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“旅するヨガスタジオ”が出現!? 日本とネパールを行き来するヨガインストラクターsachikoさんに聞く、自分スタイルの教室のつくり方

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自分の好きなことを人に教える仕事がしたい、そんな想いを抱いたことはありませんか?

もし、自分のお気に入りの場所で、自分の好きなことを教える仕事ができたら、それはきっと心地のよい生き方なのだろうと思います。

実は、これ、私自身が会社を辞め、ヨガのインストラクターとして活動しながら模索している生き方でもあります。今回はそんな生き方を実践している、ヨガのインストラクターのsachikoさんを紹介します。
 
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左端がsachikoさん。中央がsachikoさんのヨガの師であるデビカさん

現在、ネパールのポカラという地に軸足を置くsachikoさん。

ネパールに滞在している期間は、毎朝現地のスタジオでヨガを教えています。そして、日本に帰国した際には、数週間にわたってギャラリーを借り、ネパールで買い付けた雑貨などで飾り付けて、期間限定のヨガスタジオをつくりあげます。

日常の一部に溶け込んだようなポカラでのヨガレッスン。そして日本でつくりあげる非日常的な空間でのヨガレッスン。そんな一見対照的にも思えるスタイルを、sachikoさんはどのように紡ぎ出していったのでしょうか。

人生を変えるきっかけはひとつの出会いから

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ネパールのポカラ Some rights reserved by Mike Behnken

sachikoさんが初めてネパールのポカラを訪れたのは、開発コンサルタントとしての仕事のためでした。ネパール政府と協力しながら、山間部の住民が自分たちで村の資源を管理できるように支援するのがsachikoさんのミッションです。

具体的には、森林伐採による土砂崩れを防ぐために蛇籠を積んだり、道路や水路の整備、水道タンクの設置といった小規模事業を村ごとに行っていきます。

その計画から実施、自己評価までのプロセスを住民参加型で実施することで、持続可能な村落資源の管理を実現することが目的でした。

sachikoさんは、ネパールの雄大な風景や、のんびりとした素朴な雰囲気に魅力を感じつつも、最初は不安が大きかったといいます。

引き継ぎをするため、2010年に初めてポカラに2週間ほど滞在しました。

一旦帰国し、その後、本格的にプロジェクトに参加するために現地に入ったときには、ネパールのおじさんたちの中に、日本人スタッフは私一人きりという環境。ただひたすら事務所とホテルの往復の日々でした。

ホテル暮らしは設備の面では快適でしたが、外の世界から切り取られたような空間で、言いようのない孤独感がありました。

そんな環境を変えたいと思ったsachikoさんは、カフェで偶然見つけたフライヤーを手に、あるヨガスタジオを訪れます。

当時、sachikoさんの暮らしていたところから徒歩10分圏内にヨガスタジオは4軒ほどあったそうですが、sachikoさんが見つけたのは、ポカラではめずらしい、女性インストラクターの経営するスタジオでした。
 
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初めてレッスンを受けたときは、正直、何とも思わなかったんです(笑) でもなんだか無性に「また行きたいな」という気持ちになりました。

それはもしかしたら、インストラクターであるデビカの人柄に魅かれたのかもしれません。先入観なく、だれにでも同じように親切で、壁がないんです。

その後、sachikoさんは休みのたびに通うようになり、スタジオの常連さんとも仲良くなっていきました。

ヨガを教える仕事がしたい、かも

sachikoさんが通っているネパールのスタジオには、トレッキングやボランティアなどでポカラを訪れた欧米人が多くやってきます。
 
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雄大な自然に抱かれ、トレッキングには最適のロケーション

トレッキングのハイシーズンになると、レッスンに来る人が増えます。「私も何か力になれたらいいのにな」と漠然と思っていました。

ちょうどそんなとき、デビカがどうしても都合が悪くて、レッスンができない日があって、デビカに「sachiko、代わりに教えてあげてよ」と言われたんです。

そのときは「そんなの無理だよ」って断ったんですが、心の片隅に「私もヨガを教える仕事がしたい」という気持ちが芽生えた瞬間でした。

そうしてヨガインストラクターになるべく、一歩を踏み出したsachikoさんは、日本に一時帰国したときにちょうど開催されていた、ヨガのティーチャートレーニングを受けることにします。

トレーニングを修了すると、会社の仲間を集めて不定期でレッスンを行いました。この頃は、ネパール以外の国での仕事もこなしつつ、一年の半分以上を海外で過ごすような生活だったそう。

海外を飛び回る生活の中で、次第に「ヨガを教えることをメインの仕事にしたい」という気持ちが強くなっていったsachikoさんは、大きな決断を下します。

開発コンサルタントとして勤めていた会社を2013年に退職し、これまで担当していたポカラでの仕事を“非常勤”という形で請け負うという働き方を選んだのです。

それと同時にデビカさんのスタジオでヨガインストラクターとして働き始めたことで、念願だったヨガを教えることを中心に据えた暮らしを手に入れることができました。

ポカラでは英語で教えています。言葉ではうまく伝わらなかったとしても、自分がやってみせたらわかってもらえる。何を話すか、ではなくて、心から話せているかが肝心なんだと思います。

