「ままチョビ」。名前も商品もかわいいでしょう?
これは、東京から岡山県瀬戸内市にIターンして、「地域おこし協力隊」になった浅井克俊さんが考案したものです。
この「ままチョビ」の原料となっている「ままかり」は、岡山県を代表する魚として、昔から岡山県民に愛されてきた魚です。逆をいえば、目新しさはまったくなく、主に酢漬けやお寿司などで食べられるままかり料理は岡山の郷土料理です。
そんな「ままかり」を、敢えてイタリアン食材として新たにリデザインした背景には、地域おこしのヒントがたくさんあります。
岡山というローカル地で「ままチョビ」を巡るヒトモノコトのめくるめく冒険談を、嫁であるわたくしアサイアサミが語りたいと思います。
1974年、横浜生まれ。既婚・嫁ひとり息子ひとり。広告代理店経て、2003年タワーレコードに入社。ブランドマネジメント、セールやキャンペーンの企画プロデュース、タイアップ、ライブイベントの企画運営などに携わる。販促企画部部長、ライブ事業部長を経て、2012年9月に退社。そして縁もゆかりもない瀬戸内市に移住。同年10月より瀬戸内市地域おこし協力隊として活動中。
日本のエーゲ海と呼ばれる瀬戸内市を
「知られざるイタリアン食材の聖地」にしたい
浅井さんは、2012年10月東京から岡山に移住。岡山市の東隣、瀬戸内市の地域おこし協力隊として赴任しました。地域おこし協力隊のミッションはずばり「まちおこし」。
浅井さんは広告代理店やタワーレコードの販促企画部長としての経験を生かして、企画・広告などの分野で「まちおこし」を仕掛けます。
「まちおこし」って、そのまちの名物や特色をフックにして産業を盛り上げるのが近道じゃないですか。瀬戸内市はそれが曖昧でした。行政もどんなまちになっていきたいかというヴィジョンがない。
まず地元の人が「どんな町にしたい」っていうものが無ければ、地域おこし協力隊としても手の貸しようがない。正直、困りました。だから、一から自分で瀬戸内市の長所と短所を探して、まちおこしのフックになるものを探しました。
地域の特色を見極めて、PRするポイントを探す中で、浅井さんは瀬戸内市の名産品に着目します。
瀬戸内市は、瀬戸内海に面し、風光明媚な港町から里山まで有する自然豊かな町。そこには「マッシュルーム」(ミツクラ農林/マッシュルームの全国シェア1位)「レモン」、「オリーブ」などイタリアンの食材が多いことに気がつきます。
悠久の多島美が楽しめる瀬戸内市
こんなにイタリアン食材が地場で採れる地方も珍しいと思いました。だから「知られざるイタリアン食材の聖地」というキャッチフレーズでアピールすれば、都会の人たちにも、瀬戸内市に興味を持つんじゃないかなと。
その中で「オリジナル商品も欲しい」というリクエストから「ままかりのアンチョビ」という案が出ます。
岡山の人気イタリアンレストラン Ristorante Teradaの寺田シェフ監修の下、「ままかりでアンチョビをつくる」という新しい試みが浅井さんを中心に企画され、瀬戸内市ぐるみで動くか、と思われましたが…。
「日本のエーゲ海」と呼び声高い美しい瀬戸内市牛窓。象徴的なオリーブ
それが、市の担当者から「企画を書くなら誰でもできる。この企画を行って誰が責任を取るんですか?浅井さんが勝手にやるなら文句は言いません。」と言われてしまいました。
まちおこしをしたい、その一心で出した企画も、いわゆる「お役所仕事」が却下。瀬戸内市ぐるみでのままちょびプロジェクトはあっという間に頓挫します。
そして、浅井さんが出した結論は、「じゃあ、……勝手にやります」。
ままチョビで、人とつながり、地域に仕事と雇用を生み出す。
恵みと知恵をシェアする。
さっそく、浅井さんは単独で「ままチョビ」商品化のために始動。
とはいえ、見ず知らずの土地、完全なるアウェイでの新規事業(しかも行政の手助けはほとんどなし)、容易ではありません。
