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国連で喝采を浴びた気候変動活動家のキャシー・ジェトニル=キジナーさん。地球の危機を伝えるために、彼女がスピーチではなく、詩という表現手段を選んだ理由とは?

マーシャル諸島をご存知ですか。透き通った海や、青い空が広がる、太平洋に浮かぶたくさんの島々からなる国です。そのマーシャル諸島が今、危機に直面しています。それは気候変動による、海面上昇と干ばつ。そこで立ち上がったのが、気候変動活動家で詩人のKathy Jetnil-Kijiner(キャシー・ジェトニル=キジナーさん)です。

彼女は、2014年の国連気候変動サミットで自作の詩を披露し、故郷の危機を訴えました。そして現在も世界中で、詩でもって、気候変動の解決を訴えつづけています。今回は、一般社団法人アース・カンパニーの招聘で来日した、キャシーさんへのインタビューをお届けしましょう。

気候変動活動家としての強さを内に秘めた、穏やかで優しい眼差しが印象に残る

キャシー・ジェトニル=キジナー
詩人、気候変動活動家。マーシャル諸島生まれ。544人もの候補者から選ばれ、世界中の市民団体を代表して、2014年国連気候変動サミットで詩を朗読、世界が称賛。2015年COP21、2016年COP22に招致されるなど、世界で詩の朗読やスピーチをおこなっている。2012年、マーシャル諸島でNGO「ジョージクム」を立ち上げ、マーシャル諸島の次世代環境リーダーの育成に努めている。

家のすぐそばまで海がやってきた

キャシーさんが環境問題に関心を持ったのは、2010年、23歳のときのことです。彼女は、マーシャル諸島で生まれた後、6歳でハワイに移住し、アメリカのカリフォルニアにある大学に進学しました。

大学で学んだのは、クリエイティブ・ライティング。詩や文学など言葉を使った芸術を学び、詩人となります。

そして大学卒業後、マーシャル諸島に再び移り住んだとき、彼女は強い衝撃を受けます。高潮になり、洪水が起きたのです。それまでは身近な問題ではなかった気候変動が「自分ごと」になった瞬間でした。

海岸のすぐそばにある家の中まで海水が入ってくる

朝起きて、家の外に出たら、島中が洪水状態で、大きなショックを受けたんです。その瞬間に「これはどうにかしなければいけない」という使命感のようなものを感じました。かつ、本業は詩人なので、詩を使って、どうにかこの現状を世界に訴えかけられないかと考え始めました。

彼女が詩を書くのは、身の周りの出来事を自分の中で理解するためといいます。詩を書くことで気持ちを整理するのです。それまでも、ハワイで受けたミクロネシアの人に対する人種差別についてや、マーシャル諸島で67回も行われた核実験についてなど、さまざまな社会問題を詩にしていました。

そこで2010年に、『Tell Them』という気候変動に関する詩を書きました。そのビデオを撮って、YouTubeにアップしたんです。

この動画は大反響を呼び、世界中に拡散されました。そのうちに、気候変動に関するイベントや会議に呼ばれるようになり、詩を朗読する回数が増えていきます。そして、2014年の国連気候変動サミットで『Dear Matafele-Peinam』を朗読し、爆発的に知られるようになりました。

人びとの心に強く訴えかけられる詩が持つ力

環境問題に取り組む前から詩人として活動していたという彼女。彼女にとって、詩とはどんな存在なのでしょうか。

彼女が詩を書き始めたのは、小学校4年生、10歳のとき。それから、詩作を通して、詩というのは重要なメッセージを伝えるのにすごく有効であることに気づき始めたといいます。

サミットなどで人びとに社会課題を訴えるとき、スピーチが用いられるのが一般的です。詩とスピーチは何がどう違うのか、キャシーさんに尋ねてみました。

スピーチと比較して、詩のほうがひとつひとつの言葉にものすごく想いを込めて、言葉を選んで選んで書くので、心に響きやすいと思うんですね。聴いたり読んだりした人の心に、詩のほうが突き刺さりやすいということはあると思います。

国連環境サミットでの登壇の様子

『Dear Matafele-Peinam』は、生後6カ月の彼女の娘に呼びかけるような形式になっています。

声高に故郷の危機を訴えるのではなく、子どもの未来を憂う母としての立場で詠んだ詩だからこそ、たくさんの人の共感を得たのかもしれません。

そして、気候変動を止めるための手段として詩を選んだことが、彼女の名をより広めたことはまちがいないでしょう。

Dear Matafele-Peinam
by Kathy Jetnil-Kijiner 訳:管啓次郎 (一部抜粋)

