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セレクトの基準は「僕がおいしいと思ったもの」。東京・早稲田にある「こだわり商店」の、お客さんが喜び、まちも生産者も育まれる商いのやり方

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昔懐かしい、よろづやのような雰囲気の「こだわり商店」

「ごめん、今日入ってこなかったー。今年はもう終わりかも」
「そうかぁ。もう1回ぐらい食べられると思ってたんだけどなぁ」
「あははは。また明日頼んではみますけど」
「じゃあまた明日きてみる」
「そうですね。お願いします!」

旬の果物を求めに、お店にやってきた常連さんとの会話です。そのあとも「これ、固いんで20分しっかり茹でてくださいね」とか「台風で魚が全然入ってこなくて」「ああ、それでないのね!」なんて小さな会話が、お客さんの数だけ広がりました。大手スーパーマーケットやコンビニでの買い物が当たり前の今、あまり見かけなくなった光景です。

ここは、早稲田大学にほど近い商店街にある「こだわり商店」。代表取締役・安井浩和さんは、以前にご紹介した「都電テーブル」を経営する「株式会社都電家守舎」のメンバーで、グリーンズでもお馴染みのリノベーションスクールではサブユニットマスター(講師)も務めている方です。

お父さんの代までは直営3店舗、テナント8店舗というスーパーマーケットをチェーン経営していたという安井さん。しかし、あとを継ぐことになった安井さんはスーパーマーケットの将来性に疑問を感じ、すべての店を閉め、本当にやりたい店をいちからつくることを決意します。今から9年前のことです。

ある意味、お膳立てされていた状況を振り切り、すべてをゼロにして始めた「こだわり商店」。いったいどんなこだわりが詰まったお店なのでしょうか。

商品のいちばんの選定基準は「僕がおいしいと思ったもの」

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安井浩和(やすい・ひろかず)
1978年、東京都早稲田生まれ。「株式会社稲毛屋」代表取締役、「株式会社都電家守舎」取締役、「早稲田家守舎」代表、「アトム通貨実行委員会」本部役員。父の経営するスーパーを3歳から手伝い18歳で店長となる。2005年に父・安井潤一郎が衆議院議員になったのをきっかけにスーパー全体を預かる。しかしスーパーマーケットの将来性に疑問を感じ、2007年、直営3店舗テナント8店舗をすべて閉店。全国の生産地を巡り、自分自身が食べておいしかったものだけを集めた食料品店「こだわり商店」を2009年にオープン。2013年には、仲間4人で都電荒川線沿線のまちづくりを進める「株式会社都電家守舎」を設立。都電家守舎の事業として、2015年 「都電テーブル」、2016年10月「都電テーブル2号店」をオープン。

こだわり商店は、全国から本当においしいものを仕入れて販売する産地直送の食料品店です。

コンパクトながら、野菜や肉、魚といった生鮮食品、味噌、豆腐、乳製品などの加工食品、乾物に調味料、パンやお菓子に至るまで、ありとあらゆる食材が並んでいます。一般のスーパーマーケットではあまり見かけたことがないものばかりです。

これらは店を始める際に、安井さんが全国40カ所を駆け巡って見つけたもの。もしくはその後、SNSなどを通じて友人や知人が薦めてくれた商品を試食し、気に入ったものなどです。

つまり、実際においしさを確認して仕入れている、こだわり商店独自のラインナップ。ほかのお店ではこの品揃えは見られない…そう思うと、棚を見るのがどんどん楽しくなってきます!
 
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たとえばこのワインは、SNSで「おいしいワインが飲みたーい!」とつぶやいたところ、山形県の友人が送ってくれたものだそう。ほとんど流通には出回っていない商品ですが、交渉の末、取り扱いできることに

商品のいちばんの選定基準は“僕がおいしいと思ったもの”です。たとえば有機栽培の中にもいろいろな有機栽培があります。自然栽培にも慣行栽培にもそれぞれ言い分があって、行き着くところ、どれもみんな正しい。

だったら僕が信じたものを売ろうと。そういう店が世の中にないなら、うちがやる。だから「オーガニックですか」って聞かれたら「いや、違います。おいしいっていうことを軸にしています」と伝えています。

今ではご近所の方や常連さんを中心に、たくさんのお客さんがこだわり商店を“ひいき”にしています。「店長が言うなら間違いないだろう」という信頼と、それに応える“おいしい”品揃えが、多くの人に愛されているのです。

“丁寧に売る”とはどういうことか

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安井さんがこだわり商店のような産直のお店をやろうと思ったきっかけはいくつかあります。そのひとつがスーパーマーケット時代に「丁寧に売る」という体験をしたことでした。

安井さんのお父さん、安井潤一郎さんは、当時、早稲田商店会の会長を務めていました。その後、国会議員にも選出されるのですが、まちづくりやエコなんていう言葉が一般化していない時代に環境を切り口にした商店街活性化のイベントを仕掛けたり、日本全国の商店会をつなぐ会社を設立したりと、早稲田の商店会長としてよく知られていました。

