「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

言葉は頼りになるけど、自分を不自由にすることもある。People’s Books vol.06『ほしい未来をつくる言葉』を片手に、西村佳哲さんと考えた言葉の力と付き合い方のお話

nishimura_pbooks06_01

“あなたには、大切にしている言葉がありますか?”

そんな問いを投げかけ、集まった言葉を厳選し、その言葉にまつわるエピソードとともに掲載した言葉集『People’s Books vol.06 ほしい未来をつくる言葉』。約半年の製作期間を経て今年2月に完成し、2冊をgreenz peopleのみなさんにお届けしました。うち1冊はピープルのみなさんに、そして彼・彼女たちから、寄贈というかたちでカフェやオフィス、小学校などへと旅立っていきました。

「言葉」は、ウェブメディアを運営する私たちにとって、「魂」とも言えるほど大切なもの。「自分たちの発信してきた言葉が、どのように人の心や行動へと作用しているのだろう?」。この本をつくることは、言葉の力と可能性を可視化する、greenz.jp編集部の大きな挑戦でもありました。

そして、大事にしたいのは「発信するだけで、終わりにしない」こと。

これは、今回この本の編集を担当した私が日々エディター・ライターとして、いつも心に留めていることでもあります。私には、この本を片手に、ことばの可能性について話を聞いてみたい人がいました。

そのひとりが、西村佳哲さん

「働き方研究家」としてのインタビューをまとめた数々の書籍、人の話を聞くことを体験する「インタビューのワークショップ」など、西村さんの仕事から発信される言葉に触れていると、私はなぜか、心のなかの奥深くにあたたかなものが宿るのを感じます。ときには、意図せず涙が流れることも。

『ほしい未来をつくる言葉』にも2つの言葉が選ばれ、掲載されているように、西村さんの言葉に影響を受けている方がいる方は、きっと少なくないはず。

西村さんは、言葉とどう付き合い、何を大切にしているのでしょうか。ある春の日の夕暮れどき、『ほしい未来をつくる言葉』を片手に、西村さんに会いに行ってきました。
 
nishimura_pbooks06_02

西村佳哲(にしむら・よしあき)
リビングワールド代表、プランニング・ディレクター、働き方研究家。
1964年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。つくる・書く・教える、三種類の仕事。建築分野を経て、ウェブサイトやミュージアム展示物、公共空間のメディアづくりなど、各種デザインプロジェクトの企画・制作ディレクションを重ねる。2014年より徳島県神山、東京、出張先の多拠点生活をはじめ、神山町の「まちを将来世代につなぐプロジェクト」を推進。2016年4月より、一般社団法人「神山つなぐ公社」の一員として、「まち」に関わる。

自己批評性を持つということ

まずは『ほしい未来をつくる言葉』についての率直な感想を聞きました。

西村さん グリーンズが、greenz peopleという、みんなのちからをもらってメディアとしてやっていく姿勢に切り替えたのは、2年ほど前でしたよね。あれがとてもいいな、と思って見ていたんですよね。

しかも本が2冊ついてくるというアイデアもすごくいいな、と思って。まずこの本のあり方そのものに、大賛成です。

greenz peopleのみなさんには、会員限定本が2冊届きます。それは、「もう1冊はあなたの大切な人に手渡してください」というグリーンズからのメッセージ。使い方は、会員のみなさんに委ねられています。
 
nishimura_pbooks06_03

「僕も会員にならなきゃですよね」と笑いながら、西村さんは続けます。

西村さん 実際読んでみて感じたのは、言葉の紹介のあとに、ミニインタビューが載っていますよね。これ、すごくいいですね。インタビューそのものは、ウェブを見にいけばいいけど、これは、そのときから少し時間差のある、その人の言葉ですよね。

ここで切り取られているのは、ある力を持っている、共有しやすいセンテンスですが、そのあとのインタビューは雑味があるというか。それが一緒に読めるので、味わいが深くなると思いました。

