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旅するように生きる“風の人”と地域に根ざす”土の人”をつなぎたい。 福井・南越前町が提唱する「流動創生」とは?

日本の人口は、2050年には1億人を切ると予測されています。

少子高齢化と都心への人口一極集中に歯止めをかけるため、若年人口の地方移住を促すことで国全体の活力を上げようとする一連の政策が、2014年に第二次安倍内閣が掲げた「地方創生」でした。この流れを受けて、地方移住を検討する人も増え、ルーツとなる土地を持たない都会の若者たちにとって、移住は人生の選択肢のひとつになりつつあります。

また、人口縮小によるマンパワーの絶対量不足に対して、政府が「働き方改革」を打ち出したことにより、週休3日制や副業許可など、社員の自由な働き方を許す企業も現れ始めました。

しかし、いくら住む場所や働き方の自由が推奨されても、実際には地方から東京への人口流出が留まる気配はありません。地方移住についても、成功事例が脚光を浴びる一方で、定着できず都市部に戻るケースも少なくありません。

この状況を踏まえて、福井県の南越前町が提唱するのが、「流動創生」という一風変わった地方創生事業。減りゆく人口を地方で取り合うのではなく、全国に人の流れをつくり、それぞれが相性の合う環境や地域と出会うための仕掛けをつくっています。

日本中の地域が「わが町に移住・定住を!」と声を張り上げるなか、南越前町が「わが町だけ」にこだわらず、「社会全体の働きやすさ・暮らしやすさ・生きやすさをつくろう」とするのはどうしてなのでしょう。時代の一歩先をいく地方創生の現場を取材してきました。

荒木幸子(あらき・さちこ)
1985年横浜市出身。両親が東京生まれの転勤族だったため、帰るべき田舎を持たずに育つ。大学で歴史学や文化人類学を学び、都内SIer企業にてコンサルティング部隊に5年間所属。その間に3.11を経験し、政府や大企業といった大きな仕組みや社会の変動に脅かされず生きる方法を模索するため、これまでの環境を一転し、2013年から3年間、福井県南越前町にて地域おこし協力隊に着任。2015年からは、南越前町の委託を受けて、自らが地方創生事業として提案した「流動創生事業」の企画・運営を行っている。

「まちを良くしたい」地域と
「自分の人生を生きたい」風の人をマッチング

荒木幸子さんは、2013年に地域おこし協力隊として南越前町に着任。全国で活動する仲間と課題を共有するなかで、移住希望者と地域の人の間をもっとていねいにマッチングする必要性を感じて「流動創生」のアイデアを提案しました。

荒木さん どの地域にも「大好きな私たちのまちを何とかしたい」という気持ちは、当然あると思うんですね。でも、移住・定住する人の数だけを追いかけていると、きっと来てくれる人の顔も見てあげられないことになってしまう。「自分のまちさえよければいい」と、独りよがりに陥ってしまうと思うんです。

また、フットワーク軽く移動する「風の人」がもたらす情報や技術は、土地に根付いて生きる「土の人」の力と結びついて新たな価値を生み出す可能性があります。荒木さん自身が「風の人」として南越前町に受け入れられたときの経験も「流動創生」のアイデアの元になりました。

荒木さん 東京から地方に移動してわかったのは、地方にはよそ者が来るのを楽しみに待っている人もいるということ。移住や定住を求めるだけではなくて、人が流れて新しい何かがやってくる楽しみを地方につくるにはどうしたらいいかな、と考えたんです。地域の人の思いと、都市部の人たちの「自由でいたい」「自分の人生を生きたい」という思いを調整しているのが我々なのかもしれません。

流動創生運営チームのメンバーと、流動創生の拠点前で

現在は、「流動創生」事業の運営を担う荒木さん。事業のミッションは「企画を通して都会の人がまちを気軽に来訪し、滞在するきっかけをつくること」だと言います。多様な生き方をしている「風の人」のポテンシャルを最大限に引き出すような、地域の人との関係づくりを心掛けています。

荒木さん 無理に移住・定住にこぎ着けることを目的化すると、やはりどこかで違和感が出てくる可能性があります。そうではなく、来てくれた人自身が、自分の人生のこととして、自分に合う地域を探すお手伝いをしたいんですね。

私自身も、たまたま南越前町と相性が合って、自分の思い描くビジョンを「流動創生」というかたちにして取り組めているから、協力隊の期間を終えてもここにいるんだと思うんです。