そのため講演依頼が多く、しょっちゅう全国を飛び回っていました。すると、つながりができた方々からお土産をいただいたり、その時々の季節の贈り物が届けられるようになりました。それはもう、どうやっても食べきることのできない量だったそう。

ある時、お米が30キロ送られてきました。そのお米は、皇室献上米にも選ばれた、最高級のお米です。しかし、家族4人、家でご飯を食べられない日も多い安井さんの家では、とても消費できそうにありませんでした。

そしたら親父が「売っちゃえよ」って言うんです。「いやいや、もらったものは売れないでしょ」って言ったら「お前な、売れっていうのは“丁寧に売れ”っていうことだよ」と。それってどういうことか聞いたら「そこは自分で考えろ」と。

安井さんは、とりあえず自分でお米を炊いて食べてみました。すると、こんなにうまいお米は食べたことがないというぐらい、おいしかったのだそうです。店頭で売っていた安売りのお米も食べてみましたが、違いは歴然でした。

それで「これはこういうお米なんです」って丁寧にお客さんに話をして、店でも食べ比べをしてもらったんです。

安売りのお米が当時、5キロで1480円。かたやいただきもののお米は1キロ1000円。倍どころではない違いですが、そうして丁寧に売ってみたところ、たった3時間で完売してしまったのだそうです。「また食べたい」「5キロほしい」「これからも送ってほしい」というリピーターも大勢いました。

そこで気づいたんですよね。これまで僕は“丁寧に売る”っていうことをしたことがなかったんだって。

品揃えが同じなら、家からなるべく近く、価格の安いお店に誰でも行くでしょう。でも、本当においしいものを丁寧に売れば、お客さんは価格に関係なくお店にきてくれるし買ってくれる。この小さくとも大きな成功体験が、次なる商売の方向性を定めていきました。

商品を仕入れる=結婚すること

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約15坪の広さに、食材がぎっしり。大抵のものは揃っています。通路は広めにとってあり、買い物しやすいのも嬉しい

安井さんは「生産地のことはほとんど考えていない、と言い切ったらよくないかもしれないけど、正直、うちの店のお客さんに喜んでもらいたいっていうことだけしか考えてない」と言います。

お客さんに買い物をいっぱいしてもらえる店があるから、生産地も応援することができるわけです。だからこそ、お客さんのために、一緒に頑張ってくれる生産者さんがいい。

はじめから120点じゃなくてもいいから、100を120や130にする努力を一緒にやってくれる生産者さんを探したいんです。

だから類似商品の営業がきて、そちらのほうが条件がよくおいしかったとしても、基本的にはお断りします。「商品を仕入れること=結婚すること」なのだと、安井さんは考えているからです。

だってその商品がこれまで売れてくれたおかげで、店の電気が点いてるんだって思うんです。それを、値段が安くて、ものがいいのがあったからもう要りませんってやった瞬間に、一般のスーパーとなんら変わらないことになっちゃいます。

おいしさを大切にするのは当然。商売だから、利益を考えなければいけないのも当然です。でもそれは、ただただ結果を求めて合理的に商品をセレクトすることとは違います。こだわり商店では、人と人のつながりこそなにより大切な財産となっているのです。
 
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たくさんの商品に、丁寧なポップがつけられています。これはすべて安井さんの手描きによるもの。調理方法や生産者さんのことが書かれていたり、安井さんのおすすめコメントが書かれていることも

悲観的に計画して、楽観的に勝負する

ところで現在、リノベーションスクールでサブユニットマスターを務めている安井さんは、建築関係のユニットマスターが多い中、商売人としてどのようなアドバイスをしているのでしょうか。

安井さんが受講生に伝えたいのは「悲観的に計画して、楽観的に勝負していくこと」の大切さです。じつはこれ、スーパーマーケットをやめて、新たにお店を始めたときの経験からきている話だと言います。

1回、店をたたんでいる人間として、商売をやめるときの覚悟はこういうものなんだよっていうことを、僕はみんなにお伝えできる存在なんじゃないかなと思います。


じつはリノベーションスクール@豊島区には、受講生として参加していた安井さん。安井さんチームのプレゼンは1:02:00〜

前半にさらっと書きましたが、長年続けてきたお店をやめることは、実際のところ、そんなに簡単なことではありませんでした。これまで「坊ちゃん」と慕ってくれていた常連さんからは非難を浴び、やめないでくれという声をたくさんもらいました。

従業員さんの再就職先を探して奔走し、最大の取引先からは突然明日までに数百万円を振り込めと言われ、給与の支払いのめどが立たなくなったこともありました。

形としてある程度のものをもっていると、それに関わった多くの人たちの思いがあります。だからリセットするには、それを裏切らないといけなくなる。辛かったです。最後のほうは、誰のアドバイスも耳に入らない状態でした。

安井さんは1度は死のうとまで思いつめて、実際に高いビルまで向かったことがあったそうです。そこで安井さんを思いとどまらせたのは、たまたまなのか必然なのか、そのビルに向かう途中で届いた、奥様からの1通のメールでした。

