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本を仕事にする、でも本に頼らない。「ガケ書房」改め「ホホホ座」山下賢二さんに聞く、もっと自由に“本を商う”方法

特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。

みなさんは、今月に入って何度くらい書店に足を運びましたか? 

おそらく多くの人は、スマートフォンやパソコンで本を探した回数が、書店の本棚を眺めた回数を上回るのではないかと思います。

日本の書店数は、年々減少しています。この15年間でなんと約8500店が閉店。1995年には約2万2200店もあったのに、2014年には約1万3700店まで減ってしまったのです。つまり、毎日一軒以上の書店が、どこかの街から姿を消していることになります(アルメディアによる調査)。

このような状況のなかで、京都の名物書店「ガケ書房」が移転&改名を発表。2015年4月1日、前店舗から約1キロ南下した一風変わったビルに、「ホホホ座」として新装オープンしました。

ホホホ座は、ガケ書房の新店舗名であると同時に、4名のメンバーが参加する企画編集グループ名でもあります。いったい、彼らは何を企んでいるのか(いないのか?)、「ホホホ座」になった山下賢二さん松本伸哉さんにインタビューでお話を伺いました。
 
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山下賢二(やました・けんじ)
1972年京都生まれ。21歳の頃、友達と写真雑誌「ハイキーン」を創刊。その後、出版社の雑誌編集部勤務、古本屋店長、新刊書店勤務などを経て、2004年に「ガケ書房」をオープン。外壁にミニ・クーペが突っ込む目立つ外観と、「ロマンティックとユーモアが同居する」品ぞろえで全国のファンに愛された。2015年4月1日、「ガケ書房」を移転・改名し「ホホホ座」をオープン。『わたしがカフェをはじめた日。』(小学館)を発売。 

京都の名物書店だった「ガケ書房」

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ミニクーペがつっこんだこの外観は、北白川通のシンボルだった

ガケ書房は、2004年2月13日(金)に新刊書店としてオープン。

店内には、一般書籍・雑誌が並ぶ一方で、古本を売りたい人に場所を提供する「貸し棚」や、出店・イベントを希望する人に貸し出す「もぐらスペース」など、店の一部をお客さんたちと共有するユニークな書店でした。

店内では、ライブやトークイベントも開催。ガラス窓には、作家・いしいしんじさんが即興で書いた「その場小説」、もぐらスペースには絵本作家・ミロコマチコさんが描いた「もぐらの絵」など、著名アーティストの作品がごくあたりまえのように存在する、とても贅沢な空間でもありました。

ガケ書房として最後の営業日だった2015年2月13日(金)には、縁あるミュージシャンが集まって一日中ライブする「ByeByeガケ書房、Helloホホホ座」を開催。11年に渡って親しまれてきた「ガケ書房」という名前に別れを告げて、「ホホホ座」として新しく出発したのです。
 
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ガケ書房の外壁を覆っていた“ガケ”の解体にも、ガケ書房を愛した多くの人たちがかけつけた(提供:ホホホ座)

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解体した “ガケ”のかけらは、「ガ」のハンコを押して希望者に記念配布(提供:ホホホ座)

山下さんが、店の改名と移転を決断したのは2014年の11月。

この知らせには、京都はもちろん全国のガケ書房ファンが驚きました。

山下さん みなさんは「閉店ですか?」と言うけれど、僕には「閉める」という感覚は一回もなくて、あくまで「移転する」なんですよ。僕の意識のなかでは、一回も店を閉めていない。今はね、ガケ書房での11年間はホホホ座に至る過程だったんやな、と思っています。

なぜ、山下さんは「ガケ書房」の移転と改名を決断したのでしょう。そして、「ホホホ座」とはいったい何なのでしょうか。「ホホホ座」について語るためには、まずは一冊の本についてお話しなければなりません。

彼らが「ホホホ座」をはじめた日。

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ホホホ座の人々。左から、山下さん、松本さん、早川宏美さん、加地猛さん(中央前は、画家の下條ユリさん。ホホホ座店舗前に下條さんの作品があります/提供:ホホホ座)