ねぇ、マタフェレ・ペイナム
きみは生後六か月 歯がなくて 朝日のように笑う
卵のような 仏陀のような つるつる頭
きみは雷のような太もも 稲妻のような泣き声

バナナが好き、抱きしめられるのが好き、ラグーンに沿ってあるく毎朝の散歩が好き

ねぇ、マタフェレ・ペイナム
朝日を浴びてのんびり輝く、あの眠たげなラグーンのことを きみに話してあげる
いつかあのラグーンは私たちを呑み込んでしまうってかれらはいうの
海岸線をかじりパンノキの根っこを噛み
防波堤を呑み込み 島の骨までもぐもぐと食べ進む
かれらはいう、きみも、君の娘も、その娘だって

根なし草になってさまよい、故国と呼べるのはただパスポートだけ

ねぇ、マタファレ・ペイナム
泣かないで

マーシャル諸島の現状

このように、気候変動の被害の最前線であるマーシャル諸島は、海抜2mにも満たない島々ばかりの地域。世界の平均気温の上昇により、南極大陸などの氷が溶け、海抜が上昇。その影響をマーシャル諸島のような海抜の低い国がダイレクトに受けているのです。

こういった洪水の被害は、だんだんひどくなり、頻度も上がる一方だそうです。マーシャル諸島の人びとは、そういった原因が気候変動にあることを知っているのでしょうか。キャシーさんは、こう言います。

洪水の原因が気候変動であることはほとんどの人が知っていますが、気候変動がなぜ起きているか、そのメカニズムまでは多くの人が理解していない状態です。この問題に対してマーシャル人がすべきことと、世界がすべきことは、全く違う種類のものですが、そのことをマーシャル人は正確に理解できていません。

最も気候変動の被害を受けている国のひとつであるマーシャル諸島ですが、気候変動の原因は、先進国や、現在次々に発展している国が、化石燃料を大量に燃やし、二酸化炭素などの温室効果ガスを排出していること。それを止めることは、マーシャル諸島の人びとだけでは不可能です。

そこでキャシーさんは、気候変動を止めるべく、世界中で訴えつづけているのです。

マーシャル諸島の若者のために立ち上がる

そのため、キャシーさんは詩作に限らぬ活動を展開しています。現在、彼女はマーシャル諸島の若者のために「ジョージクム」というNGOを設立。人口の半分ぐらいが若者であるマーシャル諸島で、気候変動をはじめ、さまざまな社会課題に問題意識のある若者たちが、その解決のために行動に移せるプラットフォームを提供しようとしています。

NGO「ジョージクム」のリーダーである、キャシーとミラン

気候変動に関して、多くの若者が危機意識を持つと同時に恐怖を感じていると、彼女は言います。自分の国の土地が少しずつ海に浸食されている中、将来に対して不安を感じているのです。

高校生を対象にアートキャンプを実施して、内心に抱えている恐怖や不安を、アートで表現する方法を教えています。同時に、気候変動のメカニズムなどを伝え、理解を深めます。

詩や文章を書くことや、ウォールペインティングを学ぶことで、自分の恐怖や不安を表現できるようになると、高校生たちの自由な発想による作品が生まれてくるそう。実際、政府のビルが海の底にあるような絵や、人の手が海から出ているような絵を描いたりする子もいるのだとか。普通の高校生が、実はそんなにも恐怖心にかられているということが絵から伝わってくるそうです。

たくさんの若者がマーシャル諸島の未来のために参加している

私たち日本人にとって、地球の平均気温が0.5℃上がったと言われてもその重みを実感できる人は少ないかもしれません。しかし、マーシャル諸島のような気候変動の被害の最前線の人たちにとっては、0.5℃というのは壊滅的な被害が及ぶ数値なのです。

だからこそ彼女は、NGOの活動を通して、環境問題の解決をリードする人材の育成に力を入れています。マーシャル諸島には、最高教育機関が短大までしかなく、決して学習環境に恵まれているとは言えません。そこで、「ジョージクム」では、意欲のある若者に対して、さまざまなトレーニングを実施しています。