「あなたは幸せですか? あなたが幸せだったら、私も幸せです」と書かれていて。救われましたね。

いちばんきついときに、本当にすごいタイミングで、いちばん近い人がちゃんと見ててくれたっていうことがわかって。

それから、とにかくお金を稼ぐことがすべてだと思ってやってたのが、家族や地域が優先順位のトップにガラッと変わったんですよ。

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人生はターニングポイントの連続です。スーパーをやめたあと、安井さんは早稲田ではなく、中野や吉祥寺、八王子など、人が多くて“儲かりそうな”地域で新たに商売を始めようと思っていました。それを思いとどまらせたのもまた、周囲の人の、自分に向けられた思いを知ったことでした。

店をやめることになった最後の最後に、僕が小さい時から世話になっているおばあちゃんに「まぁしょうがないよね。こんなに(建物が)古いからね。でもね、忘れちゃいけないよ。あんたのおむつは私が替えたんだからね」って言われたんですよ。

よくよく話を聞くと、安井さんのお母さんがレジをやっている間、まだ赤ん坊だった安井さんは、常連のお客さんに交代であやしてもらい、おむつを換えてもらっていたのだそうです。

で、「そのことを忘れちゃダメだからね」って言われたんです。

僕、それにぐっときちゃって。何が中野だ? 吉祥寺だ? 八王子だ? おれは早稲田に足を向けて寝られないじゃないか、と。それで、これは早稲田で商売しないとダメだって思ったんです。

辛い時期を乗り越え、自らの生まれ故郷である早稲田で、理想に描いた形での商売をスタートした安井さん。今では「早稲田から離れることはありえません」というほど、早稲田という地を愛してやみません。周囲の愛情を感じられたからこそ、楽しい今があります。

起業して、ずっとキャーキャー言ったままでいられる人なんてごくわずかで、みんな、苦しくなることって絶対あるんです。

その苦しさっていうのがどういうものなのかとか、それでもやること、続けることによって得られるものがなんなのかっていうところも、僕はリノベーションスクールで、もっともっと伝えていきたいと思っています。

引っ越してきたくなるまちづくり

そんな早稲田への深い思い入れとともに、近年、安井さんが取り組んでいるのが都電荒川線沿線のまちづくりを手がける、都電家守舎の活動です。

安井さんは早稲田大隈商店会の事務局長を務め、まちを盛り上げていこうといろいろなことを仕掛けてきました。そんなとき、かつてお父さんの元で働いていた一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスの木下斉さんから、都電家守舎のメンバーを紹介されました。

らいおん建築事務所の嶋田洋平とアフタヌーンソサエティの清水義次さんと飲みに行ったときに、それぞれのまちでそれぞれのまちのことをやっている人間が揃って、都電沿線上でリングをつくったら、面白い活動になるんじゃないかって話になったんだよね。

それで「10万円もってきて。会社つくるから」って言われました。最初は、新手の詐欺かと思いました(笑)

そこで誕生したのが都電家守舎です。向原駅前に誕生した「都電テーブル」は、よくあるカフェとはちょっと違い、おいしいごはんをリーズナブルに、がっつり食べられるまちの定食屋さんとして、すっかり大人気です。10月3日には、大塚駅前に2店舗目をオープン。こちらは昼は同じく定食屋さん、夜はビオワインなどが楽しめるワインレストランとして営業します。

ちなみにこだわり商店は、都電テーブルで使う食材を卸しています。こだわり商店の食材のおいしさを、実際に体験できる場でもあるわけです。
 
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都電テーブル店内

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人気メニューの鶏の唐揚げ定食。都内ではなかなか取り扱いがないという高知県の四万十鶏を使用しています

僕は早稲田のまちから1歩も出ずに豊かな暮らしができればいいのになと思っていました。それを少し広げて、都電沿線上っていうところを軸にしていったら、さらに面白くなるんだろうなと。

だから遠くからくるお客さんに「うちの近くにお店があったらいいのに」って言われたら、真顔で「近くに引っ越してきてください」って言ってます。外から刺激を受けることも大切ですけど、都電沿線上に引っ越すことでこんなに豊かな暮らしができますよっていうふうに大見得きって言えるようにならなきゃダメなんだと思うんです。

近くにこだわり商店があったら。都電テーブルがあったら。忙しいときに赤ん坊の子守をしてくれる常連さんがいたら。

手が届くエリアのちょっとした暮らしの豊かさを、ここ東京で確かに感じられたことにとても暖かい気持ちになりました。都会にいながらも感じられる人の暖かさ、暮らしを営むうえでのささやかな豊かさを求める人たちが、この先どんどん都電荒川線周辺に、増えていくのかもしれません。

帰りがけ、買い物をさせていただき「こんなお店が近くにあったら毎日の買い物が楽しいでしょうね」と思わず言うと、こう言われました。

でしょう。ぜひ早稲田に引っ越してきてください!

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