「ホホホ座」という名前が生まれたのは、約2年半前に山下さんと、古本・雑貨を扱う「コトバヨネット(現・ホホホ座二階)」の松本伸哉さん、中古レコード・CD、古本を扱う「100000tアローントコ」の加地猛さんの3人が飲んでいるときでした。

「何か一緒にやろうか」と盛り上がった3人は、「ホホホ座」というグループ名を考案。とはいえ、具体的に行動を起こすわけではなかったのですが、ひょんなきっかけでストーリーは転がりはじめます。

山下さん あるカフェの人に「何か展示して」って言われたのですが、僕は本屋だし展示するものがない。

じゃあ、カフェ店主の本をつくって、制作過程を展示して完成品を販売しようと思って、街ネタに詳しい松本さんに相談したんです。そしたら、興味を示してくれたので一緒にやりはじめました。

本が形になっていくなかで、「これは、ホホホ座」という名前でやった方がいいんじゃないか」と。

松本さん 僕らは作家でもアーティストでもないので、個人の名前で売るには抵抗があるんです。個人名だと恥ずかしいことも、「ホホホ座」という名前があるから、安心して自分たちのやりたいことがやれるんです。

山下くんの言うことで一番納得できるのは、「店のためなら表に出るけど、そうじゃなかったら出ない」という考え方。オレもまったく同じで、「ホホホ座」という名前のためならできるんです。そこが共有できているのはすごくラクですね。

ふたりは、新米からベテランまで7人の女性カフェ店主にインタビュー。カフェ文化への目覚め、修業時代、実店舗オープンまでの紆余曲折を“男目線”で質問し、「一見おしゃれに見えるカフェの日常と現実」を描き出していくことにしたのです。

装丁・デザインとイラストを担当した早川宏美さんも、この本をきっかけに「ホホホ座」メンバーに参加。ちなみに、加地さんは「この本ができるまで、何が起きているか知らされていなかった」そうです。

山下さん 加地くんは、実はリーダー(笑) 僕らが何をしているか知らないんだけど、後で聞いて「ええやん、それ!」と言う役割の人なんです。僕らは、その言葉が欲しくてやっています。

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「オレ、山下さんが求めている『それ、ええやん!』を絶妙なタイミングで言えたことないねん…」と言う加地猛さん(100000tアローントコの改名や移転の予定はありません)。

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『わたしがカフェをはじめた日。』は、2015年4月に小学館より増補版が発売されました(提供:ホホホ座)

こうして、できあがったのが『わたしがカフェをはじめた日。』という絵本のような本。

ページをめくると、早川さんのやわらかな手描きのイラストと、手づくり感のあるレイアウトが目を惹き、ホホホ座と女性カフェ店主の間でかわされた言葉がぬくもりをもって立ち上がってきます。

初版1000部限定で発売した『わたしがカフェをはじめた日。』は、またたく間に売り切れ。「ホホホ座」という名前もまた広く知れ渡ることになったのです。

選ばざるを得ない流れに運ばれて

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ホホホ座限定特典付きの『わたしがカフェをはじめた日。』買うなら、ぜひホホホ座で!

『わたしがカフェをはじめた日。』で感じた手応えは、山下さんにとって「決定打」になりました。「ビギナーズラックかもしれない。でも、この勢いを信じてみよう」と。

書店は「誰かがつくった本を販売して、2割のマージンを利益とする」商売です。「他人のふんどしで勝負しているようで歯がゆかった」と山下さんは言います。

山下さん 本をつくったときに、色んなことが自分でコントロールできたんです。

今までは「子どもを預かるベビーシッター」のような感じだったけれど、今回は「自分の血が通っている我が子」のような感じというか。つくり手としての喜びが花開いたときに、「40歳も越えたので、もっとやりたいことをやって生きていきたいな」と思って。

これまでは、車の後ろの荷台に載って進んでいたような感覚でしたけど「どいて!」って言って、自分で運転しはじめたような感じです。

また、オンライン書店やスマートフォンの普及によって、本の存在意義が変化していく現実と向き合うなかで、「別に本屋と謳わなくてもよいのではないか」と考え始めてもいました。