ままチョビは、瀬戸内市で水揚げされた新鮮なままかりを使います。このプロジェクトを進めるにあたって最初の問題は「ままチョビを生産するための加工場がない」。
ままチョビは、水揚げされたままかりの鱗を取り除き、三枚におろして、塩とオリーブオイルに漬けて発酵を促します。この一連の作業には、設備の整った加工場が必要です。
しかし浅井さんの本分は、広告などのプロデュースです。自ら魚を釣って捌くのは現実的ではありません。
浅井さん、自らままチョビを捌いてみましたが商品としては売るにはほど遠い出来です。モノになるまで何年かかるかわかりません。なので、餅は餅屋。魚は魚屋。まずは「ままチョビ」をつくってくれる地元の水産加工会社を探しました。
僕ひとりだけでつくらずに、地域の人々と一緒につくれば、仕事ができて雇用が生まれます。特産品をつくることは、商品となるプロダクトができ上がるだけじゃなくて、その周辺が活性化することにも意義があると思います。
けれども移住1年生、地元にコネのない&行政の手助けのない浅井さんが、請け負ってくれる事業者と巡りあうことは容易ではありませんでした。
魚捌けない…、そんな理由で「ままチョビ」プロジェクトが頓挫しようとしていたギリギリのタイミングで、救世主は現れました。
浅井さんがまちおこしの一環で参加していた瀬戸内市長船町の備前福岡古民家活用プロジェクト。そこで知り合いになったのが当時、発足直前の社会福祉法人アストラ会の施設長・齋藤さん。発足直前だったので、施設に加工場をつくれるというではないですか。
そこで浅井さんは「ままかりを捌いたり、ままチョビを障がい者の人たちと一緒につくれないか」とダメモトで打診したところ、齋藤さんは「ぜひ一緒にやりたい」と快諾してくださったのです!
地域を活性化させる活動のなかで、アストラ会とつながり、縁が生まれました。そして、障がい者の社会参加や雇用を生み出すことで、社会課題に取り組む意義を持った「ままチョビ」は、商品価値が高まると思いました。
ままチョビを生産加工いているアストラ会のみなさんと寺田シェフ(写真右から2番目)
「ままチョビ as a media」
名産品そのものが地域広告媒体だという考え方
ままかりは岡山を代表する魚といわれ、そして郷土料理。酢漬けや寿司などはきびだんごに並ぶ、お土産のスタンダードです。しかし、実際、地元の人はままかりを食べないと言います。
岡山を代表する魚といいつつ、食べ方も昔から酢漬け一辺倒で、変化できないまま今に至ります。
その様が、まちづくりが停滞しているこの地域に近いものがあるなと感じました。だからこそ、それをリデザインして変えたかった。
そして、そんなままかりで特産品をつくることが、これからの地域おこしのヒントになるんじゃないかな、とも思いました。
ここでいう「リデザイン」は、時代の変化に取り残された特産品を、もう一度見直して、またみんなに愛されるものに形を変えるということです。
地域おこしの起爆剤として、特産品をブランド化していこうという動きは全国的にも盛んにおこなわれていることです。
しかし、同じような考え方でプロダクトをつくり出すと、この日本という狭い国では、どこに行ってもおんなじようなものができてしまうんじゃないか、と思います。
「おいしい」とか「自然の恵み」って、結局どこの地域もおいしいものはあるし、大都市で無い限り、日本中どこへ行っても、自然にはがっつり恵まれてますよね(笑)その「当たり前」をアピールしても均一化しちゃって面白くない。
これからは、その特産品自体が“なにを成し得ているのか”ってことが大事になってくると思いました。
ままチョビでいえば、「ままかり」と呼ばれるのは岡山だけのこと、他の地域では「さっぱ」と呼ばれています。だから、ままかりを使った商品は「岡山アイデンティティ」が詰まった商品なんです。