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ホーリーというネパールのお祭り。春の訪れを祝って「ハッピーホーリー!」と言いながら色粉を塗ったり色水をかけ合う

期間限定! 旅するヨガスタジオ

大自然に包まれて、親切だけれどちょっぴりシャイなネパールの人たちとの暮らしを満喫していたsachikoさんに、あるとき思いがけない話が舞い込みます。日本に住んでいたときによく行っていた神保町の雑貨店「オッカラン」から、日本でヨガのレッスンをしてみないかという提案があったのです。

日本でヨガのインストラクターがレッスンをする場所といえば、ヨガスタジオやスポーツクラブ、カルチャースクールなどが一般的。場合によっては、公園やビーチなど青空の下だったり、個人で公民館やレンタルスペースを借りることもあります。

しかし、公共の場や時間単位でレンタルする施設では、ハード面において自分らしい空間をつくり上げることはなかなか難しいのが現状です。

誰かの目にさらされたり、時間に縛られたりする場所ではなく、日常の時間や空間から離れて自分の心と身体とじっくり向き合える場があればいいのに……。ヨガのインストラクターであれば、そんな想いを一度は抱くのではないでしょうか。

かといって、常設のヨガスタジオを自分の手でつくりあげるためには、お金もかかるし相当の覚悟が必要です。

そんな現状の中、sachikoさんはオッカランと協力し、日本に帰国するタイミングに合わせて数週間にわたってギャラリーを借りるという方法で“日常の時間や空間から離れて自分の心と身体とじっくり向き合える場”を実現しました。

ふだんはギャラリーとして、写真や絵画などの個展が開かれている空間が、ネパールの雑貨で飾り付けられて、なんとも異国情緒あふれるヨガスタジオに大変身!
 
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お香やアロマオイルのほか、紅茶やコーヒー、スパイスなども販売

この「ポカラヨガ in 神保町」には、ヨガ初心者である「オッカラン」の常連さんやご近所の方々、そして現役のヨガインストラクターなど、連日幅広いお客さんが集まりました。

レッスン後には、お茶とネパールの伝統的なお菓子を食べながら、ゆったりと時間を過ごします。初めて会った参加者同士であるにもかかわらず話に花が咲いて、なんとも居心地のよい空気が流れていました。

これがスポーツクラブやカルチャースクールならどうでしょう。数十分後には次のレッスンが始まるので、インストラクターはあわてて片付けなければなりません。公民館やレンタルスペースなら、撤収の時間を気にしてソワソワしてしまうこともあるかもしれません。

ところが、数週間にわたってギャラリーを借り切るという方法で、そのスペースの“空気”をつくり上げることが可能になるだけでなく、そこに流れる“時間”さえも手中に収めることができるのです。
 
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フライヤーはインストラクター仲間のtomomiさんがデザイン

また、sachikoさんは日本とネパールでヨガを学ぶなかで、感じていることがありました。

sachikoさんが日本で受けたヨガインストラクター養成講座は、カリキュラムがしっかりしていて、体系的に学べるものでした。解剖学の知識に基づいて、レッスンを組み立てられるようになることを目指した内容だったそう。

一方、ネパールのデビカさんのレッスンは、呼吸法を中心に教えたり、運動量を増やしたり、その日の参加者に合わせて内容が変わります。頭で考えるよりも心で感じながら、レッスンを進めているように見えるそうです。

日本で勉強したことも、デビカから学んでいることも、両方とも必要なのだと思います。今もヨガを教えつつも、デビカの姿からさまざまなことを学んでいます。日本で勉強した内容を土台にして、もっと自由に教えられるようになりたいです。

頭で考えるよりも心で感じながらレッスンをするうえでは、この期間限定のヨガスタジオはまさにうってつけの空間なのではないでしょうか。

教える仕事をするために大切なこと

日本でヨガを教える仕事を始める場合、スタジオのオーディションを受けたり、自分で会場を借りてゼロから人を集めたり。どんなにその仕事にやりがいを感じていても、心が折れそうになることがたくさんあります。

また、自分のヨガスタジオを持つことは、都会であればあるほど、さらにハードルが高くなります。とはいえ、それらのことはヨガに限らず“教えること”を仕事にしようとしたときにぶつかる壁といえるでしょう。

しかし、sachikoさんのように、目の前の条件を前向きに捉えて工夫することで、自分色のヨガスタジオをつくり出すことだってできるのです。

実は私、ポカラも好きなんだけど、便利で刺激的な東京も好きなんだよね。

そう言って笑うsachikoさんは、自分の好きな土地に軸足を置きつつ、ヨガを教える暮らしを心から楽しんでいるように見えました。

sachikoさんのこれまでの道のりは、“何かに導かれるように”といった言葉で表現したくなります。でも、きっとそうではないのでしょう。

人との縁を大切にし、そのときどきで自分の心に正直な選択をくりかえすことで、自ら切り拓いてきたのだと思います。

“切り拓く”という言葉がそぐわないほど、そして自分自身でも気づかないくらい、ごく自然に。