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あそびの数だけ、再生がある。農地の開墾も猪の生ハムも、“通い型田舎暮らし”でつくる「大磯農園」

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東京都心から電車に揺られること約70分。神奈川県大磯町は、海と山に囲まれた、自然の恵みあふれる人口約3万人のまちです。

この小さなまちで、都会の人も地元の人も一緒になって“通い型田舎暮らし”を楽しむプロジェクトが始まっています。その名も「大磯農園」。

“農園”と聞くと、農業体験型のプロジェクトをイメージしがちですが、「大磯農園」は単なる貸し農園ではありません。畑仕事を開墾から行ったり、お酒や味噌、猪の生ハム(!)といった食べ物を自給したり、地元の人たちとのコミュニケーションを楽しんだり。昔ながらの田舎暮らしを、“通い型”でライフスタイルに取り入れることを提案するとともに、荒廃農地など地域資産の有効活用を目指すプロジェクトです。

今回は、本気であそぶ人々が集う「大磯農園」の魅力と、このプロジェクトの本質である地域資産の活かし方について、代表・原大祐さんにお話を伺いました。
 
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原大祐(はら・だいすけ)
東京で建築関係の仕事に携わりながら、地元大磯の地域活性に尽力。7年前、大磯へ移住。現在、NPO法人「西湘をあそぶ会」代表。港から地域活性を目的とした大磯市をプロデュースする他、地域の有休不動産の活用、1階に保育園を併設したシェアオフィスとレストランが入居する“ソーシャル雑居ビル”「OISO1668」の運営など、大磯町を拠点に幅広く活動している。

東京から70分の“もうひとつの田舎”

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JR大磯駅から車で約10分。大磯の自然豊かな里山の一角に、美しい棚田が現れます。ここが、「大磯農園」の入り口。その先に広がる田んぼやバーベキュー場、さらには、みかん畑や大豆、小麦畑など、約7反以上の土地を会員のみなさんでシェアし、思い思いに農作業を楽しんでいます。
 
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毎年、多くの会員さんの手で米づくりが行われる。現在5枚の棚田では、酒仕込み用と食用の2品種の米づくりに挑戦中。

「大磯農園」が一般的な貸し農園と大きく違うポイント、それは自分の欲しい田舎暮らしを自分でつくるということ。その鍵となるのが地域の恵みをふんだんに取り入れた「部活動」です。

荒廃した田んぼを再生し、米づくりからお酒を仕込む「ぼくらの酒部」、耕作放棄されたみかん畑を再生し、収穫したみかんでビールをつくる「大磯こたつみかん部」、休耕農地に大豆を育て味噌を仕込む「手前味噌部」など、大磯を含む西湘地域の資産の活用を、“大人の部活動”という形で進めてきました。
 
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手塩にかけ自給した酒米・山田錦で酒を仕込む「ぼくらの酒部」。酒づくりは同じ神奈川県の久保田酒造にお願いしているものの、米のうまみをしっかり感じる仕込み方法「低精白」にこだわり、酒好きならではのマニアックな部活動を楽しんでいます。

「大磯農園」の活動は、どれもストイックな農作業というより、“あそび”の感覚。各部活動の部長は会員さんが務め、「大磯農園」のスタッフは、あくまで脇役。彼らがつくる田舎暮らしに寄り添うというスタンスで接することで、みんながやりたいことで“本気であそぶ”ことを大切にしています。

例えば、「こたつみかん部」がみかんを収穫して仕込んだ「大磯みかんエール」。ビールができたら今度は、部員から「最高に美味しいつまみで乾杯したい!」との声があがりました。そこで、農作被害などの理由から駆除される大磯の猪を生ハムにして、究極の地産地消を味わうことに。
 
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猪の屠殺や解体は地元の猟師さんにお願いし、ハム屋さんに指導のもと仕込みまでを手がけたそう。乾杯とともに堪能した大磯産生ハムの味に、全員酔いしれたと言います。

あそびから生まれた究極の地産地消ですが、ローカルネットワークをフル活用して「やりたい!」を実現させることで人と土地がつながる、良い循環を生み出す結果となりました。
 
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同じ西湘地区の酒蔵「熊沢酒造」で仕込まれるこたつみかんエール。

ほぼ毎週末あるという活動は年間を通じて、なんと50回以上! 農作業のみならず、時に各部活の部長さんが中心となり、小屋をつくったり、ピザ釜をつくったり。
 
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年間50回を超える活動では、農作業道具を仕舞うための小屋づくりも。ピザ釜つづくり、味噌仕込みなどワークショップ形式で様々な自給や田舎暮らしの技を学べます。