そして、昨年の秋。山下さんは、松本さんに「コトバヨネット」が入居する古いビルの1階を紹介されます。

冗談半分で「ここに引っ越してきたら?」と言う松本さんに、「またまた!」と軽く受けとめながらも内覧した山下さん。なんとその場で「ガケ書房」を「ホホホ座」に改名して引っ越すことに決めたのだそう。

山下さん あの日、3人で飲まなかったら「ホホホ座」の名前はないし、本をつくろうと思わなかったら松本さんとここまで親しくならなくて、移転の話もなかった。

こうなったのは、渡りに船というか、ほんまに流れとしか言いようがないですね。もちろん、局面ごとには自分で選んでいるんですけど、選ばざるを得ない流れは僕がつくっているのではないから。

本は売る。でも「もう、本には頼らない」

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下條ユリさんによる制作途中のホホホ座看板絵。いまなら制作の現場に立ち会えるかも?

山下さんは「もう、僕は本屋を名乗りません」と断言します。とはいえ、本を扱わないわけではありません。

オープンした「ホホホ座」には、書店として成立するだけの本が充分に揃っています。

山下さん 「本屋とは名乗らない」とか言うと、「本屋としてあきらめた」と捉えられるかもしれないけど、僕としては「本屋かどうか」というカテゴリーを取っ払ってしまった方がいいんじゃないかと思っていて。

モノを買って帰るという行為は、「どこで買ったか」という思い出やその場所に来たという体験を連れて帰るということ。

買って行く商品は、本であっても、お菓子であってもいい。そういう意味で、「ホホホ座はやけに本が多いおみやげ屋(笑)」だと言っています。おみやげ屋の商品のひとつとして、本を買ってもらえばいいんじゃないかな。

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記念すべきオープン日の平台。「わたしがカフェをはじめた日。」の左にプロレスの本があるあたりにガケ書房的、あるいは山下さんのセンスを感じる

しかし、山下さんは本に失望したわけではありません。「文字から想像力を膨らませることができる本を読むことは、本当にリッチな体験」だと話し、休憩時間になると読みかけの本のページを開いています。

ホホホ座になって変化するのは、「本だけを売って生活をするかどうか」ということ。

山下さん 本にしがみついて、それだけでゴハンを食べようとするのは、現実問題としてなかなか厳しい。いい意味で頼らないというか。自分のふんどし(オリジナル商品)でゴハンを食べたいと思っていて。卸とかも予定しています。

書店って、もともとは本の制作と販売を兼ねた形態のことを指していたんです。だから、今回は原点回帰というか、本来の意味合いでの書店をやることになるのかもしれません。

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旧コトバヨネットこと「ホホホ座二階」。古本とあたたかみある雑貨がならぶ居心地のよい空間です

松本さんのコトバヨネットもホホホ座に改名。ガケ書房にあった古本の貸し棚を引き継ぎ、古本・雑貨店「ホホホ座二階」としてリニューアルしました。つまり、同じビルのなかに、新刊書店「ホホホ座一階」と古本屋「ホホホ座二階」があり、本好きを呼び寄せるべく網を貼るというわけです。

全国展開も? ホホホ座が企んでいること

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「ホホホ座尾道店コウガメ」のお菓子。本店と支店で商品の流通を行う予定。

ホホホ座をひとことで説明するなら、「企画編集グループとアンテナショップ」。

企画編集グループとしてのホホホ座は、現在いくつかの書籍企画を抱えています。そのひとつは、何度かミシマ社で公開で編集会議をしている本。「他府県からやってきて、京都で活動をしている人にインタビューをしていく」という内容で、そろそろ取材を始める段階に入っているそう。

山下さん 作家、音楽家、芸術家、、出版社、お店とか、他府県から京都に来て、社会とつながる表現活動している人や団体に「なぜ京都に来たの? 実際来てどう? これからもほんまに京都?」を聞いていく本です。

