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ふるさとは未来からの借り物。「鈴廣かまぼこ」副社長・鈴木悌介さんが始めた経営者たちのエネルギー改革

2016年度から電力の小売りが自由化され、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の普及を後押しできる新しい選択肢が登場しました。

でも、ちまたで目に付くのは、発電方法よりも安さを前面に出した広告や、電気を使うほどお得なプラン。3.11後にあれほど叫ばれた「節電」はどこへやら。2014年に閣議決定した新しいエネルギー基本計画では、原発は「重要なベースロード電源」と位置付けられ、経団連も原発の維持に賛同。大手電力会社数社は、実際に原発を再稼働しました。

一方で、別の現実も動いています。「原発ありき」の流れをよしとせず、早々と別の方向にかじを切った経営者たちがいるのです。例えば、「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議(以下、エネ経会議)」。

全国370社の中小企業経営者が、各自の持ち場で、再エネ活用や省エネを進めています。そのまとめ役を務めているのが、鈴木悌介(すずき・ていすけ)さん。神奈川県小田原市で150年以上続く「鈴廣かまぼこ」の副社長です。

鈴廣は、グループ5社の電力を地元の再エネ利用の新電力に切り替え、ゼロ・エネルギーを目指して本社ビルまで新築しました。老舗のかまぼこ屋さんがエネルギー改革を先導する背景には、どんな信念があるのでしょうか。

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鈴木悌介(すずき・ていすけ)
鈴廣かまぼこ株式会社代表取締役副社長、小田原箱根商工会議所会頭。1865年(慶応元年)から続く小田原かまぼこの老舗に1955年に生まれる。現社長の弟である悌介氏は、いったん米国で水産ねり製品の会社の経営を経験してから家業に就いた。小田原箱根商工会議所青年部会長、日本商工会議所青年部会長、一般社団法人場所文化フォーラム理事等を歴任、地方創生にも造詣が深い。東日本大震災1年後の2012年3月に「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」を設立。2013年に一般社団法人化。代表理事を務める。

地の利を生かした省エネビル

ゼロ・エネルギーを目指したという本社ビルに入ると、完成から1年以上経つのに、ほのかな木の香に包まれました。聞けば、フローリングの塗料にまでこだわり、木材の呼吸を妨げない工夫をしているのだとか。床も天井も優しい色合いの小田原産ヒノキ。建築基準法の関係で木造にできなかった分、内装に地元の木を使ったそうです。

人工林の若返りを図ることも、木を燃料にせず建材に使うことも、CO2削減につながります。安い輸入材に押されて手付かずになった森の木は細くて節も多く、木材としては難ありですが、使ったほうが地域のためになります。

2015年8月に完成した鈴廣かまぼこの本社ビル(神奈川県小田原市)。複数の自社ビルに各種再エネを導入してきた鈴廣の、集大成とも言える超省エネビルです

2015年8月に完成した鈴廣かまぼこの本社ビル(神奈川県小田原市)。複数の自社ビルに各種再エネを導入してきた鈴廣の、集大成とも言える超省エネビルです

内装の木のぬくもりを引き立てるのは、穏やかなあかり。なんと、このビルのメイン照明は太陽です。
 

全く動力を使わない低層ビル向きのシンプルな太陽光照明システム。光ファイバー製品ほど値が張らず管理費も不要です。この日、外は小雨もパラつく曇天でしたが、見ての通りの明るさでした

全く動力を使わない低層ビル向きのシンプルな太陽光照明システム。光ファイバー製品ほど値が張らず管理費も不要です。この日、外は小雨もパラつく曇天でしたが、見ての通りの明るさでした

これ、自然光です。ここは2階なので、この筒(光ダクト)が3階を突き抜けて屋根に達しています。筒の中の鏡で日光が乱反射して室内に届く仕組みです。偏光レンズで紫外線と熱をカットしてあるから、直下にいても暑くないし、日焼けもしません(笑)

サブの調光LEDは照度が足りない時だけ自動点灯します。ベカベカとした電気の下で働くより、太陽の移ろいを感じるオフィスのほうが体調も整いそう。夜は太陽光照明が使えないので「残業もどんどん削っていきます」とは、鈴木さんの言。省エネは、業務改善も促すようです。
 

