働くって、なんだろう。
そんな問いを、100人に聞き、一冊にまとめた本が出版されました。
その名も『We Work HERE』。
直訳すると、「私たちはここで働く」。
「ここ」と言っても「働く場所」がテーマなのではなく、働くことについてどう考えているのか、に焦点を当てています。
たとえば、独立しようと決めたときの思い、すぐにお金にならなくても事業を続けていったときのこと、ひとつを極めるのではなく複数の生業をもつことなど、それぞれの働くことにまつわる物語を、ひとり2ページずつ紹介しています。
日々仕事をしていると、そもそも働くってなんだろう? と考える機会はないですが、少し立ち止まって、働くとは? 生きるとは? と、ちょっと考えてみてはいかがでしょうか。
そのヒントとして、今回は編集を手がけた小柴ミホさん、清田直博さん、そして取材を受けた藤澤ゆきさんと田中佑資さんにお話を伺いました。
「働くこと」のリアルを伝えたい。
この本を手がけたのは、東京・目黒区にあるコワーキングスペース「みどり荘」を運営する「Mirai Institute」の小柴ミホさん。
「みどり荘」は名前のとおり緑に覆われていて、一見すると「オフィス」には見えませんが、室内にはきれいに整えられたワークスペースとキッチン、ラウンジなどがあります。メンバーはデザイナー、編集者、建築家、プログラマーなどクリエイターが多く、その4分の1は外国人の方です。
蔦に覆われた「みどり荘」。改装前は築40年の廃墟だったそう。
小柴さんは本をつくったきっかけについてこう話します。
小柴さん 「みどり荘」を始めて5年ほど経つのですが、ここで働く人やまわりの人たちがどういう気持ちで働いているのかを本にまとめようと思いました。どうやって生計を立てているのか、何がモチベーションなのかとか、聞いてみたいと思って。
『We Work HERE』の発行元でもあり編集も行なった小柴ミホさん。
実際には「みどり荘」界隈の人だけでなく、「働き方研究家」の西村佳哲さんや哲学家の鷲田清一さんなど、小柴さんたちが話を聞いてみたいと思った人たちにも声をかけたそう。
ほかにも「怪談師」や「産後セルフケアインストラクター」などユニークな肩書を持つ方にもインタビューしています。巻末にある登場した方の職業一覧を見ていると、いかに世の中には多くの職業があるということが分かりました。
また今回、編集長を務めた清田直博さんは、そうした異なる100人に働くことへの考えを聞くことで、「この人はこんな思いで働いている」というリアルを真正面から伝えることを意識したそうです。
清田さん 一見すると華やかに見えるけど、その裏側は泥臭い、ということは多くて、この本で取材した人もみんなそういう面を持っているんですよね。でも、みんな見せない。だからこそ、読み終わった後に「いいよね」「かっこいいよね」で終わらずに、自分ごととして考えてもらえたらと思っています。
もともと重機メーカーに勤めていた清田直博さん(左)。現在はフリーランスで編集・執筆を行うほか、農業や自転車の啓蒙活動、東北の被災地で復興支援活動などに携わっています。右は本にも登場する「メディアサーフ」の田中佑資さん。
そのためにインタビューでは、どうやって生計を立てているのか、何がモチベーションなのか、などを突っ込んで聞いたと言います。
清田さん 「働き方」というとスタイルとかノウハウが多いんですよね。でも僕たちはそういう「HOW」よりも「WHY」が大事だと思っていて、なぜそういう働きをしているのか考える本をつくりたかった。
だから、取材ではどういう道を辿っていったのか、どういう判断・思考のもとで道を辿ったのかを聞きました。
「働き方」に正解はない。
では、実際にインタビューされた方たちはどう感じたのでしょうか。今回は『We Work HERE』に登場する藤澤ゆきさんと田中佑資さんにもお話を伺いました。
「YUKI FUJISAWA」として、手作業の染色による一点物のファッションプロダクトをはじめ、ファブリックデザイン、広告など幅広く活動する藤澤さんは、学生時代にブランドを立ち上げ、デザイナーとして活動しています。素材に手作業で染めや箔押しを施し、とくにヴィンテージのアランセーターシリーズは人気を集めています。
藤澤さんが手掛ける「YUKI FUJISAWA」の人気商品、アランセーターのリメイクシリーズ。
今では雑誌とのコラボレーションや映画での衣装に起用されることもありますが、はじめから順調だったわけではなかったと振り返ります。
藤澤さん 大学を卒業して1年半くらいは、アルバイトをしながら、実家の四畳半ほどの部屋で制作をしていました。
ニットの作業は、東京都には産業技術研究センターというラボがあり、当時はそこを利用していました。西立川駅のほうにあって、実家からは1時間くらいかかるので遠くて大変でした。車にニットをたくさん詰めて研究所まで向い、丸一日染めやプレス作業をする…というのを繰り返す日々でした。
藤澤ゆきさん(左)。この日も、黒く染めてレースの箔押しをしたスカートを着ていました。もともとは真っ白のスカートだったそう!
