“小商い”って、結局のところどういう意味なんでしょうか?
本や雑誌やWebで、小商いという言葉を目にする機会も多いし、街の一角では手づくりの小さなお店が新しくできていて、「あ、小商いだ」と思ったりもする。
そして皆さんの中にも、小商いをやっている、もしくはここ数年でやり始めた方もいるのではないでしょうか。
小商いって、顔の見える範囲で小さな商売をすること?
それだけじゃなく「お金を渡して対価を得る」という経済行為をより人間的なものにする営み?
それともそんなカタい話じゃなくて、商売に関わるみんなが楽しめる場づくりをすること?
何だかどれも当てはまっているような、何かが足りないような…。
ところで、雑誌『Spectator』(以下、スペクテイター)の小商い特集を読んで、小商いという言葉を知った方も多いと思います。2013年4月の発行以来、小商いを語る上で欠かせない1冊になっているのではないでしょうか。
黄色の表紙が目を引きます
ちなみにスペクテイターは、編集長の青野利光さんを中心に3人で制作されています。年3回発行で「自分たちの好きなテーマで好きにつくって」いるそうです。ん?それって、何だか小商い的なのでは?
小商い的に見えるスペクテイターをつくっている編集部の人たちは、どのように小商いを考えているのでしょう? その回答の中から、小商いを考え実践するヒントがたくさん見つかりそうです。
そこで今回、編集長の青野さんと編集者の赤田祐一さんが小商いについて語る“講座”に参加してみました。
その“講座”とは、特定非営利活動法人 アジア太平洋資料センター=PARC(パルク)が主催する市民講座「PARC自由学校」の一コマ。
「いまこそ、小商い!」と題した全9回のクラスの中で、スペクテイターのお二人が講師としてお話される回がありました。小商いを始めようとしている人、小商いについて考えたい人、そしてスペクテイターが好きな人、必見です!
PARC自由学校のパンフレット。小商いだけでなくエネルギーや農業など幅広いテーマの講座があります
長野発。「好きなテーマで好きにつくっている」雑誌スペクテイター
皆さんは、雑誌スペクテイターをご存知ですか?
スペクテイターは1999年に創刊された年3回発行のカルチャー誌で、オルタナティブ、環境、旅など、幅広いテーマを扱っています。
ここ数年の特集は『禅』(31号)、『ホール・アース・カタログ』(29号・30号の前後篇)、『野生のレッスン』(28号)『OUTSIDE JOURNAL 2012・山とサブカルチャー』(26号)など。
編集長・編集発行人の青野利光さんは、音楽・映画雑誌『Bar-f-Out!』を立ち上げたメンバーの一人。編集部の赤田祐一さんは、カルチャー誌『QuickJapan』の元編集長という経歴を持っています。
そして編集者でもあり現在は主に販売・営業を担当するのが、片岡典幸さん。この3人を中心に、青野さんが立ち上げた有限会社エディトリアル・デパートメントから、スペクテイターは発行されています。
編集部は長野市にあり、古い1軒家を借りオフィスとして使っているそうです
編集部の中。冬はこたつに入って作業するそうです
小商いを特集した27号は、初版3万部が完売という人気ぶり。(欲しい方は古本屋やAmazonで探してみてくださいね!)
