カンボジアやインドといった、アジアの発展途上国では、自らの事業を通して貧困や環境といった社会的課題を解決しようとする「社会起業家」たちの活動が盛んになっています。
彼らが取り組む「社会的事業」が成長し、国や地域に大きなインパクトをもたらすには、これまで行われてきた開発援助や寄付とは違う、持続的で長期的な“投資”による支援が重要だと言われています。
今回ご紹介する「クラウドソーシャルインベストメント」は、企業からの少額の“寄付”を束ねることで、途上国の社会的事業へのまとまった“投資”へと転換する、新たな途上国支援の枠組みです。
同サービスを運営する「ARUN(アルン)」代表の功能聡子(こうのさとこ)さんに、クラウドソーシャルインベストメントの仕組みと、立ちあげの背景や思いについて伺いました。
ARUN合同会社代表 / NPO法人ARUN Seed 代表理事
国際基督教大学(ICU)卒業後、民間企業、アジア学院勤務の後、1995年よりNGO(シェア=国際保健協力市民の会)、JICA、世界銀行の業務を通して、カンボジアの復興・開発支援に携わる。 カンボジア人の社会起業家との出会いからソーシャル・ファイナンスに目を開かれ、その必要性と可能性を確信し 2009年ARUNを設立。
企業の寄付を束ね、途上国の社会課題解決を加速する「クラウドソーシャルインベストメント」
ARUN(アルン)は、「地球上のどこに生まれた人も、ひとりひとりの才能を発揮できる社会」の実現をビジョンに、功能さんが2009年に設立した団体です。
これまで、日本の企業や個人から出資を募り、インドやカンボジアといった途上国での「社会的事業」に対する投資事業を行ってきました。
社会的事業とは、貧困や経済格差といった社会課題の解決を第一の目的としつつ、ビジネスとして持続発展可能な収益も上げていく事業のことです。
近年、注目が高まっている社会的事業ですが、その多くは、人材不足や資金不足といった課題を抱えています。
そこでARUNは「社会的投資」を掲げ、資金を提供するとともに現地での事業運営の支援も行う形で、社会起業家の事業活動を後押ししてきました。短期的な利益追求のためでなく、社会課題を解決するために共にリスクを背負う、対等なパートナーとしての関わり方です。
しかし、こうした社会的投資は、営利企業に対する投資とは性質が異なり、投資家に分配するための利益を上げるまでに時間がかかります。そのため、出資を募っても、通常の投資事業としては参画が難しいという日本企業も少なくありませんでした。
そこで新たに立ち上げたのが、今回ご紹介する新サービス「クラウドソーシャルインベストメント」(Cloud Social Investment: 以下CSI)。
複数の日本企業から、通常の投資よりも小口の資金を“寄付”として集め、ARUNがそれらを束ねて途上国の社会的企業へと“投資”し、現地での事業支援も行うのがCSIの仕組みです。
企業にとっては、投資よりもハードルの低い少額の寄付から社会的事業を支援でき、途上国の社会的企業にとっては、まとまった出資を元手に事業をさらに拡大できる。双方にとってメリットのあるCSIは、社会的課題を解決する新たな枠組みとして、注目を集めています。
途上国の現場の最先端で、イノベーションが生まれている
開始1年目となる2016年度は、上限1000万円程度の額で、1~2社への投資を予定しているというCSI。現在、功能さんは、社会貢献活動やSDGs(国連で採択された『持続可能な開発目標』)などへの関心の高い日本企業に呼びかけて、途上国の社会起業家を支援する企業パートナーを募集しています。
ここからは、CSIの仕組みによりどのような効果が考えられるのか、功能さんにお話を聞きながら、今後の可能性を検証していきましょう。
まず、投資先の選定に当たっては、その事業の収益性だけでなく、起業家が描くビジョンや、雇用創出・地域貢献・環境への影響といった「社会的インパクト」も踏まえた審査を行っていくとのこと。
CSI立ちあげ以前のARUNの投資事業では、IT技術を介してインドの無医村地帯に一次医療サービスを提供する「iKure Techsoft(アイキュア・テックソフト)」、カンボジアの非電化地帯へのソーラーパネル販売を通して現地雇用も創出する「Lighting Engineering & Solutions (ライティング・エンジニアリング&ソリューションズ)」、カンボジアの10万世帯の小規模農家がエコロジカルな農業技術により栽培した農作物の流通事業を行う「Sahakreas CEDAC (サハクレア・セダック)」など、事業活動を通して社会課題解決を推進するさまざまな企業への投資が行われてきました。
