住んでいるのは10世帯18人。平均年齢が70歳を超える山深い集落…。そう聞くと、どんな風景を想像しますか。荒れた家屋や、放置された田畑が思い浮かぶという人も少なくないかもしれません。
ところが、熊本空港から車で1時間少しの山あいにある熊本県山都町の水増(みずまさり)集落は、いきいきとした里山の風景が残り、そこに生きる人たちも元気そのもの。これが本当に18人しか暮らしていない限界集落? と驚かされます。
そんな水増集落の明るさの秘密は、実は、再生可能エネルギーにありました。
お金だけではない思いに共感
水増集落の歴史と取り組みについて、まず地域のリーダーをつとめる、水増ソーラーパーク管理組合の組合長、荒木和久さんにお話をうかがいました。
800年余り続く水増集落は、高度成長期からどんどん人が減り始め、少子高齢化が進んでいきました。荒木さんはじめ集落の人たちは、このままでは集落を維持していくのは難しいのではないかと不安に思うように。
集落の共有地である丘の上には「風神様(かざかみさま)」と呼ばれる神様が祀られているのですが、人手が減り、丘の野焼きや草刈りが難しくなってきました。また、丘には小さな道がなく、お参りに行くのが大変だというお年寄りの声もありました。
そんな共有地についての悩みを荒木さんが町役場に相談に行ったところ、担当の方から勧められたのが、売電事業をやりたい民間業者と地域をマッチングさせる熊本県の事業でした。丘をメガソーラーの発電所にすれば、民間業者が手入れに協力してくれるのではないか、というのです。
当時はちょうど東日本大震災が起こったあとということもあり、集落でも自然エネルギーをもっと活用していきたいという話が出ていました。みんなで相談したところ、ぜひやってみようと、県のマッチング事業のホームページでパートナーを公募することになりました。
手を挙げた企業は10数社。大手を含め各社がさまざまな条件を提示するなか、水増集落がパートナーとして迎えたのは、熊本のベンチャー企業「テイクエナジーコーポレーション」でした。選定の決め手となったのは、売電の資金を使った地域おこしの提案です。
荒木さんはこう語ります。
荒木さん 他の会社の提案のほとんどが“どれだけ儲かるか”という内容だったのですが、テイクエナジーの提案は、水増集落をどう維持していくか、農業はこれからどうあるべきかといった話が中心だったんです。
土地の借地料だけでなく、売電収入の5%をプラスして集落に還元する。その上で、いっしょに地域を盛り上げていこう。そんな提案を聞いて、この人たちといっしょに集落を盛り上げていきたいと思うようになりました。
ソーラーパークの周りにヤギを放ったり、地鶏の小屋をつくったり、「日本の棚田百選」に選ばれた棚田で自然栽培の米をつくったり…。「幸せ実感日本一」をスローガンに、何ができるか、どうしていきたいかを考え、行動につなげる動きがはじまりました。
「自分で立つ」という水増の心意気
集落のみなさんの思いに応え、さまざまな取り組みを支え続けているテイクエナジーコーポレーション竹元茂一会長に、発電だけでなく、地域おこしにも積極的に取り組むようになった経緯などをたずねました。
竹元さんは障害者の就労支援をするNPOを運営されていることから、もともと社会的な課題に関心が高かったとのこと。急すぎる高度成長を経てさまざまな問題が表に出はじめているこの国を、どうしたらもっと幸せにできるのだろうか? そのヒントは、ゆたかな自然と人のつながりが生きる里山にあるのでは、と思っていたそうです。
共有地での太陽光発電のパートナーとしておつきあいがはじまってから竹元さんは水増に通い詰め、自然のなかでのゆたかな暮らしぶりや、人びとの明るさに引き込まれるようになっていったそうです。
竹元さん 水増は、共有地の管理をみんなでやったり、自分たちでつくった水道を守り続けていたりと、集落の人たちの“自分で立つ”という心意気がすごいんですよね。あと、女性が元気だというところもいいですね。荒木さんたちの掛け声に、女性たちがやろうやろうと前向きになって動いていくところが頼もしいなあと。
通うほどにどんどん水増のことが好きになり、発電事業のパートナーとしてではなく、幸せな集落をつくっていく仲間として協力したいと思う気持ちが強くなっていきました。
幻の在来種大豆「八天狗」
しかし、いくら自然が豊かでも、お金を稼げないとなると若い人たちが集落で暮らすのは勇気がいります。集落の稼ぎ頭になるような産業が何かないかと考えているときに出会ったのが、在来種の大豆「八天狗」でした。
