房総半島南部に位置する千葉県いすみ市は、穏やかな丘陵地と海に囲まれ、豊かな自然を求める移住希望者にも注目されている地域です。そのいすみ市の田園風景のなかに、古民家シェアハウス「星空の家」と「星空の小さな図書館」はあります。同じ敷地内に立つ2つの施設の管理人を務めるのは、三星千絵さん。
2011年にいすみ市に移住した三星さんは、地方への移住を考える“後輩”たちに「地域の人と交流をしながら、新たな暮らしの足掛かりにしてほしい」とシェアハウスの運営をスタート。その後、2014年12月にはシェアハウスである母屋の隣で長い間放置されてきた納屋をリノベーションし、「星空の小さな図書館」をオープンさせました。
図書館だから本を置いているのでなく、本があるからそこは図書館になり、図書館があるからいろんな人が立ち寄っていく。地域に根付いたコミュニティの場となっている、風変わりな図書館を運営する三星さんにお話をうかがいました。
千葉県袖ケ浦市生まれ。2011年に東京でのOL生活に区切りをつけ、千葉県いすみ市へ移住。現在は古民家シェアハウス「星空の家」、「星空の小さな図書館」の管理人として、忙しくも心豊かな“スローライフ”を送る。
地域のみんなで図書館を育てる
“星空の小さな図書館”。まるで絵本の世界のような名前を持つその図書館は、三星さんが個人で運営しています。「個人がつくった図書館ってどんなもの?」と、思うかもしれませんが、「入場無料、大人から子どもまで誰でも利用できる」という点は、他の一般的な自治体の図書館と変わりません。
しかし、星空の小さな図書館が他の図書館と違うところは、三星さんと図書館に集う人々が企む、たくさんの小さな仕掛けにあります。
会員制度もそのひとつ。年会費は20歳以上が2000円、子どもは無料。会員になると、本の貸し出しの他に、会員限定のイベントに参加することもできます。たとえば先日開催された、夜の図書館を楽しむ「星空のミッドナイトカフェ」もそのひとつです。
静かにコーヒーと本を楽しむ夜になるはずが一転、会員さん同士もここで出逢って顔見知りになっているので会話が弾み、にぎやかな夜になりました。
図書館にやって来るのは本を借りる会員だけではありません。近所に住む年配の方が様子を見にふらりと立ち寄ってくれるようになったのは、この場所をいろんな世代の人々が集う場所にしたいと考えていた三星さんにとって、何よりも嬉しかったこと。
手土産として読まなくなった本を持ってきてくれる方もいて、とてもいいアイデアだと感激しました。お菓子を頂くのは遠慮がいるけれど、古本だったら気兼ねなく受け取れるし、どちらにとっても気持ちのよい贈り物になるでしょう?
入り口にかけられた三星さんのお母さん手づくりののれんをくぐると、小さなカウンタースペースでは懐かしい駄菓子が売られていました。近所のパティスリーの焼き菓子や、地元のお米を使ったおにぎりが並ぶ日もあるそう。
お伺いした日には、地元に住むイラストレーターによる絵画の展示会も開催中。これらも、三星さんと利用者の「あったらいいな」というアイデアがかたちになったものだといいます。
オープンから約半年。まだ芽生えたばかりの小さな図書館は、管理人である三星さんと図書館に集う地域の人によって、日々新しい成長を見せています。
本屋でもカフェでもなく、図書館だった
2011年に東京からいすみ市へと移住してきた三星さんは、「地元の同年代の人たちに多くのつながりをつくってもらったことで地域に溶け込むことができた」という自らの経験をもとに、いすみ市への移住を考える人が地域の人たちと交流しながら、ここでの暮らしの足がかりにできる場をつくりたいと、シェアハウス「星空の家」の運営を始めました。
しかし、昔から近所に住む人にとって移住者はやはり異質な存在です。シェアハウスという珍しい住居体系であればなおさらのこと。管理人である三星さんが地域の人とお互いに信頼しあえる関係になるには、日々の小さな積み重ねが必要だったと言います。
あいさつは欠かさず、ちょっとした立ち話をしたり、地域の行事に参加したり。少しずつ理解を得られるようになると、気軽に話しかけてもらえるようになって、おすそわけをいただいたり、地域の集まりへのお誘いを受けたりということも多くなっていきました。
やがてシェアハウスの運営が軌道に乗り、次に考えるようになったのは、“移住者だけでなく地元の人にも身近に感じてもらえる場所をつくりたい”ということでした。
