みなさんは飲食店で出されるおしぼりや、お手洗いにあるペーパータオルを「もったいないな」と思ったことはありませんか?
食べる前に手を洗い、持参したハンカチで拭けば、それらはごみにならずに済むものです。でも、目の前に出されるとついつい使ってしまいますよね。
「おしぼりは必要な方にだけお渡しします」
「トイレに使い捨てのタオルはありません。ハンカチを持ち歩くことを推奨します」
そう宣言しているのは、徳島県上勝町にある「cafe polestar」。「2020年までにごみをゼロにする」という町の目標を実現するため、カフェとしての取り組みを「クレド」の形でまとめています。
山奥にありながら、2013年のオープン以来たくさんの人を呼び寄せているこのカフェ。どんな経緯で生まれた場所なのか、取材に行きました。
上勝町を世界のモデルとなるような町にしよう
「cafe polestar」があるのは、上勝町を横断する国道16号線から少しだけ奥まったところ。緑に囲まれ空は広く、聴こえてくるのは鳥や虫の鳴き声ばかり。そんな自然豊かな環境の中、美しい山を背負うかのようにひっそりと佇んでいます。
外観だけ見ると、普通のお洒落なカフェと変わらないように思えるかもしれません。「cafe polestar」のこだわりは、見えないところに隠れています。
たとえば建物には高性能な断熱材とペアガラスを使用していて、エネルギーを無駄遣いしません。また、構造材には徳島県産の杉の間伐材を使用しています。
扉を開けてすぐ横にある棚には、前述したクレドが掲げられていました。どんなことが書かれているのか、少しだけ抜粋して紹介しましょう。
「食べる」の無駄をゼロにする。
お料理に使う食材は、無駄な部分が出ない調理を心がけます。食べきれない分は、お持ち帰りも可能です。
どうしても残ってしまった生ごみは、全部コンポストで堆肥化します。
作られた堆肥は、また次の作物の栽培に使われます。
なにより、残さず全部食べてしまう、美味しい料理を作れるように努力します。
最後の一文を読むと、思わず顔がほころんでしまいますね。
クレドの中には、ほかにも“「仕入れる」の無駄をゼロにする”、“エネルギーの無駄をゼロにする”といった工夫が書かれています。ウェブサイトから全文が読めるので、ぜひご覧になってくださいね。
このカフェを経営するのは、東輝実さん・松本卓也さんご夫婦です。輝実さんのお母さまである東ひとみさんは、役場の職員として上勝町のゼロ・ウェイスト政策を牽引してきた方でした。
こちらの記事で詳しく紹介していますが、上勝町は次の世代に美しい自然を残すため、2003年に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を発表した町です。ごみの分別数は世界最多、リサイクル率は77%と圧倒的な数字を誇っていて、その画期的な取り組みに世界から注目が集まっています。
輝実さん 上勝町では1998年までずっとごみを野焼きしていました。母は「子どもたちを空気が汚れた場所で育てたくない」という想いから環境の勉強をはじめ、ゼロ・ウェイストの考え方に行き着いたんです。
子どもの頃、「上勝町を世界のモデルになるような町にしよう」と町の大人たちが精力的に動く姿を見て、すごくわくわくしたのを覚えています。こんな小さな町なのに、もしかしたら世界を変えられるかもしれない、と。私も中学生の頃から、「将来は上勝町でかっこよく働きたい」「母が考えていることを実現したい」と思うようになっていました。
ひとみさんが練っていた構想のひとつに、「上勝町にカフェをつくる」というものがありました。上勝町はやがて世界から人が集まる町になる。そのときに、気軽にコーヒーを飲んだり町の人と交流したりできる場所、サロンのような場所があるといい。10年ほど前からそう考えていたといいます。
この構想は、輝実さんが大学で環境問題を研究し上勝に戻るタイミングで実現に向けて動き出しました。しかし、店舗の設計図が完成し工事を始める2週間前にひとみさんは倒れ、帰らぬ人に。
周囲からは「しばらく休んだら」と声をかけられたといいますが、輝実さんは「母が情熱をかけて進めてきたものを止めるわけにはいかない」という一心で計画を中断することなく続行。2013年12月に「cafe polestar」をオープンしました。
上勝町を五感で味わうショールーム
上勝町で採れたお米や野菜を使った日替わりランチ。食材はできるだけ皮をむかずそのまま使用しているそう。
「cafe polestar」のコンセプトは、上勝町のショールーム。「ここに来ると上勝町のことがわかる、上勝町を五感で感じられる」場所を目指しています。
輝実さん 上勝町ではさまざまな作物を少量多品種で育てています。どんな作物があって、どんな味がするのか、どんな風に調理するのか。それがわかるようなメニューを日替わりで提供しています。
また、上勝町は高齢者が葉っぱを集め料理のつまもの用に出荷する「葉っぱビジネス」でも有名な町。「cafe polestar」でも、箸置き替わりに葉っぱを使っています。
地元の人と外から来た人が話せるように、10人掛けの大きなテーブルを設置しました。高齢者が多い地域なので、座りやすいよう家具は低めに設計しています。
