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1200年を超えて、空海とソーシャルデザインが出会った! 高野山真言宗管長・松長有慶猊下×YOSH編集長対談「すべてを肯定するということ」

みなさんにとって、理想のロールモデルは誰ですか?

「お手本にしたい」という尊敬の念だったり、「ああなりたい!」という憧れの眼差しだったり。そんな“追いつこうとしても届かない存在”のおかげで、私たちは「もう一歩先に進んでみよう」という勇気を振り絞るのかもしれません。

では、「僕にとってのロールモデルは?」と聞かれたら。心当たりはたくさんありますが、その中でも絶対的な地位にあるのが弘法大師・空海です。

最近、あまりにその思いが強くなり、DOTPLACEというウェブマガジンで「空海とソーシャルデザイン」という連載を始めました。そこでは空海の教えとソーシャルデザインの以外な接点を紐解いていこうと思っていますので、ぜひお楽しみに!
 
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室戸岬にて Designed by NOSIGNER

どうして空海?

1200年も昔、平安時代が始まったころに生きた空海については、みなさんにとって社会の授業で習ったくらいの距離感かもしれません。正直いって僕自身そうでしたが、急に強い興味を抱き始めたのは、グリーンズを立ち上げる前夜、24歳の頃でした。

知人から「とにかく空海はヤバい」という話を聞き、関連する書籍を読み漁るうち、「すべてを肯定する」という本質的な思想に大きな影響を受けます。

「そうそう。Noの時代から、Yesの時代へ」そして、いつからか「ロールモデルは空海なんです」と公言するように。当時まだ、高野山に行ったことさえないにも関わらず!

そしてその後、「空海とソーシャルデザイン」というテーマが浮かんできたのは、2013年のはじめでした。2012年秋、お寺での大貫妙子さんのコンサートのため、初めて高野山を訪れたことをきっかけに、水を得た魚のようにもう一度、空海関連の本に読みふけったのです。
 
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松長有慶猊下著『大宇宙に生きる 空海』

その中の一冊が、今回の記事で対談させていただく松長有慶猊下(げいか)の著『大宇宙に生きる 空海』でした。「あれ……グリーンズの本『ソーシャルデザイン』で書いたこととほぼ同じことが、1200年前に書かれてる…」ページをめくるたびに感極まり、鳥肌が立ちっぱなしだったのを覚えています。

いつかお会いできるのならお会いしてみたい。その時機を待ちながら2014年7月末、高野山別格本山三宝院副住職であり高野山大学総務課長を務める飛鷹全法さんよりご縁をいただき、85歳になられる猊下と直接お目にかかることができました。

さまざまな舞台での講演だけでなく、新著『高野山』を著すなど、第一線で活躍されている猊下。自分史上最年長のインタビュイーを前に、身に余る光栄と緊張感、そして猊下の温かな抱擁感を、みなさまとも分かち合えたら嬉しいです。

21世紀に仏教が果たせる役割とは?

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収録は2014年7月28日。金剛峯寺にて

YOSH 本日はありがとうございます。こうしてお目にかかれて光栄に思います。

猊下 こちらこそ、よくお越しになりました。最近はお坊さん以外の若い方とこうしてお話する機会も少ないのでね。この年齡になると体調も日によって変わるので、やむを得ずお断することもありますので。

YOSH 本当に恐縮です。こちらこそ猊下はじめ、ご紹介いただいた飛鷹さんとのご縁に感謝しています。今日は猊下が書かれた『大宇宙に生きる 空海』に導かれるようにここに居るわけですが、さっそくまずはこの本についてお話を伺えますか?

猊下 この本は、中央公論新社の<仏教に生きる>というシリーズで書いたものですな。想像できないかもしれないですが、2、30年前というのは本屋で山積みになるくらい仏教書が売れた時代なんですよ。

私も高野山大学の学長をしていたので、学術的な本もたくさん書いていましたが、「弘法大師のことをもっと一般の人にもわかるように書いてほしい」と言われてね。
 
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中央公論新社ウェブサイトより

YOSH おっしゃるとおりとても読みやすく、そして奥深い内容でした。もうほぼすべてのページの端を折るくらい、今の時代に通じる言葉ばかりで。

猊下 おお、それは嬉しいですな。私も管長になった2006年あたりから、「21世紀に果たせる密教の役割」ということで、特に自然環境保護の観点で空海の教えに立ち戻ろうと、積極的に発信してきたんですよ。

YOSH 2010年のダボス会議でも、日本仏教の代表者として初めてご講演されたようですね。

猊下 全日本仏教会の代表は、各宗派の持ち回りでね。たまたま私のところに回ってきたんですが、世界の政財界のトップを相手にお話できるとあって、「ようし、行ってやろう」と。

YOSH そこではどんな話をされたんですか?

