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泊まると熱海がくせになる。ゲストハウス「MARUYA」オーナーの市来広一郎さんがつくりたいのは“もうひとつの日常”に出逢う機会

熱海と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか? 会社、はたまた友人や家族との旅行で、一度は訪れたことがあるという方も多いかもしれません。

海沿いに、飲食や温泉やアミューズメントを施設内で網羅できてしまう大きなリゾートホテルが並ぶ熱海。かつて全盛期には、年間約940万人の観光交流客数を誇る観光地でしたが、今ではその来客数が以前の約半数へと落ち込み、閉店から廃墟と化したビルが目立つようになりました。

なぜ客足が遠のいてしまったのでしょうか。その理由を、施設完結型の仕組みによりまち本来の魅力が伝わっていなかったことと考え、まちの魅力が”体感的に”伝わる熱海をつくろうと、日々地域づくりに励む一人の男性がいます。

それが、今回取材させていただいた「株式会社machimori」代表取締役 市来広一郎さんです。今回は、事業の一つである「guest house MARUYA(マルヤ)(以下、MARUYA)」に焦点を当て、「MARUYA」の取り組みやまちに与える影響、市来さんが大切にしているポイントなどを伺いました。
 

市来広一郎(いちき・こういちろう)
1979年生まれ。静岡県熱海市出身。株式会社machimori 代表取締役、NPO法人atamista 代表理事を務める。大学から東京へ移り、ビジネスコンサルタント業務を担う株式会社IBMへ就職。のちにNPO法人の社会起業・政策学校である一新塾へ加わる。1990年代後半、実家で運営する宿泊施設の閉鎖など、帰郷する度に廃れ行く故郷の姿を目の当たりにして、自らまちに活気を取り戻そうと事業を立ち上げた。

“もうひとつの日常”に出逢う、ゲストハウス「MARUYA」とは

JR東京駅から新幹線で約45分、熱海駅から歩いて15分ほどの場所に「熱海銀座商店街」という通りがあります。その通りのちょうど真ん中に建つのが「MARUYA」です。2013年11月に開催された第3回リノベーションスクール@熱海がきっかけとなり事業がスタート。2015年9月18日にプレオープン、同年11月11日にグランドオープンを迎えました。

今回の取材に合わせ、ゲストハウス研究家の私も「MARUYA」に実際宿泊しました。ではその時の実体験をもとに、はじめに宿の全貌から覗いてみましょう。
 

こちらがMARUYA。軒先には椅子とテーブル、冬場は野外コタツも設置。平日は11時から夕方まで、土曜は23時まで、東京から移住した女性が軒先でDELI×CAFÉ×BARを開いているそう。


写真は向かいの干物屋の風景。宿の玄関口で朝食をとることもでき、宿泊費プラス300円でごはんとお味噌汁を注文。干物屋で好みの干物を購入して持ち帰り、宿の軒先で焼き、まちを眺めながらいただきます。


受付を通ると、広々とした共有スペースが。その裏側の壁には、宿泊者がどこから来たかを記せるようにと、地図が描かれています。オープンから数ヶ月、すでに国内外の様々な地から来客があるようです。

コンセプトは“泊まると熱海がくせになる”。宿を通じて熱海のまちを体感的に味わうことで、一度きりではなく思わず何度も訪れたくなる「もうひとつの日常」に出逢う機会を届けたいという想いから、この場を運営しています。実際に、MARUYA立ち上げに関わったことをきっかけに、東京や横浜に住みつつ熱海に何度も訪れる、二拠点移住者もすでにいるのだとか!

宿泊は、素泊まり一泊3600円から。週末や連休中日、熱海海上花火の時期には値段がやや変動します。

近年ゲストハウスというと、交流スペースがある・水回りが共有・寝室は二段ベッドなどの相部屋、というスタイルが一般的となってきています。しかし「MARUYA」の場合は寝室がカプセル式。

カプセルと聞くと窮屈なのかな? と想像していたのですが、実際泊まってみると、意外と広々としていて快適。上段に関しては、小柄な女性であれば室内で立つこともできるほど。プライベート空間が分かれているので、相部屋慣れしていないゲストハウス初挑戦のひとも気軽に利用できそうです。
 

シングル・ツイン・ロフトと部屋タイプも複数あります。大きなトランクが邪魔になる場合は、各自別に用意されている大きな貴重品ボックスにトランクを収納することもできます。


内装が全て異なる19室のカプセルルーム。寝室の壁紙は、熱海在住の現代美術作家やクリエイター、熱海に縁のあるひとなどで厳選したといいます。

まちの日常的魅力を楽しむ、「MARUYA」の取り組み

熱海の良さを知ってもらうために、市来さんたちは体験ツアー型の企画を開催しています。希望者を募って地元ならではの情報やまちの歴史を話しながら熱海を探索するツアーや、リノベーションスクールとのコラボレーションによる空き家の活用案をみんなで考えるツアー、時には夜の神社を訪れるツアーなども行ってきました。

