あるとき、首都圏に住んで働く30歳前後の社会人に向けた、こんなイベント告知文がFacebook上に投稿されました。
「東京の外に、もっとおもしろい場所があるのかも。
でも現実的に考えて、あんまり遠いのには抵抗感がある……。
暮らしも大事。仕事も大事だし。なにかヒントはないものか。
湘南の向こう側で見つかるかもしれません。
そう思ったら、のぞきに来てみませんか?」(一部抜粋)
このメッセージを投げかけたのは、小田原で株式会社旧三福不動産を営みながら、新しく創業したい人を応援するプロジェクト「第3新創業市」も推し進める山居是文さん。この日のイベントには、山居さんの他に、熱海と真鶴からそれぞれのまちで“面白いことをやっている人”が登壇。雑誌「ソトコト」編集長の指出一正さんを交え、トークが展開されました。
地域にはそれぞれ独自のカルチャーがありますが、東京の西はどんな状況になっているのでしょうか。東京の東・千葉県いすみ市に移住し、やはり仕事と暮らしが大きく変化したぼくが、東京をまたいで、イベント「ちょっとだけ西がおもしろい?!小田原・真鶴・熱海リアルトーク」をレポートします。
小田原・真鶴・熱海地域をまるごと活性化させたい
「ちょっとだけ西がおもしろい?!小田原・真鶴・熱海リアルトーク」で取り上げられている地域、小田原と熱海は車で片道1時間弱で行けてしまう距離にあり、その間に真鶴があります。
このように、名前だけを聞くと別のエリアのように思えても近隣のまち同士の距離はとても近く、ひとつの生活区といっても差し支えありません。
山居さん自身も小田原だけでなく、リアルな住まいと仕事の圏域として小田原・真鶴・熱海地域をまるごと活性化させたいという思いでこのイベントを企画しました。
山居さん 小田原・真鶴・熱海は田舎過ぎはしないけれど、自然や温泉もあります。新幹線を使えば30分程度で東京にも行けますし、都会的な所もあれば豊かな地域コミュニティもあって、両方のいいとこ取りができるエリア。最近は面白いことをやっている人も増えてきているので、一緒に盛り上げていきたいです。
‟面白いことをやっている人”熱海代表は、NPO法人atamista代表で、民間まちづくり会社である株式会社machimoriも立ち上げた市来広一郎さん。熱海で生まれ育ち、約10年前にUターンで戻りました。
市来さんは、まちなかに空き店舗を再生したゲストハウス「MARUYA」をオープンさせるなど、多岐にわたる活動を通じて熱海の中心市街地のリノベーションまちづくりに取り組んでいます。
市来さん 熱海というと温泉や海というイメージだと思うのですが、ぼくが面白いなと思ったのは、昭和のまま時が止まったような街並み。もともとの熱海の中心街である銀座通りも、みなさんのおかげもあって少しずつお店が入るようになってきました。
現在は、創業支援プログラムも行っていて、介護や林業の分野で事業を起こそうとする人も出てきました。「2030年の熱海をどうつくっていくか」とみんなで考えて取り組んでいます。
真鶴からは、「真鶴出版」の川口瞬さんと來住(きし)友美さん。
2015年4月より神奈川県真鶴町へ移住したふたりは、「自宅」兼「出版事務所」兼「宿」として、1日1組限定の‟泊まれる出版社”を運営しながら、地域情報を発信する出版物の制作を行っています。
川口さん・來住さん 真鶴出版に泊まりに来てくれたお客さんと一緒に街歩きをして、まちの魅力を伝えることもしています。
真鶴には「美の基準」というまちづくり条例があり、高い建物が無く、小道がたくさんある美しいまち。活版印刷のアトリエがあったり、最近では20歳代の人がピザ屋を始めたり、少しずつなにかが起きそうな予感があります。
「新しい地方とソーシャルな視点」
そして、山居さんがこの日「小田原・真鶴・熱海の可能性を教えてもらいたい」と招いたゲストは、雑誌「ソトコト」編集長の指出一正さん。指出さんは小田原・真鶴・熱海エリアが大好きなのだそう。