大ヒットとなった小商い特集ですが、どんなきっかけでこのテーマを選んだのでしょうか。
編集長・青野さん
青野さん スペクテイターでも暮らしにまつわる記事が増えていましたし、自分たちの身の回りでも面白い仕事をし始めている人が増えたなぁという印象がありました。
下北沢にある水パイプの喫茶店「シーシャ下北沢」、古い自転車を修理して売る「狸サイクル」などに取材するようになって。
編集者・赤田さん
赤田さん 不況もあるし、商売のことをやりませんかという話を編集会議でしたんですよ。“小商い”という言葉が出てきたのは、その号が出る直前だったと思います。平川克美さんの本を読んで、取材もしました。
小商いってすごく古い言葉だけど、スモールビジネスやマイクロビジネスといった言葉と比べて、あまり手垢がついてないというか、新鮮かなと。
京都・出町柳のコミュニティ
ここからは少しだけ、特集小商いの中身の紹介を。
小商い特集は、京都・出町柳周辺で起こっている出来事から始まります。京都市の中でも特に左京区は、オーガニックの八百屋や酒場、カフェ、ゲストハウスなど、顔の見える個人が経営するお店が多いエリア。
そんな左京区の出町柳という場所に、2013年2月にオープンしたのが「ナミイタアレ」および「ナミイタアレDBC(出町柳文化センター)」です。
「ナミイタアレ」内を描いたイラスト。小さなお店が寄り集まって渾然一体となっています
「ナミイタアレ」は、「個人経営の小さなお店や工房が集まって賃料をシェアして営業されている集合店舗」。古い自動車工場の倉庫や印刷工場の建屋を利用した店舗は、「アジア」的な小商い空間になっています。
具体的には、リサイクル自転車店、喫茶店、古本・古レコード店、よろず修理屋、ブラジル太鼓工房、女性向け雑貨屋兼茶室など…。様々な小商いを営む人々が集まり、コミュニティが生まれています。
出町柳で小商いを営む人々のスナップ
実際に京都に赴き、DBC内でトークショーも行った青野さんと赤田さん。常に楽しい人、面白い人が出入りしている印象を持ったそう。そして、小商いの経営者同士はもちろん、地域の方とのつながりも深い。
取材先の方と街を歩いていると、何度も知り合いに出合い挨拶するのが普通だったようです。人と人との距離が近く、一つの「村」のようなコミュニティがつくられているんですね。
アイコンイラストに瞑想教室、本も貸すジャークチキン屋 etc.
出町柳の出来事のほか、小商い特集ではたくさんの実践者が紹介されています。
「隙間を見つけるのがうまい」と赤田さんが感心されていたのが、ライター/イラストレーターのエヒタさん。ツイッターアイコンのイラストを100人限定で1枚3000円で描く(現在は終了)など、取材当時はSNSを活用した小商いを主な収入にされていたそうです。
その他、「散歩カウンセリング」といって、高円寺の街を散歩しながらお悩みを聞くビジネスを始めるなど、ユニークなアイデアで小商いを実践されているエヒタさん。
「実践的にお金を儲けるという意味では(取材した人の中で)彼が一番成功しているという印象です」と、赤田さん。
それから、フリーの僧侶として、仏教の教えを取り入れた「瞑想教室」などを行っている三帰天海さん。柔道教師などを経て37歳で僧侶になり、ヨーガンレールの社員食堂で働いた経験もあるそう。
心臓の鼓動を意識しながら足を組み瞑想する「黙想会」は、「人に何かを与えると、あげた以上のものが返ってくるという経験をしてほしい」ということで、ドネーション(寄付)制にしているそうです。
武蔵小山には、ジャマイカの定番料理ジャークチキンを、実店舗とケータリングで売る「アマラブ」を運営する若者が。菅野信介さん、長谷川知好さん、浦中徹さんが共同で借りている一軒家のオープンスペースで「お店をしたら面白そう」ということで始まったそうです。
本の貸し出しをするほか、お店だけでなくコミュニティスペースとしても活用していくことを目指しているとか。
その他、新左翼系の古本を扱う古書BAR「赤いドリル」(現在はオンライン等で営業中)。四谷三丁目のキッチン付きレンタルコミュニティスペース「ワンキッチン」、オンライン英会話・作文添削塾など、実践例が多数。様々な小商いが生まれています。
2010年10月長野市善光寺門前にオープンしたゲストハウス「1166バックパッカーズ」
小商いの実践者は、スペクテイター編集部のある長野市にも。市内にたくさんある家賃が安い空き家に若い世代が入り、「儲けている感じでもなく、淡々とやってる」と青野さんは話します。
バックパッカーが泊まれるゲストハウス「1166バックパッカーズ」、カフェ、本屋、クレープ屋など、「それ一本でっていうのは大変だろうけど」、自由で楽しそうに商売を楽しむ人が増えてきていると青野さんは実感しています。
ぐじぐじと考え込まないタイプが多い?
数多くの小商い実践者への取材を通して、お2人は何を見て、何を感じたのでしょうか。そもそも、スペクテイターで紹介された人たちはどんな基準で選ばれた方なんでしょう?