さらに今年4月からは、これまで活動してきた様々な部活動を”大磯農園”としてひとつにまとめ、興味のある部活動には会員誰でも参加できるよう、その入り口を広く開けました。

会費は月額1000円(18歳以下は無料)という低価格。その手軽さも手伝って、現在約150名以上という会員さんは、都心から通う人はもちろん、地元の人も多いのだそう。

大磯という土地での活動を通じて、まちを身近に感じながら、地元の人とも交流し、“通い型田舎暮らし”を実現していく。また、まちで暮らす人にとっては、”つながりなおすコミュニティ”としても機能している。そんな大磯農園には、今週末も人々が集い、新たなつながりが育まれていることでしょう。

「都会か田舎か」ではなく、「都会も田舎も」ある暮らしを

“通い型田舎暮らし”をコンセプトに、会員さんそれぞれが、自給や暮らしの術、ローカルを感じることのできる「大磯農園」ですが、活動の本質は地域資産を活かす仕組みづくりだと原さんは言います。

たとえば、ここ数年の間に高齢化が進み、まちの課題として上がってきた荒廃農地の再生。この課題解決のプロジェクトとして、原さんが「大磯農園」立ち上げに至った背景にはどんな想いがあったのでしょうか。
 
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これまで、大磯港を中心としたまちの活性化に取り組んできた原さん。毎月行われる「大磯市」や遊休不動産の活用など様々な活動を通じて、大磯のまちを盛り上げています。

田舎暮らしに憧れても、いざ、本当に移住するとなると、仕事や生活環境など、いろいろ考えますよね。僕も今は大磯町民ですが、酒づくりのプロジェクトがはじまった7年前は東京から通っていました。

実際、週末田舎暮らしをしてみて、僕には徹底した田舎暮らしは向いてないなって気付いた(笑) でも、都会で消費するだけの生活も、もう違うと思っていました。

「都会と田舎、両方あったらいいな」。それが、“通い田舎”をつくろうと思った原点ですね。

高校時代を大磯で過ごしたという原さん。以来、大磯というまちや景観が好きで、いつかは移住をしたいという想いを抱いていたそう。東京で生活を送る中で、徐々に農業や田舎暮らしへの興味が湧き、まずは都市型のライフスタイルに農業や田舎を取り入れられないかと考えるようになりました。

大磯は、海と山がせめぎあっていて、平坦な広い農地が少ないんです。専業農家が成り立ちにくい土地柄で、さらに高齢化が進み、ここ5〜6年の間でも荒廃農地はどんどん増えていました。

一方で、都会で暮らす人の、「田舎暮らしやりたい」「農業やりたい」といったニーズはあるな、と。「都市か田舎か」じゃなくて、「都市も田舎も」あり。そういうニーズに応えることで、地域課題が解決するような場づくりができればと思いました。

実は日本には東京ドーム5万8千個、27.3万ha(2013年調べ)もの荒廃農地があるそう。それをどう活かすのか、そのモデルケースが大磯でできないかと考えた原さん。

まずは、NPO法人「西湘をあそぶ会」の部活動「僕らの酒部」の拠点を、大磯の荒廃農地へ移動すべく、週末各地から通ってくる会員さんとともに前代未聞の農地開墾から田んぼづくりを始めました。
 
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持ち主の高齢化で、長らく手の入っていなかったという里山の荒廃農地。背丈以上の草がびっしりと生え、蔦がからまり、猪もいたという場所を開墾し、棚田づくりが行われました。

若手就農者の指導のもと、農具は地元の方から借りて重機にも頼らず、荒廃農地は見事に棚田へと生まれ変わりました。こうして「大磯農園」は、会員自らの手で誕生。会員さんの意志で次々と部活動が立ち上がり、7年経った現在では、会員150名を超える一大プロジェクトへと成長しました。

そして今、原さんは“荒廃農地活用“以外の地域課題にも目を向けています。

もともと都会からのニーズを感じて始まったプロジェクトですが、それだけじゃないんです。都会から参加してもらうことで、交流人口が増える。するとローカルにお金をまわすことができますよね。

