あなたが「学ぶ」とき、何を意識しますか?
分かりやすく書いてある本や教材はないか、よい先生につこう…。
ついつい外から何かを吸収しようと発想してしまいがちです。
今日ご紹介するのは、「“学ぶ”って、もっと内面から湧きあがるもので、きっかけさえあれば、新しい世界が自然に開けるもの」と信じて、創造的な教育を展開する学習塾「a.school(エイスクール)」。
手掛ける岩田拓真さんは、「極端にいうと、勉強を教えていません!でも、みんな勉強を好きになっていく」と言います。そんなの本当?一緒にちょっと授業をのぞいてみましょう。
a.school代表(校長)の岩田拓真さん
1985年、京都府生まれ。京都大学で脳神経科学について研究した後、東京大学大学院で技術経営に関する修士号を取得。同時に東京大学i.schoolにて「イノベーション創出の方法論」について学び、動機づけに特化した教育プログラムを展開する「NPO法人モチベーション・メーカー」を設立。卒業後は経営コンサルティング会社Boston Consulting Groupでコンサルタントとして3年半勤務した後、起業。「はじまりの学校a.school(エイスクール)」の校長として中高校生向けの創造力教育を推進する。
すべては“おもしろそう!”からはじまる
a.schoolの「a」は、0と1が重なりあった形で、はじまりの文字。0から1を切り開く若者に、はじまりのきっかけをプレゼントしたいという想いが。
「a.school(エイスクール)」のキーワードとなるのは、“モチベーション”。親や学校が求めるから学ぶのではなく、自分が学びたいから学ぶ。この姿勢を一番大切にしています。
授業は「ワークショップ」「個別学習指導」の2セッションからなっています。ワークショップは、モチベーションに火をつける参加型、双方向型の授業。
例えば、「お金×〇〇」という数学のワークショップは、「AKBってなんであんなに売れているの?」「ワールドカップって実はいくら儲かったの?」など、自分の興味あるものとお金のつながりを一緒に考えてみるもの。
数学が嫌いな子は、数字の羅列を見て、これを勉強することがいったい何の役にたつの?って、世の中とのつながりがみえないことが問題なのでは。
と岩田さん。自分が興味をもったところを深めていくと、自分と社会とが数学でつながる瞬間があると言います。
また、「英語で大喜利」をするワークショップは、頭を悩ませながらも楽しい風景が広がります。「I live with Doraemon. But he is actually…(私はドラえもんと住んでいます。でもそのドラえもんは実は…)」の、その先を考えて発表。
ルールは、できるだけ自分が知っている英単語や文法を使うこと(日本語交じりのルー語でもOK!)と、誰にも負けないおもしろい内容を考えること。
正しい英語よりも、まずは英語でコミュニケーションする楽しさを感じるのがその授業の目的です。
「伝えたいことが伝わって、英語が好きになった。20%から60%に!」との声も
こうして本来の学ぶ意欲が湧いた後の、個別学習指導にもひと工夫。“自分のスイッチが入る瞬間”を一緒に探します。
一人で集中するのが好きなのか、わいわい議論しながらやるのが好きなのか、どういうことで行き詰まりを感じるのか。風邪だったら風邪薬じゃなく生活習慣からアドバイスするように、対症療法ではなく学びの根本治療をしようと。
ゲーム好きで勉強のリズムがつくれない子には、晴れだったら勉強、台風ならやらない、なんて遊び感覚で楽しいリズムを考えたり(笑)。どういうときに火がつくのか、自分なりの学ぶスタイルを身につけることを目指しています。
生徒それぞれの学ぶスタイルを重視するため、講師が個々の勉強を一から教えることを最優先にはしておらず、分かりやすい参考書や映像などがあればどんどん勧めるようにしているそうです。
そんな柔軟さも、一般的な学習塾とは違う「a.school」の大きな特徴と言えるでしょう。
楽しい学びのサイクルは
“モチベーション、クリエイティビティ、コラボレーション”
a.schoolは、通常の授業に加えて、休日や夏休みなどに「キャンプ」と呼ばれる特別ワークショップを開催しています。これは“モチベーション”だけでなく、“クリエイティビティ(創造力)”、“コラボレーション(協働力)”も意識したもの。
キャンプには毎回、中高生の未来に関するテーマを設定し、社会で活躍するゲストを招きます。そして、その方の生き方や働く上で大切にしていることについて、様々な問いを投げかけながら議論を重ね、中高生自身がピンときたことをヒントに、自分たちなりの企画を生み出していきます。
これまで行ったキャンプは、「co-ba」を運営するツクルバの中村真広さんがゲストの「未来の自分の仕事を創ろう」、脳科学者の茂木健一郎さんとの「2030年に向けて必要な授業」、シェアハウスの火付け役・藤田卓也さんとの「新しいシェアサービスを考えよう」などなど。
「進学校で息苦しさを感じ地元の不良仲間とバンドを組んでみた。違ったコミュニティに飛び込むのを楽しむ姿勢が、多様な人が集うシェアオフィス運営につながっている」とツクルバの中村真広さん(「未来の自分の仕事を創ろう」キャンプより)