指出さん あまりに好きすぎて、先日、誰に会うわけでもなく家族と一緒に真鶴に行ってきたんです。7歳の息子は寿司屋で「こんなにおいしいお寿司は生まれてはじめて!」と、かっぱ巻と納豆巻しか食べてないはずなのに言うんですよ(笑) そんなエピソードも含めて、ぼくにとって小田原・真鶴・熱海は想像するだけで心が温かくなる場所です。
仕事柄、全国のたくさんのプレイヤーを知る指出さんは、2016年から「レンタル編集長の出張トークイベント」と題して、招いてもらった地域に出向いてトークを行ってきました。その数なんと111ヵ所(2017年3月現在。イベント時は88ヶ所)。
現場で得た知見をもとに、「新しい地方とソーシャルな視点」について話します。
指出さん 新しい地方とはなにかというと、それまであまり注目されていなかった地方のこと。そんなまちが数年前から注目されているんですね。
ソーシャルな視点というのは、社会をよりよく変えていく仕組みやモノやコトのこと。ソーシャルな視点を持ったローカルヒーローが全国に増えています。いまここにいる4人もまさにそうですね。
「関わる場所をつくるのがうまいところが、‟新しい地方”になっている」
「地方にはファンタジーがある(先住者に家をもらってしまった人の事例から)」
「地方に行けば行くほどに関わりしろがある」
全国の事例について話しながら、指出さんからは大切なキーワードと言える言葉が次々に飛び出します。
指出さん 地域を面白くしようと取り組んでいる人たちの共通解としてみんなが考えているのは、関係人口を増やすということ。移住者を増やすとか、観光客を増やすということだけでなく、縁を感じて時々来てくれたり、関われる場所を見つけて遊びに来てくれる人を増やすことが大事です。そして、そこに住む人自身が自分たちの住む地域をどうしていきたいかを自分ごととして考えるということも忘れてはいけないことです。
大事なのは、自分の地域のことを弱みも含めて素直に話すこと
ここからトークは、小田原・真鶴・熱海の4人と指出さんとのやりとりに。口火を切ったのは山居さんでした。
山居さん では指出さんから見て、小田原・真鶴・熱海はどのように見えていますか?
指出さん ここにいる小田原・真鶴・熱海の4名は“我がまち自慢”をしにきているわけではないので、その時点で外の人は関わりやすいよね。どういうことかと言うと、「うちのまちは自然がきれい」とか、「私のところはとにかく住んでいる人がやさしいんだ」と言われても外の人にとってなかなか関われる隙間を感じられない。でも、「まちのwebメディアをつくれる人がいなくて困ってる」などと言われると、「自分が力になれるかもしれない」と関わりしろを感じられます。そうやって自分の地域のことを取りつくろうことなく、弱みも含めて素直に話してくれると、行ってみたいとか、関わってみたいと思えますよね。
市来さん そういえば、熱海は全国で最も空家率の高い自治体なんです。50%を超えるくらい。そこで当初ぼくが活動を始めたとき、この空家率を発信していたら、美大生から「空き物件を使わせてほしい」と連絡が来ました。それがアートイベントの開催につながり、今でも続いています。学生たちは数ヶ月まちに滞在していくので、まちに活気が生まれます。弱みを見せたことで関わってみたいと思ってくれたんでしょうね。ネガティブな情報を発信するのは確かに大事かもしれません。
川口さん 真鶴でも最近、移住先を探しに来た写真家の方がまちを見て、フォトスタジオやシェアハウスなど、どんどん新しくやりたいことが浮かんでくると言っていました。ぼく自身もそうでしたが、いろいろと整備されすぎていなくて、足りないところが見えてくるからこそやりたいことが出てくるんじゃないかなと思いますね。
関わりしろのあるまち。会いに行けるまち。
山居さん 小田原・真鶴・熱海。この3つの町の可能性についてはどう思います?