本のインタビューを受けての感想を聞いてみると、
藤澤さん 働くことについて、今までの生い立ちと今やっていることを表層的に話すことは多かったけど、資金についてはどうなの? とか、この本はもう一歩深く聞かれましたね。そこまで聞くの?!と(笑)
あと、私は「自分の名前に責任を持つ」という気持ちで自分の名前をブランド名にしたけど、本のなかには「自分の名前を一切出さない」というデザイナーさんもいて面白かったです。働くことに対しての考えは100通りというか何万通りもあって、そこには正解はないのだと改めて感じました。
「この人みたいになりたい」と思っても、働き方を真似したところでその人になれるわけではない。みんな、自分のやり方がある。そんなメッセージに、田中さんも頷きます。
田中さんは「メディアサーフコミュニケーションズ」の一員として、毎週土・日曜日に国連大学前で開催される「Farmer’s Market @ UNU」を運営しています。ファーマーズマーケットをやりたい、という声は多いそうですが、ビジネスのことだけを考えるとなかなか大変だと言います。
田中さん 毎週末は朝早く起きて設営しないといけないし、当日までの準備も、出店者さんとやりとりをしたり、大変なことも多いです。
頭も体も持てるものは全て使っているので、都市の百姓みたいですね。テントを設営したり、必要なものをつくったり、プロには及ばないかもしれないけど、自分たちの持てるものでどうやっていい場ができるかを考えて実践しています。
東京・表参道の国連大学前で毎週土日に開催されるファーマーズマーケット。
さらに、休みの日でもファーマーズマーケットに関わることをしているのだとか。
田中さん 常に仕事のことを考えているのが楽しいです。本にも書いてもらったけど、いまファーマーズマーケットをやっているのは高校の野球部での体験がけっこう大きくて。とにかく考えさせる野球部だったので、あらゆることを疑って考えたり、常識と基本はちがうことも学びました。
高校のときは24時間野球のこと考えていて、部活に夢中になっているみたいに仕事もそうなったらいいなとずっと考えていました。夢中になっているものがあることは幸せなことだと思うので。
その「夢中になれること」を見つけるには、どうしたらいいのでしょう?
田中さん ぼくは究極的には「やりたいこと」ってないと思っています。
例えば服をつくるのが好きな人が、今はちがう仕事をしていても「いつかは服をつくる仕事をしたい」と思っていたとして、それに向かう行動を何か1ミリでもやっているかどうかが、本当にやりたいかどうか表れていると思います。「したい」と言ったときに「している」が含まれているかって、大きな差ですよね。
表参道でフードスタンドが集う「COMMUNE246」なども運営する田中さん。敷地内にはワークスペース「みどり荘2」も。
清田さんも、「仕事ってアウトプットの積み重ねで、最初から『この肩書をもっているからこの仕事』っていうわけではないよね」と続けます。
清田さん 「やりたいことがない」という人もいるけど、そういう人はできることや得意なことをやればいいと思います。取材でも「得意なことをやっているだけ」という人はいましたね。結局、社会や誰かのためにやっていることが仕事になる。
西村佳哲さんも「働き方」の前に「働き」があると言っていました。ある人がある環境のなかに置かれた場合、その人間関係の中でその人にしかできない働きがある。それが仕事になる、と。まずは会社やコミュニティの中での自分の働きを見つけることが、仕事をつくることになるのだと思います。その先に「働き方」がある。
取材でも、働き方については聞いていなくて、「働くことってなんですか?」と聞いたそうです。「そこに正解はなくて、この本を読んでみんなにも考えてみてほしいです」と小柴さん。
インタビューは「みどり荘」のラウンジで行いました。
誰かの働き方を真似したところで、同じにはならない。
働くことに対して、正解はない……。
たくさんのヒントを伺えたインタビューになりましたが、あくまでこれは4人の考え。
『We Work HERE』には100人分の考えがつまっています。
さて、101人目はあなた。
働くって、何だと思いますか?