ゲストハウス開業以前から「オンたま(熱海温泉玉手箱)」という体験交流プログラムとして、既存の観光物以外の魅力を発掘するような企画を実施していたのですが、「MARUYA」を開いてから遠方の参加者をさらに招きやすくなりました。まちの体験プログラムを開催するとともに、宿泊施設を構えることの相性の良さを実感しています。

宿泊当日、ちょうどまち案内ツアーの企画が開催されており、私も参加。ツアーでは、案内人の市来さんや「MARUYA」スタッフさんたちが、まちのお茶目な側面を楽しそうに紹介してくれました。

この蕎麦屋さんは冷たい蕎麦が自慢で。メニュー表に載っているにも関わらず、温かい蕎麦を注文したら、店のお母さんに怒られるんですよ(笑)

そんな「くせのある熱海情報」をたっぷり盛り込んだ地元愛伝わる案内から、“泊まると熱海がくせになる”のコンセプト通り、知れば知るほど一癖も二癖もあるまちの魅力に惹かれ、だんだんと熱海ファンが増えているようです。
 

オンたまの様子。交流体験を通じて、地元で暮らすひとや働くひと・この地を訪れたひとが縁を広げながら、観光以外のまちの魅力を発掘し、まちづくりや小さなビジネスへと発展することを目標としています。


横浜のコワーキング・シェアオフィス mass×mass との共同企画イベント。イベントでは、ディープな熱海を皆で発見しようと「まちあるき」を実施。その後、宿に戻ってトークイベントが開催されました。

「MARUYA」が誕生するまで

ここで「MARUYA」がオープンするまでの経緯をご紹介しましょう。

2013年に開催された、熱海リノベーションスクール。多くの参加希望者から選考を通過した50名ほどが受講。4チームに分かれ、その中のひとつに、対象物件を「丸屋(まるや)」として、ユニットリーダー「らいおん建築事務所」嶋田洋平さん、サブユニットリーダー市来さん、約10数名のメンバーで構成されたユニットがありました。

丸屋は2つの建物から成る物件で、手前が昭和25年につくられた2階建て、そして奥が昭和42年につくられた5階建て。かつてパチンコ屋だった幅のある大箱で、直近は近隣にある干物屋の倉庫として一部使用されているだけ、ほぼ空き物件の状態でした。

リノベーションスクール開始前から、私が代表を務める株式会社machimoriを主導に、丸屋をまちづくりの何らかの場として活用しようという方針は固まっていました。ただ、ユニットで話し合うまで私の頭に浮かんでいたのはギャラリーやシェアハウスというアイデアだったんです。

そして当日、ユニットメンバーから早い段階でゲストハウスという案が上がり、市来さんを含むユニット全員が満場一致で賛同して方向性が定まっていきました。
 

2013年11月開催の第3回リノベーションスクール@熱海での全員集合写真。緑のパーカーを着ているのがユニットリーダーの嶋田洋平さん。

私自身27ヶ国を旅したことがありゲストハウスには馴染みがあったのですが、海外の印象が強かったせいか“地元で”という思考につながっていなかったんです。今思えば、どうしてゲストハウスという発想に至っていなかったのだろうと不思議に感じるほど、まちの日常にある魅力を体感的に知ってもらうにはゲストハウスは最適だなと思っています。

そしてリノベーションスクールから1年半後の2014年8月、ユニットマスターであった嶋田さんに改めて相談。こうしてゲストハウス「MARUYA」は、事業化に向けた一歩を踏み出しました。

セルフリノベーションをすることで場に愛着が湧く

その後、行政の担当者と相談を繰り返し、丸屋での宿泊業の取得見込みが確認できたのが2014年12月。そこから設計がスタートしました。
 

縦にも横にも広い、大きなスペース。着工当初はがらんとしていて、本当にこの場所で宿ができるの?という状態からのスタート。

設計は、デザインから工事のすべてを自分たちの”手”で行う集団「Handi House project」一級建築士の中田裕一さん。市来さんは、彼らのコンセプト「自分でつくった『あいちゃくのあるへや』でもっと楽しく暮らしませんか?」に共感して、依頼をしました。

友人やリノベーションスクールで出会った仲間、地元近隣のひとなど、のべ70名以上がDIYに協力してくれました。みんなで「できるだけ自分たちで」を合言葉に、DIY慣れしていないひとも参加しやすいようにとワークショップ形式にして、教え合いながら進めていきました。

完成までの過程を共有することで、ひとりひとりの中に「MARUYA」という場への愛着が生まれていったように感じています。


協力に来た人たちの中には、DIYをするのは今回がはじめてという人も少なくはなく、Handi House project中田さんや、DIYが得意な友人の指導のもと、みんなでスキルアップをしながら作業を進めていきました。


ペンキや埃にまみれながら、みんなで空間をつくっていきました。完成の記念に協力してくれたひとたち自身に、自分の名前を、共有スペース角の壁にサインしてもらいました。

こうして、DIYを通して場に愛着が湧くことで、多くのひとが積極的に「MARUYA」の運営に関わっていくようになりました。

「今後新しいスタッフを迎えるときは、一緒に宿の床張をするなど、自らの手で場をつくる体験を必ず取り入れようと思っています」と、市来さんは話します。

クラウドファンディングが成功したポイント

そして工事が進んできた2015年5月、認知拡大を一番の目的にクラウドファンディング(READY FOR)に挑戦しました。「MARUYA」がクラウドファンディングで掲げたタイトルは「二拠点居住の入り口となるゲストハウスを、熱海につくる!」です。

リターンとして設定したのは、「MARUYA」への宿泊や熱海満喫オーダーメイドツアーなど、自分たちが一番届けたい「熱海の日常の魅力」を体感的に発信できるもの。結果あつまったのは、支援総額 1,793,000円、支援者数 199人!