赤田さん 最初、小商いの定義が難しかったんです。「年収が○○円以下だと小商い」とかすぱっといえないんですよ。曖昧な言葉だと思います。
なので、僕たちの目から見てユニークで変わっている、もしくは穴狙いとか、そういうビジネスをやっている人たちを紹介していくということで進めていきました。
ただ、ネットで探し出すときりがありませんから、極力身内というか、知り合いベースで人を選んでいきましたね。取材を通して、小商いの実践者は楽観的な人が多い印象でした。あまりぐじぐじと考える人はいないなと。
深く考え過ぎないことが、フットワークの軽さや行動力に結びついているのかもしれませんね。ところで、紹介された実践者の中には、小商いだけで生活費を得ている人はほとんどいなかったようなのですが。
赤田さん 小商いという言葉が使われることが増えて、身近な範囲で小さなビジネスをやっている人が増えたように思いますし、それは良いことだなと思います。小商いのビジネスだけで食べて、続けるのは大変だなとやっぱり思います。
主たる収入となる仕事と小商いのダブルワークみたいな感じでやっていくのが、実際的かなという感じはします。
小商いと、食べていくための仕事を両立させる。つまり、食べるためだけに小商いをやるわけではない。お金を儲けるということ以外に、小商いを始める理由があるということだと思います。
有機野菜の直売所でありカフェでもある京都・出町柳の「ニョキニョキ」。毎月15日には「ニョキニョキモール」が開催され、有機野菜やマクロビオティックスイーツ、雑貨などが出品される
青野さん 「規模が小さく片手間にできる」ことを小商いと言っている気がして。でもその反面、自分の生活や生き方も全部含めて、小商いと言っているような感じがあって。その場合、理想や思想なんかも関係してくると思います。
自分に当てはめると後者の方ですね。雑誌をつくって生きていく覚悟が自分にはある。それが生き方だから、ずっと続けていくことになって、儲ける儲けないはあまり関係ないのかなという気もするんですよね。
赤田さん 儲ける・儲かるという話が入っちゃうと、小商いは難しいような気がする。楽しいことしながら儲けるって難しいんですよ、それが一番理想だけど。
小商いでいい、という気持ちではない
「曖昧な言葉」と赤田さんが話したように、小商いには多様が意味があり、使う人によってその力点の置き方が違うのだと思います。
規模の小さなビジネスなのか、人との関係性が見える商売のことなのか、それとも理想やありたい姿のことなのか。“小商い”という言葉を使った語りの中に、その人の仕事観や生き方を垣間みることができるように感じます。
それでは、スペクテイターはどうなのでしょうか。自分たちが楽しいことをやっているという意味では小商い的だと思うのですが…。青野さん、スペクテイターって小商いなんですか?
青野さん 自分たちの活動が小商いと意識したことはありません。小商いが、本当に心の底から自分が楽しめるものということであれば、もちろんそうだと思っています。
だけど、楽しければ現状維持でいいかというとそうではなくて、書き手が自由に書ける場をつくりたいし、雑誌以外の本をつくりたいとも考えています。だからスタンスとしては小商い的ではあるけれど、弱小出版社なりの向上心と野望を持って仕事にのぞんでいる、という感じですかね。
なるほど。「自分が楽しめるもの」にとどまらない、これからのスペクテイターに注目していきたいですね!
考え込まずまずはやってみればいい
講座の参加者の中には「小商い特集を読んで甲府市でコワーキングスペースを始めた。そのきっかけになったのが、特集の導入部分に書かれていた”真っ当な個人店の原点”という言葉だった」という方も
講座中、青野さんと赤田さんは、「話すのが苦手」と言いながら終始楽しそうでした。小商いの実践者に取材する過程はもちろん、雑誌をつくるということそのものを楽しんでいる。やりたいことを実践している人の、屈託のない笑顔でした。
「小商いってどういう意味?」と考えながら話を聞いていましたが、お2人の話を聞くうちに明確な答えなんてないし、そんなこと追求しても始まらない…という初歩的なことに気づきました。
大切なのは、自分なりに楽しめる活動をいかにクリエイトしていくかということ。活動を人間らしい関係の中で回していけたらなお良し。それを小商いと呼んでしっくりくるなら、自信を持って小商いと言えばいいと思います。
そして、多くの実践者がそうであるように、考え込まずにまずはやってみればいい、という話なのでしょう。
今回講座に参加させていただいたPARC自由学校はもちろん、小商いを始めるヒントはいろいろなところに転がっているはず。小商いを考え始めたときからもう、あなたの小商いは始まっています!