「パタゴニア」といえば、100%オーガニックコットンを使用するなど、環境に配慮したものづくりを手がけるアウトドアウェア・ブランドとして、よく知られた存在です。
彼らは、営利を求める単なる“企業”とは一線を画す存在といえそうです。その証拠ともいえる商品がまたひとつ、2016年9月から店頭に並んでいるのはご存知でしょうか。
この商品の導入については、社員でさえ驚いたといいます。いったいどんな商品なのでしょうか。担当の近藤勝宏さんに商品の持つ背景を含め、詳しくおうかがいしました。
パタゴニアが単なる営利企業でないことを示す新たな商品は「パタゴニアプロビジョンズ」という“食品”です。服飾ブランドがなぜ食品を? その答えは、彼らの持つミッション・ステートメントにあります。それは「ビジネスを通して環境問題に警鐘を鳴らし、その解決に寄与していく」こと。
これがどんな風にパタゴニアプロビジョンズに結びついたのか、その物語は、企業が利益以上のものに価値を見出して1歩を踏み出した、ひとつの転換から始まりました。まずはパタゴニアの歴史を振り返りましょう。
死んだ地球ではビジネスはできない
1988年春、ボストンにあるパタゴニアで、店員の女性が体調を悪くしました。原因は、店舗の配管ダクトの故障で、地下室に保管されているコットン製品の在庫から流れ込んでくる、有毒ガスでした。
それまで天然の素材だからいいだろうと思っていたコットンですが、実は最終仕上げの薬剤に有害な物質が使用されていたのです。そこで、自分たちが用いている素材をもっとよく知るために、実際にコットン畑へと足を運んでみたそうです。
そうすると、農業従事者はガスマスクをつけて、コットンを栽培しているんですよね。農薬は飛行機で一気に散布しますし、さらに枯葉剤も使用されていました。
枯葉剤といえば、ベトナム戦争で使用されたことでも有名な神経科学兵器にもなる除草剤です。それが緑の葉を枯らし、白い綿だけを簡単に採るために、使用されていたのです。
その事実を知ったところで、取締役会が開かれました。
そのとき出たのが、「このまま自分たちがこれを見て見ぬふりをしたら、地球は終わるしかない。死んだ地球ではビジネスはできない」。私たち自身が汚染者ですから、環境に影響の少ない素材を使用し、開発することはメーカーが果たすべき責任だと考えたのです。
そして、1996年にはすべてのコットン製品をオーガニックコットン100%に切り替えたのです。当時はコットン製のスポーツウェアなどを多く販売していたので、それらすべてをオーガニックに変えることは、一時的にとはいえ、コストも手間もかかったといいます。
そんな中でも見て見ぬふりはしない、必ず貫き通してやるというのは、パタゴニアとして一貫性がある、ぶれないところのひとつかなと思います。
パタゴニアがオーガニックコットンへの転換に成功したことにより、NIKEやリーバイスといったメーカーも商品のラインの一部をオーガニックコットンに変えるなど、他社にまでその影響は波及しました。パタゴニアの決断が、さらに大きな結果を生み出したのです。
パタゴニアプロビジョンズとは
環境に負荷をかけがちなファッションビジネスにおいて、パタゴニアは、環境にやさしいやり方でもビジネスが成り立つことを示してきました。
環境問題というと、たとえばアマゾンの森林破壊や大気汚染などを想像しがちかもしれませんが、現在、もっとも大きな環境問題は、生物多様性の減少と気候変動の問題だと、近藤さんが教えてくれました。その中で、食品の流通は一大産業として、それら2つの環境問題を悪化させる原因となっています。そこで、ファッションビジネスと同じことを食についても行おう、それがパタゴニアが食料品に進出した目的でした。
現在、日本で販売されているパタゴニアプロビジョンズのラインナップは、「スープ」「フルーツバー」「スモークサーモン」です。
それらを開発したのは、環境問題への影響を深く考えたうえでのこと。さらに「自分たちが食べたいものがなかったのも理由のひとつですけどね」と近藤さんは笑いながら付け加えました。
パタゴニアの設立者であるイヴォン・シュイナードさんは、ヒマラヤなどに行くとき、エナジーフードといわれるドライフードを持参していたそうです。けれどもシェルパは、地元でとられるツァンパと呼ばれる蕎麦の実を主食としていました。調べてみると、ツァンパは栄養価も高く、健康的であることがわかったのです。