現在、「流動創生」の軸となるのは、「地方」のリアリティを体感する滞在型のプログラム「StopOver」と、日本を広く見渡して地域や暮らしを客観的に捉える大切さを謳う全国巡業ツアー「RoundTrip」のふたつ。それぞれについて、詳しくお話を伺ってみましょう。

“一宿一飯の恩義”で地域の短期型プレイヤーになる「StopOver」

「StopOver」は、南越前町に一定の期間滞在し、まちの人たちの仕事を手伝うという企画です。実施期間中は滞在者の都合に応じて途中参加・退出が可能。流動創生運営チームのメンバーがシェアハウスとして暮らす拠点に宿泊しながら活動します。

たとえば、「StopOver05 田舎の家の夏合宿(2015年8月5日〜21日)」では、空き家の不要品を捨てて床張り・壁塗りをするなど、地域での拠点づくりのスキルを学びました。

地域での拠点づくりには、空き家を再生するスキルも必須。「StopOver05田舎の家の夏合宿(2015年8月5日〜21日)」では床はり作業を体験しました

農家のおじさんに農作業を学ぶ参加者

「StopOver13 秋の素材で小商い(2016年11月8日〜30日)」では、南越前町の歴史ある宿場町・今庄の名産品「つるし柿」づくりや、地酒イベント「酒蔵ふぇす」の有給スタッフを体験。参加者たちは、自分の腕と地域資源を掛け合わせてできる「場所を問わない小商い」を開拓・実践し、地域の人たちと交流を深めたそうです。

450年もの歴史がある「今庄つるし柿」づくりを体験。皮を剥いた柿をいろりの上に吊るして乾燥させる「燻し製法」の干し柿。「一つ食えば一理、三つ食えば三里歩ける」と旅人に重宝されてきました

湧き水に恵まれた今庄は酒蔵のまち。今も4軒の蔵元があり、秋には「酒蔵ふぇす」が開催されています

「StopOver15 冬の生業・杜氏体験(2017年1月4〜31日)」では酒造りに挑戦しました

「StopOver」の開催中は、“一宿一飯の恩義”をいただきながら、畑手伝いなどで“恩返し”をする“短期型プレイヤー”として気軽に地域に入っていくことができます。最初は、「こんな田舎に来てくれるの?」「え? 東京から来たの?」と驚いていたまちの人たちも、今ではリピーターと直接やりとりをするようになっているそう。

荒木さん 近所の畑のおじさんも「StopOver」に来た人を覚えていて「また来とっけたんか。きゅうりいこう(大きく)なったでちょっと見ていきね」みたいな。私たちを介さなくても、まちの人がその人を知っていて、その人もまちの人に会いに行くことをひとつの理由にしてくれる流れも出てきました。

全国の地域を巡り、人の流れをつくるワゴンツアー「RoundTrip」

2015年秋に始まった巡業型地域開拓ツアー「RoundTrip」は、より先進的に「流動創生」のコンセプトを体現する企画。参加者は南越前町から、約2週間かけてワゴンで6〜7地域を旅します。受け入れ地域は、宿泊場所と“仕事”を用意。2〜3日ずつ滞在して、仕事をしたり、一緒に食事をしたりしながら、地域の人との交流を深めるというものです。

2016年秋、3回目の「RoundTrip」のルート。気候も風土も異なるまちをぐるりと巡りました

「RoundTrip」で滞在した山形県朝日町では、郷土料理「ひっぱりうどん」を体験

「RoundTrip」はこれまで2年間で3回開催。毎回、20〜30代の男女10名程度がワゴンに搭乗しました。2回目以降は、受け入れ地域をFacebookなどで公募してルートを作成したそう。

荒木さん 人によって地域との相性は全然違うと思うので、いろんな地域を体験してもらおうという企画です。複数の地域を見て、客観的に自分の住むまちや、他の地域を見る視点を持てたら、もう少し移住希望者と地域のマッチングも成功率が上がるんじゃないかと思うんです。

でも、南越前町の地方創生のための事業として考えると、「RoundTrip」はちょっと利他的すぎる企画にも思えてきます。町役場の人たちにはどんなふうに説明しているのでしょうか?