猊下 私の言っていることはね、次の3つで昔からずっと変わってないんです。

ひとつめは「生けとし生けるものの相互の関連性を認める全体的思考」、ふたつめは「多元的な価値観」、そしてみっつめは「生かせていただいている意識から社会奉仕活動へ」ということです。

対立的に世界を見るのではなく、全体的に世界を見ること。異質な文化を否定せず、存在価値を認めて共存していくこと。利他の気持ちで、地球環境に寄与できることを考えていくこと。

「生き物は全部つながっている」という考えは、西洋の人たちからみれば異質でしょうが、衝撃を持って受け入れられたようです。(講演の全文はこちら

YOSH まさに、それらに空海の教えが詰まっていますね。

最近では神社本庁や天台宗と一緒に「自然環境を守る共同提言」も出されました。聞くところによると、天台宗の座主さまが高野山を尋ねたのは1200年で初めてなのだとか。

猊下 天台宗の半田孝淳座主とは、東日本大震災をきっかけに、「日本人の心のあり方を宗教人として示したい」ということで対話の場を持たせていただきました。そして伊勢神宮では、今年の6月に「自然環境シンポジウム」で基調講演をさせていただきましてね。

「天地万物に神仏が宿る」という教えを持つ天台・真言の両宗と神社神道とが、宗派の垣根を越えて積極的に働きかけていくことは、とても重要だと思っています。

YOSH 猊下が高野山真言宗の管長となられて、こうして歴史的な瞬間に立ち会えていること、つくづく嬉しく感じています。
 
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猊下は2006年から管長を2期8年務め、2014年11月には任期を終えられます

「すべてを肯定する」ということ

YOSH 先ほど猊下が3つのポイントを示されましたが、特に「多元的な価値観」というところが好きなんです。すべてを曼荼羅に並べてしまう大きな肯定力というか。

猊下 個性を持つというのは100%完全ではない、ということなんです。個性には長所も短所もありますが、空海は長所にだけ眼を向ける。密教では欲望さえも「大欲」として肯定しますからね。

YOSH とても深い言葉ですよね。グリーンズの「ほしい未来は、つくろう」というメッセージにも通じるところがあると感じています。

猊下 欲望こそ、われわれの内部に潜んでいる宇宙エネルギーなんです。それをアタマから否定せず、その現れとして捉える。

この場合の“大”というのは、量の話ではなく、質の違いです。もともと大宇宙のなかでつながっているのだから、抜け駆けなどせずに人さまに手を貸して、自分がそれによって喜びを感じ取る。

自分中心の小さな欲を積み上げるのではなく、人を幸せにしたい、地球環境を守りたいといった、清らかな大欲を育て上げろと。

YOSH 「無欲」や「少欲知足」と言われるよりも、何だかしっくりきます。自分自身の本質を深く見つめていくと、そういう大きな欲望が眠っている、ということは希望がありますね。

特に東日本大震災以降、自分でプロジェクトを持って仕掛けていく人たちが増えていますが、確かに“もっと大きな自分”として、社会と向き合っているように感じます。

猊下 空海の教えで大切なのは、本質を見極めることと社会に対する実践ですから。頭で考えていてもダメで、体を動かさないと。まさにそういう時代が始まっているのかもしれませんね。

YOSH 確かに空海研究の草分けとなった『沙門空海』など、空海の解説書を読んでいくと、必ず「社会的活動」というソーシャルデザイン的な章立てがありますね。

ここの部屋にも「済生利民」という掛け軸が掲げられていますが、空海も日本初の庶民向けの学校「綜芸種智院」の設立や、日本最大の溜池として知られる満濃池の改修など、宗教者だけでなく実践家としての顔を持っているのも、僕が惹かれるところなんです。
 
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「済世利民」のメッセージが掲げられていました

ちなみに僕がおこがましくも「空海がロールモデルです」と言っているのは、その教えと出会って働き方が変わったからでした。

例えばかつては、自分にとって苦手な人とは仕事をしないように避けてきましたが、今は「この人の良さってなんだろう」「僕に教えてくれるものはなんだろう」と思うようになって。

ちょっとした見方の変化ですが、そうすると本当に心がヘルシーなんです(笑)

猊下 素晴らしいじゃないですか、まさに密教的ですね。ちょっと見方を変えたら、満ち足りたものがある。特にこの高野山は、まさにそんなことに気付ける場所なんですよ。戦に負けた人でも「いらっしゃい」。

YOSH 奥の院には、織田信長と明智光秀の墓もありますしね。

猊下 もう、ごった煮ですから。聖地なのに飲み屋もあるしね(笑)

もちろんそれは良し悪しで、もどかしいこともいろいろあるけれど、それで1200年持ち続けてきたし、それでいいんじゃないかなとも思います。ここに来て感じられるものを感じてほしいですな。
 
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奥の院 Some rights reserved by Andrea Schaffer

最先端の知が集まる場所としての高野山

猊下 それにしても兼松さんのような人が出てきたというのは、とても心強いですね。ちゃんとした波長を持っておられる方だから。

YOSH おおお、恐れ多いです…「空海とソーシャルデザイン」というのも、何の専門家でもない僕がどこまで理解できているのか、間違ったことを流布していないか、本当に不安だらけで。