西村さんが「いい」と言ってくださったのは、兼松真紀さん、高野誠鮮さん、小倉ヒラクさんなど、“言葉の主”の方々から寄せていただいたメッセージ。

自分の発した言葉にまつわるエピソードや想いが語られています。私たち編集メンバーが「単なる言葉だけでなく、人から人へ、めぐりめぐる言葉の可能性を感じてほしい」という想いを込めたコンテンツに心を寄せてくださったこと、うれしく思いながら聞きました。
 
pbooks_promo6
“言葉の主”からのメッセージ(クリックで拡大)

一方で、巻末に掲載した、編集長・鈴木菜央と元編集長・兼松佳宏(YOSH)の対談については、こんな感想もいただきました。

西村さん 厳しいことを言っちゃうと、最後の対談のところはね、なんというか、まあ、あたたかい気持ちで読みました(笑)

率直に言うと、自分たちのメディアに対して、もうちょっと批評性を持った方が面白いんじゃないかと思いましたね。グリーンズのことを「いいよね」と思っているひとたちは、もうこの本を手に取っていると思うので、つくっている自分たちが「いいよね」って言わなくてもいいかな、って。

「もっとこうだよね」とか、「まだまだこうしていきたいね」って話をしている方が、読者としては、より継続して力を貸していこう、と思えるんじゃないかな。

自己批評性を持つということ。greenz.jpに共感してくれるあたたかな読者や取材先、greenz peopleのみなさんに支えられている私たちグリーンズが、見落としがちなポイントかもしれない。そんなことを考えながら、西村さんの言葉を受け取りました。

西村さんの心に響いた言葉

示唆に富んだ指摘をいただいたところで、西村さんが手にしている『ほしい未来をつくる言葉』に、いくつかの折り目が付いていることに気づきました。

「記事を読んでみたいと思った言葉がいくつかあったので」と言いながら西村さんが開いたページには、「atamista」市来広一郎さんのこんな言葉がありました。

地元の人たちが楽しく暮らしていて、
居心地のいい場所をつくりたいと思いました。
住んでいる人たちが楽しそうじゃないと、
旅で訪れた人たちにも
魅力的に見えないですよね。

このページに折り目をつけた理由について、西村さんはこう語ります。

西村さん 本当にそうだな、と思ったからです。まちを訪れる人としては、「私たちステキですよ」と話しかけられるよりも、そこで何かに夢中になって取り組んでいる、その状況を覗き込めるほうが、楽しいと思うんですよ。

面と向かわれるよりも、その人たちと同じ向きで同じものを一緒に見る、みたいな。

まちのみんなが何かを頑張っているとか、楽しんでいるとか、エネルギーを投入している状態をつくることが、まず大事だな、と思っていて。僕も今、神山町で公社をつくって、そちらの仕事に力を投じているので、響くというか。そう思って読みました。

nishimura_pbooks06_04
西村さんが「インタビューを読みたい」と感じたという市来広一郎さんの言葉。他にも、No22(徳永青樹さんの言葉)や、No29(中川たくまさんの言葉)に、折り目をつけていてくださいました。

約2年前に徳島県神山町に拠点を置き、この4月から一般社団法人「神山つなぐ公社」の一員として、いわゆる“地方創生”に取り組む西村さん。神山のひとたちは、自分のまちの暮らしを楽しんでいるのでしょうか?

西村さん 割とそうだと思います。たとえば、アーティスト・イン・レジデンスの組み方も、千客万来ではないんです。

「条件いいので来てください」という募集の仕方はしていなくて、「お金ないし、アトリエの設備は十分ではないし、条件悪いですよ。でも、まちの人たちと滞在そのものを楽しみながら制作活動をしたかったら、どうぞ来てください」という書き方をしていて。実際来たアーティストのみなさんも、満足して帰って、また新しい人が来て…という循環が起こっています。移住に関しても同じ感じ。

神山でレジデンスを展開してきたNPOまわりのひとたちはもともと、自分たちが楽しいことを中心にやってきて、そこに人が集まってきて、今の状況がある。その良さを失っちゃいけないな、って。