そこでつくったのが「ツァンパ・スープ」です。手軽に携帯できて、外でも簡単に調理ができる。それに、体や環境に悪いものが含まれていないから気持ちよく食べられるんですね。
スープ類は、水の中に袋の中身を入れて火にかけ、沸騰したら蓋をして9分待てば、でき上がり。面倒な手間は何ひとついりません。
原材料にはオーガニックの野菜が使われ、動物性のものは使用しないヴィーガン仕様になっています。最新作の「レッド・ビーン・チリ」は、通常はお肉の入っているメニューですが、肉を使わずにボリューミーなものに仕上げているそうです。
畜産もまた環境に負荷をかける産業のひとつです。これまで以上に肉食が世界中に広がれば、地球環境はますます成り立たなくなってしまいます。穀物は、地球の全人口の胃袋を満たしてくれるものとしての可能性があることから、スープにもふんだんに使用しています。
飲むスープというよりは、食べるスープみたいな感覚です。パッケージのイラストに描かれている具材が刻まれてたくさん入っているので、お腹がいっぱいになりますよ。
同じくオーガニックの果物が使用されているのが「フルーツバー」。アーモンド、スーパーフードのバオバブ、チアシードなどが使用されています。白砂糖は一切使っていないのに甘味が感じられるのは、オーガニックで育てられた100%のアップルジュースのおかげ。
現在、オーガニック食品はアメリカやEUでは当たり前に販売されるようになり、日本にも少しずつその流れがきています。けれども、「どんなオーガニックでもよいわけではないんです」と近藤さんは言います。
例えば、オーガニックの飼料さえ与えておけば、それはオーガニックの肉と呼べるんです。でも牛舎の狭く区切られたところで育てられて、健全といえるのでしょうか。そういった形式的なことではなく、本来あるべき地球の循環の形に戻していくことが重要だと思うんです。
それを実践している商品が、パタゴニアプロビジョンズにはすでにありました。日本では未発売の「バッファロージャーキー」です。バッファローを食べるといった習慣自体、日本人にはなかなか馴染みがありませんが、バッファローが選ばれたのには大きな理由がありました。
それは、彼らが草原の草の上の部分しか食べないからです。すると放牧されたバッファローの糞によって残った根が育ち、土の中に多様性が生まれていくそうです。そして炭素をたくさんつかまえておける土地となるのです。
土壌が炭素をたくさんつかまえておくことによって、気候変動の原因である温室効果ガスに含まれる二酸化炭素を吸収することが期待できます。気候変動という大きな環境問題にとって、土壌に含まれる炭素は大きな影響力を持つのです。「バッファローが地球にやさしい土を育てているんですよね」と近藤さんは表現しました。
頭数管理のためにバッファローをいただくときも、先住民のしきたりにのっとって屠殺し、そのすべてを食します。その一部がジャーキーとなって販売されているのです。
農薬を使わないとか添加物が入っていないということだけではなく、それを超えて、地球を回復させ、昔に戻すようなやり方で育てられているもの、あるいは食の在り方を通して環境を戻していこうという取り組みを応援しているんです。
これこそが、パタゴニアが実践する本当の意味でのオーガニックなのです。
そんな精神はもちろん「スモークサーモン」にも活かされています。材料はワシントン州で獲られている、もちろん天然のサーモンで、その漁業の仕方にも特徴があるそうです。
リーフネット漁業という、古代の漁業のやり方をならっているんです。水の中にネットを落とし、遡上してきたサーモンがネットにぶつかると岩と間違って、上にあがってくるんですね。それを上から人が覗いて、獲っていいサーモンだけをネットを巻き上げて傷つかないように獲るんです。
こういった方法をとるのは、混獲を防ぐため。混獲することによって、本来食べるべきでない、まだ小さな魚までも消費することになってしまいます。今は混獲が進み、魚を根こそぎ獲ってしまうような漁業が進んでいます。魚の量は減る一方で、いつまでおいしい魚を食べられるのかわからない時代がきているのです。
そんなこととは無縁の方法で獲られたサーモンは、手作業で骨などを抜き、スモークして味付けをして、オリーブオイルに漬け、真空パックされています。そのままはもちろん、サラダやパスタの具として使ってもおいしく食べられるそうです。
