未経験者だった100人による熱演!
2,000人を前にしたステージに立つ。そんな自分を想像できますか?
100人の仲間とともに、100日でつくりあげたミュージカルで、全力で自分自身を表現する。遠いことのように感じるでしょうか。けれど、その100人のほとんどは、歌とダンスの”未経験者”でした。
100人は初めて出会った、考えも背景もバラバラで多様なメンバーです。歌やダンスが好きだという想いを秘めていた人や、何かのめり込むような体験をしたいと思っていた人、友達から勧められて申し込んでみた人。
今の自分や周りの環境にモヤモヤと生きづらさを抱える人たちも、この100日に何かを求めて参加しています。そして、さまざまな人がこの100日を体験し、それぞれに小さくない“変化”を遂げていっています。
会場の様子
そんな「100人100日ミュージカルプログラム」の舞台をつくり続けているのが、「NPO法人コモンビート」です。
コモンビートは、表現活動によって自分らしく・たくましく生きる個人を増やし、“多様な価値観を認めあえる社会”の実現を目指すNPO法人。10年ほど前、国際交流の船旅「ピースボート」で、あるアメリカの教育NPOが生んだミュージカル「A COMMON BEAT」をつくるプログラムが行われていました。
そこに参加したメンバーが、異文化理解や平和のメッセージを「船の中だけでなく、日本社会にも届けたい!」と強く想ったことがNPO設立のきっかけです。
創設以来10年以上にわたって継続しているのが、コモンビートのメインの活動となる100人100日ミュージカルプログラム。今までに日本全国で、30期・80回以上の上演を数えました。ミュージカルの演目は常に「A COMMON BEAT」ひとつだけながら、総キャストは約3,300人、公演への総来場者数なんと約13万!
集まる100人のほとんどはダンスや歌の経験者・専門家ではありません。参加資格は“やりたい気持ち”ただひとつ。そのため、参加者の背景・スキル・個性はさまざま。最初はお世辞にもまとまったメンバーとは言えませんし、ゼロから練習を積み上げていくことになります。
しかしその100人は、たった100日後に、約2,000人のホールでの3回の公演を満員にして堂々と演じきり、終わった後には万雷の拍手に包まれるのです。
その熱量を生み出しているのは何なのか。その中で一人ひとりは何を体験し感じているのか。今回は、コモンビートに関わる4人の方にお話を伺いました。
舞台に立つ1/100として
左:坂口大樹(ムッチ)さん 右:NPO法人コモンビート理事長兼事務局長 安達亮さん
坂口大樹(通称:ムッチ)さんは、東京で行われた第24期と第28期のプログラムにキャストとして参加しました。学生時代の友人に誘われて第21期の公演を観て、「自分もやりたい」と直感したそうです。
ムッチさん 当時の僕は社会人1年目で、”しょうもない”生活をしていました。いつもなんとなく疲れていて、土日はパチンコで無駄に時間を過ごして。そんな毎日は自分でも嫌だと思っていたのに、抜け出せなかった。
そんな時に初めてコモンビートの公演を観て、胸が躍ったんですよね。純粋に、楽しそう!やりたい!って。
実は演技や演劇にチャレンジしてみたいという気持ちも持っていたムッチさんは、半年後の体験会を経て、第24期のキャストに申し込みました。100日間でのターニングポイントとなったのが、本番まで残り約1ヶ月、初めての通しの稽古を終えた後の出来事。
ムッチさん 「ムッチの歌は聞き苦しい」って、他のメンバーにガツンと言われたんですよね。そこでようやく、「これはお遊びじゃないんだ」と実感したんです。2,000人を前にした舞台に100人で立つという重みを感じました。
観てくれるお客さんのために真剣にクオリティを高めなきゃいけない。それまで用意されたものに対して受け身の第三者のようだった自分が、1/100の当事者・主体なんだと強く意識できた瞬間でした。
キャストによる対話の様子
キャストの多くが、この通し稽古から一気に観客目線・相手目線を意識することになるそうです。ムッチさんはそこからさらに熱を入れて練習を重ね、本番を迎えました。
達成感はあったものの「もっと高められるはずだ」という思いがあり、翌年の第28期にも続けてキャストとして参加。運営側のスタッフ「チケット部」も兼任し、周囲のメンバーにも思いや意見を積極的に発信していきました。
そして、ムッチさんのそうした変化は、プログラムの”外”にも大きな影響がありました。
ムッチさん 仕事をする中で、周囲から向けられている期待や、求められている水準のことをよく考えるようになりました。自分目線で思う満足だけではきっと足りない。もっと高い目標やミッションに向かっていこう、本当にお客さんに貢献できる仕事をしよう、と。