美しい自然も上勝町の自慢のひとつ。緑豊かな山々が綺麗に見えるよう、窓を大きく取りました。大学で輝実さんと出会い、東京で3年間働いた後上勝町へやってきた卓也さんはこう話します。
卓也さん 地元の人がいい意味で「上勝町じゃないみたい」と言ってくれることがあって、それが嬉しいんです。
桜の木もユズリハの木も山も野菜も、元々上勝町にあったものです。どういう角度でそれを切り取ると綺麗に見えるか。どんなお皿にどう野菜を盛るとお洒落になるか。視点を変えるだけで、見慣れていたものがとても良いものに思えてきますよね。
だから、会社の名前は「RDND(アール・デ・ナイデ)」にしました。徳島弁で「あるじゃないか」という意味です。良いものがあるじゃないか、と。僕は上勝町に来た当初、「山や畑ってこんなに綺麗なんだ」とか、「土に触ると気持ちいいな」とか、新鮮な驚きの連続でしたから。
昨年生まれた長男の創くんはカフェの人気者。お客さんに可愛がられています。
「cafe polestar」では、不定期で「上勝百年会議」を開催しています。上勝町を100年後まで残すため、100人のゲストを呼んでそれぞれの生き方や姿勢を学び、上勝町での暮らし方を考える会です。これまでに17回開催され、コミュニティデザイナーや農家など、多種多様なゲストが上勝町を訪れました。
輝実さん 都会には一流のものが溢れているけど、田舎にいると文化的な刺激を受ける機会はどうしても少なくなってしまいます。それなら、ここでつくってしまえばいい。「cafe polestar」は、いままで上勝町になかったものをつくりだす場でもありたいと思っています。
壁一面の棚には、ワークショップのゲストとして来てくれた方の作品や、輝実さんたちが選んだ全国の“いいもの”が飾られていました。
環境問題に対して、小さな町、小さなカフェができること
カフェを経営する中で印象的だったエピソードのひとつとして、輝実さんは上勝町の景観を考えるワークショップを開いたときのことを教えてくれました。
輝実さん 山の上に住む80歳を超えるおじいちゃんが参加して、真剣な表情でメモを取っていたんです。会の終わりに、「まず自分にできるのは石垣を綺麗にすることだから、帰ったら掃除をする」と話していました。
この町の大人たちは、自分のことだけじゃなくて、他人のため、町のためにどう貢献できるかをいつも考えているんですね。そういう姿勢に感動してしまうんです。
上勝町の自然が美しいのも、先人たちが子どもや孫のために木を植え畑の手入れをしてきたからです。ただ、輝実さんの子どもの頃と比べて人口はかなり減っていて、昔使っていたバス停は草に覆われているそう。輝実さんは「このままでは上勝町が無くなってしまう」という焦りや危機感を強く感じているといいます。
輝実さん 私たちも上の世代に倣って、自分がいなくなった世界のことを考えて行動していきたい。この町を次の世代に残したい。そうすることが、ひいては環境問題を解決することにもつながると思っているんです。
上勝町を残すことが、環境問題の解決につながる。一体どういうことでしょうか。
輝実さん 「Think global, act local(地球規模で考え、足元から行動しよう)」という言葉を使うとわかりやすいかもしれません。
環境は大きなテーマなので、関わり方を見つけるのが難しいですよね。でも、自分の住んでいる町をどう存続させるか、この美しい山や森や川をいかに残すか、という視点なら具体的な取り組みを考えることができるでしょう。そうしてひとつのモデルケースをつくることができたら、ほかの町でも真似されて、世界に広がるかもしれません。
そのために私がいまできることは、カフェから上勝町の取り組みを発信していくことだと思っています。
お手洗いには使い捨てではないタオルが置かれています。ただ、ハンカチを持参してくれるお客さんのほうが多いそう。
「cafe polestar」が行っている一連の取り組みも、「環境問題に対してカフェができること」のモデルケースになりうるものです。きっと読者のみなさんの中にも、「こんなカフェがうちの町にもあったらいいな」と思った方は多いのではないでしょうか。
輝実さん ただ、私たちはゼロ・ウェイスト宣言をした上勝町のカフェというバックグラウンドがあるからおしぼりを出さなくても理解してもらえるけれど、別の地域で同じことをすると、「サービスが悪い」と思われてしまうかもしれません。
そういった誤解や不和を生まないために、ゼロ・ウェイスト認証やマークなどをつくりたいと考えています。「ここは環境問題に取り組んでいるお店なんだな」とひと目でわかるようになっていれば、広がりやすくなるんじゃないかな、と。
広め方も含めてちゃんと考えているところがさすがです。小さな町の小さなカフェの取り組みが、いつかひとつのスタンダードとなる日が来るかもしれませんね。
環境問題という大きくてどこから手をつけたらいいかわからない問題も、自分の町、自分の暮らしをどうするかというサイズにまで落とし込めば、何かしら「できること」が思い浮かぶもの。1人ひとりがそれを積み重ねれば、世界は変わるかもしれない。お話を伺ってそんなことを思いました。
さあ、みなさんの「できること」は何ですか?
(撮影:板東宏昭)