ホホホ座でつくるものは、ざっくり言うと京都の人にしか書けない企画。そのうえで、毒のあるユーモアを入れていくことが必須かなと思っています。

オリジナル商品の企画・開発も進行中。ホホホ座は、観光地・哲学の道からも近いため、観光客を意識しておみやげに手頃なお菓子やグッズも打ち出していく予定なのです。

そして、さっそく全国展開もスタート。4月16日(木)には、広島・尾道に支店がオープンしました。

尾道店は、もともと松本さんがオープン準備を手伝っていたお店に「どうせなら一緒にやろうか?」と話を持ちかけ、「ホホホ座」という名前を使ってもらうことにしたそう。お互いの地域で「ホホホ座」という名前を浸透させることで、ゆるやかな相乗効果をあげる作戦です。
 
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ホホホ座尾道店コウガメは、おやつと雑貨、リトルプレスの本の店(提供:ホホホ座)

「ホホホ座」と名乗るお店に共通するものは、「ある種のセンスのようなもの」です。

松本さん たとえば全然知らない人が「ホホホ座というラーメン屋をやりたい」と言ってきたとしても、業種ではなく感覚的に共有できるものがあればいい、もし、センスが合うなら「やりましょう」ということになると思います。

山下さん こちらからスカウトはしないと思いますが、信頼したら100%信頼しようと思っていますね。

ガケ書房では、さまざまな企画や商品の持ち込みを幅広く受け入れていました。「センスが合う」と感じたら、お店のスペースの一部を委ねていました。

ホホホ座では、担い手が「ひとつの企画」ではなく「ひとつの店」へとスケールアップ。予測不可能な動きで、全国へと広がっていく可能性が生まれたのです。

京都は「ややこし」。だからこそ面白い

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ハイネストビルの内部。今はキレイに整頓され、アーティストのアトリエや個人店が入居する

最後に、ホホホ座のある左京区・浄土寺というまちについて紹介しておきましょう。

浄土寺は、京都の東の端っこ、大文字山のふもとにある住宅地。哲学の道から近いため、春と秋にはぱらぱらと観光客が歩く姿は見られますが、ふだんはごく静かな時間が流れています。

ホホホ座が入居した「ハイネストビル」には、数年前からアーティストや小さな個人店が集まってくるようになりました。松本さんが、この物件を見つけて入居したときは「まるで廃墟のようだった」そうです。

松本さん だんだん大家さんに信頼されて。空室が出るたびに「誰か紹介して」と言われるようになったんです。

僕は、人生で何の運が強いかというと不動産運で。この近くの安楽寺さんというお寺は自宅の大家さんでもあるんですが「ホホホ座で好きに使っていい」と言われているので、ホホホ座のイベントは基本的に安楽寺でやる予定です。

現在、ハイネストビルは5年ぶりの満室を達成。じわじわと、ホホホ座オープンの熱が浄土寺のまちに伝わりはじめているようです。

松本さん 自然発生的に進むことが一番長持ちする。だから、コンセプトとか言わないほうがいいし、聞かれても「いやあ、まあ」とごまかして、触れないようにしています。

山下さん 自分たちが面白いと思う商品やイベントを、知恵を絞って企画するというだけで「地域発信する」という意識はないです。

でも、ひいて言えば、そういうことの積み重ねが、浄土寺という地域を盛り上げることになればいいですけど……。別に僕らはそれを目指しているわけではないから、副作用的にそうなればいいんじゃないかと。

「ばしっと答えず、濁してしまう。それがホホホ座」と山下さん。「ホホホ座」のあり方は、明確に言葉にはせずに察して理解することを求める「京都のコミュニケーション」によく似ています。
 
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松本さんは2階、山下さんは1階にいます

京ことばに「ややこし」という表現があります。「ややこ(赤子)」の形容詞で、「複雑な」「面倒」「怪しい」などの意味ですが、「すぐには理解できないけど、興味を引かれる」というニュアンスも含まれています。

京都は、間口の広いまちであると同時に「ややこし」まち。でも、観光を楽しんで表層だけをなでているだけでは、いつまでも京都のまちの入り口は見つかりません。

京都のまちの「ほんま(本当)」を知りたければ、ややこしくも愛すべき京都の人たちと知り合うのがいちばんです。今度、京都に来ることがあったら、ぜひホホホ座へどうぞ。そこにはあなたが京都に深入りする、絶好の入り口がぽっかりと開いているはずです。