアフェスの一番の利益はお金ではなく、「お店を訪れたお客さんの消費行動が変わるきっかけをつくったこと」だと石田さんは考えています。
オーガニックな生き方を広めていきたい
お客さんに食べてもらいたいカレーの原価が高すぎたことからはじまった、「カレーの値段はあなたが決めて」。石田さんにとって新たなチャレンジでしたが、背景には生産者と関わる中で感じた、お金の価値に対する疑問がありました。
オーガニックの生産者には、儲かるから農業を始めたのではなく、「自然とともに生きたい」と考え、行き着いたのが農家だったというタイプが多い。いくら稼げるかよりも、毎日をどういう気持ちで暮らせるかに重点を置いています。
自分たちが食べるものを自らの手でつくっているから、どっしりした安定感もある。「サラリーマン時代より年収は○分の1だけど、今の方が全然豊かです」という生産者と関わっていると、「お金ってなんだろう」と思うことがありました。
多様な人の生き方に触れる中で、お金の価値について考えを深めてきた石田さん。今回フェアフェスに出店したことで、自分たちのやりたいことを実現するためにも「もっと稼ぐ必要がある」と感じたそうです。
いろんな人にオーガニックを知ってもらいたいなら、もっと私たちが資本を持っていればよかったよね、と結論が出て。オーガニック食材を大量に仕入れられれば原価を抑えられただろうし、広告宣伝費をかければ大勢のお客さんを呼ぶこともできたかもしれない。
本当にオーガニックを広げたいなら、私たちは稼ぐ能力をつけないといけないな、と。
さらに、「稼ぐ理由を見つけること」もまた大切だと続けます。
利益が出たら何に使うのかをもっと描ければ、稼ぐ理由も見つかるなと思います。税金を収める以外にも、自分たちに還元できる仕組みをつくれたら、会社運営もおもしろいですよね。
お金のいらないギフトの世界も素晴らしいけれど、それだけで成り立つ世界はもうちょっと先かな。今日本で生きている以上、お金はどうしてもかかるから。資本主義とギフトエコノミーの両方をバランスよく考えて、取り入れていきたいです。
では石田さんは利益が出たら、どのようなことにお金を使いたいと考えているのでしょうか。
店舗を増やしたいです。オーガニックのお店が増えると、オーガニック野菜をつくる生産者も増えますし、食べる人も増えます。食べる人が増えれば、需要と供給のバランスが変わってくるので、持続可能な農業を広げるのに貢献できるかなって。
一般的に飲食店が店舗数を増やすのは、利益を上げるため。ですが、石田さんは生産者を増やしたい、オーガニックの生産者を支えたいと、どこまでも自分のモットー「グリーンであること」に従って、誠実に選択し、行動します。
「粋ラボラトリー」は飲食店という店構えですが、野菜や調味料を買いにくるお客さん、料理教室に勉強しにくるお客さんなど、来店目的もさまざまです。
オーガニックにまつわるアンテナショップが47都道府県に1店舗ずつあると、持続可能な農業の普及につながりますよね。それを実現できるようなお金の使い方をしたいです。
”その先”を考えることがフェアトレードの第1歩
石田さんと話をしていると、お金の使い方はまさにその人の生き方だな、と気付かされます。フェアトレードというと、一般的には発展途上国でつくられた製品を適正な価格で公正な取引することを意味します。しかし、石田さんは日常のあちこちで、フェアなトレードが必要と考えています。
残念ながら平和な日本にも、人材の使い捨てや過酷な労働環境、価格競争など改善すべき不公平なトレードはたくさんあります。
働くという意味で捉えると、働く側も企業側も自分が何を得たいのか、何を与えられるのかを明確にすることが重要ですね。働く人はお金、学び、つながりなど自分が得たいものをはっきりすること、雇用主は働く人の才能を見極め、フィットする場所を見つけていくこと。
人間は誰しも完璧じゃない。でこぼこで世の中が成り立っているんだと認めたら、生きやすい社会になるんじゃないかな。普通の経営者からは性善説だと言われることもあるけれど、私は一人ひとりの力を信じています。
粋ラボラトリーでは正社員やアルバイトの他に、「ギフター」といって自分の喜びとなるギフト(才能)を与えて、食材やスキルなど受け取りたいものを受け取るという働き方も選べます。これは時間や体力が削られる時給や日給とは違い、与えるほど喜びや幸せが増えていく新しい働き方。石田さんはお店の中でも、小さな社会実験を繰り返し、ほしい未来に向かって歩んでいます。
いきなり全ての行動を変えることは難しいけれど、フェアなトレードのために今私たちができることはなんだろうーー。石田さんに、誰もが日々の暮らしの中でフェアなトレードをするためのヒントを教えてもらいました。
物事のその先、その奥を考えてみてください。例えば、いろんな国でつくられたチョコレートがセットで500円で売られていたとして、「なんで500円で売って、利益がでるんだろう?」と考えてみること。
どんな風につくられているんだろうと一瞬でも想像してみたら、自分が今、フェアなトレードができているか分かるのではないでしょうか。
greenz.jpに出会って10年目に上げる狼煙
長年、札幌で持続可能な社会をつくるために活動を続けてきた石田さんがgreenz.jpに出会ったのは2007年、greenz.jpが創刊された頃までさかのぼります。ボランティアでゴミ拾いや地球環境系の啓蒙活動をしていた時、当時のキャッチコピー「エコスゴイ未来がやってくる!」を見て「すごい!」と思ったのがはじまりだったそうです。
greenz.jpは、私にとって希望でした。環境や平和活動をしている中で「こんなことやって意味あるのかな」と疎外感や孤独感を感じることがあったけれど、greenz.jpを見るとだいたい変な人がいて(笑) 発信されている取り組みが、希望に思えたんですよね。
2014年にはgreenz peopleの仕組みが登場。石田さん自身も覚えていないほど、自然な流れでgreenz peopleに登録してくださいました。
読みたい人が読みたい記事にお金を払うというのは、すごく正当。それこそ、フェアトレードだなと思います。
10年以上、greenz.jpの読者であり続けてくれている石田さんが上げたい狼煙は、「札幌でgreenz peopleオフ会を開くこと」!「greenz.jpを読んでいる札幌人に会ってみたい」と願っています。
・札幌が好き
・オーガニックに関心がある
・自分も何か社会活動をしたい
そんな読者のみなさん、ぜひ石田さんへ直接連絡してください。札幌にgreenz peopleが集まれば、もしかしたら「粋ラボラトリー」がオーガニックの情報発信基地だけではなく、greenz.jp読者の秘密基地になるかもしれません。
一歩踏み出し、札幌でほしい未来をつくる仲間に出会ってみませんか?
Facebook https://www.facebook.com/grassia7
メール kaori@kiraku-jp.net
あなたもgreenz people コミュニティに参加しませんか?
そんな石田さんも参加している、ほしい未来のつくり手が集まるグリーンズのコミュニティ「greenz people」。月々1,000円のご寄付で参加でき、あなたのほしい未来をつくる活動をグリーンズがサポートします。今ならPeople’s Books最新作『NPO greenz Annual Report 2017』を、すぐにお手元にお届け。ご参加お待ちしています!
詳細はこちら > https://people.greenz.jp/