例えば、「大磯農園」の農業指導を、新規就農者の若者にお願いし、指導料を会費から出しています。都会の人が“もうひとつの田舎”に経済でも参加できる仕組みをつくる。

そうやって、都市生活者の上にプロジェクトを成り立たせることもまた、都会と田舎の気持ちの良い循環を生むモデルケースになると思っています。

「大磯農園」が提案する、「都会か田舎か」ではなく「都会も田舎も」ある暮らし。それは、人々のライフスタイルのみならず、地域経済にも好循環を生み出しつつあるのです。

あそびの数だけ、地域資産は再生する

荒廃農地やみかん畑を、部活動という形で活用してきた「大磯農園」。これまで、お酒や生ハムづくりなど、大磯の地域資産を大人の本気の“あそび場”に変えてきましたが、荒廃農地はまだまだ増えているという現状があります。

課題解決のためには、プロジェクトの継続が不可欠。原さんは、「大磯農園」を続けていくために大切なこと、それは「本気であそぶこと」だと言います。
 
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枝豆で食べたところをぐっと我慢して大豆にまで育て味噌を仕込む手前味噌部。最高の味噌づくりを楽しんでいます。

継続していくにはやはり、楽しいことが一番ですよね。だから、みんなの自発性を尊重して、本気であそびたいことを部活にする。いかにあそぶかみんなで考える。それが、「大磯農園」が今まで続いてきた秘訣だと思うし、これからの課題でもあると思います。

「こんな荒廃農地が出てきたけど、何かやりたい人いる?」という呼びかけに声をあげてくれる人が多いほど、再生が生まれますよね。なので、ぼくはなるべく存在感を消して、「好きなことどんどんやろうよ」っていうスタンスでいます。

あそぶからこそ、課題を解決するための大きな壁も乗り越えられる。それを象徴するエピソードとして、原さんは、大磯に活動の拠点を本格的に移した際に起きたこんな出来事を話してくれました。

棚田をつくろうと、まずは視察にきたんです。そこは山に戻ろうとしている鬱蒼とした荒廃農地になっていました。一緒に視察した農協の関係者や頼りにしていた人も、その光景を前に「これは絶対無理だ」と、帰ってしまって。

さすがに無理かと思った原さんに、当時、大磯の新規若手就農者としてプロジェクトに参加していた青年が、にやっと笑ってこう言ったそうです。

「原さん、余裕っすよ。」

その一言で、ここに棚田を復活させようと決めた原さん。背丈以上の草に木まで育ち始めていた土地の開墾は決して楽なものではなかったそうですが、多くの参加者の手で荒廃農地は息を吹き返したのです。

原さんの予想を超え、参加した会員さんたちは口々に「楽しかった!達成感が半端なかった!」と、開墾という非日常を面白がっていたと笑います。

楽しいと思わなかったら達成できるレベルじゃなかったですよ。会員さんが「地域課題を解決しよう」と参加しているかと言われると、そこはぼくにはあまり重要ではなくて。

楽しんでいたら結果として開墾が出きて、荒廃農地が復活した。それが、「あそびだから」っていうことがこのプロジェクトでは大事なんだと思います。

「畑仕事のあとに、畑を見ながら風呂に入りたい!」「ハンモックを張り巡らしたい!」「ツリーハウス、欲しいよね。」そんな声も次々に湧いてくるという「大磯農園」。

あそびの数だけ、再生がある。「大磯農園」の取り組みには、あそべばあそぶほど地域資源が活かされていく、持続可能な仕組みが動きだしていました。

“もうひとつの田舎”をもつこと=好きなまちを元気にすること

まちの課題から生まれた「大磯農園」ですが、ローカルなネットワークの中でなにかが生まれるということは、実は簡単なことではありません。実際、地元との兼ね合いや、地主さんや役場、商工会との交渉など、言葉では表せない、やりとりの難しさがそこにはあるはずです。

最後に、そんな地元との付き合い方について原さんに聞いてみました。

ローカルネットワークって、実は面倒なことの方が多くて、ぼくはいつも怒られっぱなしですよ(笑) でもそれでいいと思ってます。ぼくはそれを仕事にしてしまったんです。

ぼくは好きな地域で暮らして、その地域で働きたい。それに、ぼくが好きな土地が、誰かが“自分の地元”のように振舞える場所になったら楽しいじゃないですか。

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美しい棚田、自給した野菜や地元の魚がいっぱいのバーベキュー、自分たちでつくった美味しいお酒、笑顔で乾杯!

“もうひとつの田舎”をもつということは、好きなまちが増えるということ。好きなまちに楽しい記憶がつまっていくほど、そのまちを元気にしたいと強く願うようになるはずです。

そして、そんな楽しい記憶がつまった場所はそう簡単にはなくならないのかもしれません。

田舎のこと、地域課題のこと、そして、本気であそぶこと。もし気になってきたら、まずは「大磯農園」の部活から覗いてみませんか? 素敵な乾杯があなたを待ってますよ!