IT技術でインドの無医村地帯に一次医療を届ける「iKure Techsoft(アイキュア・テックソフト)」
非電化地帯へのソーラーパネル販売と現地雇用創出を実現、「Lighting Engineering & Solutions (ライティング・エンジニアリング&ソリューションズ)」
小規模農家が栽培したエコな農作物の流通を担う「Sahakreas CEDAC (サハクレア・セダック)」
功能さん カンボジアやインドなどでは、社会起業家が集まるフォーラムやビジネスコンペが盛んになってきています。自分たちのビジネスで社会課題を解決していこうという、強いビジョンを持った起業家との出会いも多いんです。
彼らの事業がどんな社会的インパクトをもたらすのか、その評価指標は何なのか、目標に向けて私たちはどんなサポートができるのか、ダイアログを重ねながら投資先を決定していきます。
そうして選定された投資先の事業に対して、CSIへの出資企業は投資の経済的リターンを受け取ることはできません。しかし、お金とは違ったかたちで様々なリターンを得ることができます。
たとえば、CSIに参画すると、現地のソーシャルビジネスの最先端の情報を知ることができる上に、志を同じくする日本の出資企業とのネットワークを築くことができます。また、投資先の企業に自社の社員を派遣するなどして、次世代のリーダーを育てる人材育成に活用することもできるでしょう。
寄付に参画した企業が、アジアの社会起業家とのネットワークを築けるのもCSIの強み
そして、何より大きいのは、社会の閉塞感や課題を打破するためのイノベーションと、それを生み出すエネルギーのある人材と出会うことができるということです。
功能さん 社会的事業は、課題解決と収益性という二兎を追う営みなので、実はそもそもが難しい挑戦なんですよね。
それがなぜ実現できるかというと、起業家がスーパーマンだからではなくて、そこにイノベーションがあるからなんです。今までなかった発想、今までなかったやり方を彼らが追求するなかで、イノベーションが生まれています。
だから、社会的事業の最先端を支援するということは、途上国のイノベーションの現場を私たちが体験することにもつながるんです。
CSIへの参加を表明している日本企業の方々のなかには、成熟国となった現在の日本社会に閉塞感を抱いている方も少なくないそうです。
CSIを通して、途上国の志ある起業家とつながり、現場で起こっているイノベーションを学ぶことは、日本が抱えている社会課題を解決するヒントにもなるかもしれません。
自分の持てる力を惜しみなく差し出しあうことで、人が輝き、コミュニティが育つ
CSIにより、途上国のみならず、日本の社会課題解決をも加速させることに挑戦している功能さん。その取り組みやビジョンの原体験は、実は中学生の頃の出会いだったのだとか。現在に至るまでのストーリーを聞きました。
功能さん はじめて途上国で働いている人とお会いしたのは、中学生のとき。ネパールの山奥で医療活動をされているお医者さんでした。そこでは結核が蔓延していて、村の人たちは助けを求めて診療所にやって来るんだというお話を聞きました。
でも、そこには悲惨な印象が全くなくって。ネパールの人たちと一緒に生きるという選択をした、そのお医者さんの生き方が、とっても輝いているように見えたんです。
自分の持てる力を惜しみなく差し出し、現地の人と共に生きていく。そんなお医者さんとの出会いに、当時の功能さんは「将来、自分もこんな生き方をしたい!」と思ったそうです。
功能さん それから同じく中学生の頃に、障害のある人たちと一緒に、農業を中心としたコミュニティを運営している方との出会いもありました。そこには色んな種類の障害のある人たちがいたのですが、誰もがそれぞれに自分の良さを活かして活躍していたんですね。その様子がとても印象的で。
自分の持っている力を活かすことができて、それが社会やコミュニティに受け入れられたとき、人間は大きな喜びや幸せを感じることができるんだ、と感じました。