猊下 大丈夫ですよ。しっかり勉強されていますしね。お墨付きだしますよ(笑)

YOSH おおお、ありがとうございます!でもでも、まだまだ途中段階ですので、しっかりまとまった文章をお読みいただいて、改めてお届けして、心からお墨付きをいただけるよう努力したいと思います。
 
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恐れ多くてほんわりしているインタビュアーYOSH

猊下 この機会だからお伝えしておくとね、明治以降の空海に対する評価はムチャクチャだったんですよ。西洋文明や科学振興が絶対視され、「空海なんて呪術的で非現代的」だと言われていた。

そういう時代に高野山に生まれて、青春時代を迎えたわけで、それはものすごいコンプレックスがありましたよ。

YOSH そうだったんですね。

猊下 20世紀始めのアメリカやヨーロッパでは、仏教自体は見直されていました。浄土真宗や禅宗といった鎌倉仏教の秀才がプロテスタントの国々に留学して、宗教を客観的に学んで帰ってきた。そういう人たちが帰国後に帝国大学の教授になったので、日本の近代化と鎌倉仏教は合うんですよね。

YOSH なるほど。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という有名な本もありますが、鎌倉仏教をそういう視点で眺めたことはありませんでした。

猊下 その後ヨーロッパでは1930年代頃から、フランスやイタリアといったカトリックの国で”フランス仏教学”のような動きが起こったんだけどね。神話的なものを否定せず、意味を汲み取っていこうという。それがようやく日本に入ってきたのが、1970年から80年にかけてなんです。

YOSH ちょうど生誕1200周年にあたる1975年には、司馬遼太郎さんの『空海の風景』が出版されましたね。

同じ年に編纂された『弘法大師空海(和歌森太郎編)』には、湯川秀樹さん、松下幸之助さん、岡本太郎さんという何か共通するものがありそうな錚々たる面々が、空海に対してメッセージを残しています。

猊下 レオナルド・ダ・ヴィンチのような、幅の広い人が空海を好きになるようでしてね。日本人として最初にノーベル賞を受賞した湯川さんも、物理学だけでなく生物学にも興味を持っていたし、そういう総合的な考えを持っている人と波長が合うんですよ。

その後、日本で本格的に空海が見直されるようになったのは、物質主義・要素還元主義の克服を目指したニューサイエンス運動以降なんです。そこで少しずつ科学と宗教が近づいていきました。

YOSH それが1980年代くらい。

猊下 私はずっと学術調査でチベットやラダックに通っていてね。そのときに出会った曼荼羅が圧倒されるくらい素晴らしいので、毎日新聞と一緒に西武美術館で展覧会をやることにしたんです。

グラフィックデザイナーの杉浦康平氏とかに協力してもらってね。開館時間より前に長蛇の列ができるほどの反響だったんですよ。

そしてその後、高野山大学の学長をやることになり、1984年に高野山大学百周年記念ということでシンポジウムをやることになった。

そのときに生物学者のライアル・ワトソン氏、作家のコリン・ウィルソン氏、物理学者のフリッチョフ・カプラ氏など、ニューサイエンスの旗手を高野山に呼びました。そのときの司会は『空海の夢』を出したばかりの松岡正剛氏だったな。

YOSH 当時の最先端の知がここに集まっていたんですね。

猊下 高野山はもともとそういう場所でね。世界的な知の巨人が、最後に空海に至る、というパターンが多かったんです。著名なイスラーム学者の井筒俊彦さんもそのひとりだな。残念ながら道半ばで亡くなってしまったのだけどね。

YOSH 今こうしてお話を伺う中で、いろんな方の意志が受け継がれてきたのだなと、脈々とした系譜を感じました。僕もそれを引き継いでいけるように精進したいと思います。改めて今日の機会に感謝です。

猊下 いやいや、こちらこそ面白かったわ。話した後に気持ちよくなる人と、あー、ってなる人がいるけどもな。どうやら今日は酒飲まなくてもいいわ(笑)

(対談ここまで/参考:『いのちつながる』松長有慶 講演集)

 
 

高野山の幽玄 KOYASAN SHINGON BUDDHISM (short ver.) from augment5 Inc.

空海とソーシャルデザインの意外な接点を探っていく今回の対談、いかがでしたか? 猊下とのお話の中から、何かひとつでもピンとくるものがあると嬉しいです。

正直に告白すれば、自分史上もっともお会いしたかった方のひとりと対面して、そのときの記憶が飛んでしまうくらいの興奮状態にありました。その後レコーダーに刻まれた録音を聞き直し、ひとつひとつ猊下の言葉を噛み締めながら書き上げていく作業は、優しい風に吹かれるような不思議な心地よさがありました。

松長猊下および飛鷹さんには、拙いインタビュアーを笑顔で迎えていただき、またご多用の中での原稿確認にもご協力いただき、改めて感謝を申し上げます。

いつか胸を張ってお墨付きをいただけるまで、努力を怠らず精進あるのみ。連載「空海とソーシャルデザイン」はまだまだ途中なので、ぜひご感想をお待ちしています!