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「世界一住みたいまち」をつくるためには、私たちが”弱者”の視点に立つことが大事。トップアスリートと専門家たちが話し合った「健康なまちづくりシンポジウム」

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2016年3月4日、大阪ガス本社3階ホールにて開催された「健康なまちづくりシンポジウム」

特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。

2013年春からはじまった、greenz.jpと大阪ガスのパートナー企画「マイプロSHOWCASE関西編」も、今年で4年目を迎えました。

2015年には、大阪ガス社内に「ソーシャルデザイン室」がつくられ、同年9月に開催された「ソーシャルデザインフォーラム2015」では「大阪ガスの仕事そのものがソーシャルデザイン」と語られるなど、大阪ガスのソーシャルデザインへの取り組みも加速し続けています。

そんな大阪ガスが、現在関心を寄せているのは、少子・高齢化によって引き起こされるさまざまな社会課題。人口減少によって空き家が増えた市街地で再開発が進み、高齢者が多くなることは、社会保障費の増大を引き起こすと懸念されています。そうして活気をなくしていくまちを元気にするには、どうすればよいのでしょうか?

大阪ガスが考えたのは、「まちを元気にするために、まずはそのまちに暮らす人たちを元気にしよう」ということでした。そこで、3月4日に「健康なまちづくりシンポジウム」を開催。元五輪選手やパラリンピアン、がんサバイバーの活動を紹介し、都市計画の視点を踏まえつつ「健康なまちづくりとは何か」を議論しあいました。

行政関係者・スポーツ関係者を中心に270名が参加した、シンポジウム当日のようすを一部抜粋し、レポート形式でお伝えします!

これからの、まちづくりのキーパーソンは?

野球や陸上など、企業スポーツが盛んな大阪ガス。1996年のアトランタから4大会連続でオリンピックに出場し、2008年の北京では陸上400mリレーで銅メダリストとなった朝原宣治さんが在籍していることはよく知られています。

スポーツは、健康づくりのみならず、コミュニティづくりにも大きな力を発揮します。「少子・高齢化が進むまちのなかで、まちづくりをソフト面から支えるのはトップアスリートなのではないか」と冒頭の主催者挨拶で指摘したのは、大阪ガス・常務執行役員の宮川正さん。

シンポジウムでは、朝原さんを含めてさまざまなかたちで社会活動を行うトップアスリートや研究者が、それぞれのカテゴリーから提言を行うことで「両者のコラボレーションによる健康なまちづくりへのサジェスチョンができるのでは」と期待を寄せました。
 
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主催者挨拶に登壇した、大阪ガス・常務執行役員の宮川正さん

続いて、基調講演を行ったのは、ユニバーサルデザイン総合研究所・所長の赤池学さん。

これからのまちづくりに望まれる「いくつかのまなざし」についてお話されました。赤池さんは、ご家族やご自身の闘病体験から「ものづくりは弱者の目線で考えなければいけない」と考えるようになり、今はユニバーサルデザインに基づく仕事に取り組んでいます。
 
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ユニバーサルデザイン総合研究所・所長で科学技術ジャーナリストの赤池学さん

一般的に「ユニバーサルデザイン」というと、車椅子用のスロープや点字ブロックなど施設・設備のデザインが重視されます。しかし、赤池さんが重視するのは「心のユニバーサルデザイン」。

かつて、赤池さんは滋賀県の和菓子店「たねや」から「ユニバーサルデザインが施された店舗をつくりたい」と相談を受けたとき、店員向けの接客マニュアルを制作。お客さまとのコミュニケーションによるユニバーサルデザインを実現しました。

赤池さん フラットなスロープを用意して「どうぞ勝手に入ってきてください」というお店と、「車椅子のお客さまを安心・安全にお店に迎え入れよう」と“ヒューマンウェア”で接してくれるお店。

どちらがよりバリアフリーを実現できていて、お客さまに喜んでいただけるのか。こういうことを考えていくと、施設やまちの基盤に過剰な投資をしなくてよくなります。

また、赤池さんはまちや施設のユニバーサルデザインを考えるときには、そのまちで暮らす高齢者、子どもたちや障がい者に関わる人たちによる、アドバイザリーボードをつくり、アイデアやヒントをもらいながら企画をつくることもあるそうです。
 
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今治のタオルメーカー田中産業とドイツに拠点を持つNPO「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」が連携。視覚障害者をメンターにタオルを共同開発。2008年グッドデザイン賞などを受賞しました。

赤池さん 一般的に、障がい者というと“弱者”だと決めつけるけれど、たとえば目が見えない人たちは、残る四つの感覚でサバイブしてきた感性のアスリートです。視覚は不自由でも触覚は健常者より優れています。