立場や境遇の違いを越えて活き活きと関わりあう、魅力的な人やコミュニティとの出会い。それが今の功能さんのビジョンである、「地球上のどこに生まれた人も、ひとりひとりの才能を発揮できる社会」へとつながっていきます。
新しい時代をつくる起業家と、対等なパートナーとして共に歩んでいく
その後、1995年から2005年までの10年間、NGOや国際機関での業務を通して、カンボジアの復興と開発支援に携わってきた功能さん。ちょうど2000年を境に、時代の潮目の変化を感じたとのことです。
功能さん 長い内戦の影響でかなり国として傷んでいたのですが、2000年頃から、「前を向いて新しい社会をつくっていこう」という風に、時代の空気が切り替わったように感じました。
私がそのころ特に注目していたのが、現地の若い世代のリーダーたち。いい意味で戦争や過去のトラウマに縛られておらず、自分たちで新しいものをつくっていくんだという気概を持った人たちが現れてきました。
自立心に満ちたカンボジアの若きリーダーたちとの出会いを語る功能さん
1976年〜1979年のポルポト政権による大量虐殺、ベトナム軍の介入をきっかけとした20年におよぶ内戦を経て、復興と民主化への歩みを始めた1990年代のカンボジア。貧困削減などを目的とした開発援助が先進国や国際機関によって進められてきました。
こうした開発援助の文脈ではしばしば、途上国から先進国に対する「援助依存」の懸念が語られます。しかし功能さんは、地道な支援のプロセスの中から、現地の人たちの自立心が育っていったのだと語ります。
功能さん 90年代から2000年代にかけてのカンボジアの時代の空気は、”坂の上の雲”の時代の日本と重なるように感じました。
私たち日本人も、多くの支援を受けましたが、基本的には自分たちの手で社会をつくってきたという自負がありますよね。途上国だってそれは変わらないと思うのです。
先進国の人間が外から「援助依存は良くない」なんて心配するまでもなく、カンボジアの現地の人たちは「自分たちで社会をつくっていこうよ」って気持ちで立ち上がっていたんですね。
それで、彼らの意気込みや挑戦に見合った新しい関係性が必要なんじゃないかって考えるようになったんです。
新しい時代をつくろうと挑戦する若きリーダーたちに対して、援助ではない対等な関係性で、彼らと共に何ができるのか。そう考えていた功能さんが出会ったのが、「社会的投資」の考え方でした。そのあり方は、「一人ひとりが持てるものを活かし合える社会をつくりたい」という、功能さんのビジョンにピッタリと一致していました。
援助ではない対等な関係性で、時代をつくるリーダーたちと共に歩む功能さん
自らの事業で、自分たちの国の社会課題を解決しようとする若きリーダーたち。彼らの志に共感し、その資金力やこれまで培った専門性を活かして支援をする日本のサポーター。功能さんが様々な出会いの中でつくりあげたCSIのプラットフォームは、課題解決のために持てる力を差し出し合う、国境を越えたチームをつくっていくことでしょう。
難しい課題だからこそ面白い。起業家の“志”に投資し、事業に伴走する「第三の支援」
開発援助の枠組みのなかでも、人材育成や技術支援、インフラ整備といった支援は行うことができます。他方、変化に対応しながら持続的に価値を生み出し、事業規模や雇用を拡大していくために必要なマーケティングや商品開発への支援、数年先の投資回収を見込んだ資金提供などは、開発援助の枠内では実施できないことがほとんどでした。
また、銀行などの民間金融機関で融資を受けるには土地などの不動産担保が必要で、事業を立ちあげて間もない社会起業家が民間融資を受けることは非常に難しいのが現実です。
貧困や環境といった社会課題を、自らの事業を通して解決していこうとする起業家たち。彼らの”志”に共感し、事業が発展するまでのリスクを共に背負いながら、専門性を活かした事業運営のサポートも行っていく。そんな社会的投資、そしてCSIは、開発援助とも従来の民間融資とも違う、第三の支援の形です。
功能さん 社会的事業は、社会課題の解決と収益性の両立という、理想と現実の両方を追求する難しさがありますが、だからこそ面白い。
と功能さんは語ります。
はじまったばかりのARUNのCSI、志高い途上国の起業家たちと日本の企業をつなぐプラットフォームとしての今後に期待が持てますね。あなたもぜひ参加してみませんか?