荒木さん 地方移住を経験した人からは、「ずっとここに住んでほしい」と囲い込まれて、自分がやりたかったことを見失い、結局都会に戻ったという話も聞きます。でもそれは、単にその地域との相性が合わなかっただけかもしれません。

もし、一つの地域と合わなくても、次の地域にどんどん動いて自分に合う場所を見つけられる環境が必要だと思います。まちにとっても、自分のまちと相性の良い人に来てもらうのがいいはずです。

それに、南越前町は、北国街道の宿場町・今庄や、大阪と北海道を結ぶ海運を支えた、北前船主のまち・河野浦など、交通・交易の要所として人や文化が行き交った歴史のあるまち。現代の人の流れをつくる「流動創生」は南越前町にふさわしい事業だと思うんです。

一方、「RoundTrip」の受け入れ地域として協力したまちでは、どんな変化が起きたのでしょうか。取材当日は、過去の受け入れ地域から、岡山県瀬戸内市に移住し、裳掛地区で集落支援員として活動する菊地友和さん、岐阜県・白川村の地域おこし協力隊を経て一般社団法人ホワイエを立ち上げ、古民家を改修した「アオイロ・カフェ」を営む柴原孝治さんも来町。荒木さんと3人で、「RoundTrip」を振り返っていただきました。

「RoundTrip」の受け入れ地域で起きたこと

菊地さんと柴原さんが「RoundTrip」を知ったのは、Facebookで流れてきた投稿。ふたりとも、これまでの地方創生の取り組みにはない、「流動創生」の斬新なコンセプトに興味を持ったそう。でも同時に、同じく地域で活動する立場として「これをやるのは大変だろうなあ」とシンパシーも感じたと言います。

左から、柴原孝治さん、菊地友和さん、そして荒木幸子さん

柴原さん 最初の印象は「すごいぶっとんだことをやるなあ」と(笑) まだ世の中にはなくて、誰もその価値に気づいていないことを始めるのは、ものすごいエネルギーが必要だから。

菊地さん 僕は、誰かがシェアした荒木さんの投稿を見て、絶対に来てほしくてラブコールを送りました。そもそも、誰も回りたいとも乗せてくれとも言ってないワゴンを、需要と供給の両方がないものをつくろうとするのはすごいなあと思いましたね。

柴原さん しかも、これを町の事業としてやるというのがすごい。僕も村ではやりたいことを好きにやらせてもらっていますけど、さすがにこれは。自分が同じことを思いついたとしても、説明しきる自信がないです(笑)

荒木さん それはやはり、町役場の職員さんが私たち都会の若者を信頼して「やってみたら」と言ってくれたからできたんです。

「流動創生」を推進する南越前町観光まちづくり課のみなさん

柴原さん 今、地域活性化の取り組みって似たり寄ったりで正直横並びです。みんな、人を取り合うためにイベントをすることに飽き飽きしていて。そういう意味でも、この取り組みは斬新だし、最先端じゃないかという気がします。きっと5年、10年続ければ価値が見えてくるんじゃないかな。事業の価値は、継続性で問われる部分ってあると思うんです。

菊地さん 「RoundTrip」に来てもらって驚いたのは、地元の人たちが喜んで「また来ないかなあ」みたいな話がけっこうあること。僕としては、「土の人」が「風の人」をどう見るのかが不安だったんですけど、案外「土の人」は「風の人」を、好印象を持って受け入れるんだなということに、僕自身もびっくりしました。最近は、移住希望者の人が来て「今日誰か泊まっているよ」って広まると、みんなわーっと集まってくるようになっているなあ。

岐阜県白川村で空き家リノベーションのお手伝いをする「RoundTrip」の搭乗者たち

白川村の夜ごはん。どの受け入れ先でも、地域の人とみんなで食卓を囲みます

柴原さん うちはがっつり仕事してもらって本当に助かりました。空き家に土間打ちするための砂利を、2tトラックで3回も運んでもらって。終わった後は、いつもの居酒屋に行って地域の人と一緒に飲んで、盛り上がりました。

荒木さん 他の地域と比較しても、瀬戸内市と白川村はよそから人が来るのに慣れていると思いました。でも結局、協力隊や移住者もだんだん土になっていくというか、いい意味でなじむし、悪い意味では“よそ者視点”を失うというか、地域の人と同じ感覚になってきます。土になりかけてきた私もさらに“よそ者”を必要としたから、自分自身も他の地域で“よそ者”になれないかなとも思ったんです。

菊地さん なるほどなぁ。ある程度アウェイ感を保つことも必要なんですね。

東京で就職・結婚後、白川村に移住しカフェを営む柴原さん


柴原さん 継続するためのハードルを超えていくには、プラスαの工夫は必要になってくるでしょうね。

菊地さん 「RoundTrip」を一町・一市だけで続けるのは負担が大きいので、リレー形式で回していくのも面白いんじゃないかな。岡山は広島まで連れていって、広島は福岡まで送っていく。リレーが続いて、ワゴンはずーっと全国を回っているとか、ね。