手元の明るさはデスクごとのLED照明で調整。小田原産ヒノキでできたデスクは地元の工務店に、卓上LEDは地元のベンチャーに発注したもの。素敵な図書館やカフェのような空間で、仕事に集中できそうです

手元の明るさはデスクごとのLED照明で調整。小田原産ヒノキでできたデスクは地元の工務店に、卓上LEDは地元のベンチャーに発注したもの。素敵な図書館やカフェのような空間で、仕事に集中できそうです

間仕切り無しのオフィスが広がる3階は、床のところどころに丸い送風口があります。手をかざすと静かな風が吹き上がっていました。

この建物は高気密・高断熱なので、基本的に窓は開けません。室内の気圧を外より少し高くしてあるから外気は侵入できない。井戸水の中を通して温度と湿度を調整し、ほこりや花粉を取り除いた外気だけが、この穴から入ってきて、トイレの自然換気でスーッと抜けていく。そういう循環です。

井戸水は季節に関係なく常に16-17℃ぐらいで安定しているため、そこを通った空気は、夏は冷やされ、冬は温められます。外気をそのまま使うより効率よく冷暖房できます。

他にも、ビル全体を分厚い壁でくるんだり、すべての窓をlow-eペアガラスで断熱したり、井戸水で空気の湿度を変えて「体感温度」を調整してみたり、エネルギーを無駄遣いしない工夫が満載です。

左上から右回りに天井のルーバー、会議室のホワイトボードの扉、社員食堂の床、社屋の階段。扉の引手(ひきて)など細かい所に箱根の寄せ木細工の技が光ります。「こういう伝統工芸は使わないとどんどん無くなってしまうので」と鈴木さん。

左上から右回りに天井のルーバー、会議室のホワイトボードの扉、社員食堂の床、社屋の階段。扉の引手(ひきて)など細かい所に箱根の寄せ木細工の技が光ります。「こういう伝統工芸は使わないとどんどん無くなってしまうので」と鈴木さん。

屋根には出力37kWの太陽光パネル。つくった電力は売電せず、蓄電池に貯め、自社で使っています。また、災害時などには非常用電源にもなります。上からは光、下からは水のエネルギーを存分に取り入れているビルです。

化石燃料の消費を最小限に抑えるこの本社ビルは、経済産業省の「ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)」の助成金を得たため、初期コストは10年程度で回収可能。

ZEBの認定条件は、同規模・同構造のビル比30%の省エネですが、設計時に計算された鈴廣本社ビルのエネルギー削減率は54.6%で難なくクリア。実際、完成後の削減率は、計画値を超え63%に達しています。

最大の省エネ効果を生んだのは「水」

小田原は江戸の昔から、かまぼこづくりが盛んな所。その背景には、丹沢・箱根山系にたくわえられた豊富な水があります。

我々は井戸水で150年間かまぼこをつくってきたわけですが、今回初めて分かりました。井戸水もエネルギーだって(笑) 新たに約70メートルの井戸を1本掘って、空調は、ほとんどこの水で回しています。社員食堂の厨房で使う湯も、井戸水との熱交換でほぼ賄えています。

約150人が利用する社員食堂

約150人が利用する社員食堂

エネルギーと言うと、みんな電気の話しかしないけれど、それは大きな間違い。神奈川県全体で使う一次エネルギーのうち電力は約3分の1で、小田原市でも半分以下です。つまり、半分以上は電気じゃない。むしろ重要なのは熱(冷たい・暖かい)なんです。

地上と地下水の「温度差」も、太陽熱も、ガス発電機の排熱も、熱エネルギー。身近にある熱をもっと活用すれば、化石燃料を費やさずに済みます。

環境負荷と同時に電気代やガス代も減らせる鈴廣の取り組みは、他社の経営者にとっても大きなヒントになるはず。そういう知恵を共有するネットワークが、冒頭で触れたエネ経会議というわけです。

きっかけは3.11

鈴木さんたちがエネ経会議を設立したのは、東日本大震災の約1年後、2012年3月20日。旗印の一つは、地域で再エネの地産地消の仕組みをつくっていくこと。もう一つは、省エネです。

ホームページ上に設けた「エネルギーなんでも相談所」には、企業OBなど再エネに詳しい約35人がボランティアとして登録。無料で相談に応じて、経営者たちの省エネ・創エネを後押ししています。

