みなさんは多世代住宅と聞くと、どんなイメージを抱きますか? 夫婦が親世帯と同居する二世帯住宅を思い浮かべる方や、様々な世代や国籍の人たちが共同生活を送る、シェアハウスを思い浮かべる方もいるかもしれませんね。
今回ご紹介するのは、アメリカのオレゴン州ポートランドに位置する多世代住宅「Bridge Meadows」です。ここには、低所得の高齢者と、様々な理由で両親と住めなくなった子どもたち、そしてその里親たちが住んでいます。
入居希望の高齢者はいくつもの条件をクリアしなければいけないにもかかわらず、順番待ちができるほど人気だという「Bridge Meadows」。その理由は、家賃が安価なだけではありません。元々はいわば赤の他人同士だった1歳から92歳までの住人たちは、どんな“大家族”として生活しているのでしょうか?
子どもを支えることが最優先!のコミュニティ
幼稚園から帰ってきた5歳のホアキン君。遊び相手は、73歳のクリス・コナーさんです。アニメをみたり、磁石でくっつく魚釣りのゲームをしたり、緑色の風船を飛ばしたり。まだまだ遊び足りないのか、今度はコナーさんから読み聞かせをしてもらっています。
コナーさん 最初に会ったときからホアキン君が大好きなのよ。私の孫みたいなものなの。
と、コナーさんはうれしそうに話します。
「Bridge Meadows」は、2011年にノースポートランドのポーツマス地区に開設しました。模範となったのは、イリノイ州シカゴの「Hope Meadows」という多世代住居プログラム。
軒を連ねるアパートや一戸建てに住むのは、29人の高齢者と29人の子どもたち、そして子どもたちを里子や養子として育てる11人の親たちです。合計69人が、3世代の隣人に囲まれながら、“大家族”として日常生活を送っています。
シューベルトさん ここで暮らしていくには、コミュニティの一員になるための意欲が必要になります。
と言うのは、「Bridge Meadows」事務局長のDerenda Schubert(以下、シューベルトさん)です。
「Bridge Meadows」では、55歳以上をお年寄りとしています。入居を希望する高齢者は、22ページにも及ぶ申請書の作成と、いくつもの身元や犯罪歴調査をクリアしなければいけません。更に、3カ月間に100時間のボランティア活動も課されます。
ボランティアの内容は、コミュニティのためになることなら何でも構いません。他の高齢者を病院まで車で送り迎えする人もいれば、図書室に本を仕入れる人、美術クラブの時間に先生になって何かを教える人もいます。
しかし、ほとんどの高齢者は、親が忙しい時や疲れている時に子どもの面倒をみたり、放課後に家庭教師をしたりなど、29名の子どもたちと直接関わっている様子。「Bridge Meadows」全体が、子どもたちを支えることを目的に形成されたコミュニティなのです。
“変わらないこと”が子どもたちに与える効果
「Bridge Meadows」のボランティア活動を通して、思いがけないつながりを築いたのが、ウィノナ・フィリップさんです。
当時7歳のノア君の家庭教師をしていたフィリップさんは、単なるボランティア活動に過ぎなかったといいます。しかし、一緒に時間を過ごすうちに、読むことに苦労していたノア君のためにより時間を費やしたいと思うように。その思いは、通勤時間を減らすために郊外での職場を辞め、自宅近くに新しい仕事を見つけたほど強いものでした。
ある日、ノア君がフィリップさんに「料理を教えてほしい」と何気なく頼んだことがきっかけで、毎週火曜日は鉛筆と紙を置いて、おたまと鍋を持つ料理レッスンに変更。マカロニアンドチーズから、パイナップルケーキ、ミートローフやラタトゥイユなど、レシピもバラエティに富んでいます。
おかげですっかり料理好きになったノア君の夢は、TVの子ども料理コンテストに出場すること。フィリップさんにとって、ノア君とお揃いのエプロンをかけて、おしゃべりしたり笑ったりしながら過ごす時間は、1週間の中でかけがえのないひと時となっています。
フィリップさんやコナーさんのような存在がいつもそばにいるという安心感は、子どもたちへも大きな影響を与えます。その効果は、数字にも如実に表れています。