そうしたら数字・結果もついてくるようになったし、その変化を見てくれていた先輩に「最近おまえと一緒に仕事をしていると楽しい」と言ってもらえたときは、すごく嬉しかったです。僕にとってコモンビートは”人を前進させるきっかけ”だと思っています。
100人100通りのストーリー
このインタビュー時点でまさに100日の真っ只中にあるキャスト・畑山知美(通称:ティモ)さんは、以前からつながりのあった第32期プロデューサー・花宮香織(通称:はな)さんに誘われてプログラムに参加しました。
左:畑山知美(ティモ)さん 右:花宮香織(はな)さん
実は歌もダンスもとても苦手で、コンプレックスに近いというティモさん。体験会でもうまく体を動かせず、ぎこちなかったそう。
参加を決断するまでには迷いもあったそうですが、今年の抱負として「何かをやり遂げる・未体験ゾーンにチャレンジする」と心に決めていたので、最後は勢いで飛び込んだといいます。
ティモさん 最初は「苦手なことをやる姿を周りの人に見られるのが怖い」という想いもあり、あくまで個人としてがんばろうとしていました。「100人の仲間と一緒に」という意識はあまり持っていなかったんです。
でも、プログラムでは、メンバー同士の参加のきっかけや思いを知り合うための時間もちゃんと用意されていました。たとえば練習前にはみんなの前で“自分のこと”をスピーチする機会があります。
そこでみんなそれぞれのストーリーがあってここに来ていることがわかって、面白くなってきたんですよね。100人100通りのストーリーが合流して、やっと1つの「A COMMON BEAT」というミュージカルがつくられるということが。
そして周りの仲間に引っ張られながら進んでいくことで、ティモさんの中には自分ももっと仲間の役に立ちたい、もらったものを返していけるようになりたい、という思いが強くなっているそう。
プログラムには、キャスト同士が思いを分かち合う・泥臭くぶつかり合うような機会や工夫が実にたくさん用意されています。たとえば、キャストが練習中にダンスや動き方を動画に撮ることを推奨していません。
徹底的に目の前に集中し、何か違和感があればその場で直接仲間と話し合う習慣を持たないと、強い関係性はつくられていかないからです。コモンビートは、単純に一定の方向や安易なゴールに導くことを良しとせず、多様な個性の100人が相互に響き合う「共育」の環境をつくることにこだわっています。
100日の中でそのための仕組みや場をつくる役割にある、プロデューサーのはなさんはこんな風に思いを語ってくれました。
はなさん 前に立つ者として、何か人を惹きつけられるカリスマ性や、ドンと構えてるような頼りがいがあればいいのですが、私自身は全然そんなタイプではありません。
人前で喋るのはすごく苦手だし、何事も“裏方”の方が好きだし得意だし。でも、だからこそ今回は私にとっても大きなチャレンジ。私は私なりの精いっぱいのプロデューサーとしてみんなに向き合います。
キャストもそれぞれの個性を活かしながら、この場で存分にチャレンジしてほしいなと思います。あとから振り返った時に、人生のハイライトとして残るような。そんな経験をキャストと一緒につくりあげていきたいと思っています。
人の変化で社会を変える
団体の立ち上げ時から関わるメンバーのひとりで、現在の理事長兼事務局長の安達亮さんは、NPOとしての社会へのアプローチをこう話してくれました。
安達さん コモンビートが考える“社会を変えていくための出発点”は、“一人ひとりの意識が変わること”です。
100日の濃密な経験を通して、一人ひとりが“自分らしくたくましく”なる、信頼できる仲間と出会う、人生が豊かになる。みんなが自信をもって自分自身を表現できるようになったとき、社会はよりよくなっていくことでしょう。
コモンビートは、その「きっかけ」を多くの人に届け続けていきたいと思っています。
社会の価値観が多様になり、たくさんの情報が入ってくる日々の中で、選択肢は増えたはずなのに、なぜかモヤモヤと生きづらさを抱えることが増えているような気もします。その霧を晴らす鍵は、自分自身で選び取った経験を通して、未来に“ワクワク”を持てるようになることではないでしょうか。
そんなとき「100人100日ミュージカルプログラム」を通じて、精一杯に歌って踊って自己表現をすること、100人の多様な仲間たちと出会うことが、自分の内面に変化を起こすきっかけになるかもしれません。
そして、もし興味をもった方は、ぜひ観に行ってみませんか? 「A COMMON BEAT」の舞台で“100人の人生のハイライト”に触れるだけでも、きっとあなたの心と体を動かしてくれるはずです。
(Text: 五井渕利明)