“弱者”とされる障がいを持つ人、あるいは高齢者や子どもたちの感覚を新しい価値に転換したものづくり、まちづくりには大きな可能性があるのです。

赤池さん 「経済」「社会」「環境」は決して別々なものではありません。実際には、「環境」のなかにコミュニティとしての「社会」があり、そのなかに「経済」があります。まちづくりは、このかたちのなかで考えるべきです。

環境をベースとしたフレームで考えていけば、コストをかけずに持続可能なまちが実現できると赤池さんは考えています。「これからは、自律化そして自然化社会です」と話し、赤池さんは基調講演を締めくくりました。

アスリート、がんサバイバー、都市計画。それぞれの視点からの提言

基調講演の後は「各カテゴリーからの提言」として、パネル・ディスカッション登壇者がそれぞれの活動を紹介しました。

朝原宣治さん「青少年育成活動からの提言」

 
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NOBY T&F CLUBで小学生からアスリート、健康増進を目的とする大人まで、幅広く指導する朝原さん。スポーツによる地域貢献が評価され、2015年「朝日21関西スクエア賞(朝日新聞社主催)」を受賞

1995年、大阪ガス入社と同時にドイツに単独留学をした朝原さん。練習の拠点とした地域のスポーツクラブでは、「ちびっこからトップアスリートまで」が共にトレーニングをしていたそう。その体験を元に、引退から2年後の2010年には「NOBY TRACK and FIELD CLUB(以下、NOBY T&F)」を立ち上げ。

近隣の大学や、後輩のアスリートの協力を得て、子どもたちを中心とした幅広い層の育成に取り組んでいます。子どもたちにとって、トップアスリートの動きをお手本として間近に見られるのは「言葉に変えられない指導法」なのです。

また、「トップアスリートが仕掛けることで、スポーツと食、文化や歴史などを組み合わせてまちを活性化できるのではないか」と考えている朝原さん。以前、greenz.jpでもレポートした「大東ピクニック」のようなイベントで地域コミュニティの活力につながる可能性を示唆しました。
 
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「スポーツと食や文化を組み合わせればワクワク感が増す」と朝原さん。その試みのひとつだった「大東ピクニック」には大きな手応えを感じたそう

巽樹理さん「高齢者健康活動からの提言」

 
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マスターズ・シンクロの動画を笑顔で紹介する巽さん。「膝の角度が甘いとやっぱり気になるけれど(笑)楽しく見せるシンクロを心がけて指導しています」

2000年のシドニー、2004年のアテネ、それぞれのオリンピックでシンクロナイズド・スイミングの銀メダルを獲得した巽樹理さんは、現在平均年齢70歳の女性たちによる「マスターズ・シンクロ」を指導しています。「いくつになっても美しく元気でいたいという思いに感銘を受けた」と話す、巽さん。

身体的要因だけでなく、社会的要因(皆と動きを合わせる)、心理的要因(目標を持って取り組む)を考慮したプログラムは、老化防止にも効果的。杖をついている人でも水中では「シャキーンとする」というマスターズ・シンクロ。巽さんは「女性の生涯スポーツとしてもっと広めたい」と考えています。

山本篤さん「障がい者スポーツからの提言」

 
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「大東ピクニック」にて朝原さんと一緒に子どもたちを指導した山本さん。北京パラリンピック陸上走幅跳銀メダリストの山本篤さん。今年のリオ・パラリンピックでは金メダルを目指しています

「義足のジャンパー」として知られる、北京パラリンピック陸上走幅跳銀メダリストの山本篤さん。海外では建物は思いのほかバリアフリーではないけれど、「若い人が車椅子の人や高齢者にごく当たり前に手を貸している」と言います。一方、日本は設備はバリアフリーでも「助け合う気持ちが少ないのかな」と感じることもあるそう。

山本さんが考える「健康なまち」とは、「身体障がい、視覚障がい、聴覚障がいを持つ人にとってどんなまちであればいいのかをイメージし、それが自然に溶け込んでいるまち」。2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに「パラリンピアンとしてできることを考えて行動したい」と話しました。

平井啓さん「がんサバイバーからの提言」

 
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大阪大学未来戦略機構次世代研究型総合大学研究室准教授の平井啓さん

大阪大学准教授の平井啓さんは、心理学の研究者。1995年からがん患者のメンタルヘルスについて「問題解決療法」によるアプローチを行ってきました。手術や治療で変化した心身の状態と「自分がそうありたいと望む状態」の不一致を解消し、「今、ありたい自分」へと再構成するために、1ヶ月5回のセッションを実施しています。

また、今はがんサバイバーとのワークショップなどにより、「患者と健常者の間にある境域を越えることでしか生み出せない新しい価値を社会に生み出す」ことにも取り組んでいるそう。「当事者だからこそ持つことのできる視点をまちづくりに取り入れる」ことを提言しました。

角野幸博さん「都市設計からの提言」

 
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関西学院大学総合政策学部教授の角野幸博さん

関西学院大学教授の角野幸博さんは、都市計画の専門家。「まちに健康をちりばめる」という考え方の必要性を話しました。

まちのなかに健康やスポーツという要素を取り込むには、ただ施設をつくるだけではなく、そこでの活動のプロモートも併せて行うこと。たとえば、マドリッドではレンタサイクルの仕組みとともに、街並みを感じながら走れる曲がりくねったサイクリングロードをつくり、「自転車で走りたくなるまち」ができ上がっているそうです。

「医療施設のちかくにオーガニックレストランをつくる」など、「あるべきものがあるべき場所にある」状態をつくり、都市のアメニティを高めることの大切さが語られました。

「これからのまちづくりの担い手に求められるもの」とは?