ところで、この「エネ経会議」は、どのようにしてできたのでしょうか。

2011年の秋、定期点検で全国の原発が停止し始めると、原発の要・不要で世論が割れました。「この国には原発が必要」という2割と、真逆の「昔から原発は嫌い」という2割と、様子見の6割。

声が大きいのは、必要性を主張する2割で、主に経済界の人たちです。一方で、大多数の6割は福島の状況を恐れつつ失業も困るからと黙ってしまう。これでは、まともな議論にならないと思いました。

そこで、2012年の正月から、全国の経営者仲間の本音を聞いて回ったのです。経済界の全員が原発は必要と思っているはずはないと思いましたから。北海道から九州まで3周ぐらいしましたね。

小田原箱根商工会議所青年部会長や、日本商工会議所青年部会長を歴任し、すでに経営者ネットワークを持っていた鈴木さんだからこその行動力です。

経営者たちの原発に関するスタンスはさまざまでしたが、「あの(原発の)仕組みは怪しいよね」という見方は共通していました。

ところが、ほとんどの中小企業は各地方の巨大電力会社の傘下にあるから、声は上げにくい。それでも、「我々が横につながって、いろいろな勉強をしたり、意見を言ったりするのは良さそうだ」と賛同してくれた人が120人ぐらいいたので、一緒にエネ経会議を設立しました。

鈴木さん一人の約3カ月の働きかけで100人を超える経営者が集結。同会議の「アドバイザー」には、城南信金の吉原毅理事長(当時)や、河野太郎衆議院議員をはじめ、議員や自治体首長や経営者など、そうそうたる面々が20人以上も名を連ねました。

2013年には任意団体から一般社団法人に昇格し、今では、専任スタッフのいる事務局もあります。

足元から現実を変えていく

国土を汚染してもなお、日本が原発をやめられない理由は、「電力会社や金融機関などの財務的な経営問題に尽きる」というのが、鈴木さんの見解です。

株式会社の経営者が「もう原発やめよう」と思っても、それを実行すると株価が下がり会社が赤字になり、社長でもクビになる。つまり、原発をやめにくいシステムになってしまっているのです。

経営者だからこそ、大会社の社長が置かれた厳しい立場も想像できる鈴木さん。政治家も同じように、原発問題に触れると票が減るから言えないだろうと話します。

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まあ、動きようのない人たちを非難しても意味がないから、現実を変えていくしかありません。

その点、うちは非上場企業ですから、経営者は逃げも隠れもできない代わりに、決断したことは実行に移しやすいんです。「自分の会社」と「顔の見える関係のある地域」という現場を持っているから、その中で、小さくても自分のやれることをやっていく。

そういう仲間を全国に増やしていくことができれば、時間はかかっても、草の根的に大きな力になるのではないでしょうか。

鈴木さんは、「だからアホみたいなことやって、こういうビルを建てたりもしてね」と笑いますが、言葉の端々から、地域と生きる本気の覚悟が伝わってきました。

例えば、発電した電気は、いっさい売電せず、余りを非常用バッテリー(蓄電池)に貯めています。同じ敷地内の直営レストランには出力35kWのガス発電機があり、万が一都市ガスが駄目になってもプロパンガスで稼働。災害時に電気と湯を供給できます。地域のために、災害時に最低限の本部機能を保てる拠点をつくったわけです。

左の赤い印が付いているコンセントは、非常時に発電機と蓄電池からの電気を使えます

左の赤い印が付いているコンセントは、非常時に発電機と蓄電池からの電気を使えます

また、このビルは、地域内で循環するエネルギーやお金も増やしています。井戸水など、土地に適した再エネをフル活用し、内装や家具や装飾には地元の素材を選択。発注先も地元の業者優先という徹底ぶりです。

日本全国、未利用のエネルギー源が足元にたくさんあるはずです。それをちゃんと使えば、海外の化石燃料を買っている年間28兆円の一部を、少しでも地元に回せます。

国内どこでも同じです。地方が懸命に一次産品をつくっても、売った稼ぎでエネルギーを買うので、地域にはお金が残らない。地域で賄えるエネルギーは賄い、残ったお金は地域の課題解決のために使う。それが私は一番の地方創生だと思います。

鈴木さんは著書や講演で繰り返し、「安全安心で元気なふるさとあってのかまぼこづくり」「ふるさとは未来からの借り物だから、より良くして次世代に渡したい」と述べています。