シェアハウスにはたくさんの人が遊びに来てくれるようになりました。とても嬉しいことですが、シェアハウスはあくまで住居。住人たちの都合もありますから、来客は誰でも・いつでもというわけにはいきません。シェアハウスを始めて1年半が経った頃、住人にも負担がなく、住人でない人も気軽に立ち寄ってもらえる仕組みはないものかと考えるようになったんです。
アイデアのヒントとなったのは、シェアハウスの住人たちが持っていた本でした。三星さん自身も子どもの頃から本が好きで、住人たちの持ち寄った本との新たな出逢いは、シェアハウス暮らしの楽しみの一つでもありました。
そこで三星さんは、上手く共有されずに本棚に眠ったままだった本を、“集いの場”の仕組みづくりに活かすことはできないかと考えます。
本を使って、地元の人やいすみに興味を持って来てくれる人が気軽に集える場をつくろうと決めた時、そのための場所は本屋でもブックカフェでもなく、図書館にしようと考えました。本屋だったら本を買うため、カフェだったらコーヒーを飲むためと、そこに行く理由がなければ入りにくい場所になってしまう。それでは気軽に立ち寄ることはできませんから。
それに、あらゆる年代の人々が集う場所にするには、分かりやすさも重要だったのです。図書館だったら子どもから年配の方までみんなが知っていますし、気軽に立ち寄ることができますよね。
できることは自分たちで。DIYでつくる空間
図書館をつくると決めてから、シェアハウスの納屋を改修しての図書館づくりに着手して、約1年後にはオープン。そのスピード感に、特に大きなトラブルもなく、すんなりと事が進んだのかと思ったら、三星さんの口から本音がこぼれました。
心が折れそうになりました。納屋の改修が想像以上に大変で。
築80年。シェアハウスを始めてからも一度も手を付けることができず、長く放置されてきた納屋の中には埃かぶった、モノ、モノ、モノ。
とにかくモノが多くて、昔の人のモノ持ちの良さには驚きました。でも、一番驚いたのは、二階に積んであった藁の中から子猫が出てきたとき(笑) 可哀想ですが納屋の改修が始まってしまうので、全員引き取り手を探してあげたんです。
三星さんを応援する仲間が集まっての、壁塗り作業の様子。
とても人がくつろげる状態ではなかった納屋も、三星さんと、そこに集まってくる仲間たちの協力によって、暖かみのある手づくりの空間に生まれ変わりました。
稼ぐことが中心だった東京暮らしから、いすみ市への移住
いすみ市で共に暮らし働く仲間に囲まれ、今ではすっかりいすみの顔の一人となった三星さんですが、移住前は東京でキャリアを積んでいました。
東京で働いていた頃の自分は、生活の軸が仕事でした。ヒールをカツカツいわせて街を歩き、朝から晩まで会社で過ごしました。当時の私にとって、家は寝るための場所。職場に通いやすく、なんとなくの憧れだけで選んだ場所。そうやって選び住んでいた街には、地域としての関心はなく、自分自身の暮らしに興味を持つ余裕もありませんでした。
社会人6年目を迎えたころには、お金を稼ぐことが生活の中心になっていた東京での生活に違和感を感じるようになっていたそう。「5年後、10年後、これからの人生を自分はどう生きていきたいか」ということを改めて考えたとき、学生時代から憧れていた、自然に囲まれた地方での生活を現実的に考えるようになったと言います。
鉄道の旅が好きな三星さんといすみ市をつないだのは、当時は廃線の危機に追い込まれていたローカル線・いすみ鉄道でした。
行ってみると、観光地としては何もないけれど、何もないからこそ目の前に広がるのどかな風景がとても豊かに思えたんです。
太東埼灯台と、眼下に広がるいすみ市内。海と山を贅沢に楽しめるいすみ市ならではの風景。
三星さんの心をほっと緩ませたいすみ市は、移住・定住に積極的に取り組んでおり、当時、NPOを中心とした相談窓口もありました。そこで地元の方、Uターンで戻ってきた人、移住者と様々な人の話を聞いているうちに、「私にも、仕事と暮らしのバランスがとれた生活がここでなら実現できる」と直感で思ったのだと言います。
稼ぐ仕事ではなく、新しい生き方への投資
移住という選択肢を選ぶ中で、三星さんが大切にしようと考えたのは、仕事と暮らしのバランスがとれた生活。この考えが、後に私立図書館をつくることにもつながりました。
そもそも営利を目的としない図書館の役割を、個人経営で担うことが可能なのか、考えに行き詰まったときに発想を変えました。図書館は稼ぐ仕事でなく、未来への投資と考えることにしたんです。