各カテゴリーからの提言を踏まえ、最後にパネルディスカッション「これからのまちづくりの担い手に求められるもの」がスタート。

はじめに、「健康なまちづくり」について登壇者全員がキーワードをフリップに提示。ここからは、一般社団法人アスリートネットワークの柳本晶一さんも登壇しました。
 
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柳本さんは2019年から3年連続で、ワールドラグビー、オリンピック・パラリンピック、そしてワールドマスターズ関西と、日本で世界大会が行われることを挙げて、「見るスポーツからやるスポーツへ」とつくり変えていく可能性を示唆。これを受けて、朝原さんはアスリートの役割についてこんなふうに発言しました。

朝原さん トップアスリートには発言力があり、また人をつなげる中立的な力があるのではないかと思います。だから、我々のような元選手は旗ふり役にならなければいけない。

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「人の心を動かすしくみづくり」と書いた朝原さん

「健幸華齢の実現!」と書いた巽さんはマスターズ・シンクロの活動において「練習1時間、お茶の時間は2時間」と女性たちのコミュニティのようすを紹介しました。
 
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巽さん 練習後のお茶の時間に加えて、月2回の大々的なランチ会、さらには年1回の旅行も、もれなくついてきます(笑)

でも、「楽しい」は継続のコツ。マスターズ・シンクロの参加者には、親や夫の介護をしておられる方も多いのですが、「シンクロに行く」という理由で大手を振って出かけられます。生活のなかで良いバランスをとることも「健幸華齢」の実現につながっているのではないでしょうか。

「心」と一文字書いた山本さんは、一人ひとりの人との関わり方、思いやりの心から「心のバリアフリーが実現し、いいまちづくりができるのでは」と話しました。

山本さん 初めて義足を見て「え?」と驚くのは普通だと思う。でも、僕と一緒に身体を動かし、コミュニケーションするなかで心のなかで固まっていたことが溶けてくると、「なぜ義足に?」「義足でできること、できないことは?」と、興味を持ち始めるんです。

僕が義足で100m12秒で走り、走幅跳びで6mジャンプするのを見ると楽しくなって、すごく心が開いた状態になります。そうなるともう、障がい者と健常者を分ける心の壁はなくなってしまいます。

平井さんは、巽さんがマスターズ・シンクロで「2時間のお茶の時間」を持っているというお話を受けて、「食事を一緒にしながら語り合う時間や場所」の重要さに再び言及しました。

平井さん スポーツにはルールがあるなかで楽しむということがあって成立しています。それをヒントにしながら、場をつくるときには、そのコミュニティにはルールやファシリテーターを含めてつくっていきたいと思います。

kenkoumachi14平井さんは「価値観の相互理解」と書き、「まちにあるいろんなwantを理解し合い、合わせていくことをしないと良いまちはできない」と話しました

角野さんは都市計画の視点から、ひとつの施設や空間にひとつだけの役割を持たせるのではなく「まちのすべての場所を、さまざまな可能性のある場所としてつくり上げていきたい」と発言しました。

角野さん 「ここではスポーツもできますよ」という可能性のある場所をどうちりばめられるのか。「見る」と「する」スポーツというお話がありましたが、それはつねに入れ替わる可能性があります。

「見る」ためにつくられた場所が、自分たちが「する」場所に転換するという可能性は、集う・出会う場所へとつながっていくはず。都市計画として、そういった場所をいかに美しくちりばめるのかを考えてみたいと思いました。

今までは当然だと思っていたまちの施設の配置を「使いやすさ」という視点で見直してみたり、「高齢の女性がシンクロで演技するなんて考えられない」というような固定観念を揺らしてみると、そこに今まで思ってみなかった楽しい時間や空間が生まれてくるのかもしれません。

子ども、高齢者、障がい者、がんサバイバー。あるいはこの日には話題に上がらなかった、“弱者”とされる人たちの視点は、きっとまちを暮らしやすく変えていく大切なヒントになるはずです。

人間も身体を動かさないでいるといつかは健康に支障をきたします。まちづくりも、もしかしたら同じかもしれません。まちで暮らす多様な人たちが、それぞれに居心地よく楽しく暮らせているかどうかを確認しながら、まちのしくみもときには運動をして「健康」を保つ必要がありそうです。

(撮影: 苗代健志)