市来さんは熱海で、どんなふうに思いながら言葉で綴っているのかな、読んでみたいな、って、とても思ったんですね。

nishimura_pbooks06_05
四国での暮らしの情景。(西村さんのブログより)

この「atamista」市来さんの記事、実は2012年6月に公開したもの(記事はこちら)です。4年も経つと、言葉や考え方は古くなってしまうのでは、という見方もあると思いますが、今まさに「まち」にかかわる西村さんの心にとまったのは、この言葉でした。

本質を語る言葉には、古いも新しいもなく、普遍的な力がある。そんなことを感じます。

西村さんが持ち歩いている言葉

さて、ここからは西村さんの人生のなかにある言葉のお話へ。西村さんは、中高生の頃に手にした『ポケットに名言を』(著:寺山修司)という書籍に影響を受けたと言います。

西村さん 彼が出会ってきた古今東西の名言がランダムに載っている本なんですけど。この本(『ほしい未来をつくる言葉』)のような解説はなく、言葉と発言者の名前のみ。前後の文脈も全然わからなくて。

でもこういう、ある抽出された、みんなが共有しうる、何かを照らす言葉って、力があって、使い勝手がいいというか。それを持ち歩いていると、けっこういろんなものが開く(あく)んですよね。

たとえば、「百聞は一見にしかず」といったことわざとか、「ローマは1日にしてならず」なんて言葉は、よくできた思考の道具ですよね。何にでも適用できて、栓抜きのようにすぽーん、すぽーん、って、いろんなものを開けられる。そういう汎用性の高い言葉を、自分なりに持ち歩いていると、けっこう使えるんですよね。

西村さんにも、そんなふうに持ち歩いている言葉があるのでしょうか。尋ねると、「いっぱいあると思いますよ」と言葉を添えて、ひとつ教えてくださいました。

西村さん “ここがロドスだ、ここで跳べ”というのは、いつもすごくありますね。なんのことかよくわからなくて、「ロドスってどこですか?」って感じなんですけど(笑)、なんか心に刺さったまんまなんですよね。

「どうしようかな」と思っているときなんかに、ぽん、とそれが浮かんだ経験は、よく覚えています。

支配的に働くこともある言葉との付き合い方

前後の文脈なんて全く知らなくても、心に響き続けることがある“抽出された言葉”。一方で、そのような言葉との付き合い方には注意を要すると、西村さんは指摘します。

西村さん でも、どんな言葉も、その逆があるんですよね。

もっともらしい言葉っていっぱいあって、みんなが「そうそう」と思うんですが、実はある真実をある角度から見たものに過ぎなくて。別の角度から見ると、別の形容ができたり、その真逆のこともあったりする。

だから、真実っぽいことは、「すべての場面で適用可能ではないんだ」ということを覚えておかないと、逆に言葉に縛られることがある。こういう言葉は頭のなかに定着しやすいので、自分に対して支配的に働くこともあると思うんですね。

たとえば、「石の上にも三年」という言葉。何かをはじめて、でもやめたい、と感じたときに、この言葉を思い出すと、「3年はがんばってみようかな」とか、「ちょうど3年経ったから動こう」という思考が働くことは、容易に想像できることです。

西村さん 自分が何かをしやすくしてくれることもあると思うし、あるいは自分に対して抑制的に働くこともあるし。

何れにしても抽出度の高い言葉って、力があって、思考の一部になってしまいやすい。ちょっと昔の自分が考えたこととか、仕入れた言葉が、今自分が感じていることの邪魔をすることが多いんですよね。

どんな言葉も、ある真実をある角度から上手に切り取ったことでしかないんだ、ということを踏まえておくと、そこから自由になって、自分の人生のなかのシチュエーションに応じて、そのとき、より感じていることの方を中心に判断できるようになると思うんです。

しかしながら、こういう言葉には、「前から自分が考えていたこととか、昔考えていたけど忘れてしまっていることにもう一回光を当ててくれることもある」と、西村さんは続けます。

西村さん 言葉は頼りになるし、でも、言葉は自分を不自由にするし。その両面があることを踏まえて読みたいな、と。

かなり力のある言葉が並んでいるので、そういう意味で、面白い。でも、危険な本です(笑)

nishimura_pbooks06_06
実は、危険な本?