「Bridge Meadows」開設以来、100パーセントの子どもたちが転校することなく、介護士の担当も変わっていません。一見、何の変哲もないことと感じるかもしれませんが、里親に預けられた子どもが平均5回も引越を余儀なくされることに比べると、どれだけ安定した環境で暮らしているかがわかります。(Portland Monthlyによる)
加えて、「Bridge Meadows」に住む子どもの73パーセントの成績が向上し、63パーセントが抱えている精神的苦痛が緩和されたという結果も出ています。子どもにとって、ずっと変わらない“家”や“家族”の存在が、どんなに大切なのかを示しています。
シューベルトさん 子どもたちが、こんなに早いスピードで回復していく例は今までみたことがありません。「Bridge Meadows」こそが答えだ、と確信しました。
というシューベルトさん。「Bridge Meadows」が子どもたちにもたらす効果を、日々実感しています。
「Bridge Meadows」では今後、ポートランド市郊外のビーバートン市に、新たな多世代住宅「Bridge Meadows-Beaverton」の開設を予定しています。
また、18歳以上の若者を対象にした「New Meadows」も計画中。永久に家族となる養子縁組とは違い、里親制度では子どもは18歳になると自立しなければならないため、里親家庭を離れた若者たちの住居や技能取得等をサポートしていくことが目的です。
このように順調に活動を展開している様子の「Bridge Meadows」ですが、全てが順風満帆だったわけではありません。“新住居プロジェクト”と聞いて、貧困や犯罪、ドラッグなど、ネガティブな面を不安視する近隣住人もいました。新しい住居を見つけるなどして、「Bridge Meadows」を離れていった人たちもいます。
そこで「Bridge Meadows」では、カウンセラーや支援団体を定期的に招くことで、住人が不満や疑問を抱え込まないよう配慮しています。
時には、浮かび上がった問題についてワークショップを開き、住人が世代や文化の多様性について学ぶことも。高齢者が自らが抱いていた子育ての偏見に気付くだけでなく、里親にとっても、親として評価されることの恐怖を減らし、周りからの助けを受け入るようになるなどのメリットがあります。
専門家によると、高齢者と子どもが交流することは、双方にとって良い効果をもたらすのだとか。子どもたちにとっては、人生経験があり自分の感情を理解してくれる高齢者は、信用し支えてくれる大切な存在になります。一方、孤独感に苛まれやすい高齢者にとって、子どもを通して社会に恩返しができることは、生きがいや充実感を満たしてくれるかけがえのない存在になるのです。
見えざる存在から、誰かにとっての大切な存在へ
様々な理由で実の親と住めなくなった子どもたちの傷は、完全に消えることはありません。親に見捨てられたという感情を払拭し、失いかけた希望を育くんでいくのは簡単ではなく、この先ずっとトラウマなどの症状と戦い続けていく必要があります。
一方、高齢者の中には、自身を社会から疎外された見えざる存在であると感じている人もいます。同年代だけのコミュニティにいることには興味がなく、社会から外野に放り出されてしまった気分になっていることも少なくありません。
「Bridge Meadows」は、子どもと里親、高齢者が、3世代にとって必要な要素を与え合い、補い合うことのできるソーシャルデザインとして注目を集めています。お互いを思いやり支え合う“大家族”が、子どもたちの心の傷を癒すことができる。そして、生きがいに満ちた高齢者の存在が、周りの人たちや社会全体にも良い変化を起こすチャンスになることを、住人たちが教えてくれています。
あなたが暮らす地域は、どんな問題を抱えていますか? コミュニティの中で役割を担いたい、誰かに必要とされたい、と望んでいる高齢者は、想像するよりもずっと多い可能性があります。近所のおじいちゃんやおばあちゃんに、手を助りてみませんか?もしかしたら、思わぬ解決策が見つかるかもしれませんよ。
[via:YES!Magazine, Oregon Live, Portland Monthly]