みなさんはなにを基準にものを選びますか?
価格、話題性、機能、デザインと、さまざまな選択基準がありますが、どんな素材が使われていて、その素材そのものはどこから来たのか、製品の生い立ちに注目して判断するという選択肢があっても良いのではないでしょうか。今日はほうきを取り上げながら、そんなお話をしようと思います。
掃除道具の代表格であるほうき。かつて、箒草を畑で育て、職人が一つひとつ手仕事でつくりあげていたほうきには、素材にまつわる話があり、身近な自然環境とのつながりがありました。でも今は、天然素材のほうきはどちらかというと嗜好品。読者のみなさんにとってはロボット掃除機の方が親しみ深いかもしれませんね。
今回ご紹介するのは、茨城県つくば市で箒職人の福島梓さんが取り組む「種から始まるほうきづくり」。そこには、ものが生み出されるまでの背景に価値を見出したものづくりの姿がありました。
ほうきづくりは“育てる”ところから
つくば市は、研究所が立ち並ぶ科学技術の集積地でありながらも、中心部から少し離れると筑波山を眺められるのどかな里山風景が広がる街です。
この工房で福島さんは、小さなほうきやコーヒーブラシ、座敷箒と、用途に合わせたさまざまなほうきを手作業でつくっています。福島さんのほうきの大きな特徴は、素材である箒草を育てるところからものづくりを始めていること。無農薬、有機肥料で育てた、安心・安全な国産のほうきには、他にはない魅力があります。
春の種蒔きから始まり、秋の収穫、制作・販売まで約半年かけて届けられる福島さんのほうきは、売り切れると箒草ができ上がる次の秋まで待つことも。福島さんはどうして、こうした“育てる、つくる、届ける”ものづくりをはじめたのでしょうか。
箒職人は思い描いていたものづくりの形
昔の人が身近な自然から素材を手に入れて民具をつくっていたように、自分で素材をつくるところからはじまるものづくりがしたかったんです。
と福島さん。筑波大学でものづくりについて学ぶ中、木工をするときには木材を、陶芸では粘土を、専門店で買ってきてはじめるのとは違う、ものづくりの形に興味を抱いたそうです。
木材だったら、どんな木を選んで、どう切って、どういう板にするか。森に育つ木の自然な形を生かして、手を加えられるようなものづくりを探していました。
ほうきとの出会いは2013年。福島さんは大学のゼミを通して「つくばのほうき工房」酒井豊四郎氏のほうきづくりに参加します。
酒井氏はつくばで唯一の箒職人。箒草が得られるまでの工程や、穂の長さや大きさが違う箒草の扱い方、箒草を編み上げる時の力の加減など、素材のことを深く理解しながら、ほうきという形になるまでのさまざまな工程を体感しました。
畑で箒草を育てるという貴重な体験、自分でつくったほうきを使ったときの感動は、その後もずっと身体に染み付いていました。自分でつくったほうきって、愛着がわくんですよね。ゼミのみんなも私も、ずっと自作したほうきを使っていました。
ほうきづくりにすっかり魅了された福島さん。素材のことを良く知り、その背景とともにつくり上げる「種から始まるほうきづくり」は、福島さんにとって長い間探していたものづくりの形だったのです。
思い描くものづくりと出会った福島さんですが、大学卒業後は企業への就職を考えたこともあったのだとか。
ものづくりに関わる人々のことを伝える仕事にも興味があった福島さんは、自分が本当にやりたいことを考え直すために、福島県喜多方市で開かれたアーティスト・イン・レジデンスに参加。伝統工芸である竹細工を取材します。
取材を通して、竹細工の伝統を引き継ぐ若者がいないことを感じました。つくり続けるからこそ残ってきたものなのに、職人のみなさんが高齢で技を受け継ぐ人がいないんです。
これまでたくさん職人さんからものづくりのことを間近で学ばせてもらったのに、伝えるという第三者の立場で本当にいいのだろうか。やっぱり私はつくり手でいたいと思いました。
同じように箒職人の酒井氏も高齢で、若い引き継ぎ手がいない現実がありました。
このままだと酒井さんのほうきの技術は受継がれないかもしれない。20年後、あの綺麗でわくわくするようなほうきのある世界に生きていたい。そのためにもほうきづくりをやらなきゃいけないと思ったんです。