みんなのポストイットを掛け合わせて、新しい仕事のアイデアを考えます
「将来の選択肢に悩んでいたけれど、今日、選択肢が広がった!」と女子高生
このように、「おもしろい!」というモチベーションからスタートして、正解のない問題に挑んでみることで、自分の創造力(クリエイティビティ)が発揮できるようになります。
さらに、みんなでどんどんアイデアを出していき、多様な人の意見を組み合わせる(コラボレーション)と、一人では考えられなかったようなアイデアが生まれていきます。「そんな“かけ算”の瞬間を体感してもらいたい」と、岩田さん。
コラボレーションするって、ある意味ほかの人を尊重することだと思うんです。こんなことで困っているんだと人の目線で考えられるようになったり、身の周りの人のことも自分ごととして考えられるようにもなる。つまり、そこは小さな社会ですよね。
最終的にその社会に新しい価値を生み出すイノベーターを育てたいと掲げてはいますが、社会を意識するきっかけはこの小さなグループワークでもつくれる。
そして、一番はじめはとにかく楽しむ!学びはモチベーション、クリエイティビティ、コラボレーションのサイクル。このサイクルを回すのが、大好きなんです。
「Another Sense」という、自分とは異質の人にインタビューして、ドキュメンタリー番組をつくるという授業を発案。自分が共感できない人と深く接し、理解しようとするチャレンジです。(茂木健一郎さんがゲストの「未来の授業を考える」キャンプより)
好きな方向に自走していけるように
塾やキャンプの企画運営を通じて、もうひとつ、岩田さんが力を入れているのは、「自分の将来を考えるきっかけづくり」。そのためには、日常からちょっと飛び出し、自分ならではの視点で社会の問題を考えてみる場が必要だと言います。
たとえば「未来のいのちのサービスを考える」キャンプ(ワークショップ)では、医療の仕事を目指す中高生が、医療関係者と、いのちの大切さを感じた体験を共有。自分なりの医療における問題点を見つけて、新しいサービスを考えることに取り組みました。
死やいのちについて話す機会がなかった中高生が、真剣に議論する場面もあったそうです。
また、国際系コースの女子高生向けに行った「高校生だからできる途上国支援を考える」という出張講座では、一般的な途上国支援の仕事に加え、BOPビジネス、デザイナーやエンジニアとして途上国に関わる事例などを紹介。
様々な関わり方に目を向けた上で、「自分たちが大人より得意なことって何だろう?」と発想していくワークを行いました。
「未来のいのちのサービスを考える」。アイデアのひとつ、「かっこいい死に方コンテスト」は、ネガティブな死のイメージを払拭して、故人のかっこいい生きざま・死にざまを紹介するスピーチコンテスト。斬新!(一般社団法人CAN netとのコラボキャンプより)
「自分たちだからできる途上国支援」。イチオシは「ピンクペン先生」という、途上国の中高生と文通をしながら勉強も教える通信教育コンテンツ。この後、女子高生自身が途上国のNGOと連絡をとり、行動を起こしたそうです!(愛知県光が丘女子高校にて)
狭い世界しか知らない中で、将来何をしたいのか聞かれても答えられないと思うんです。でも異なる世代・価値観の人と議論したり、新しいコミュニティに飛び込むって実は勇気がいること。その一歩目をつくってあげたいな、と。
また、与えられた問題をこなすのと、自分の意見が本当に誰かの生活に影響を与えるかもしれないと思いめぐらせながら考えるのとでは、本人たちの意識も大きく変わります。
なにか感じたら、あとは自走して行きたい方向に進んで行ってくれていい。たまに迷って帰りたくなったら戻ってきてもいいし。あくまで僕らは補助輪的な役割。そういうきっかけづくりをずっと続けていきたいんです。
「卒業後の選択肢は就職一本だったけど、実は考えることから逃げてたのかな」と高校生
“世界に触れ、地域に触れ、自分を探る4日間”がコンセプトの「グローバルイナカキャンプ」。秋田県のとある田舎町に飛び込み、自分を見つめなおす。最終的には英語で自分の考えをプレゼンテーション
内なる個性に惹きつけられて
このように精力的に新しい教育にチャレンジする岩田さん。さぞかし勉強が好きな子供だったのでは?との問いに、「まったく手がつけられない子でした」と振り返ります。
小学校では、皆と同じペースで行動できない。好奇心は旺盛だけれど、エネルギーを注ぐ場を見つけられない。感情の起伏も激しく、周りと衝突してケンカすることもしょっちゅうだったのだとか。
しかし、2人の恩師との出会いが、そんなくすぶった想いをブレイクスルーしてくれます。地元でなじめず、私立中学進学のために自ら塾での勉強を志願した岩田さん。一人目は、その塾の先生でした。
君は数学の才能がある、考える姿勢がすばらしい、と毎回ほめてくれて。これでもかというほど難しい問題を与え続けてくれました。その先生との勝負が楽しくて。もう諦めて寝たら?と心配する母親を払いよけ、「俺は絶対あの先生に勝つんだ!」って夜ふけまで問題をやっていました。