そういう信念を持つ経営者が、帰宅困難地域を抱える福島の現状に心を痛め、原発不要論を唱えるのは自然なこと。鈴廣の周囲には、思いを同じくする経営者や市長や町長がいて、ふるさとのためのエネルギー自治を力強く進めています。

地域のためにライバルとも手をつなぐ

鈴廣グループは、箱根登山鉄道の風祭駅に直結した「かまぼこの里」に体験型博物館やショッピングモール、レストランなどを展開し、連日にぎわいを創出しています。東京から見ると、温泉や湖や駅伝で知られる「箱根」エリアの楽しい入り口です。

しかし3.11の後しばらく、原発事故の影響もあり、箱根ともども客足が激減。「安全と安心が大前提」だと痛感した観光地は、地域を挙げて再エネに取り組み始めました。

まず、地元24社(のちに38社)が出資して、市民ソーラー発電所や地域の屋根を使った太陽光発電を行う「(株)ほうとくエネルギー」を設立。小田原出身の二宮尊徳の「報徳思想」にちなんだ社名です。

その後、新電力(PPS)の「エナリス」が99%、Jリーグ所属の地元サッカークラブ「湘南ベルマーレ」が1%出資して合併会社「湘南電力」を設立。ほうとくエネルギーの電力を全量、買い取るようになりました。

湘南電力は再エネ比率が高く、100%地産電力を目指しています。おまけに、電気料金の一部を、スポーツを通じて地域に還元しています。

だから、鈴廣グループの全施設の電気を湘南電力に切り替えました。料金は、若干安くなりましたよ。

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2016年には、さらに取り組みが広がりました。これまでのチームに地元のガス会社2社が加わり、「小田原箱根エネルギーコンソーシアム」という連合体を結成したのです。

小田原の家庭などに主に都市ガスを供給している「小田原ガス」とプロパンガス会社の「古川」は、いずれも100年企業。たまたま代替わりで、そろって40代の社長になり、「これからはトータルエネルギーの時代だ」と意気投合。競合にも関わらず、手を組むことになったそうです。

よく電力の地産地消と言いますよね。確かに「地産」はFITの影響で増えました。大小含め1000カ所ぐらいの市民電力が全国にあります。課題は「地消」なんです。

湘南電力も「地消」の仕組みをつくる必要がありました。だから、既に地域に何万件もの顧客を持っているガス会社と一緒にコンソーシアムをつくったわけです。

消費者としても、ガスと電気がワンストップで賄えるのは便利。何かあってもすぐ来てくれる地元企業から地元産の再エネの電気を買えて、しかも払った料金の一部が地域に役立つとなれば魅力的です。

「地消」でキーになるのが、蓄電です。ここから近い足柄上郡の松田町は先駆的で、2016年10月からコンソーシアムの一員になり、町の公共施設の電力をすべて湘南電力に切り替えました。

そのうち2カ所に湘南電力のバッテリーが置かれます。鈴廣グループの敷地にも10基バッテリーが置いてありますが、いずれも湘南電力の所有物です。置き場所を貸せば、非常時にはそのバッテリーの電気を使ってもいいという約束があるんです。

湘南電力は普段、これらのバッテリーを遠隔操作して需給調整をしています。今後、設置バッテリーが増えれば、地域の防災力はアップ。湘南電力としてもピークカットがしやすくなるので、電気料金はさらに下がる見込みです。

ここまで聞くと、鈴廣もあるし、自治体や企業や市民も協力的だし、何より地下水資源が豊富な小田原あたりは、ちょっと特殊なのでは?と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
 
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地中熱や地下水、太陽光や太陽熱などの自然エネルギーは、利用の向き不向きは多少あるにしても、どこの地域にも、普遍的に存在しています。鈴廣の経験では、「いろいろなエネルギーの組み合わせ」が省エネのコツだそう。だとすると、地域ごとに、いくらでも工夫ができそうです。

あきらめや迎合を口にすることは簡単ですが、「それでは何の解決にもならない」と鈴木さん。主体的に動いて仲間をつくり、望む未来を手繰り寄せてきた人の言葉には、とても説得力がありました。個人の熱意や小さな実践の積み重ねで社会は動く。それを信じて、皆さんも何か始めてみませんか?

(撮影: 伊月亮太)