柴原さん こうして、受け入れ地域同士がつながって課題を共有できることも「RoundTrip」の価値になると思います。受け入れ側としても手を挙げやすくなりますし。人とつながることは、何よりの財産。新しいアイデアが生まれたり、仕事ができたりもしますので。

菊地さん 地域間の連携が生まれたら、相談会に来る移住希望者に「他にこういう地域はないですか?」と聞かれたときにも、リアリティを持って情報提供ができます。実際に会って話したことがあれば、「南越前町には荒木さんがいますよ」「白川村なら柴原さんがこういうことをしていますよ」と紹介もできますからね。

柴原さん 我々、受け入れ地域のメリットのほうはある程度見えてきたけれど、搭乗者の側はどうでしょう。「勉強になりました」という感想が多いように思ったけど?

荒木さん 我々としても「勉強になりました」で終わってしまうのは課題だと感じています。お世話になった地域に報いるためにも、その後具体的なアクションにつながるような設計にしないといけません。

瀬戸内市にて、RoundTripを迎えたときの菊地さん

菊地さん 僕は、迷える人に乗り続けてもらいたいなあ。今、自分の地域で大学生と話していると、すぐには答えの出ない「もやもや」とのつきあい方を知らないなと思うんです。「もやもやするから解消しよう」じゃなくて、自分の「もやもや」と対峙する必要があるし、その経験をできるのも「RoundTrip」の良さのひとつだと思う。

柴原さん 「RoundTrip」の価値は、今の行政が持つ基準値では、はかりきれないですね。

菊地さん ヒントになるかどうかわからないけれど、今いる場所で行き詰まる原因のひとつは「ここだけが世界だ」と思うからじゃないかと思うんです。「別にここだけが世界じゃない」という感覚があれば絶望に結びつかない。ある意味、セーフティネットにもなるんじゃないかと思っていて。

荒木さん 私が「流動創生」をやりたいと思う最初の動機は、まさにそれで。東京の会社に勤めて「ここでやっていけないと私はダメだ」と思い詰めた時期に、ひとりで海外に旅行に行ってすごく救われたんです。場所を変えてみる、違う世界をひとつ知るだけでも見方が変わる。人がぐるぐるまわっている状況をつくれば、みんな逃げやすいし、また戻ってきやすい。そういう循環をつくりたいという気持ちが「流動創生」の根っこなんです。

(鼎談ここまで)

荒木さんたちのお話を聞いていると、「風の人」「土の人」は固定した属性ではなくて、自分の暮らす土地との関わりのなかで決まってくるものなのだなと思います。「StopOver」は「風の人」のままで地域に関わりたい人の新しい選択肢。そして、「RoundTrip」は、「土の人」が一時的に「風の人」になれる機会にもなれそうです。

「流動創生」の先には、住む場所だけでなく「働き方」や「生き方」の自由も見据えていると荒木さんは言います。

荒木さん たとえば、二拠点居住や多拠点居住、あるいは家を持たずに車やシェアハウスの多用によってノマドワーカーとして生きる「無拠点」居住、いわば「旅暮らし」という選択も今後は増えていくと思います。

そのとき、彼らが身を置く拠点に、生活コストの少ない地方を選び、仕事のひとつとして地域課題に手を貸すこともあるはず。つまり、働き方改革を叫ぶ都市の動向が、地方の課題解決につながる可能性があると思うんです。そういった視点を持って動き始める地方がネットワークを形成していくのが理想です。

南越前町もその要となれるよう、来年度以降、二拠点や多拠点と相性の良い企画や滞在プランを打ち出す予定です。新しいライフスタイルに踏み出す人々に頼ってもらい、彼らの助力を得られるまちにしていけたらと思っています。

もし、あなたが今の働き方や暮らし方の枠組みに違和感を感じているのなら、ためしに南越前町を訪ねてみませんか。今年も「StopOver」「RoundTrip」が随時開催されるようですし、東京や大阪などの都市部でもイベントを予定しているとのこと。あなたのなかに「行ってみよう」という風が吹いたら、そのときが日常の枠を飛び越えて「風の人」になってみるタイミングだと思います。

– INFORMATION –

 
「流動創生」のホームページは、こちら!
http://ryudou-sousei.jp/

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