これがモチベーションの原体験だったと語ります。
そして二人目は、私立中学で出会った政治経済を教える若き教師。死刑制度を考えさせるために実際に起きた殺人事件の被害者家族を呼び、生徒らとディスカッションさせる授業を行い、リアルな社会に触れる場を与えてくれました。
生々しいその場でとても意見を言えなかった岩田さんですが、それがきっかけで社会への深い興味が湧いたそうです。
「はみだしものからスタートしているので、“あるべき論”的に語りたくないんです」と笑う岩田さん
もっと学んでみたいという想いで、京都大学へ入学した岩田さんは、程なく、ある衝撃的な体験をします。友人の家を訪れたときに、彼に初めて知的障害をもつ弟がいることを知ったのです。
その弟が、『ハリーポッター』のセリフとシーンを全部覚えていたんです。知的機能の発達が遅れていても、ある意味すごく秀でているものがあるんだなぁと。
そして、その弟は、大学生のボランティアサークルにもお世話になっていたんです。その兄であるやんちゃな友人は「だから自分も、そういうボランティアの活動をするんだ」と。外には出さないのにそんなこと考えていたのか……って、それもびっくりして。
自分とは全く違う視点・思考を目の当たりにした岩田さん。このような人間の「内なる個性」に惹きつけられ、在学中に脳科学・神経科学を研究することになります。
モチベーションに火がつき、a.school起業へ
「それまでたまっていたものを全部はき出した」という大学時代は、障害者支援のボランティアや大学新聞づくり、学生祭典企画、脳科学・神経科学の研究などに挑戦しますが、やりたいことが定まらずに東京大学大学院へ。
科学と社会をつなぐ「技術経営」について学びながら、国際交流プログラムでの東南アジア周遊、途上国支援の財団や東大のベンチャーキャピタルでのインターンなど活動的に動く中で、イノベーション創出論を学ぶ東大のプログラム「i.school」に参加。これが進路の転機となります。
そこで出会ったのは、「教育格差は “モチベーション”の差から生まれる!?」というアイデア。これに「すごくピンときた」という岩田さんは、仲間と一緒にそのアイデアを事業化。
卒業を目前にして、「モチベーション・メーカー」というNPO組織を立ち上げました。大学院卒業後は既に就職が決まっていた経営コンサルタントとしての仕事とモチベーション・メーカーをほぼ同時にスタートします。
モチベーション・メーカーでは、一人親家庭の小学生向けにa.schoolの原型となるような体験型講座を多く行っていました。(写真提供:モチベーション・メーカー)
「自分に火がついてしまったので仕方ない」と言う岩田さん。平日は会社、土日にNPOという生活を続けます。体力的にきついと実感しながらも充実した日々の中、モチベーション・メーカーでのワークショップで出会ったある子供が忘れられないと語ります。
4時間のワークショップのうち3時間は走りまわっている、とにかくやんちゃな小学生でした。いろんな体験を盛り込んだ半年間のコースだったのですが、ほとんどは見向きもしないで隅で将棋をしたり、隠れたり(笑)
でも、ものづくりワークショップだけには興味をもって、初めて真面目に取り組んで。コースを修了した半年後、OBとしてまた同じワークショップに手伝いにきてもらったんです。
そしたら、その時の彼は、「ここ、こうしたほうがいいよ」なんて周囲の子のことも気遣えるようになっていて。発表も堂々とこなす。そして「発明家になりたいんだ!」と理科の勉強に打ちこむようになっていたんです。
今種をまいたからって、子供にいつ、何がささるかは分からない。でも結果が分からないからこそ楽しいし、成長をみるのが嬉しい、と心から実感した瞬間でした。
会社では、ちょうど3年という区切りで昇進をしたところでしたが、「教育のほうに人生をかけたい」という思いできっぱり退職。モチベーション・メーカーはボランティア仲間との協業で存続させながら、一人でa.schoolを起業しました。2013年9月、28歳の時でした。
a.schoolも2014年9月でようやく1歳になりました
実はコンサルティング会社時代に、「green school Tokyo」のソーシャルデザイン学にも通っていた岩田さん。
その縁あって、現在もグリーンズのプロデューサーとして、様々な企画に関わり活躍しています。そして、自分の人生も、モチベーション、クリエイティビティ、コラボレーションのサイクルを回し続けたいと語ります。
グリーンズの周りは、やりたいことを仕事にするために、たくらんでいる人がいっぱいいる(笑)。そんな仕事での遊び方を学ばせてもらっている感じです。今、自分自身もまさに0から1を切り開こうとしている最中。自分も、もっと世界を広げないと。
面白いと思ったことにエネルギーを注いで、挑戦して、その中で新しい出会いがあって、また新しい興味がでて……。そのサイクルを体感する人が増えていってほしいな、と思います。
いくつになっても、終わりのない創造のサイクル。あなたの中にも回りだす瞬間があるかもしれません!
(Text: 青木朋子)