福島さんはほしい未来のために、箒職人として生きていくことを決めました。
どう育てるかでできあがりも違ってくる。
一本のほうきに気持ちを込めて届けたい。
大学院を卒業した2015年、福島さんは酒井さんに弟子入りし、箒職人としての道を歩み始めます。小さい頃は団地で育ち、農業とは無縁の学生時代を過ごしますが、畑仕事は違和感なくはじめられたそう。
思うように箒草が育たなかったりと、思い通りにいかないこともたくさんあります。どう育てるかでほうきのできあがりも違ってくるんです。良い箒草を育てるところが大切でもあり難しいところですが、やりがいを感じています。
素材を育てるということは、均一ではない材料を扱うということ。だからこそ、創意工夫した手仕事の技術が必要になります。
でき上がった箒草には、長さや堅さ、柔らかさ、茎の美しさなど一本一本に違いがあります。表面の部分にはどの草が合うかなど、素材の特徴を生かしながら仕上げます。堅さや柔らかさで掃き心地も違ってくるんです。
そして「使い手ありきのつくり手であること」を大切にしたいと福島さんはいいます。
使い手の住宅構造やライフスタイルに合わせた、使い手に馴染むようなほうきをつくりたいです。昔のままでいいとは思っていないので、例えば平均身長が伸びているから柄の長さを変えたり、使い手の要望を聞き入れながらものづくりをしていきたいと思っています。
日本人がお箸を指先と同じように使えるのと一緒で、道具は体の一部だと考えています。柄の長さを揃えていないのも、使い手の身体にあったほうきを使ってほしいから。実用的であり見た目も美しいほうきをつくっていきたいですね。
素材づくりから始める福島さんのほうきには、素材を育てる大変さやおもしろさ、つくる喜び、そして思いが詰まっているのです。
ものづくりはもっと身近なもの
福島さんは、育てた箒草を使って、ほうきづくりを体験してもらうためのワークショップも開いています。不定期開催ですが、希望者は絶えないそう。
今の私たちの暮らしは工業的につくられた道具が多いけど、もともとは種を植えるところから始めて、人がつくることができていたんですよね。ほうきづくりを通してこのことを残していきたいです。
福島さんがほうきづくりのワークショップを開いているのも、こうした思いから。ほうきがどういう素材でつくられ、どんな工程を踏んで手元にある素材に辿り着くか、写真を交えながら知ることができるのは、“育てる”ところから取り組んでいるからこそ。ものづくりを身近に感じられるワークショップなのです。
ほうきも道具も、自分でつくったら、それしか使わなくなるんですよね。身体は正直だから。
手を動かしてほうきづくりを楽しんでもらいながら、ほうきの生い立ちも知ってもらう。堅苦しい話ではなく、五感で体感することで自然とほうきへの興味や愛着が芽生えるのだと思います。
“育てる”ところから一緒に楽しめるほうきづくりを
箒職人になって3年目の福島さんは、今年から畑の面積も大きく増やす予定です。筑波山麓グリーン・ツーリズム推進協議会にも加わり、腰を据えて活動していきたいと考えているそう。今後の展望を教えてもらいました。
畑でほうきを育てるところから、ほうきになるまでを体験できるワークショップを開きたいですね。参加者のつくりたいほうきの形に合わせて、必要な材料を用意してものづくりをするような、プログラムを用意するのとは違う、みんなの創意工夫を引出したワークショップをやりたいです。
福島さんの取材を通して、ほうきづくりには、たくさんの手がかけられ、思いが込められていることを実感しました。そしてその先には守り継がれていくものがあるということも。素材がどこからやってきて、どうつくられたか、ほうきの生い立ちが見えたことで、初めは手が届きにくいと感じていた価格も、決して高くはないのだと思いました。
ものの生い立ちに目を向けて選んでみませんか。思いのほか掃除が楽しくなるかもしれません。
– INFORMATION –
フクシマアズサWebサイト ほうき ちりとり ときどきあそび
http://hoki-fukushima.net/