サーモンは北米で一番食されている魚だそうで、その点からも商品化されたわけですが、別の理由もありました。
サーモンは海から森まで戻るので、環境のパラメータ的な役割を果たしているんですね。天然のサーモンがきちんと遡上していれば水もきれいだし、豊かな環境が成り立っていることを象徴しているんです。
このようにさまざまなこだわりをもってつくられているパタゴニアプロビジョンズですが、いくら環境に対するコンセプトが素晴らしくても、おいしくなくては商品価値は半減してしまいます。その点についても、近藤さんは自信満々でした。
パタゴニアの精神に共感してくれている一流のシェフの協力を得ています。彼らの監修を経てつくられているので、味には自信があります。
いかにして環境に負荷をかけずビジネスをおこなうか
食品の生産が環境に負荷をかけているのは、例えばアメリカなどでよくおこなわれている大量生産が原因として挙げられるそうです。あたり一面、畑がコーンや小麦ばかり、といった光景がアメリカには広がっています。
小麦は一年草なので、1年で種を植えて収穫して、耕してまた植える。それを繰り返していくと、土の中の多様性がどんどんなくなるんです。そして耕すたびに土の中の炭素が放出されてしまって、土地がやせるうえに、気候変動の原因といわれる二酸化炭素の増加にも一役買ってしまうのです。
ひとつの農業のやり方が、世界の環境にまで影響を及ぼしている。そこに立ち向かったパタゴニアのやり方は実に斬新で、その結果生まれたものはとてもユニークでした。
通常、麦は一年草なんですけど、ランド・インスティテュートという研究機関が品種改良を繰り返して多年草の麦を開発したんです。そこで生まれたのが、カーンザと呼ばれる多年草の麦です。その麦を使って、ロングルートエールというビールの製造に乗り出しました。
カーンザの特徴は数メートルという根の長さです。すると根が炭素をつかまえていくうえに、土の中の多様性が広がるうえ、地盤が強くなるという利点もあるのです。
環境再生型農業というのは、土の中をしっかり健全に保つ農業ということですね。もともとの土の状態に戻して、そこに生物の多様性を回復させる。しかも炭素をつかまえておけるので、環境によりよい影響を与えることができるんです。
いつかは日本オリジナルのパタゴニアプロビジョンズも
パタゴニアプロビジョンズは本国アメリカから始まり、2か国目に選ばれたのが日本でした。日本の禅の考え方や、もったいないの精神、そういったものにパタゴニアプロビジョンズは通じるものがあるとイヴォンさんが感じたからのようです。
今はアメリカ本社でつくられたものを輸入して販売しているんですけど、いつかは日本でつくられたオリジナルのパタゴニアプロビジョンズの製品を届けられたらいいなと思っています。
このように新たなチャレンジをおこなうパタゴニアは、ある意味では着実にビジネスを展開しているように見えますが、その背景にあるのは、環境の悪化への焦り。
今のままだともう後戻りできなくなるところまできている怖さがあります。気候変動の問題であれば、2100年には、産業革命前から4℃前後上昇するというという予測もあります(WWFの報告より)。
2100年はそんなに遠くない未来ですし、自分たちの子どもや孫に今ある地球をそのまま渡していくことができなくなってしまうかもしれないということなんですね。ですから、これからパタゴニアが食のビジネスにおいてもよりインパクトを出していって、強い影響力を持てればと思っています。
最新の商品としては、マイ箸とスプーンのセットが発売されるそうです。職人さんがひとつずつ丁寧につくられたもので、食事がよりおいしくいただけそうな温かみのある商品に仕上がっていました。
パタゴニアのチャレンジはまだまだこれからも続くでしょう。でもそれは、パタゴニアだけのものでは意味がありません。私たち一人ひとりが賢い消費者となって、その商品の背景にある意義を理解し、選択することで、まだ最悪の事態は防げるかもしれません。
マイ箸を持つ、エコバッグを持つ、週に1度はお肉を食べない日をつくるなど、簡単にできることから試してみてはいかがでしょうか。
アウトドアとは無縁の生活を送っている人も、これを機会にパタゴニアに足を運び、ぜひパタゴニアプロビジョンズの、さまざまな意味で豊かな味を楽しんでほしいものです。