気候変動をはじめとする、社会課題の解決方法を知っている人材が増えていけば、マーシャル諸島の未来を変えることができるんです。

マーシャル諸島の未来を変えるために前向きに活動を続けるキャシーさん

例えば、気候変動の対策のひとつとっても、さまざまな村によってそのニーズは異なります。それをすくい上げ、自分のコミュニティではどういう解決策が求められているのかを考えて、プロジェクト化することを学びます。

さらに、プロジェクトマネージメントや助成金の申請方法、コミュニティを巻き込んだプロジェクトのつくり方、効果的なSNSやプレゼンテーションやビデオ制作など、6カ月間で数多くの実践的なワークショップをおこないます。

最終的には海外の会議に若者たちを送り込んでいくのです。これまでにも、この太平洋の小さな島国にとどまらず、世界へと訴えかけられる若者が育ってきました。

こういった活動を実施する原動力となったのは、実際に世界中で活動を積んできたキャシーさんの経験によるところが大きいそう。

これまで世界中で詩やスピーチでもって語り続けてきた自分自身の経験の中で、ストーリーをシェアするということがいかに効果的かを学びました。

マーシャル諸島のことを知らない人はすごく多いわけです。そこで、若い人たちがそれぞれに持っているストーリーを効果的にシェアする方法を学んで、国際的な舞台に出る準備をするのは、マーシャル諸島が直面する問題を訴えるためにとても有効だと考えています。

このインタビューでも、私自身、キャシーさんのストーリーをうかがって、気候変動がまさに目の前に迫っている問題なのだという認識を新たにしました。これからマーシャル諸島の若者のストーリーが広まることで、彼らの故郷の危機が世界中に知れ渡り、気候変動を止めるための活動が加速するかもしれません。

日本に住む私たちができることは?

では、私たちのように日本に住み、気候変動についてもよく知らない人が、この地球が抱える大きな問題について何ができるのでしょう?

残念ながら日本は、気候変動に積極的に取り組んでいるという国ではありませんが、個人レベルでもこの課題に関心を持ち、気候変動に取り組む世界的なムーブメントに参加してほしいですね。

かつ自分たちの身近なコミュニティや地元の政治家などにどんどん訴えかけていってほしいです。市民が意識改革をして、もっと対策をするように政府に呼び掛けてほしいんです。

この取材の少し前、アメリカのトランプ大統領がパリ協定の離脱を発表しました。日本はパリ協定には参加しているものの、二酸化炭素を多く排出する化石燃料での発電量を増やそうとしています。気候変動を止めるための取り組みが順調に進んでいるとは、まるで言えない状態なのです。

気候変動に対して、なぜもっと日本は動かないのか、率直な疑問を口にした

気候変動については、はるか遠い未来に起こることだと思っている人は多いですけれども、これは未来ではなく、今、起きている課題です。

最初に被害を受けて国がなくなるのは、マーシャル諸島のような国でしょうけれども、その影響は間違いなく日本にも、全世界にも起きるということです。マーシャル諸島を救うことは、日本を救い、世界を救うことであると実感してほしいんです。

最後に、キャシーさんの今後の活動についておうかがいすると、前向きで意欲的な答えが返ってきました。

今年、詩集を発表したんですが、今、2冊目を書いています。また、詩だけでなく小説も書きたいですし、既に演劇も書き始めています。そして、もっと気候変動の知識を深めて、国際的な会議でもきちんと気候変動について伝えられるようになりたいですね。

環境問題の活動家というより、芸術を愛する詩人らしい穏やかな印象で語り続けたキャシーさん。けれども、彼女のマーシャル諸島への想い、気候変動を何とかして止めるのだという意志は、その眼差しから感じることができました。

詩人、作家、戯曲家としても意欲的な活動を見せるキャシーさん

現在、キャシーさんを招聘した一般社団法人アース・カンパニーでは、キャシーさんの活動への寄付を募っています。私たちが今すぐできる一歩として、寄付という形でマーシャル諸島の危機へ心を寄せることができるのではないでしょうか。

今、マーシャル諸島で起きていることは、このままいけば将来日本でも起こりうることです。気候変動について知る機会は決して多くはありませんが、今一度、自らの生活を見直すことも含め、気候変動に対する意識が高まっていけばと思います。

[取材協力: 一般社団法人アース・カンパニー]