6日間で目標金額100万円を達成するという快挙を遂げ、なんと最終的にはREADY FOR OF THE YEAR 2015にて「コミュニケーションアイデア部門賞」を受賞するまでに至りました。
 

2015年11月下旬に開催されたREADY FOR OF THE YEAR 2015表彰式。会場には大勢のひとが集まり、市来さんは壇上にあがり、表彰のガラスの盾を受け取りました。

クラウドファンディングで支援してくださったひとの多くは、一度どこかで顔を合わせたことのあるひとでした。リノベーションスクール界隈のひとから、最近なかなか会えていなかったもののSNSを介して活動を気にしてくれていた昔の友人まで。様々なひとがここをきっかけに「支援」という形で応援をしてくれました。

クラウドファンディングは、全く関係性のないひとのプロジェクトより、少しでも接点があるひとのプロジェクトを支援する傾向があるそうですが、特に「MARUYA」の場合は、すでにDIYで多くのひとを巻き込んだ解体や工事が進行していたこと、少し形ができはじめていて完成イメージも湧きやすい状態だったことなどから、支援希望者が生まれやすかったのではと考えられます。

さらに、クラウドファンディング実施を「認知拡大が最大の目的」と市来さんが念頭に置いて、支援募集中にこの取り組みをぜひ知ってもらいたい! と多くの友人へ、個別のダイレクトメッセージを丁寧に送っていたことも、大きな成功要因と言えそうです。

点が面になって広がる、地域の担い手の連鎖

こうして、リノベーションスクールをきっかけに、友人や知人、地元のひとたちや、クラウドファンディングを通じてさらに多くのひとたちの協力や応援を受けながら、株式会社machimoriの事業として、無事にオープンを迎えたゲストハウス「MARUYA」。今では、熱海の日常にあふれる魅力を発信する、新たな拠点となっています。

そして市来さんが地域づくりの活動をはじめてから、まちの状況も少しずつ変わってきました。今では、熱海の事務所数は増加、地価も上昇。体感だけではなく統計データとしても明確に結果がではじめています。また、「MARUYA」のある熱海銀座商店街では、以前は10軒あった空き家が4軒に減り、飲食店など6店舗の新しいお店が開業しています。
 

熱海銀座商店街。徒歩5分で海に着きます。「MARUYA」の向かいには、株式会社machimoriが運営するカフェなどのお店が並びます。

「MARUYA」など株式会社machimoriの活動に対して、今では地域の多くの方が賛同して協力してくださっていますが、私がこの通りで事業をはじめようとしていた頃は「こんな場所に未来はない、やめておけ」と言われることが何度かありました。

それでも当時この通りには、若手跡継ぎに世代交代した店舗が散見されはじめていたので、似た感覚でフットワーク軽く、柔軟に活動をともにできるのではと、この通りで事業を展開することに決めたんです。

地域の中で少しずつ変わろうとしている前進の兆しを見逃さず、散らばった点を自ら線になって積極的につなぎ、面として地域の活気を広げていく。市来さんをはじめとする株式会社machimoriに関わるひとたちの尽力する姿から、まちはチャレンジしやすい環境となり、さらに新たな仲間がじわじわと増えていっているようです。

ゲストハウスでまちを知り、住みたくなったらシェアハウスへ

今後の展開について「実はシェアハウスをつくる計画をしているんです」と話す市来さん。

市来さんは、熱海の持つ課題の一つとして “仕事はあるのに住む場所がない”という点を挙げました。今ある住居物件の多くは、お風呂もない空き家または高価なリゾートマンションのどちらかで、住みたくなるような生活環境と家賃が揃った住居があまり存在しないのだといいます。

仕事があるまちなので、移住の需要はきっとあるはず。そこにしっかりアプローチしていきたい。今まさに、熱海でコワーキングスペースを併設したシェアハウスをつくるという計画を練っているんですよ。

ゲストハウスでまちの日常にあふれる魅力を体感し、住むという選択肢が頭をよぎった時に、住みたくなるようなシェアハウスがそばにあったら、思わず暮らすイメージが湧いてしまいますよね。

100年後も心豊かな暮らしができるまちをつくるため、地域に広がるコミュニティを大切に育みながら、市来さんはそんな場づくりに日々全力投球しています。

熱海と聞いて記憶を呼び起こした時に、まちに関する思い出が見当たらないひとは「くせになるまちの魅力」をまだ知らないままなのかもしれません。あなたもゲストハウス「MARUYA」に泊まって、熱海の暮らしに寄り添う魅力に出逢いにいきませんか?

– INFORMATION –

 
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http://kitakyu.renovationschool.net

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