市来さん 3つのまちだけを合わせると30万人弱くらいの人口ですけど、熱海から20km圏内だと人口80万人くらいにもなる。意外と大きなマーケットですよね。こうやってエリアで考えると、仕事や暮らしももっと可能性があると思う。
川口さん ぼくは、真鶴にきて不便なことはないの? とよく聞かれますけど、全然不便がない。家賃なども安いので、独立して自営業をやろうとする人にとってはいいことづくめだと思います。
山居さん 小田原でも家賃などは都心に比べて半分くらい。暮らしにも起業にもいい環境だと思います。家も広くて新幹線で東京に通勤できるし、通勤代を含めても安い。経済的な面だけ考えても悪くないですよね。…あ、弱点を言わないと人が関わってくれないんだっけ(笑)
確かに、東京からの距離の近さは仕事を変える必要に迫られないため、気軽に住まいだけ変えることも可能ですし、家賃の安さは暮らしの安心につながります。
でも、なにより参加者が感じたのは、「この3つのまちならどこに行っても顔の見える彼らがサポートしてくれる」ということだったように思います。それはまさに、指出さんの言う”関わりしろ”と言ってもいいかもしれません。
熱海では、市来さんがオーナーのゲストハウス「MARUYA」に泊まりにいくこともできますし、このゲストハウスができたきっかけともつながっている「熱海リノベーションまちづくり」のイベントに参加することもできます。10年間空き家だった元パチンコ屋がゲストハウスに変貌したように、変わり始める熱海に関わることが可能です。
小田原では、山居さんがアテンドする、‟借りられるかどうかわからない空き家を見て回るツアー”が行われています。「借りられるかどうかわからない空き家を見てどうするの?」という質問も参加者から投げかけられましたが、山居さんにとっては、それもまちの可能性を探る活動のひとつ。
参加者が能動的にまちとの関わりしろを想像することは、まちを楽しむ作法を身につけるきっかけになりますし、このことで空き家の所有者が自らの物件の価値に気づくこともあるはずです。もちろん山居さんは本業が不動産屋なので、通常の物件の相談にも乗ってくれるでしょう。
真鶴では、川口さんと來住さんの営む真鶴出版に泊まることができるので、宿泊時にふたりを捕まえて、じっくりとお話を聞かせてもらうこともできそうです。
また、時間的にもさらにディープに真鶴を知りたい人は、町役場と町民が一緒にリノベーションした空き家に、2週間まで2万円でお試し暮らしすることもできます。これは、移住を検討するときに1日から数日の滞在だけではわからない、暮らしの実際を感じてもらうためのものです。
交流会が盛り上がった理由
ぼく個人の見解では(指出さんの指すところもおそらく同じかと予想しますが)、まちとの関わりしろとは、まちや自治体が外の人に提供するサービスのことではありません。サービスになってしまうと、関わる人がお客さんになってしまうからです。
外の人に関わってもらうためのサービスではなく、関わりたくなる雰囲気や隙間(弱点)にこそ、人は自然と興味を惹かれるもの。「迎える側とお客さん」という関係性ではなく、「お互いに仲間」の関係性にこそ親近感が生まれます。
心理的距離の近さは、物理的距離をも超えます。そうした関係性ができると、「東京から1時間は遠い」と言っていた人もやがてすぐに「東京から1時間は近い」と言うようになるのです。
小田原・真鶴・熱海の3地域は、まさにそうした地域。4人が平熱のトーンで紹介した地域の話に触れて、ぼく自身もまずはそこに行ってみたい! と思いました。平熱は冷めることがありませんから、行きたい気持ちはきっと持続するでしょうし、イベント参加者らもそのように感じたのではないでしょうか。
とはいえ、実はこの日のイベントは、小田原・真鶴・熱海から来た登壇者が指出さんにお話を聞くということに主軸が置かれていたため、彼ら自身の詳細な活動内容について、あまり多くは話されませんでした。正直なところ、「もっと知りたいのに」という若干の消化不良があったことをここに告白しておきます。
しかし、イベントの後に行われた交流会は、特筆すべき盛り上がりとなりました。おそらく、「4人の活動をもっと知りたい」という参加者の思いが強まり、彼らに直接話を聞きに行く人が続出して交流が促されたのだと思います。
これはどこか、「弱さ(隙間)をさらけ出すとそこに関わりしろができる」ということに通じるように思え、「なるほど」と納得してしまいました。
なにかが足りないことで能動性が促される。そのマジックは、賑やかな交流会となって、スペースがクローズになる時間まで繰り広げられました。
さて、改めて冒頭のメッセージ。
「東京の外に、もっとおもしろい場所があるのかも。
でも現実的に考えて、あんまり遠いのには抵抗感がある……。
暮らしも大事。仕事も大事だし。なにかヒントはないものか。」
関わりしろのあるまち、小田原・真鶴・熱海に足を運んでみませんか?
(撮影: 寺島由里佳)