お話を聞いていて、私は『ほしい未来をつくる言葉』のなかに掲載されている、西村さんのこの言葉を思い出しました。

ジャンプをするときには衝動が必要なので、
ちょっと昔の自分が考えたことよりも、
今感じていることを大切にしています。

「ロドスの言葉もそうですが、きっと、僕の中で“跳ぶ”ってことがテーマなんですね」と、西村さん。

考えていたら、跳べないこともある。言葉には多面性があることを知り、自分のなかにある言葉や思考にとらわれず、今感じていることを真ん中に判断すること。「実際、跳んだときに結果が付いてきた」と自分の人生を振り返る西村さんの力強い言葉もまた、誰かの心のなかに宿り、人生の力となっていくのでしょう。

「まちづくり」という言葉がしっくりきません

めぐりめぐる言葉の力を改めて感じた西村さんとの対話の時間。ここには書ききれないほどのお話を聞きましたが、最後に、西村さんからいただいた、ある言葉にまつわる違和感をひとつ、読者のみなさんと共有したいと思います。

西村さん 「まちづくり」という言葉が、まるでしっくりこなくて、どう呼べばいいか困っているんです。

駅前の再開発みたいなまちづくりは、なにかを計画して粛々とつくっているわけです。でも、私たちがやっているのは、コンディションの方をつくっているのであって、「まち」はつくっていないんですよね。

あるコンディションや状況をつくると、起こるべきことが勝手に起こっていく。状況から、お店ができたり、活動ができたり、まちのいろんなかたちがうまれていく。神山で、そういう“発酵的”な状態を育てたいんです。

だから「まちづくり」じゃなくて、まちがうまれたり育っていくための、その手前の仕込みをしている感じ。それを指す言葉がないんですよ。

nishimura_pbooks06_07
やっていることは、「まちづくり」じゃない?(西村さんのTwitterより)

これもまた、西村さんの言葉との付き合い方をよく表しているお話です。

だれもが当たり前に使っている「まちづくり」という言葉ですが、西村さんは自分のなかにうまれた違和感を手放さず、ブログでも表現されています。

既存の便利な言葉をそのまま使うのではなく、そこから自由になって、問いを持ち続けること。表現することを諦めないこと。greenz.jpも、メディアとして、そんな姿勢で言葉と向き合い、読者のみなさんと問いを共有していきたい。そんなことを感じながら、西村さんのお話を聞きました。

「まちづくり」ではなく、何と呼ぶ? 私には「まち仕込み」なんて言葉が浮かびましたが、ぴったりな言葉を思いつかれた読者のみなさん、ぜひ教えてください。

ひょっとしたら西村さんの心にとまるかもしれませんし、新たな言葉がうまれることで、「まちづくり」の取り組みのかたちや概念も、次のステージへと変化していくのかもしれません。

たかが言葉、されど言葉。さまざまな可能性を感じた、言葉をめぐる西村さんとの対話、いかがでしたでしょうか。

ときには頼りになるし、ときには自分を不自由にすることもある。そんな“危険”なほどの力と、普遍的価値のある言葉がぎゅっと詰まった一冊。あなたも『ほしい未来をつくる言葉』を手にとって、言葉の力と可能性を感じてみませんか?
 
nishimura_pbooks06_08
西村さん、貴重なお時間をありがとうございました。

5月中にgreenz peopleへご入会いただけると、6月初旬にみなさまの元へ、People’s Booksをお届けします! 「ぜひ読みたい!」と思った方は、ぜひgreenz peopleへのお申込みを、お待ちしています!