いすみ市への移住、シェアハウスの創設と挑戦を続けてきた三星さんでしたが、幸いなことに移住後はすぐに地元のNPO団体の仕事に就き、シェアハウスも大きな損失を出すこともなく軌道に乗ったため、以前務めていた会社から受け取った退職金はほとんど手つかずのままでした。
「このお金を図書館づくりに使おう」。そう考えることは三星さんにとって自然なことだったと言います。
地方への移住を考える際に気になる、お金のこと。ただ漠然と考えると、移住やそこでの新たなチャレンジは遠い夢のように思えてしまいます。しかし、自分が達成したいことと、そのために“今あるもの”でできることを具体的に整理してみることが、三星さんにとっては想いの実現への大きな一歩となりました。
すべてで稼ごうと言うのではなく、稼ぎを得る仕事とお金ではない価値を創出する仕事を分けるという働き方が、三星さんのいすみ市での仕事と暮らしバランスを支えているようです。
三星さんを囲む、シェアハウス「星空の家」の仲間たち。
忙しくても心豊かな、いすみ市での暮らし
よく「スローライフ」と形容される、地方での生活。しかし、実際に地方で暮らす人々からは、「都会での生活とは異なる忙しさがある」という声も多く聞きます。シェアハウス・図書館の運営の他にも、移住・定住促進のためのNPO法人での活動や地域での活動など、小さな仕事に幅広く取り組む三星さんも、そのひとり。
好きなことだけでは生きていけません。仕事としてやらなくてはいけないこともあります。それでも東京での生活と違うのは、忙しくても心が苦しくならないこと。
東京にいた頃の忙しさとの違いには、三星さん自身が住まう場所として地域やそこにある自然と深く関わるようになったことが理由になっているようです。
季節ごとに咲く花や、田畑に実る野菜。それぞれに異なる地域の色。東京にも少なからずあったはずなのに、当時の私には気づくことができませんでした。いすみに移住してきてからは、身の回りのものごとがとても身近に感じられるようになりました。
東京では聞き流していた日々のニュースも、自分のこととして考えられることが少しずつ増えてきました。身の回りの物事が実感として感じられるようになったことは、心に豊かさを与えてくれています。
今と向き合い、未来をつくる暮らし方
いすみ市への移住、シェアハウス・図書館の開設、自分の生き方と向き合いながら様々なチャレンジをしてきた三星さんですが、それらはすべて、直感を頼りにしたその時々の“自然な流れ”だったと言います。
不安ももちろんありますが、一度言い出したらたらやりきるのみですから。先のことは分からないけれど、やり始めさえすればどうにかなると思うんです。
一度決めたことはやり通すという真の強さは持ちつつも、直感を信じ、自然の流れに身を任せる柔らかな姿勢が地域の人々にも受け入れられ、移住後の活動にも広がりを持たせてきたのでしょう。
「時間ができたら何がしたいですか」という問いかけに、勢い良く答えが返ってきました。
草刈り!暖かくなってきたから、シェアハウスや図書館の周りを少しずつきれいにしたくて。
東京での生活からは思いもよらぬ、いすみでの休日の過ごし方がすっかり板に着いているようです。
暮らしを楽しむ生活においては、忙しさも豊かさのひとつになります。しかし、もし見えない何かに追われるような忙しさに心苦しさを感じていたら、それは暮らしの在り方を考え直すのに良い機会かもしれません。
暮らしの在り方は人それぞれ、それを変える方法また“自分なり”でよいのです。例えば、起きる時間を変えてみる、昼休みには外の空気を吸うようにする、ベランダで植物を育ててみるというような小さなことでも、毎日続ければ暮らしを変える種になります。そして、暮らす場所を変えてみる“移住”も、その選択肢のひとつです。
これまでの暮らし方、働き方一つ一つを改めて振り返えることで見えてくる、それぞれが今、大切にしたい生き方。
移住は、今までの自分自身の在り方と丁寧に向き合った先にある、これからの自分らしい生き方をつくり出す手段になるかもしれません。
(Text: 諸岡若葉)
– INFORMATION –
『地方で書いて暮らすを学ぶ4日間』
この記事は、greenz.jpライター磯木淳寛による、日本初のライターインレジデンス『地方で書いて暮らすを学ぶ4日間』の講座の一環として制作されました。このプログラムは、【未来の書き手の感性を育み、「善いことば」を増やすことで、地域と社会に貢献する】ことを目的として、0円からのドネーションでおこなっています。詳細はこちらよりご覧下さい→ http://isokiatsuhiro.com/WRITER_IN_RESIDENCE.html