有機農家のおばあさんが受け継いできた大豆の料理を食べてみたところ、その味わいにびっくり。他の人に食べてもらってもおいしいと評判です。どういう豆なのだろうと、農林水産省で調べてもらったところ、なんと八天狗は農林水産省のデータベースにも載っていない、日本古来の在来種であることが判明しました。
そこで、おいしくてしかも珍しいこの大豆を、もっと育てて水増の売りにしていこうということになりました。集落に還元される売電収入を利用し、2016年には約80アールの作付け、約600キロを収穫するまでに。
「八天狗」という名前、とても変わっていますよね。ヘソが黒いこの大豆のことを、地域の人たちは口々に「八天狗」と呼ぶのですが、そのはっきりした由来は誰も知りません。座禅豆(ざぜまめ)と呼ばれる煮豆などで食べられているので、ひょっとしたら修験道の人たちが力を得るために育て、食べていた大豆なのかもしれません。
荒木さん 八天狗は黒いヘソがあるせいで豆腐などに加工できないこともあり、いままで食品メーカーからは敬遠されがちだったのですが、味はバツグン。無農薬無肥料の自然栽培でつくっているので自信をもっておすすすめできます。もっともっと作付けを増やしていきたい。
そして、熊本の大手納豆メーカーである「マルキン食品」に八天狗を紹介したところ、納豆担当者が黒いヘソがある独特の大豆に興味を持ち、納豆を試作することに。いま流通している多くの大豆よりもずっしりとしている八天狗はしっかりと蒸らす必要があるなど“手間のかかる”大豆でしたが、試行錯誤の末に試作品が完成。腰がある食感と、深いコクがあって、かみしめるほどに大豆の甘みが広がるおいしい納豆に仕上がりました。
この特別な納豆や、水増ではハレの日にふるまわれる鶏汁などが食べられる定食が、1月17日から2月15日までの期間限定で渋谷ヒカリエの「d47食堂」で提供されています。
初日にはくまモンと水増のみなさんが来店し、地元ではおなじみの味を渋谷で味わえることに感激していました。東京で八天狗が食べられる貴重な機会です。いったいどんな豆なのだろう? と気になる関東方面の方は、ぜひ食べに行ってみてくださいね。
集落を変えた、外との交流
限界集落のイメージが覆るほど元気な水増集落にいち早く注目していた人がほかにもいます。環境コンサルタント・翻訳家の枝廣淳子さんです。
枝廣さんが初めて水増を訪れたのは2015年の5月。再エネをテーマとした雑誌連載の題材を探すために手に取った農水省の資料に、水増の取り組みが書かれていて興味を持ったそうです。2015年、2016年の夏には、枝廣さんが教授を務める東京都市大学のゼミ合宿で水増に滞在。学生たちとの出会いは、水増のみなさんにも大きな刺激になったようです。
枝廣さん 1年目の合宿のときには、地元の方はしきりに「何もないところで申し訳ない」とおっしゃっていたんですね。でも、学生たちは星がきれいだとか、鶏の声で目覚めるのが面白いだとか言うんです。そういった声を聞いて、水増のみなさんは、自分たちが何を持っていて、どうしていったらいいかを積極的に考えるようになった、というような変化を感じます。
枝廣さんは、水増のこれからの課題は、売電や八天狗の販売収益が得られるようにすることはもちろん、その収益をどうやって地域の持続可能性や幸せにつなげていくかだと指摘されました。
どっこい立ち上がる熊本、水増
熊本のことを語るときに抜きにできないのが、昨年の大地震です。県全体でみると、まだまだ復興の道は半ばといったところです。水増は比較的被害は少なかったものの、ビニールシートをかぶった屋根もちらほら見られます。
震災が水増にもたらした影響について、竹元さんはこう語ります。
竹元さん 地震のあと、1週間くらいはみなさん自宅に帰ることができず、公民館でいっしょに寝泊まりし、協力しながら過ごしていました。そのあとに来たのが大雨による洪水です。相次ぐ自然災害は大きなダメージをもたらしましたが、むしろ結束が高まって、地域おこしにも力が入るようになった印象があります。そこが水増のみなさんのすごいところです。
太陽光発電や八天狗の栽培など、水増のチャレンジはまだはじまったばかり。しかし、みなさんの笑顔と行動力を見ていると、上がるいっぽうだった集落の平均年齢が下がり、にぎやかな地域になっていくのはそう遠くないように思えてきました。
水増は民泊の準備など、訪れる人をどんどん迎え入れる態勢を整えつつあります。ぜひみなさんにもいつか足を運んでいただき、日本一の「幸せ実感」をおすそ分けしてもらってほしいです。
(photo by POZI)