そして、岡山全土に通じる特産品が瀬戸内市で生まれるってことに、瀬戸内市じたいの地域おこしにもつながるんじゃないかなって思うんです。
また、「ままチョビ」が話題になりメディアに取り上げられる存在として発信力を持つことで岡山県や瀬戸内市のPRになります。ままチョビは特産品でありながら、自身が地域の魅力を伝える広告媒体(メディア)になり得るのです。
ままチョビは、地域が停滞する理由を
ひとつひとつ丁寧に解決して完成されたもの
「ままチョビ」を企画した当初は、特産品のおみやげものとして、地域外の人をターゲットに考えられた商品でした。しかし、実際に「ままチョビ」に飛びついたのは地元の岡山県民です。
「ままチョビ」という名称が岡山人の心の琴線に触れるのか、商品パッケージを見ただけで「ままかり?アンチョビ?」って手に取ってくれるんです。
ままかりを知っている岡山人にとって「ままチョビ」はより新鮮に写るんでしょう。地域内の反応もすごくよかった。岡山の人にとって、愛が深い魚なんだな、って改めて思い知りました。
浅井さんが、地域の課題を丁寧に解決してつくり上げた「ままチョビ」は、2014年の8月から販売をスタート。ココホレジャパンの直販をはじめ、岡山県内では岡山天満屋(岡山を代表する百貨店)、岡山空港などの量販店。
そして「ままチョビ」のストーリーを知り、共感した「シファカ」「bollard」「pieni…」などの雑貨店。さらに岡山県を飛び越えて、東京の岡山アンテナショップや魚専門店「sakana bacca」などで購入することができます。
一本一本手作業で作成しているため、現在は月200本程度を出荷しています。
瀬戸内市の認定ブランド「Setouchi Kirei」や「瀬戸内ブランドプロジェクト」の認定も受けました。
量産してたくさん売るだけが目的じゃないんです。ままチョビが人から人の手に伝わって、ままチョビがメディアとして岡山をアピールすることが重要なんです。だから心ある販売店で売っていただいています。
僕はタワーレコードで広告・販促の仕事をしてて、タワーレコードもクーポンなど使い古された販促ツールを使っていたんですけど、もっと面白くならないかな?と思って、リデザインして、「タワレコイン」(コインの形をしたクーポン)や「タワレカード」(コレクション型のクーポン)を企画しました。
タワーレコードの販促ツール「タワレコイン」と「タワレカード」。集めた枚数でサービスが選べたり、コレクションとしても楽しめる。浅井さんは以前にもタワーレコードのコーポレートボイスシリーズ「No Music, No Life.」にも参加していた
ままチョビもそれと同じで、「言葉遊びが入っている」、「パッケージが洗練されている」、そして「古くて新しい」。みなさんの興味を引き出すリデザインです。
地域をPRする宣伝物としての特産品は、ただ美味しい、ただ身体にいい、それは当たり前の前提であり、プロダクトにエンターテイメント感を込める。そんなふうに地域食材を斜めに斬ってみました。
「田舎だから、しょうがない。そういう甘えはいやだった」という浅井さん。
恵みの上にあぐらをかいて、のほほんと暮らす人たちは、都会にも地方にもいます。その中で、「ままチョビ」は「できない言い訳」を見上げるほど高く積み上げたものたちをぶちこわして、前に進んででき上がったプロダクト。
できない理由を丁寧にひとつひとつ解決して、できるようにした商品。できない理由の積み重ね、の対極にある、やれる方法の積み重ねが「ままチョビ」を生んだのです。
「ままチョビ」からのメッセージ。それは「どの地域にもままかりのような資源はあるはず、それを一緒にリデザインしましょう!」ということ。
横浜生まれの東京育ちが企画した「縁もゆかりもない土地」のお土産品は、地域の恵みと人と知恵をつないでつくられたものです。
そう、そのつながりそのものが「地域おこし」なのではないでしょうか。